いつも通りを壊して
「おはよう」
いつもの通学路でのあなたのその一言は私に今日一日を頑張れるだけの元気をくれる。だから、私はいつも、
「おはよう!」
と、私自身が最高だと思っている笑顔で返すことができる。そうしたら、あなたも笑い返してくれて、
「今日も元気だな、お前は」
と、まるで子供の頭を撫でるかのようにしてくれる。私はそうしてくれることがとても嬉しい。いつも、顔がにやけてしまいそうになるくらいだ。
だけど、それをあなたに見られるのが恥ずかしい私。
「こ、子供扱いしないでよっ!」
だから、本当は嫌じゃないのに怒ってしまう。でも、あなたにはもう私の気持ちはばれてしまっている。
「子供だろ?そうやって本当は嬉しいのにわざと怒ってるんだからよ」
あなたはからかうように笑う。それがなんだか悔しくて、でも、笑ってるあなたの顔はとっても魅力的で、どうしようもなくって顔をそむけて少し頬を膨らませる。
「う、うるさいわね……」
せめてもの抵抗、というわけでもないが呟くような声でそう言う。
「そうやって、頬を膨らましてると顔が赤いのが余計に目立つぞ」
いきなり、あなたの人差し指が私の右側の頬を押す。
「あ、赤くなんてなってないわよ!ちょっと風邪をひいてて熱があるのよ!」
あなたに顔が赤くなっているっていうのを気づかれなくてそう言う。
「それ、意味わかんないから」
呆れたようなあなたの声。私は弁解をしたようでただ墓穴を掘っただけだった。ただでさえ赤くなっていた顔がさらに赤くなる。
「まあ、でも、一応……」
と、不意にあなたの手が私の額に触れた。顔が火照っている私にとってあなたの手は冷たくて気持ちがよかった。
目の前にあるのはあなたの顔。あなたの黒色の瞳があたしの顔をじっと見つめてる。
意識がぼんやりとしてくる。私はあなたの顔に見惚れてしまっている。
「……ちょっと、熱いな。って、おい。大丈夫か?」
意識が飛びかけていた私ははっ、と我に返る。
「だ、大丈夫よ。心配なんかしなくても大丈夫。あんたの顔に見惚れてたってわけじゃないんだからっ!」
あなたの手を払いのけながら言う。そして、さっと口を押さえる。私は何を口走っているんだろうか。それから、私は気がついた。こんなふうに口を押さえてもさっき私が言ったことは取り消されない、ということに。
「はは、そうかよ」
あなたは少し楽しそうに、そして、なんだか照れているように笑う。
私はあなたに笑われたことが恥ずかしくって顔を俯かせてしまう。だけど、あなたが照れてくれたから少し嬉しくもあった。
あなたと一緒にいると私の中のもう一人の私。外界に触れるための今の私じゃない心の底の私が暴走してしまう。だから、さっきみたいに本音が表に出てきてしまう。
それはきっと私があなたに恋をしているから。私があなたのことを大好きで大好きでたまらないから。
もし、この気持ちをあなたに伝えたらどうなるんだろうか、って思うときがある。
このままの関係がいいって言うだろうか。おんなじように好きだ、って言ってくれるだろうか。それとも、私以外の別に好きな人がいるからごめん、だろうか。
二番目の言葉が私の聞きたい言葉に決まっている。それ以外の言葉は聞きたくない。最後の言葉は特に。
だから、私は自分の気持ちを伝えれない。私の気持ちが裏切られるのが怖いから、私の気持ちが裏切られたらどうすればいいのかわからないから。
「なにを考えてんだよ」
いきなり頭を小突かれた。
「い、痛いじゃない。いきなりなにするのよっ!」
本当は理由なんてわかってる。あなたは子供っぽくって私のことをからかうのが好きだからだ。そして、私もそうやってからかわれるのは嫌じゃない。けど、私も子供っぽくってついこうやって怒ってしまう。
「悪い悪い。でも、お前、何考えてたんだよ?だいぶ、真剣な顔してたぞ。一人で解決できそうにないような悩みだったら相談してくれよな」
私のこれは悩みなのかもしれない。だけど、これをあなたに相談することは決してできない。私の悩みはあなたに私の気持ちを伝えれないこと、それをあなたに言ってしまえればもう解決したことになる。
あなたは私が頭を撫でられると嬉しいっていうことは知ってるのに、私のあなたに対する気持ちは知らない。
でも、時々だけど、本当はあなたは私の気持ちを知っていてそれを私から言わせたいんじゃないだろうか、と思うことがある。もし、そうだとしたら意地悪だ、と思う。だって、いつも私と一緒にいるあなたなら私が恥ずかしがり屋だ、っていうことを知ってるはずだから。
どっちなんだろう。……ううん、本当は私自身どっちでもいいんだ。とにかく私はこの気持ちをあなたに伝えたい。
いつも通りなら私はここであなたに「なんでもないっ!」、と言っているはずだ。だけど、今日はそうしないことにした。今日こそ伝えてしまおう、と思った。
「実は、私……」
恥ずかしくて思うように声が出てこない。あなたはあなたで私の雰囲気から何かを察したのか真剣な表情で頷く。
そんなことをされてしまうと余計に言いづらくなる。でも、言わないといけないんだ、と自分に言い聞かせてなんとか続きを口にしようとする。
「私、は……あなたのことが……―――」
覚悟を決める。これを言ってしまえば後戻りは無理だろう、と思う。
私は次の一言で今のこのいつもどおり、を壊してしまう。そして、そのあとに生まれるいつもどおりが、どんなものなのかはわからない。
「――――大好き、なの、よ。友達とか、そういうんじゃ、なくて、ね……」
ついに私は言ってしまった。この場から今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られる。だけど、それ以上にあなたの返事が気になった。だから、私はどうにかこの場にとどまっていられる。
「……やっぱり、そう、だったんだな」
あなたは私の気持ちに気付きかけてたんだ。それで、私の言葉であなたは私の気持ちに気がついた。
だったら、気がつきかけてた時あなたはどんな気持ちで私と接してくれていたの?
でも、今は答えてくれなくてもいい。今私が答えてほしいのは私の気持ちを知った後の、つまりは今のあなたの気持ち。
ドキドキ、と心臓が速く脈打つ。周りは静かなはずなのに、私には騒がしいとしか思えない。
「俺も――――」
そこで、なにかの合図のように風が吹いた。あなたを意識し始めてから伸ばした長い髪が風で踊る。
「――――お前のことが、好き、だ」
あなたの気持ちが私の心に溶け込んだ。あなたの「好き」、という言葉が私の中の嬉しい、っていう感情を最高の状態まで高ぶらせてくれる。そして、そのせいで私はどうすればいいのかわからなくなっている。
このまま抱きついちゃおう、とか、「ありがとう」、ってお礼を言おうか、それとももう一回好きだって言っちゃおうか……。
「お、おい、だ、大丈夫、か?」
「あ?え?……だ、大丈夫よ」
そう言ってから私はあなたの顔が目の前にあることに気がついた。あなたは私のことを照れているような困っているような呆れているようなそんな曖昧な表情を浮かべて見ている。
対してわたしはあなたの顔に見惚れてしまっている。
そのときに、ふと、あることが思い浮かんだ。私が思い浮かべたのは――――
キスをしよう、ってことだった。
あなたの顔はとっても近かったら唇を奪うのはとても簡単だった。目を閉じてあなたに顔を近づける。それだけのことだった。
目は閉じているからあなたがどんな表情を浮かべてるのかはわからない。だけど、呆然としてるんだろうな、というのは想像できた。
それから、私はゆっくりとあなたから離れる。初めてのキスはあなたの唇に私の唇が触れたこと、それしかわからなかった。
そんなことよりも、私は自分が意外にも大胆な行動に出たことに驚いている。そして、それと同時にさらにどうすればいいのかがわからなくなってしまっている。
身体中は熱くなっていて思考はぼんやりとしてる。
「えへへ〜」
それでもとりあえず、私はあなたに笑いかけた。嬉しすぎて気の抜けたような笑い方になってしまった。
「……おまえって、ほんとに自分勝手だよな。少しぐらい心の準備をする時間をくれよ」
「わ、私だって全然心の準備とかしてなかったわよ」
「本当か?」
あなたの一言でいつもどおりの私たちの雰囲気になってしまう。だけど、変化はしっかりと現われていた。
「それよりも、早くいかないと学校、遅れるぞ」
あなたは私の方に手を差し出しながらそう言ってくれる。
「そうね。早く行こう」
私は笑顔で彼の手を取った。
あなたは私の手をしっかりと握ってくれる。その手の温かさに私は大きな安心を抱かせる。
私は今、とっても幸せだ。あなたがそばにいてくれるから、あなたが手を握ってくれるから幸せだ。これ以上に何を望めと言うんだろうか。
私たちの恋の物語はこのときにはじまった。
Fin
長編を書いてる時に息抜きに、と書いたものでしたがいかがでしたでしょうか。
面倒くさかったので「私」と「あなた」には名前を付けてませんでしたが自分なりに結構いい雰囲気が出ていたかな、と思います。
評価、ご感想などがありましたらよろしくお願います。