#9 数的不利の交渉卓
ヴェストラッドの郊外。
空を飛べるという利点を生かしてハルキから逃げて一息ついた矢先だった。
未だ飛竜の背に乗る俺とアリーチェの元へ、ライオールが差し向けたメッセンジャー(簡易自立型機械式幻獣)からの伝言が届いた。
「どうすんだよ?」
アリーチェに聞くも彼女は口ごもる。
「あのナルミアってコが捕まってるんなら助けに行かないと」
それにハルキも居るだろう。ならばもう一度対話を。そして、誤解が生じているのならそれを解き、道を同じくする。
やるべきこと、やれることはいくつもある。そしてやらなければならないことも。
「でも……。
ライオール達だけならまだしも。
ハルキが居るなら冗談抜きでナルミアに大怪我……いえ、もっと非道いことをしかねないわ」
ちょっといたぶられるナルミアを見てみたいと思ったのは表情に出さないように苦心する。鞭でばしばし叩かれる――もちろん痣にならない程度に――とか、衣類だけを溶解させられるタイプのスライムによる……とか。
その上で、
「見捨てるわけにはいかないんだろう?
仲間なんだろう?」
「甲機精霊であるファイスとマーキュス。
これにはゼッレとアクエスが搭乗するでしょう。
それにライオールとハルキ。
それ以外に誰が居ようと大きな阻害要因にはならないだろうけど。
あそこで待ち受けているのは現在の帝国軍の戦力のほとんどを占める四人だわ。
ハルキとライオールの相手をわたしが……ドラちゃんが務めれたとしても……。
シュンタはガイアスで二体の甲機精霊を相手にすることになってしまう…………」
なるほど。戦力比は単純に四対二。二対一の状況がふたつ作り上げられるてわけか。
甲機精霊同士。それと、召喚士同士。
ともにこちらは、数的不利を享受しなければならない。
「アリーチェはそのライオールって奴とハルキの相手ぐらいなら出来るんだな?」
と、確認する。それだって大変に過酷なお仕事だろうけど。
「ええ、足止めぐらいならなんとか……してみせる。
でもドラちゃんに甲機精霊の相手はさせられない」
いかにアリーチェの飛竜が他を凌駕する能力を持っていたとしても甲機精霊には歯が立たない。やられるのがオチ。
無駄を承知で自身の幻獣に過酷な戦闘を強いるほど、アリーチェは無謀な性格を持ち合わせていないようだった。
甲機精霊の持つ力のえげつなさを既に悟ってしまっている彼女はそれでも自身の役割――何ができるのか?――を噛みしめるように絞り出す。
俺の心は決まった。
「いいさ。
ファイスとマーキュス。
それにもう一人。ハルキぐらいは俺がガイアスで。
時間稼ぎと、それこそ足止めぐらいならできるだろ。
ついでに、余裕があったらそのライオールって奴の動きも封じて見せる」
どうせハルキとは改めて話す機会を得ようと思っているのだから。
「そんな! 無茶よ!?」
「無茶かどうかはやってみないとわからない。
で、うまく言ったら隙を見てナルミアを助け出してくれ」
作戦でもなんでもない楽観論だが、そもそもとれる選択肢が限られているのだ。
ぶっつけででもやってみるしかない。
が、備えられることがあるのなら、その準備はしておくべきだ。
俺はアリーチェに聞く。
「あのファイスが使ってた槍みたいな、ガイアスも武器とかを出せないのか?
できたら、ビーム兵器とかがいいんだけど?」
「ビー……ム……?」
「なんていうか、ハルキが使っているのって召喚獣じゃないよな?
あんな感じの剣とか、飛び道具とか……」
「ハルキの戦法は自身の特殊能力を生かした召喚術なんだけど。
でもガイアスの装備は……」
アリーチェにしても、その方法がわかるなら喉の奥から発声するほど俺に教えてやりたいと言った表情で。その考え思いは俺の想像ではなくアリーチェの本心なんだろうけど。
残念ながら、アリーチェが甲機精霊について事前に得ている知識にはそこまでの情報は含まれていなかったようだ。
さらに言えば、一般の幻獣と違って甲機精霊は喋ることができない。意思表示ができない。
つまりは喚びだした当人に直接聞くという手段が途絶してしまっている。
かといって、分解なんて手段も……。
バラしても、組み立てなおせなければ意味がないし、中からマニュアルなんかが出て来ることも期待薄?
そもそも、ガイアスが部品の集合によって成り立っているのかすら判明していない。現時点では。
ガイアスの真の性能を発揮するべく情報を得ようとすればそれは喚びだしたライオールに聞くのが手っ取り早く、そして現状での唯一の方法だとアリーチェは言う。
が、それもまた不可能である。まずもって当たり前のこと。
ライオールがわざわざ敵である俺達に情報を漏らすわけがない。
唯一の希望としてアリーチェが示唆したのは、
「シュンタに召喚術を覚えてもらって、その上でガイアスの中でいろいろ試してみれば……」
というアイデア。
その場で却下――瞬殺――されたが。
というのも、召喚術というのは召喚陣を地面や頭の中に描くことから始まるらしいのだがそこに記述すべきは、この世界の人間でも難解な古代文字や記号の数々。
とても短期間で覚えられる代物ではなかった。この世界で生まれ育った人間でも時間がかかるのだから、召喚されて数日の俺にできる代物ではない。
ライオールが示した期限は今日の日没まで。
それを過ぎるとナルミアの返還には一切応じないという強気な姿勢。
俺達がのこのこと出向かなかった場合について。ナルミアを殺してしまうとかいう物騒な話が出なかったので不思議に思ったが、こっちの世界ではそういった血なまぐさいことは極力さけるのがごく普通だという。
なんとも甘い話だが……。
「ライオールだけならば……。
ほんとうにナルミアのことは心配しないでも大丈夫なんだけど……。
ナルミアには悪いけど日を改めて救出の機会を伺えば……。」
それ以降の交渉権は失うが、ナルミアの無事やその身の潔癖は保障されているとアリーチェは言う。
が、それはライオールにすべての権限が与えられており、余計な悪意が横槍を入れなかったという場合。
そしてその余計な悪意という存在が運悪く具現化してしまっている。
「ハルキ……か。
異世界人ってのは、卑怯者の代表みたいになってるんだな。
あいつの所為で」
俺まで卑怯者の仲間と認識されかねない。ただ、この世界よりちょっと人道的に劣った価値観を持つというそれは、ある意味では真実であるのだが。
「もちろんシュンタは違うってわかってるわよ」
それは過大評価だな。
俺にもまだこっちの世界の道徳感とかが理解しかねるがなんとなく俺の生きてきた世界よりも崇高な理念に基づいているような気はしている。
多分、俺が人質を取る立場だったら、首に刃物でも突き付けて相手を脅すだろう。
それがブラフであったとしても。
そういうシーンを数々のフィクションで目にしてきてるんだから。
とまれ。
俺とアリーチェを乗せた飛竜が飛び立つ。
誘われたんだから、期限を切られたんだからその誘いに応じないわけにはいかない。
せいぜいひと暴れしてやるさ。
ピンチになったらその時はその時。
異世界召喚ものやSFロボットアニメのテンプレ展開にありがちな……お約束ならそこでガイアスの新たな力が目覚めたり、俺の窮地を救ってくれるはずだという希望的観測を胸に抱く。
ヴェストラッド郊外の開けた場所。ライオールに指示されたその地点。
上空からでもわかる黒髪の人物。
それに金髪青年、赤髪少年、青髪少女。
アリーチェによると、ハルキにライオールにゼッレにアクエス。
帝国軍の上位四傑(アリーチェ談)がそろっている。
それから、ナルミアを取り囲むように数人。おそらくはそのほとんどが召喚士だということだが、アリーチェ――飛竜のドラちゃん――や甲機精霊であるガイアスの相手になるほどの力があるという可能性はひどく少ない。
必要最低限、現状確認としてそれ――相手方の戦力分析――だけを伝えるとアリーチェは飛竜をゆっくりと降下させた。
帝国側での交渉のテーブルにつくのはライオール。
ハルキ、ゼッレ、アクエスはその背後で睨みを聞かせている。
「おとなしくガイアスを返せばナルミアともども、ここは見逃してやろう」
完全なる上から目線で――まあ、当然といえば当然だが――ライオールが語る。
「その前に、ハルキと話をさせてくれ」
俺は訴えたが、当のハルキが目をそらす。何事も発しない。
「こちらの要求は伝えたはずだ。
ガイアスの返還。それは俺が召喚したもの。
どう考えても、スクエリアに所有権が発生するはずがない。
それと引き換えにナルミアの解放。
それ以外の要求には応じられん」
「だけど!
甲機精霊なんて!
世界を滅ぼす気なの?」
アリーチェの叫びにライオールは、
「大げさな。たかが召喚獣ではないか。
なにも俺はこの力でスクエリアを滅ぼしてしまおうと考えているのではない。
ただ、歯向かう気を失くしてもらえばそれでいい。
それは一度戦えば、十分だろう。
無駄な犠牲は最小限で抑えられる」
抑止力としての巨大戦力。ライオールが言っているのはそういうことだろう。
帝国が甲機精霊を独占し、それを前線で運用し続ける限り。
確かに、アリーチェ達スクエリア陣営は抵抗する意思を指揮を失いかねない。
それは……、平和へ繋がるのか?
偽りの平和。詭弁の安寧。そうじゃないのか?
俺の想いを代弁するようにアリーチェが叫ぶ。
「詭弁よ!」
「とにかく、ガイアスは返してもらおう。
そのために来たのだろう?」
俺は叫ぶ。
「知ったこっちゃねえ!
起動!!」
風景が変化する。人間であった俺の視点からガイアスの視点へと。
「ほら、いわんこっちゃねえ」
ハルキがナルミアの元へと走りだすがそれをアリーチェの飛龍が牽制する。
視線を戻すと俺の目の前には赤と青の二体の巨体。
とにかくこいつらを沈める。もしくは最低でも俺が二体を引き付ける。
それが俺の果たすべく役割だ。
「いざ! 勝負ですわ!
ゼッレの受けた先日の屈辱を晴らしてさしあげましょう!」
マーキュスが弾むようなステップで動き出す。
先手必勝とばかりにガイアスを走らせて距離を詰めようとするが、相手もそれに合わせて動く。
「逃げようってのか!?」
もしくは、中長距離での戦う術がある?
「ものには適材適所というものがある」
赤い機体から聞こえた声は、前の戦いで聞いたゼッレとかいう奴の声じゃなかった。
「ライオールだっけ? あんたが乗ってるのか?」
ゼッレの赤い髪は確かにナルミアを取り囲んでいる数人の中に見て取れた。
「ゼッレは一度は敗れたがそれは、己の未熟さゆえ。
良い手本を見れば、まだまだ伸びる人材だ。
ガイアスを無事に取り戻せた暁にはゼッレこそがこの機体の主。
だが、今は目的遂行のために、最善を尽くすまで!
それには、ファイスの性能を最大限引き出せる俺が乗るのが妥当」
まあ、始めに見た時からいけ好かない奴っぽいと思っていたが。
想像以上の自意識過剰、自信家のようだ。それ自体はとりたてて嫌いなタイプではないが、俺を前にしてそんな台詞を吐くのが気に入らない。
「ならその手本とやらを見せてもらおうか!」
立ちはだかるファイスへと突進を試みる。
その間中、マーキュスが小刀のようなものを投擲してくるが、ガイアスの装甲はそのそれぞれを弾き返す。
当るたびに体が多少ちくちくと痛むだけだ。
こんな攻撃でも魔力は徐々に消費しているのかもしれないが構うほどの事ではない。ことを短期決戦として終わらせることができるのならば。
ファイスのどこからともなく出現させて付きだしてくる燃えるような紅槍を右腕で弾き返しつつ、一気に懐へと。その胴体に手を回す。組みつく。
「おりゃあ!!」
俺の繰り出した技。それは柔道で言うなら裏投げ。ポピュラーな言い方をするならばバックドロップだ。
もっともその違いが厳密になんで一般の知名度的にはどっちが上かは知らないが。
「ライオール様!!」
青い機体からアクエスが叫ぶ。
「ぐふぅ!!」
赤い機体からライオールの嗚咽が漏れる。
そこはかとないダメージを与えたことを確信して俺はファイスへと加撃を試みる。
ストンピングを敢行する。前に倒した方法。美しさには欠けるが効果的な方法。
つまりは寝ている相手を蹴りまくる。
二対一であれば、とれる戦法は限られている。
隙あれば一体をとことん痛めつけて個別に撃破するのが手っ取り早い。
が、流石にそれを黙って見逃してくれるマーキュスではない。
二~三発蹴りを入れたところで、
「ライオール様になんて仕打ちをするのでしょう!!」
俺の脇腹にマーキュスのドロップキックが炸裂する。
ガイアスは、バランスを崩してよろめくが、倒れ込むことまではしなかった。
その両足は俺の意思で大地を噛み、踏みとどまる。
さすがは防御特化型。鈍重なフォルムは見た目おどしではないようだ。あるいはマーキュスの重量がガイアスと比べて軽量なのが幸いしたか。
だが、そうして出来たその隙にファイスは立ち直る。
「今のはお前の力を試すためにわざと投げられてやったわけだが……」
「そんなお約束いらねーよ!!」
叫んで応戦しつつも、やはり状況は二対一。不利なことには変わりない。
さっきの言葉が真実であったのかそうでなかったのかは知る由もないが、ファイスはそれ以降つかず離れずで……俺に不用意に接近を許すような隙は見せてくれない。
マーキュスも地味な牽制をひたすらに続ける。
俺の魔力を削る、ただそれだけに専念している。
ちらりとアリーチェを確認するが、彼女は彼女でハルキの攻撃を躱すので精一杯のようだった。
すなわち、どちらも劣勢。ナルミアを救出する余裕なんてどこからもひねり出せそうにないなり。
勇みこんでみたはいいものの。
ジリ貧の未来がほの見える。
逆転の目を掴もうにも、ピンチを迎えないと覚醒イベントって奴は起きにくい。この状況ではそれは望むべくもないように思えた。
今、この時点では。