#25 こうそく
森の中でアリーチェが目を覚ます。
「んっ……んん…………」
「アリーチェっ!」
ナルミアが安堵の叫びをあげた。
「こ、ここは……?」
アリーチェはゆっくりと上半身を起こして周囲を見渡す。
「ロムズール要塞の近くだよっ。
無魔の小径のすぐ外側っ」
ナルミアの説明を受けながら記憶を呼び起こす。
アリーチェの記憶の中では、ファイスとマーキュスとの交戦がいましがたの出来事であった。
そして……その後……。
ファイスがミクスに放った熱線をドラちゃんが受け止めて……。
そこまで思い出して、アリーチェは目を閉じる。
その直後に、首を振り、
「……シュンタ!? シュンタは?」
と少しでも状況を把握しようと努めた。
「戦ってるわっ」
ナルミアの言葉にアリーチェは表情をより一層曇らせる。
「大丈夫なの?
……一人……でしょ?」
「止めたよっ?
無茶だってっ!
でも、行っちゃったんだもん……」
アリーチェが覚醒するまで、ナルミアは一人で付き添っていた。
帝国軍たちは本拠地へと返り、魔力を温存するためにミクスも還したのだった。
魔物の出没する森の中で二人きり。
スクエリア陣営では、上位二傑に入る召喚士ではあるが、飛竜を失ったアリーチェと残りの魔力もわずかなナルミアは戦力としては、微々たる存在となってしまっていた。
魔物に襲われようものなら、ミクスを召喚して魔力の尽きるまで戦って貰うことしかできない。
それでもミクスの実力からすれば二人の安全を担保するぐらいなら十分であるのだが。
「行こう……ナルミア……。シュンタのところへ……」
アリーチェがよろよろと立ち上がる。
「あっ、まだ無茶したらっ」
ナルミアが制止するが、アリーチェはその手をやんわりと振り払った。
「わたしは大丈夫……。
それよりも。
なんの力になれなくても。
シュンタをこの世界に導いた責任が、わたしにはあるの。
せめて……見届けないと……」
自らの……、長年一緒に過ごした幻獣、飛竜のドラちゃんを失った。
アリーチェの胸の内は深い悲しみに占められているはずだろう。
それでも彼女は前を見据える。
過去をを振り返らずに。それはいつだってできるのだから。
今という時代を、セカイを見定める。
それが自分たちに過酷な表情しか見せなくとも。
彼女には、彼女たちにはこの世界で生きていくしかないのだから。
「そう……ねっ」
アリーチェの想いを感じ取ったアリーチェにナルミアが肩を貸す。
二人はより添ってゆっくりと歩き出す。ロムズール要塞へと。
帝国軍の布陣の最中へと。ガイアスの、シュンタの元へと。
その二人の姿を見つめ、ゆっくりと背後から迫る人影があった。
気配か、その足音に気付いたアリーチェが振り返る。
「誰?」
そこに姿を現したのは黒ずくめの少女。
不恰好なツインテールを両側頭部にぶら下げたハルキだった。
「ハルキっ!?」
ナルミアが身を硬直させる。ミクスを召喚しようかと身構えるが、
「無駄に魔力を使うことはないさ。
こっちも魔力はほとんど残ってない。
争うつもりも力も無いからさ」
とハルキに言われ、緊張を若干ではあるが緩める。
「何の用?」
アリーチェがハルキに尋ねる。
「あの飛竜……」
「ドラちゃんのことっ?」
「きっと……、生きてる……。
しばらくは会えないけど……。
絶対もう一度喚びだしてみせる。
すぐには無理だろうけど……」
アリーチェは心の底からそう考えていた。
魔力の残量が少なくなり、自分たちの世界への帰還すらできずにこの世界で散ってしまった幻獣は二度と喚び出せない。
それはこの世界の常識ではある。それが幻獣にとっての死と同義なのかは定かではないが、それでも召喚士から見れば変わらない。この世界の人間にとっては死ぬことと変わらない。
だが、希望はゼロではない。とアリーチェは信じようとしていた。
ライオールが古代の術式を次々に解き明かして、機械幻獣の召喚や複数共用召喚陣の設営を行っているように。甲機精霊の召喚をやってのけたように。
スクエリアでのアリーチェもまた召喚術に関しては開拓者であり開発者なのである。
異世界転生召喚陣でハルキを喚びよせたように。
異世界召喚陣でシュンタを喚んだように。
ドラちゃんをもう一度喚ぶための召喚陣を何年かかっても編み出す覚悟と決意を抱きつつあった。
それを、ハルキに伝えた。
元は自分が喚んだ者とはいえ、現在は敵であるハルキに何故そんなことを言ったのか、アリーチェにはわからなかった。ただ何となくということなのかもしれない。
ハルキの表情から何かを読みとったのかもしれない。
そんなアリーチェに向かってハルキは言う。
「あの飛竜。
おそらく、もうあの姿でこっちに喚ぶことはできないだろう」
「……どうして?」
ハルキの意図やその言葉の根拠がわからずにアリーチェが尋ねる。
「わからないのか?
次元の狭間を彷徨っている魂を?
感じないのか?」
「どういうことなのっ?」
「俺は……一度死んだことがあるからわかるんだ。
こっちでの活動基盤を失った幻獣は、確かに生きて元の世界に帰る奴もいる。
だけど、あの飛竜はそれを望まなかった。
なんとかして、アリーチェの力になろうと自らの魂を……魔力をこの世界に繋ぎ止めようと、今ももがいている」
ハルキの説明によれば……。
活動限界を迎え、もはやこの世界に滞在まれなくなった幻獣は自らの意思でその後の運命を選べるのだと言う。
それは、かつて転生と言うイベントを行った経験のある――幻獣と人間の境界に属する――ハルキだからこそ感じ取れたことである。彼女以外に消滅を迎えた幻獣の行く末を理解するものは居ないだろう。
通常であれば、幻獣はこの世界――フラットラントとの関係をすっぱりと断ち切り、自分たちの世界へと還っていく。
そうであれば皆が考えるとおり、もう二度と召喚することは叶わない。
が、ドラちゃんはそうはしなかった。
なんとか自らの魂をこの世界に繋ぎ止めようとした。
それは……、特別な術式によって再度召喚できる可能性を残すということを意味する。
「じゃあっ! ドラちゃんはまたアリーチェの幻獣として復活できるのっ?」
が、ハルキの表情は曇る。他人事ではないというように。
ハルキもまた、帝国に属しながらも、スライムを消耗品のように扱いながらも。
幻獣に対しての理解を示しているのだろうか?
「元の姿で前と同じように……という意味では無理だろう。
宿るべき肉体は消滅してしまってるからな。この世界にも、ドラちゃんとやらが元居た世界にも、それはもはや存在しない……」
「……それなら…………」
アリーチェの声が沈む。
一旦湧き上がりかけた希望が失われた二重の悲しみのために。
「これを……、ヒラリスから預かってきた」
ハルキが一枚の紙片をアリーチェに手渡す。
「これは……」
アリーチェがその紙に書かれた召喚陣の術式をじっくりと吟味するように眺める。
「なにっ?」
ナルミアが急かすが、アリーチェはただ黙って読み解くのに力を注いでいるようだった。
「それが読めるのなら。
意味はわかるはずだ」
ハルキはそれだけいうと身をひるがえす。
「どうして!? これを?
敵であるハルキが?」
「敵か……。
確かに……。俺は帝国に属していたさ。まあ、今だってそうなんだけどな。
だけどそれは単にお前たちの作る飯がまずかったのと、あとは手っ取り早く出世できそうだったからだ。
だけど……。ライオールの奴は力を付け過ぎた。
このままじゃあ、最強の二文字はあいつの元で輝くようになっちまう」
「だから……? それだけのために?」
ハルキは一旦立ち止まり、振り返る。
「まあ、帝国、というよりライオールが盤石の態勢を整えてこの世界を統一、そして平定してしまうよりもどっかに対抗勢力があってくれたほうがいい。そんな酔狂なことをやろうってのはスクエリアのお前らぐらいだろ?
それに、ライオールよりお前らのほうが御しやすいっていう個人的な都合込みでの話だ。
ヒラリスへの借りを返す意味もあるしな」
それだけを言うと彼女はもう語るべきことはないというふうに、そのまま森の奥へと消えて行った。
「ハルキ……」
「ねえっ? アリーチェっ?
なにっ? なんだったのっ?」
「ヒラリスがくれたこれは……。
わたしの理解が間違っていないのなら……。
甲機精霊の召喚陣だわ」
「甲機精霊!?
でもそれって、日食とか特別な時にしか使えないんじゃあっ!?」
「違うの。既に存在する……誰かが過去に創った甲機精霊を喚びだすんじゃなくって。
新たな甲機精霊を生み出すための召喚陣よ。
これなら、今だって……。
使用できないことはないわ……。魔力もほとんど必要ない。
ただ……」
「ただっ?」
「甲機精霊を創りだすためには幻獣の魂が必要なの」
「魂っ?」
「そう……幻獣の魂よ……」
「じゃあ……、ひょっとしてドラちゃんはそのために……」
「わからない……。
でも…………」
アリーチェは迷っていた。
ドラちゃんの魂を憑代にして、甲機精霊を作り出す。
それができればシュンタの増援に向うことができる。
本当にそれが、ドラちゃんの望みなのか……。
今一度……、今一度その声が聞けたなら……。
◇◆◇◆◇
「ふっ、さすがの甲機精霊ガイアスも機械武神の前には子供の遊び道具にしかすぎんようだな」
ライオールの勝ち誇ったような言葉に、歯噛みするしかない状況だ。
「白い悪魔め!
だけど!
機体の性能差が勝敗に即座に結び付くわけじゃないってことを見せてやるさ!」
強がってはみたものの。
俺のライフゲージは残り一割をきっている。
ガイアスハンマーは、ライオールの機体の速度に対応できていない。
かといって他の武器もない。
接近戦になど持ちこめるような可能性は限りなく薄い。
このままじゃあ、考えたくもないがぶっちゃけ言えば負けてしまう。
誤算だった。甲機精霊が最強機体じゃなかったなんて……。
それをあっさり超える機体を持ち出されるなんて。
いや、まだだ! ガイアスには眠れる力があるはずだ。
今の苦境は逆転のフラグにしか過ぎない。
それを信じろ。諦めるな。根拠なんていらない。
異世界のセオリーを、自分が主役なんだと信じるんだ。
とは思いつつも。心のどこかではわずかながら後悔し始めていた。
怒りに任せて無策で敵の掌中に飛び込んだことを。
そして何より悔しいのは負けることが即座に命を失うことではないという事実を心のどこかで安堵感として抱いてしまっていることだ。
俺には……。覚悟が足りない……。
そんな想いで……。勝てるわけがない……のだろうか。
「ふっ。ハルキから聞いたことがある。
お前たちの世界では、別の世界から召喚されたもの、あるいは別の世界に転生したものがその世界での強者として自動的にのし上がれるシステムになっているようだな?」
どこの異世界WEB小説の話だよ!? と思いつつも。
「そうだよ!
だから、所詮お前は噛ませ犬なんだ。
英雄となるのはこの俺か、何かの間違いがあってもハルキだからな。
それ以外の人間であるはずがない」
俺は精一杯強がった。
「しかし、状況を見るにどうだ?
手も足も出ないとはこのことだろう?
これは試作壱号機。まだまだ発展途上の機体なのだぞ」
「またどっかで聞いた名前を……。
ハルキの入れ知恵か?」
「まあ、そういうな。
俺もお前たちの世界に興味があるのだ。
甲機精霊や、機械幻獣のような機械兵器が数多く存在し、力こそが全てであるというその世界が」
「いや、それって多分現実じゃなくってアニメの話だと思うけど?」
ライオールが言うのが戦車や戦闘機であれば現実だが。どうやらそっち系ではないようで。
ロボットアニメの知識に毒されていそうだったのでやんわりと指摘してみたが、自分に酔ったようなライオールは聞く耳を持っていなかった。
「いずれ、俺はフラットラントで覇者となるだろう。
その後は、いわゆる異世界にその手を伸ばす」
「なに?」
「つまりは俺自身が異世界トリッパーとなるのだよ。
その際にはチートなりなんなりの特殊能力が与えられ、真の俺TUEEEEに目覚めることになるだろう」
「異世界人でチートとか俺TUEEEEとか言う奴は初めてみた!」
異世界人が地球へと召喚される逆輸入ものもあるにはあるが、どちらかといえばマイナーだ。それが『俺TUEEEE』を目指すなんていびつすぎる。
「それが最強の称号なのだろう?」
「なんかいろいろ間違っているような気がするが……」
「まあよい。それはガイアスを下してお前を俺の軍門に下らせてからゆっくりと教えて貰うことにしよう。
じっくりと時間をかければ、他の世界へと転移する術式もみつかろうぞ。
まずは、この世界での最強を不動のものにする。
ガイアスにはそのための踏み台となってもらう」
「俺を踏み台にするっていうのか?」
「見せてやろう。試作壱号機の次なる進化を!」
試作壱号機(多分正式名称はどうにか略したらGP01とかになってしまうのだろう)の機体中から光が漏れ始めた。
それに吸い寄せられるように、機械幻獣の部品が集まっていく。
「な!?」
見た目はそれほど変わっていない。若干マイナーチェンジしただけだ。
が、そのヤバさはわかる。
追加でくっついた部品はどう見ても推進器だ。
「これが、試作壱号機の第弐の姿、高機動形態だ!
その名もフルバー……」
「言わせねえよ!」
俺はガイアスハンマーを試作壱号機に向けて投げつけた。
「遅い!」
が、ライオールはいとも容易くそれを躱してみせる。
本来であれば宇宙用のバージョンのはずなのだが、そこはそれ。
地上での移動速度を極端に向上させるための改造であるようだ。
「あきらめたらどうだ?
魔力も尽きかけ、機体の性能では遠く及ばない。
勝てる見込みなどまったくといっていいほど存在しないのだぞ?
俺に仕えるのであれば、ゼッレやアクエスとともに甲機精霊部隊として、良き待遇を保証するが?」
異世界までやってきて……。
現地人の下で宮仕えなんて……。
地球人としてそんな境遇は絶対に……。
でも……。これだけの圧倒的力の差を目の前にして……。
魔力も残り少なく……。
俺に何ができる……?
活路は……?
一体どこに……?
それでも俺は、ガイアスに首を横に振らせる。
ライオールの機体をじっと見つめる。
「よかろう。その意思が無いのであれば。
力ずくでそれをわからせてやるだけだ!」
試作壱号機が、スラスターを全開にして――それでも警戒を緩めることなく――ジグザクにガイアスに迫ってくる。
「くそう!」
やぶれかぶれにガイアスハンマーを発射するが、もちろん高速で移動する機体に命中させることはできない。
ライオールの振りかぶる剣がガイアスを捉えようとする。
これを食らってしまえば……。
残りのエネルギーは全て失われるだろう。敗北の二文字が頭をよぎる。