#24 がつたい
「なっ……」
目の前に広がる光景に言葉を失いかけた。
わかっていた。帝国軍が盤石の態勢で待ち構えていることは。
だけど……今は退けない。
その想いでここまで来た。危険は覚悟の上。
「テッキ・ハッケン! サンジ・ノ・ホウコウ!
ガイトウ・キタイ・ハ・ガイアス……イッチリツ……キュウ・ジュウ・キュウ・パーセント!」
隠密行動などという概念も無く、その手段も持ちえず、ただ帝国の本陣を目指して進んできた俺はあっけなく歩哨に発見される。
機械幻獣の一種なのだろう。
ドラクエのキラーマシーンをスリムにしたような機体が、カリカリと音を立てながらどこかと通信しているようだ。
5体ほどいる。
ガイアスハンマー(ガイアスTJハンマーに改名)で粉々に砕いてやろうかと身構えたが、その隙を与えぬよう、こちらの動きより先に敵は撤退していく。
どうやら、見張りという役割に徹しているようだ。
そしてその背後には。
数十体もの幻獣が待ち構えている。もちろん臨戦態勢だ。
奴らの狙いはこの俺、ガイアスなのだ。
構わない。このまま突き進むのみ。
障害があれば蹴散らし、ライオールの元へと。悪の源流を堰き止める。そのために。
「第一から第五小隊は、応戦に当たれ!」
帝国軍の召喚士――おそらくは隊長格――の号令で、数十体の機械幻獣がガイアス向かってくる。
そのどれもに共通しているのはガイアスのような装甲を持たず、内部骨格剥き出しのような脆い外観。
それと、ロケットランチャーのような飛び道具をそれぞれに背負ったり、腕に構えたりしている。遠距離攻撃用の武器で武装している。
その機械幻獣部隊によって弾幕が張られる。
ガイアスの残りエネルギーゲインは20%を割っている。
無駄に魔力を消費するわけにはいかない。
「食らうかよ!」
俺は、ガイアスハンマーを振り回し、盾の代わりにする。
高速に回転する鎖で飛んでくる弾丸を弾こうという算段だ。
至近で、目前で爆裂音が鳴り響くが、どうやら敵の第一波のほとんどを食い止めることに成功したようだ。
「なに! あのモーニングスター!
防御に利用が出来るだと!」
名もなき兵士が声を上げる。
「あいにく急ぎなんでな!
お前らのパーソナリティーに触れている時間はねえんだ!」
俺は、ガイアスハンマーを操り、一気に数体の機械幻獣を蹴散らした。
「ダメです! 我々の機体では!
あれほどの威力の攻撃に対してもちません!」
「ええい! うろたえるな!」
「そうは言っても!」
一瞬で帝国軍の最前線が潰滅。阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
いくら、自分の身にまで被害が及ばないとはいえ。
一撃で幻獣を砕きつぶされるショックたるや相当なものだろう。
俺に遠慮はない。遠慮はいらない。遠慮はみせない。他の幻獣と違って機械幻獣には心がないのだから。
一気に破壊することになんの躊躇いも持つべき必要を感じない。
ミクスやドラちゃんのような温かい心を持つ幻獣ではないのだ。
いくらでも非情になりきれる。
◇◆◇◆◇
「第1~第十小隊までが潰滅した模様です」
アクエスの声には緊張感の成分は少ない。
「ふむ……」
それを聞くライオールもさも当然という表情だ。聞き流しているようでもあった。
ガイアスの猛攻からなんとか逃れ、ゼッレとアクエスはライオールの元に報告に赴いて来ていた。
「ガイアスの武装の力。あれは脅威です……」
ゼッレが力なく言う。
彼は、いましがた、自らの犯した焦行ともいうべき行いと、その後にガイアスから這う這うの体で逃げ出したという恥辱をようやっと説明終えたところである。
「ファイスとマーキュスの二体をもってしても抑えきれんか。
ならば、いくら数に物を言わせたところで機械幻獣では相手にならんな。
まあ、幸いにして機械幻獣は召喚士が存命である限りは幾らでも補充が利くが」
そう呟いたライオールは事態をどこか他人事のように俯瞰しているようでもあった。
「ですが、機械幻獣と甲機精霊で連携すれば、ガイアスを墜とすこともできましょう。
いくら魔力含有量に稀有な素質があるとはいえ、相手も同じ人間。
ガイアスの搭乗者の魔力が尽きるのにそう時間はかからないはずですわ」
「そう……ですね。
過ぎたるは……。
自分で言うのもなんですが、どうかライオール様。
僕に挽回のチャンスを」
アクエスとゼッレから再出撃を乞われてもライオールは眉一つ動かさない。
ただ黙って空を見つめるのであった。
「ライオール様……?」
不審に思ったゼッレが問いかける。
そこでライオールの表情に笑みが浮かぶ。
明るさではなく、闇の成分を携えた不気味な笑みが。
「すべては序章だった……。
今のこの時のため。
甲機精霊の召喚も。
あえて、敵の手……スクエリアにガイアスが渡るように拙い策に乗せられたふりをしたのも。。
そして複数共用召喚陣を敷設して大量の機械幻獣を召喚さしめたのも。
すべてはこの時のため。
そんなものは俺の最強を彩るエッセンスに過ぎない」
「ラ……」
名を呼ぼうとしてアクエスは言い澱んだ。
ライオールの顔から普段の精悍な表情は消えていない。
闇に墜ちたわけではないだろう。
だが……、いつものライオールではない……ような気がしてならない。
野望を胸に秘めているのは常態ではある。
が、この時のライオールはそれを誇示しすぎている。
そしてそれは、この世界にとって良き事象をもたらすのかどうか? 彼女には知る由もなかったのだった。
「休んでおけ。ゼッレ、アクエス。
ただ、見ているがよい。俺の戦いを。俺の力を。
ガイアスごとき、今の俺には敵ではない。
無理に参戦して俺の邪魔をするのもやぶさかだろう?」
「ですが……」
言い返そうとしてゼッレはひとつの答えに行き当たる。
ライオールのこの自信。どこから来るのだろう?
彼はかつて言ったことがある。甲機精霊に対抗するには甲機精霊をもってするしかないと。
であれば……。
いつかの時のように。ファイスをライオールが使用するのであろうか?
であれば、自分に休息を与えられるのもうなずける。
ライオールであればファイスの性能を極限にまで引き出すことも可能である。
第四武装などが解禁となれば、現状のガイアスとも互角以上に戦えるはずだ。
しかし、マーキュスまでも……。アクエスにすら黙って見ていろと言い放つ。
それで勝ち目はあるのだろうか?
いかにライオールとはいえ、ガイアスの前にものの数にもなっていない機械幻獣とファイスだけで、ガイアスを討つ絶対の自信がどこから来ているのか?
ゼッレはそんな思いをなんとか言葉にする。
「では、ファイスはライオール様が?」
が、ライオールの返した答えは、ゼッレのそしてアクエスの想像を超えていた。
「思いのほか短かった」
ライオールが何を言おうとしているのか、それを聞く二人にはまだわからない。真相を告げられていないのだ。
「確かに、甲機精霊。その能力はこれまでの幻獣の力を遙かに凌駕し。
時代を変える力、抗えないものと信じられるようになった。
が、それすら、わずかな時の間の最強神話。
真の最強は甲機精霊などとは比べ物にならない次元に到達せねば手に入れられまい」
「「……」」
ゼッレとアクエスはライオールの話の意図を理解できず言葉を失う。
ライオールはそんな二人を残して戦場へと赴く。
「見ているがよい。
俺が、なんのためにロムズール要塞に巨大な召喚陣を描いたか。
そして、甲機精霊の力というのが、神話における英雄たちに遠く及ばない存在であるということを。
それに匹敵する力は俺の手によって初めて甦るのだということを」
◇◆◇◆◇
「次から次へと!」
自然と慨嘆が口をついて出る。
もう何十体の機械幻獣を破壊してきただろう?
その数を数えることすらやめてしまった。
倒しても倒しても、巣穴から湧き出る蟻のごとく。
機械幻獣の数は減らない。
どうやら、機械幻獣を破壊しても召喚士の魔力はそれほど失われないようだ。
自らの機械幻獣失った召喚士はそのまま召喚陣に戻り再召喚して戦列に復帰してくる。
そうでも考えなければつじつまの合わない現象。
召喚士の数に比べて粉砕した機械幻獣の数が多過ぎるのだ。
「それでも!」
それでも……。俺は、ライオールの元へ向かうために。
鉄球を振るい続ける。
敵の機械幻獣を破壊し続ける。
修羅のごとく。
ガイアスが俺の意思に応えて、今までより数段高い次元で動作する。
敵からのダメージはほとんど受けない。
遠隔攻撃はガイアスハンマーで弾き返すか、避ける。
そして敵の接近は許さない。
わずかに魔力が回復していっているようだ。
自然回復なのか。それともガイアスの眠れる力なのか。
2割ほどだったライフゲージはそれでもようやく3割に届いた程度。
が、立ち止まれない。
敵を打ち払いながら、一歩一歩前へと進む。
まずは、召喚陣を消滅させるほうが先か。
いくら復活を阻止するためとはいえ、召喚士に矛を向けるまでの覚悟は俺にはまだなかった。
ならば、元を立つにはそれしかない。
「茶番はそれくらいでよいだろう」
ガイアスの目の前にライオールが姿を見せる。
甲機精霊にも搭乗せず。
幻獣も従わせず。
たった一人。体ひとつで。
「ライオール!」
激情が叫びとなる。
「ガイアス……。
良い機体だ。
それに、シュンタとか言ったな。
スクエリアのパイロットよ。
お前のその才能。
ゼッレやアクエスに分け与えたいくらいだ。
実にうまく甲機精霊を使いこなしている」
「御託はいい!
俺は……、お前を討ちに来た!」
「なんのために?」
ライオールが若干興味を引かれたというような表情で問う。
「もちろん……。
それは……。
悲しみの連鎖を止めるため……。
戦争を終わらせるためだ」
「一度聞いてみたかった。
シュンタ。お前はこの世界の人間ではないという。
そんなお前に、この世界の何がわかる?
なぜ、帝国に牙をむく?
スクエリアの連中から何を学んだ? いや吹き込まれたのだ?
帝国が悪だという絶対の根拠でもあるのか?」
そんなもの……。これっぽっちもない。
元々、ツインテールに惹かれてなし崩し的にアリーチェについて行っただけのこと。
だけど……。
今は違う。帝国の理念。その歪み。それがなんとなくだが理解できるようになりつつある。
「アリーチェの幻獣が死んだんだ。
それをやったのはファイス。
お前のところのゼッレだ!」
「戦争なのだぞ?
犠牲はつきものだ。
しかも幻獣であれば。
アリーチェほどの召喚士であれば、新たな幻獣と契約を結び、従わせることも容易いだろうに……」
「お前の! お前たちのそういうところが気に入らねえ!
幻獣は消耗品じゃない。
ミクスみたいに……。ちゃんと喋ってちゃんと考えて。
人間と対等な存在のはずだ!」
「ふむ……。
俺とは相容れぬな。
それがわかっただけでも収穫とするか」
「なにをごちゃごちゃと……」
「まあよい。
お前の望みは叶うだろう。
戦争は終わる……」
「……!?」
「このライオール・フォン・フリオミュラの手によって!」
「……」
「集え! 我が機械幻獣達よ!
そのために喚びだしたのだ。
一体ずつでは甲機精霊に遠く及ばなくとも。
その力を結集すれば、ガイアスなど遠く及ばぬ性能を秘めた兵器となろう!
機械幻獣融合合身!!」
な……。
何が起こっている?
機械幻獣達が……自壊……崩壊していく。その部品がバラバラになっていく……。
秩序から無秩序へ。
そしてそのばらばらになった部品が……一か所に。
ライオールに向って飛んでいく。集まっていく。無秩序から秩序へ。
「これが!
これこそが!
幻獣の理を超えた機械幻獣の真の力!
甲機精霊を超える力!
機械武神(仮)だ!!」
ライオールを中心として、集まった機械幻獣達の欠片が。
一体の巨大ロボットへと姿を変えた。
その大きさはガイアスの1.5倍~倍近く。
洗練されたフォルムは、西洋の騎士甲冑のようなシルエットの甲機精霊とは明らかに違う。
本物の。SFアニメのロボットのようなデザイン。
双眼に、ご丁寧に額にはVの字のアンテナまで。
白を基調にしたボディに赤、青、黄色のトリコロールカラー。
画像にしたら駄目な奴だ。
「まだ試運転の段階だ。
大した性能は発揮できまい。
が、甲機精霊相手には十分すぎるほど。
武器は……そうだな。
手始めに……」
と、ライオールが機械武神の腕を振り上げる。
その元へと、余っていた機械幻獣の部品が集まって、剣の形となった。
「これでよい。
名付けて機械消費剣。
耐久性に難があるが、材料は幾らでも転がっているからな」
機械武神はさらにもう一方の手に剣を取らせた。
確かに、それでも未だ姿をとどめた機械幻獣も居れば、余ったとみられる部品も転がっている。
「参る!」
号令とともに、機械武神が突進してくる。
「!? 疾い!」
ガイアスハンマーを構えるのも間に合わず、なんの防御もできぬまま二本の剣での連撃をモロにくらう。
一気にライフゲージが一割ほど削られる。
「簡単に勝負がついてしまってはつまらんのだがな?」
余裕の口調で機械武神が言いながらデモンストレーションとばかりに飛び跳ねるような動作をしてみせる。
無理だ……。この速さ。そして今の一撃の重さ。
ガイアスの……甲機精霊の遙かに上を行っている……。