#19 二体目の黒騎士
「馬鹿か……」
心底呆れたのか、いつもの奇襲はどこ吹く風。いっこうに攻めてこないハルキやその部下達を放置して、俺はナルミアに説明を試みている。
どうやら、ハルキ以外の帝国兵士もそれに興味を魅かれたのか、つぶさに耳を傾けてしまっており、今のところは戦いどころではないようだ。
「つまりな。あるだろう? この世界にも物語が? 伝説とか英雄譚みたいなやつ。
そういうお話で、例えば戦争が終わったら結婚するって約束したりとか。
あとは……そうだな、今度生まれてくる息子にプレゼントを持って帰ろうと決意したりするとか。
そういう行動は、死に繋がるんだよ。それが死亡フラグだ」
「なんでっ!?」
「いやだから。
未来にさ、感動的な予定が立っている登場人物が死んだら普通に死ぬより悲しいだろ?
だから、話を盛り上げるための常套手段なんだよ。
感情移入させてから落とすという技だ」
「にゃるほど!」
「それで、その中でも典型的なのが『こいつらは俺が食い止める! お前達は先に行け!』なんだ。
そこで、そいつのかっこよさがピークに達する。読者や視聴者がそいつをより好きになる。
だがな……。
そんな台詞を吐いた奴は十中八九、壁にもたれて血を吐きながら、
『約束……護れなかったな……。しかし、最低限の仕事は果たせたはずだ。あとは……頼んだぜ……』
とか言いながら死んでいくんだ」
実際には、もっと事細かに説明したのだが、ざっくりいうとこんな感じだ。
「じゃあっ!
…………。
どうすればいいのっ?」
ナルミアに聞かれるが、取り立てて名案は浮かばない。とりあえず展開を捻じ曲げるためにナルミアを残して俺達だけ先に行くというのは取り下げた。
「どっちにしろ、わたしもそれがいいと思ってたわ。
敵の数も多いし」
とアリーチェも賛成意見を投じた。
「もう……そろそろ……いいだろうか?」
と、ハルキが俺たちと自分の部下たちを見比べながら聞いてくる。
「待たせたな」
と俺は言った。どうでもよいことだったが、説明も終わり準備は完了だ。
ハルキは後背に控える帝国兵士に向かって声をあげる。
「敵は三人だ。
俺が全員ぶちのめしても構わないんだがな。
ちと考えていることがある。
甲機精霊の相手は俺に任せるんだ。
残りはお前らで相手してやりな!」
ハルキの合図で……しぶしぶと言った感じで帝国の召喚士たちがそれぞれ召喚を始め出す。
綺麗なお姉さんという感じの隊長っぽい女性がまず、昆虫型獣人――虫人と呼ぶべきか?――を喚び出す。
「ネスラム様。お喚びいただき光栄です。
今後ともご贔屓に」
卑屈で丁寧な言葉とは裏腹。その幻獣はどう見ても強さしか滲み出ていない独特の容姿をしていた。
体つきは人間、しかも成人男子の引き締まったそれ。スポーツマンを通り越して選ばれしトップアスリートのような体格。
体の表面を覆うのはボディスーツのような甲冑のような。関節部などには黒と緑を基調としたポイントアーマーが装着されていたりもする。
顔には触覚と特徴的な顎があり、目は赤く大きく、複眼のような網目。簡単に言うとデフォルメされたバッタのようだった。
つまりは……、石の森プロに怒られそうな某改造人間をファンタジー世界に向けてマイナーチェンジしたような奴だった。
「ジャグ。
これを……」
とネスラムと呼ばれた幻獣の主人が、そいつに赤い布を渡す。
「以前話したとおり。本部隊の隊長はお前だ。
戦闘指揮は任せる」
渡された赤いマフラーを首に巻いた虫人。
さらに帝国軍が続々と召喚してくるのは、ジャグと言う名の仮面をかぶったライダーにしか見えない――ベルトもしていないし、バイクにも乗ってないが――奴の亜種。
一大、ヒーロー軍団の誕生の瞬間だ。劇場版くらいでしか見れない豪華な光景。
だが、こいつらは俺達の敵であるという恐ろしさ。
開戦の鬨をあげ、ライダー軍団は一斉に走りだす。
ナルミアが即座に反応。
「ミクスっ!」
「一毛打尽だにゃ!」
応じたミクスが迎撃の態勢に入る。
「ドラちゃん! お願い」
とアリーチェも飛竜を召喚して待ち受ける。
ならば、俺のターン。
ガイアスをもってハルキを退ける。あるいは、味方にすべく説得する。
「いくぜ! 起動!!」
これで俺の視界は遙か上方。ガイアスと一体となっている……はずだった。
が、どういうわけだかそうなっていない。
俺の体格はハルキと同じ。元の人間のまま。手足も体も頭も尻も。
まったく何一つ変化していない。
「どうした? まさか生身で俺とやろうってのか?
新しい技でも思いついたのか。
それとも……」
不敵に笑うハルキ。
「? 起動!! 起動!?」
俺はキーワードを何度も口にするが、ガイアスがやはり反応しない。
まさか? ここしばらくは遊びほうけて喚び出していなかったとはいえ。
どういうことだ? ガイアスが俺の呼びかけに答えない。その姿を見せてくれない。
見限られたとか? なんらかの故障?
あるいはこれが帝国、もしくはハルキの策なのか?
「どうしたのっ」
「ちょっと見せて?」
と、自らの幻獣を戦いに放り込み終えたアリーチェとナルミアが俺のところにやってきた。
「ミクスやドラちゃんは見てなくていいのかよ?」
「あのコ達はっ。完全自動制御だからっ。問題ないよっ」
「ガイアスが起動しないのね」
で、アリーチェが俺の服をペロンと捲り、腹の魔法陣を確認する。
「あ~、どういうわけだか……。
消えかけちゃってるわね……」
消えかけ?
「ナルミア、ペン持ってる?」
「あるわよっ」
と、ペンを受け取ったアリーチェは、俺の腹に何やら書き込んだ。
「これでよし! っと。
前の召喚から時間が経ってるから、格納召喚陣が薄れてただけよ。
多分もう大丈夫でしょう。
もう一度召喚してみて」
と、ナルミアを連れて俺から距離を取る。
「……起動!!」
で、たったそれだけのことでめでたくガイアスが召喚された。
「ふっ、わざわざ倒されるために召喚するとはな」
と、律儀に待っていてくれたハルキが漏らす。
「そんなつもりはさらさらねえ!」
と叫び返す。さらに、
「いくぜ!」
と意気込んでみたはいいものの。
ふと後ろの戦いに目をやると、ドラちゃんとミクスはジャグ率いる偽(肖像権かデザイン等の侵害疑惑)ライダー軍団と一進一退の攻防を続けている。
如何に彼女らの幻獣が帝国で1~2を争う強さとは言えど。
それをわかってぶつけてきたのだから帝国軍の幻獣も精鋭揃いだ。しかもそのコンセプトまで統一しているという念の入れよう。
おそらくはハルキの入れ知恵だろう。こいつは特撮ヒーローに憧れていたところがあったはず。
とにかく、ライダー軍団が今の戦いの中では雑魚キャラ風ポジションとはいえ、その特撮ヒーローモノで一撃でやられてしまうような「イィー!!」しか言えない戦闘員とは違ってどいつもこいつもそこそこ強いようだ。
ミクスとドラちゃんだからこそ、あれだけの数に善戦できているという印象。
ならば、さっさと俺がガイアスで加勢してやらなきゃいけないのだが……。
前にハルキと戦った時もそうだったが。
甲機精霊同士であればまだ戦いようがある。スケールが同じだから。
が、ガイアスは人間や人間サイズの幻獣と戦うには不向きな機体。
どうしても弱い者いじめ的な雰囲気が醸し出されてしまうし、それ以前に、神速ともいえる移動速度、身のこなしを平気でやってのけるハルキに対して攻める手立てがほとんどない。追いかけっこをすれば負けは確実。
手加減のしようもなく、運悪く攻撃が直撃してしまえば殺してしまうだろう。
そこまでのKAKUGOは俺にはまだない。
どうしたもんかとにらみ合いが続く。
いっそ、ハルキを無視して昆虫人間軍団との戦いに割って入ろうかとも思ったが、それもまた足元に群がる蟻――デザインはバッタ系が多いようだが――を蹴散らすかのごとく。誤って踏み潰しでもしたら後味が悪い。
「ふっ」
とハルキが再び鼻を鳴らす。
「そういえば、シュンタは前からそうだったな。
変に優しいところがある。
このままじゃ戦いづらいんだろう?」
「思い出したのか? 俺とのことを?」
「少しずつだがな。
だが、先に言って置くぜ。
俺は、今のお前と、同じ道を歩くなんて気はさらさらない。
俺にあるのはこの世界を手に入れるという野望!
邪魔する奴は容赦しない。
特に、女子に囲まれてへらへらしているような奴にはな!」
「俺が……」
いつ女子に囲まれてへらへらしたんだ……って言い返そうとして思い当る節がありすぎて口ごもる。
その間にもハルキは戦いの準備を着々と進めているようだった。
「せめてもの慈悲だ。
本気を出さずに……出せずに負けたなんて言われたくないからな!
これが、俺の新しい力!!
出でよ!!」
ハルキの召喚に応じて、大量のスライム達が現れる。
そしてそれは合体とも言える現象によってひとつの巨大な物体として形作られた。
ハルキの体はそのスライムの内部に収まっている。
「我が秘術が生み出しし、新たな世界の覇者!
甲機精霊を超えるもの。
その名も<ダーク・ガイアス>!!」
スライム達はガイアスと瓜二つのロボットをかたどっていた。
ガイアスと異なるのは左腕に装着された小ぶりな盾と右腕に備え付けられたガトリングガンのような武装。
それ以外は細部はともかく大筋ではガイアスとまったく同じデザイン。
どちらかというとすべてを飲み込むような深い黒のガイアスに比べて、ダークガイアスのほうは若干艶のある黒である。
姿形を真似るばかりか、若干のバージョンアップを施したようだ。
|あれ≪武装≫が飾りではないのなら。
距離を取ってはこちらに不利だ。
俺は一気にダークガイアスとの距離を詰める。
こういう時の、攻め手、初手は様子うかがいと相場が決まっている。
鋭いローキックをダークガイアスの左足に目がけて打ち込む。
横に払う蹴りではなく、打ち下ろす蹴り。俺が格闘漫画で得た木製バッドを折るためのローキックの放ち方だ。
ぷるるんという、なんとも言えない感触と共に、ダークガイアスの左足――蹴りが命中した部分――がそぎ落とされる。
見た目に反して案外脆いのか? これなら楽勝……。
と思った刹那。
「ふっ」
とハルキが三度笑う。
「本家の甲機精霊と違って、こいつの装甲はそれほど固くはない。
が、便利なのは……。構成素材が消費幻獣のスライムだけに。何度でも補充が利くことでねえ!」
言うが早いが、ダークガイアスのへこんだ左足が盛り上がり、元の姿に復元された。
なるほど。素材がスライムで。
そのスライムをハルキが幾らでも召喚できるのなら……。
多少のダメージはすぐに回復される。
「ならば!」
と俺は、こういう時にとるべき策を遠慮せずにぶつけてみようと試みる。
敵が回復力に富んでいる場合、あるいは確固たる実体を持たない属性の時。狙うべきはその外殻でも末端でもない。正中線に沿った急所でもない。
『核』とも呼べし箇所。弱点の本丸。
そして、ダークガイアスの核は間違いなく中に居るハルキ自身だろう。
スライムの装甲に護られて、ダメージがどれだけ届くのかはわからない。
が、殺してしまうことも無いはずだ。そう願う。
若干の手加減を加えつつ、8割ほどの力でガイアスに手刀を繰り出させた。
正拳よりも貫通力を重視したいわゆる抜き手による攻撃である。
それはスライムの胸の装甲を貫いてハルキに至る……ことはなく。外装甲に弾かれる。
「俺もそこまで馬鹿じゃねえ!
手足まではさすがに手が回らずに若干固いスライムなだけだが、胴体部分は硬化させてある。
如何に甲機精霊の装甲の硬度が固いとはいえ、素手で傷つけられるものじゃない。
それは、ファイスやマーキュスの力を借りて実証済みだ!」
言いざま、ダークガイアスが左腕で俺の頭部を掴み、ぐいっと引き離す。出来た距離を埋めるべく、ガイアスの胸にガトリングガンの銃口が密着させられた。
「うぐぅっ!」
弾圧に弾かれるようにガイアスが吹き飛ぶ。
そして中に居る俺にも、かつてないほどのダメージが感じられた。
痺れ……ではなく明確な痛みとして。
そして、今まで上限がわからなかった俺の魔力量のうち、十何分の一ほどが削られたイメージだ。
それを意識した途端、俺の視界に黄色いバーが現れた。
それこそ格闘ゲームやMMORPGでのライフゲージとしか言いようのないデザイン。
それは現実に存在しているのではなく、ガイアスに乗っている俺にだけ見えている存在のようだ。
右端の5%ほどが赤く色が変わっている。
「利いたようだな。
対甲機精霊用に特別にしつらえた弾丸だ。
その名も、魔を滅する滅魔の碧丸。
それを一秒間に60発以上浴びたんだ。
さすがのガイアスでも無事じゃいられないだろう。外装は無傷のようだが。シュンタの精神的にはな」
ハルキの言うとおり。
今までの戦いでは、実力差がありすぎて。ガイアスの装甲が厚すぎて。相手が間抜けすぎて。明確な敗北へのビジョンがわからなすぎて。
負けるということを意識することは無かった。
だが、今。目の前に現れたライフゲージ。おそらくは俺の魔力量を視覚化したものだ。
ガイアスが気を利かせてくれたのか、元々備わっていた機能がなにかの拍子に目覚めただけなのか。
とにかく、これが無くなったら……ゼロになればガイアスは動かなくなる。俺の負けが確定する。
それは創造でしかないが、だが事実であろうと思う。
ならば、その前に。
目の前の敵、バッタモンの甲機精霊、ダークガイアスを倒さねばならない。
俺は気合を込めなおした。
巨大ロット戦ならば。遠慮はいらない。負けるわけにはいかない。
フラットラント最強の称号を得るためには。
そして、ハルキを改心させるためにも。