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引っ越し先(駅×季節 第一弾)

作者: 幾乃 葉

 それを知ったのは、一ヶ月くらい前だった。

「また、引っ越すから」

 夏が、来る。


 新幹線と電車を乗り継いで、この駅に着いた。

 通りすぎた駅の数が増えるほど、人の数やビルの群れが減っていく。増えたのは、自然だけだった。

 そろそろ電車が動き出すころだ。風景は今よりも緑の割合を増して行くのだろう。

 ──隣の県なのに、これほど違うなんて。

 彩夏は、これまでのことを思い返していた。


『また、引っ越すから』

 突然母から告げられた、規定事項。驚きはしなかった。よくあることだったから。

 父の転勤は、私にはどうすることもできない。

 一学期も終わり、クラスに慣れてきたところだったのだけれど。

(また、やり直しかな)

 引っ越し先で友達ができても、再び転校すれば忘れられてしまう。今回も、きっと。


 電車がゆっくり動き出した。流れる景色を、ぼんやりと眺める。心が少し痛むのは、気のせいだろう。

「──本日はG線をご利用いただき誠にありがとうございます。N駅を出ますと、次は……」

 私が降りるのは、四つ先の駅。両親は荷物の関係があって、先に着いている。

 住所と家までの簡単な地図が書かれた、母の手書きのメモを見る。駅から家までそう遠くはない。

 早くもひとつ目の駅に着いた。乗り込む学生の多さに驚く。見慣れない制服と、たくさんの話し声が電車内にあふれる。なぜ夏休みなのに、と思ったが部活だとすぐに気づいた。

 メモを畳み、かばんの取り出しやすいところへとしまう。そして、再び顔をあげると、少し離れたところに制服姿の男子が座っていた。

 あちらは音楽を聴いているらしく、私が見ていることに気がついていない。

 彼の制服に目をやる。確か、私も同じ学校に通うことになっていた気がする。




 電車内の涼しさに一息つく。この暑さでの部活は少々つらい。ほかの学生も、駅にいたときより会話が弾んでいるようだ。

 駿は、いつものように音楽を聴こうとイヤホンを取り出した。耳につけようとしたところで、ふと気がついた。

 淡い色のワンピースを着、帽子と小さなかばんを膝に乗せた同年代くらいの女子が、少し離れたところに座っている。何か、紙を見ている。

 肌の色はかなり白く、ストレートの長い髪は対照的に黒い。どこかのお嬢様のようにも見える。

 この時間帯に私服の学生は珍しいと思ったが、それ以上は気にせず、イヤホンを耳につけた。




 彩夏が降りたのは、小さな駅だった。以前はかなり都会にいたから、これほどの駅は初めてで、また驚いた。

(──でも、嫌いじゃないかも)

 ここは人がいなければ、もっと静かなのだろう。

 見ると、ほかの学生も半分ほど降りていた。さっきの人もここで降りたようだ。

 思ったほど悪くない、むしろかなり好きになりそうな町。これからここで生活できると思うと、少し嬉しくなってきた。

 新しい家は、西口を出て少し歩いたところにあるらしい。はやる気持ちを抑えつつ、少し早歩きで西口へ向かった。




 見慣れたいつもの駅。西口を出てしばらく歩いたところに駿の家がある。

 疲れていてゆっくり歩いていたら、ホームにいるのは駿と、ほかに数人だけになっていた。

(ああ、行かないと)

 そう思って歩き出そうとしたとき、視界の端に白いものが映った。

 拾い上げて見ると、それは住所と地図が書かれたメモだった。

 さっきの子が落としたのかもしれないが、本人へ届けようがない。

 仕方がないから、そのメモは駅員に預けることにした。

 声とさっきの子が駅に入ってきたのは、駅員に事情と見た目を詳しく話しているときだった。




「すいません、住所とか地図が書いてあるメモって落ちていませんでしたか?」

 焦っていたので、駅に入るなり尋ねてしまった。道を確認しようとして、メモがないことに気づいたのだ。

 そこには、駅員と学生が──さっきのイヤホンの人がいた。何か話していたらしい。

 私が尋ねた瞬間、その人が顔をあげたので、思い切り目が合ってしまった。

(初対面の人に、こんな恥ずかしいところを見られるなんて……)

 顔が熱くなっているのは、きっと暑さのせいだけではない。穴があったら入りたい。

 と、その人がこちらに向かってきた。なぜだか、心臓の鼓動がさらに早くなる。

「これの、ことですよね?」

 焦りと恥ずかしさで混乱していたので、一瞬理解ができなかった。けれど、その人が差し出した紙は紛れもなく私のメモだった。

「あ、はい、これです! ありがとうございます」

 話しかけられて緊張したが、メモが見つかってほっとした。

 メモを受け取り、笑ってもう一度お礼を言ってから、歩き出そうとする。

 しかし、やっと落ち着いたのに、それも長くは続かないらしい。

「ここなら帰り道の途中だから、送っていくよ」

 心臓が跳ね上がる、音がした。




 帰り道の途中というのは嘘ではない。けれど、もっと話す口実が欲しかった。

 並んでみて、彼女は自分よりも頭ひとつぶん背が低いとわかった。少しうつむいて、頬を染めて歩いている。

「あの、さ」

 彼女が顔をあげる。まだ緊張している様子に、こちらも軽く緊張を覚えながら、続けた。

「僕は駿といいます。馬がつく、駿です」

 言いながら、宙に書いてみせる。

「……君の名前は?」

「彩夏です。彩る夏と書いて、彩夏です」

 彩夏さんは、少しはにかみながら、そう言った。

 その後、お互いが名前を知ったことで緊張が解けたのか、さっきまでの沈黙が嘘のように会話が弾んだ。彩夏さんが引っ越してきたことや、自分のこと。お互いを知るには充分だった。

 しかし、楽しい時間は早く過ぎてしまう。すぐに彩夏さんの家に着いてしまった。

 話によると、同じ学校になるらしい。学年も同じだから、また会えるね、と言って別れた。

 始業式は二週間後。今からもう待ち遠しい。




 この町に来てから二週間が過ぎた。こちらでの生活も、だいぶ慣れてきた。

 ──ここに来て、本当によかった。

 あの電車の中での不安は、今ではとても考えられない。軽くなった頭で、そう思う。

 明日は始業式。また、駿くんに会えるかもしれない。

 鼓動が少しだけ早くなる。もう、この気持ちの正体はわかっている。

 明日が楽しみでしかたがない。




「今日転入生が来るって!」

 どこでも、こういう情報が早い人はいるものだ。クラスの中だけでなく、ほかのクラスにまで言いに行っている。

 だが、そのおかげで、彩夏さんがこのクラスに来ることがわかった。

 喜びがわいてくる。この感情の理由は、もう大体見当がついている。


 ホームルームが始まり、担任が入ってくる。

「今日は転入生がいるぞー、芹沢、入ってこい」

 カラカラ、とドアを開けて入ってきたのは、彩夏さんだったけれど、一瞬目を疑った。

 なぜなら、長かった髪が、肩につくかつかないかの長さにまで短くなっていたからだ。

「芹沢彩夏です、よろしくお願いします」

 そう言って、礼をした。ショートカットが揺れる。

 ──短くても似合うな。

「席はどうするか……」

 そう担任は言うが、空いているのはたったひとつ。選択肢はひとつしかない。

「じゃあ、梅田の隣だ。梅田、よろしく頼むぞ」

 そうして、彩夏さんが隣に座る。目が合い、どちらからともなく笑みがこぼれる。

 二週間ぶりに話そうと、僕は息を吸いこんだ。


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