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ふふっ、面白いなぁ

作者: 篠原 紡

 みのりはなるだけ花の大きなバラをいくつか見つけて適当にバスケットへ入れた。それから何か色が映えそうな花を見つけてくるとそのバラの隙間へ挿していった。

 電話がかかってきたのは今から20分ほど前。知り合いが独立して開業医になったのでそこに花を贈るのだという。男は電話口で、街の歯医者らしい感じに花かごを仕立てて欲しい、バラ好きな先生なのでバラと他の花を適当に使って仕立ててくれと注文し、最後に佐々木と名乗った。あと30分もすればこのバスケットを取りに男は現れるだろう。

 背の高い人だろうか、歯科医の知り合いがいるなんて注文した方もやっぱりお医者さんっぽい雰囲気の方なのだろうか、となると眼鏡に違いない。

 みのりが勝手な妄想を抱きながら花をいじっていると店のガラス戸が開いた。

 「いらっしゃいませ」みのりはバラをつつく手を引っ込めると背筋を伸ばした。

 大学生ほどの男女二人が話をしながら入って来た。男の子は青いシャツにベージュのパンツ、手には黒い長財布一つ。さっぱりした髪にさっぱりした顔。女の子は白いブラウスにフレアスカートを花が咲くようにふわりとさせていた。艶のある長い髪、知的な目鼻立ち。あまり若者らしい浮ついた雰囲気でないのを見てみのりは好意を覚えた。恋人同士だろうか。

 「ちょっといいですか?」青年はカウンターのみのりに向かって声をかけた。

 「はい、なんでしょう?」

 「彼女の母親に母の日のプレゼントで花をあげたいのですが、こういう時って普通どんな花にしたらいいんですかね。僕たち二人ともど忘れしちゃって、マーガレットが普通でしたっけ?」

 女の子は長い髪を揺らして青年の横で恥ずかしげに笑っていた。

 「マーガレットを贈る方もいらっしゃいますよ、ただ一般的なのはカーネーションですね」

 事の次第を眺めていた女の子がハッとしたように青年をつついた。

 「カーネーションだよカーネーション。ゆうくんがマーガレットじゃない?って言ったとき何か違うなって思ったもん」

 「え、ほんと?だったら言ってよ恥ずかしい」

 「だって自信なかったから」

 軽く笑い合って、青年は会話を切り上げるとみのりに向き直った。

 「マーガレット贈る人もいるって言いましたよね?せっかくだしマーガレットにしようと思います」

 「わかりました。本数や包み方にご希望はありますか?」

 「お姉さんのセンスでお願いします。でも3000円以内でお願いします」

 うつむき加減で頭を掻く恥ずかしそうな仕草が可愛かった。きっと女の子も同じ気持ちだろう。

 みのりは数本のマーガレットを綺麗に飾りたてると二人に手渡した。「ありがとうございます」とお礼を言って出ていく二人を見て、みのりはマーガレットの花言葉を教えてやればよかったと後悔した。


 二人を見送ってから店先の花に水をやっていると「すいません」と声がかかった。

 「はい、なんでしょう」振り向くとセカンドバッグを持ったスーツ姿の男が立っていた。年はなんとも判断し難い顔をしていた。少しよれたスーツを着ているが、実直そうな男だ。少し舘ひろしに似ていた。

 「電話で頼んでたバスケットを取りに来んだけど」

 「あ、佐々木様ですね?」

 「そうです」男は微笑んで見せた。

 どうぞ中に、みのりは男を店に入れるとエプロンで軽く手を拭いた。

 「バラと他の花を適当にということでこの様にさせて頂いたのですがいかがでしょう」

 ストッカーの冷蔵庫からバスケットをカウンターの上に移して見せる。

 「うん、いいんじゃないかな。想像より可愛らしいね」男の表情が柔らかくなった。

 それから少し背を丸めて、鼻の匂いを嗅いだ。

 「いい匂いだ。この白い花はなんていうの?」

 「かすみ草です、気に入って頂けて幸いです」

 それから男はとくに何も言わず受取書にサインを残す。

 「実はそこの先生を教えていた恩師がえらくロマンチストな人だったそうで、事故で亡くなってしまったんですが、奥様にバラの花束でプロポーズした話が先生もお好きなんですよ」

 「そうなんですね。きっと天国から見てくれますよ」

 みのりが微笑むと、男はゆったりとした足取りで店を後にした。

 あれがピカピカの歯医者さんのカウンターに置かれるんだろうな、みのりはそのさまを想像して微笑んだ。こんなに嬉しいことはないと思ったのだった。

 

 それから数日後、再び店を訪ねてくる者があった。

 「すいません、いいですか」

 「あ、この前の」見れば以前にやって来た青年だった。

 「どういったご用でしょう?」

 青年は照れくさそうに頭を掻いた。しかし言葉は出てこない。

 「あー・・・あの・・・えっと、えー・・・」

 顔が赤い。なんだかおかしくてこちらまで笑ってしましそうだ。

 「えっと、あの・・・バラの・・・花束を・・・」

 「バラですか?」声が小さかったのでみのりが聞き返すと青年の顔はますます赤くなった。

 「彼女にプロポーズしようと思うんだけど・・・なんていうか、ほかに思いつかなくて・・・」

 「それでバラの花束を?」

 「はい・・・この前歯医者に行ったときカウンターに置いてあったバラが綺麗で、これかなって思って」

 みのりはつい前に来たスーツの男を思い出した。すごい偶然があったもんだと思わず笑ってしまった。

 「お、おかしいですか・・・?」

 「いえ!全然おかしくないですよ!素敵だと思います!ただ私が笑ったのは」

 そこまで言いかけて、みのりは今言おうとしていることがこの青年には全く関係ないことで、しかもそれを言ったところで彼はさほど面白いとも思わないだろうな、と思い口をつぐんだ。

 「えっと、バラの花束でしたね、少々お待ち下さい」

 はい、と呟く青年の顔はやっぱり赤かった。

 この様子だとこの話をしたところで彼の頭には残らないだろうな。みのりはいらぬ与太話をせずによかったと思った。

 大きなバラの花束を受け取った青年は逃げるように店を飛び出して行った。

 あれでプロポーズは上手くいくだろうか、みのりは心配した。そして嬉しくもあった。

 

 それから二日が経ち、その日の陽が傾き始めた頃にまた一人の女性が訪ねて来た。今度は度々見る顔だ。

 「こんにちは小林さん」みのりは顔の横で小さく手を振った。

 「こんにちは」

 西日を受けてオレンジがかった花たちを見て彼女は微笑んだ。

 「同じ花なのに時間でこんなにも表情が変わるのね」

 「そうですね」

 それから少し二人は一本の花を見つめていた。仏花用のバケツで夕陽を浴びていた菊だ。彼女の顔はどこか物憂げだった。しかしみのりはその理由を知っている。みのりは彼女を元気付けようと言った。

 「今日は天気がいいですからご主人も喜んでると思いますよ」

 年は確か今年で48。大学四年生になる娘と二人で暮らしていると以前話していたのをみのりは思い出していた。

 「さてと」小さく呟くと彼女はニッコリと微笑んだ。

 「今日買いに来たのはね、菊じゃないの!」

 「え?」みのりは思わず聞き返してしまった。

 「とっても嬉しいことがあったのよ!」

 「なんですか?」

 彼女はニコニコとしながら店の花をひとしきり眺めてそれからもう一度みのりの顔を見てもったいぶるように微笑んだ。

 「娘がね、結婚するのよ!」

 「え!?」あまりの驚きに声が出なかった。

 「学生結婚ってやつ!私ね、娘から話聞いてびっくりしちゃった!こんなに大きなバラの花束を渡されてね、『僕と結婚して下さい』って言われたんですって!」

 「それって」

 「今どきバラの花束なんて、いるのね、ロマンチックというかメルヘンな人が。でもね挨拶に来た時に私感じたのよ、誠実で真っ直ぐで良い人だって。」

 彼女は深呼吸をしたけれど、それでも興奮覚めやらぬといった様子で言った。

 「せっかく娘の婚約が決まったのに菊じゃ陰気臭いでしょ?だから私もバラを供えようかと思って!」

 「分かりました!」

 店のバラはもうあまり残っていなかった。みのりは残りの全てを使って花束を作った。

 「主人はもうずっと前に事故で死んじゃったけど、あの人がプロポーズでくれたのもバラだったわ」

 もしかして、と言いかけてやっぱり口をつぐんだ。 

 「私、娘は父親に似た男性を好きになるって聞いたことあります」

 「ふふ、そうね」

 「ありがとう」と残して小林さんは夕陽の中を歩いて行った。

 世界は広いが世間は狭いな。みのりは一人の店内でふふっと笑いをこぼした。

 狭い世間を小さな縁が思いやりとか、愛とか恋とか、いろんなもので繋げているんだ。知らず知らずにその一端を皆が担っている。ふふっ、面白いなぁ、みのりは少しだけ声を漏らして笑った。 



  

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