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この作品の本編は、訳あって凍結中です。
本編のキャラクターの一人の、日常を描いた「番外編」扱いですが、稀に本編に絡んで、「残酷な描写」が出てくる可能性があります。
苦手な方は、避けて頂けますよう、お願い申し上げます。
香月は、生きていると確信している。
わたしが、生きているのだから。
将貴さんと、仲間と、一緒に戦っているのだから。
「……また、この季節が来てしまったねえ……」
将貴さんは、わたしの右の頬を伝った涙を、長い指先で、そっと拭った。わたしは、俯く。
いつも、いつでも、半身を強く想っているのは、この世に一人きりだと思いたくないから。将貴さんがいても、仲間がいても。
わたしは、母のお腹の中にいる時からずっと……いや、もしかしたらその前からずっと、香月と一緒だったのかもしれない。双子としてこの世に生を受けた時から、私の半身は、香月ただひとり。
父も、母も、親族も、とうに離れて行った。離れて行ってからの月日を数えても、無駄なことは知っている。それでも……寂しいと思うのは、悲しいことだとも、知っている。
「ひろちゃん……お茶、飲むかい?」
いつの間にか、わたしの目の前に、温かそうな湯気の立っているわたしの湯呑みが、差し出されていた。……そんなに長いこと、物思いに耽っていただろうか?
「……いただきます」
そっと両手で受け取ると、猫舌のわたし好みの、「熱くないお茶」の温かみが、指先からほっこりと、全身に回った。
将貴さんは、何も言わない。わたしが、雪の季節になると、不安定になるのを、ずっと知っているから。「あの日の記憶」が、わたしを苦しめることを、知っているから。そして、何も聞かない。わたしはそれが、何よりも嬉しかった。
将貴さんとわたしは、しばらく何も言わずに、お茶の温かさを楽しんだ。
「ひろちゃん、通信制大学って、楽しいかい? 友達が増えたり、しないのかな?」
「……将貴さんの大学のように、人がいっぱいいるところは、怖いんです。友達が、増えることも」
わたしは、また俯いた。湯呑みを包む自分の手を、じっと見下ろす。まだ温かい湯呑みの中には、3分の1くらい、お茶が残っている。
「怖い?」
「友達は、仲間じゃないから。仲間じゃないと、異界の者が現れた時、守れないです」
「……」
将貴さんは、ちょっと悲しそうな顔をした。すぐに、いつものへらりとした笑顔になったけれど、わたしは見逃さなかった。
「そんな顔をしないで下さい。わたし、ここで過ごすの好きですよ。将貴さんが集めて下さった仲間も、好きです。でも……友達は、守れないことが怖いから、作るのを諦めました」
わたしも、へらりとした笑顔を返す。ちゃんと笑顔になっていることだけを、祈って。
将貴さんが、また複雑そうな顔を一瞬して、そして笑顔を作るのを諦めた。今度は、本当に悲しそうな顔をする。
「ボクはね、ひろちゃん? ひろちゃんにも、ちゃんと『青春』して欲しいと思ってるんだよ。女子大生なんだから、友達と遊びに行ったり、彼氏作って恋愛したり、勿論、その合間にでも勉強し」
「必要ないです」
「……ひろちゃん」
きっぱりと言い放ったわたしに、将貴さんが更に悲しそうな顔をする。
「守ることが、出来ないからかい?」
「はい」
「それは、お姉さんのことと、関係あるのかい?」
「……」
沈黙は、YESの証だった。
わたしは香月を守れなかった。
その頃、まだその能力を持っていなかったと言われても、やはり守れなかったのは、わたしなのだ。
香月が、何処にいて、どうしているのかと考えると、泣き喚きたくなる。
どうしたらいいのか分からないから、将貴さんの元で、戦っている。
いてもたってもいられないから、戦い続けている。
……あとどのくらい、戦わなきゃいけないのだろうと思うけれど、それには目を瞑って。
「目の前から、大切な人がいなくなるのは、堪えられないねえ……」
将貴さんは、遠い目をした。