小さな芽に、水と風と光と……火を。
乾いた大地から 一つの芽が顔を出しました
とても小さいけれど 大きくなろうと一生懸命です
その芽を輝かせるために みんなが力を貸して応援しました
水は優しく芽を撫でるように降り注ぎ 潤いを与えました
その水のおかげで芽は元気いっぱいです
不安なときや悩みがあれば水に頼り 優しさに癒されました
水はいつでも芽の近くにいました
風は爽やかに芽の近くを通り抜けました
その風とともに芽は身体を揺らし 一緒に踊ります
落ち込んだときは悲しみを吹き飛ばしてくれる風を呼び 遊びました
風はいつでも近くにいました
光は多少遠慮がちに 遠くから芽に光を与えました
その光のおかげで芽は素直に伸びていきます
困ったときは頼もしい光を呼び その神々しさを一身に浴びました
光はたまに雲に隠れますが 遠くから常に見守っていました
火は芽を暖めようと努力していました
そのおかげで 芽はぐんぐん成長します
寂しいときはいつも火を呼び その温かさに身を委ねました
火は自分の熱い身体で芽を燃やさないよう 一定の距離を保っていました
けれども ある時
火は 水と風と光が羨ましくなりました
水は優しく芽を撫で 風は包むように流れ 光は芽に降り注ぐのに
どう足搔いても火は芽に触れることができないのです
触れた途端 芽は燃えてしまうから
火は芽に触れたいと強く願うようになりました
同時に 水と風と光が芽を慈しむのを眺めることが辛くなりました
彼らが芽に触れることが耐えられず
やがて火は 嫉妬の業火となりました
火の中で何かが外れ コトンと音を立てました
芽を慈しみ護り抜きたいという火の願いは いつしか変わっていたのです
芽を誰の目にも触れさせたくない 自分のものにしたいと願いました
嫉妬と羨望 独占欲に支配欲
それらを糧とした火は 激しく眩く燃え盛ります
水を蒸発させ 風を押さえ込み 光を遮って 芽に近づきました
「嫌なんだ、苦しいんだ、もう耐えられない!
オレの傍にいてよ、仲良くするのはオレだけにしてよ。
どうして君は、オレを蔑ろにするの!」
水と風と光は炎に煽られながらも 慌てて我を失った火を止めました
けれども彼らを無視した火は芽に近づき 触れ 力強く抱きしめます
全てのものから芽を覆い隠す形で 火は芽を包み込みました
この瞬間 芽は火だけのものでした
キィィィ、カトン……
芽が消え 自分のものになったのだと満足したのも束の間
火は我に返りました
足元には 芽がいたであろう燃えカスが微量に残っています
「あれ? ……何処へ行ったの?」
成長して花を咲かせようと努力していた芽は もういません
芽は焼け落ち 消えていました
消えたということは 二度と芽を見られないということです
彼女はもう 何処にもいません
芽に寄り添ったとき 穏やかに微笑む姿が好きだったはずなのに
それだけで十分満たされていたはずなのに
火は ようやく自分が犯した過ちに気がつきました
芽を思い出すことは出来ても 記憶は薄れていくでしょう
みんなを和ませていた柔らかい香りも 消えるでしょう
火がいくら後悔しても 芽は戻ってきません
火は知りませんでした
芽は 火だけをずっと見ていたことを
火が一番安心できると感じ 愛おしいと思っていたことを
そして 願わくば火に触れて欲しいと思っていたことを
水と風と光は彼女の想いを知っていました
しかし 当の火だけが知りませんでした
けれども その芽はもう 戻りません
もしかしたら 芽はこの最期で満足だったのかもしれません
愛する火の手によって 消えることが出来たのですから
しかし 彼らは望まなかったことでした
芽が消え 大地は再び乾ききっています
……芽はいつかまた 産まれますか