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両手に幼児


 院長の説教から開放され、施療院からでたヒジリは大きく伸びをした。

 太陽は真上から大分下ったが、まだ空は青い。

 来た時は、まだ太陽は昇りきっていなかったので、結構な長居をしたようだ。

 急患が入ったので、とりあえず説教の続きは明日ということになった。ので、正直気が重い。ヒジリ自身も自分の物言いが悪かったことは自覚している。その点については仕方ないと諦めるしかない。

 しかし今、それとは別の問題でヒジリは少々イラついていた。

 最近、自分を観察する視線を一日中感じるのだ。

 デモビアの件から、ギルド周辺での視線は嫌な感情のものが多く混じるようになっている。それだけならまだいい。手を出してくるような馬鹿相手なら相応の態度で挑むだけだ。

 だが、その中に一定の距離を保ちながら、視線を向けてくるのがいた。意図の分からない事務的なそれに、どう対処してよいかそういった方面は場当たりなヒジリには検討もつかなかった。

 予知を試みても知らない女が見えたり化け物だったり、複数のヴィジョンが浮かび定まりはしなかった。何がどうつながるのかも分からず、考えるのが面倒になる。

 ヴィルが言うとおりの勧誘とかなら、その内向こうから反応があるだろう。

 そう思い、ヒジリは今も感じる観察する視線を無視することにした。

 深呼吸一つ。

 気分を入れ替え、足を屋台が立ち並ぶ通りに向ける。

 宿に待つ子供たちの土産を買おうと思ったのだ。




 石畳が茜色に染まる。

 ヒジリが見慣れた宿の扉をくぐれば、食堂で遊ぶ子供たちを夜の仕込みをしながら見守る主人の姿が見えた。


「ただいまぁ、と」


「おかえり。今日は早いな」


 声を掛ければ、主人は笑ってヒジリの差し出す土産を受け取る。

 土産は芋と豆の二種類の蒸しパンで、まだ温かさが残る。素朴な甘みと手ごろな値段で、定番の子供のおやつだ。

 

「まあ、偶には探索に行かない日もあるわな。おーい、お前ら、ヒジリちゃんのお帰りだぞぉ」


 視線の先には、主人の娘のアリアと説教の原因となったフレートとハンナの兄妹が遊んでいた。

 何が楽しいのか三人でモップを取り合いながらぐるぐるとしていたので、ヒジリはひょいと一番幼いハンナを持ち上げてみた。


「きゃあぁ」


 急に高くなった視界に、ハンナは声をあげ、その後きゃらきゃらと楽しげに笑う。

 喜ばれてしまったので、ヒジリはハンナのお腹に顔を埋め、ぶうぅっと音が出るように勢いよく息を吹きつける。

 音か、息か、どちらが面白いのかハンナの笑いは止まらない。

 容赦なく小さな手でヒジリの頭を叩く。痛くはないが、叩かれる度に髪はぼさぼさのぐちゃぐちゃになっていく。


「ハンナをはなせぇ」


 ハンナの笑い声にフレートは引っ張り合っていたモップを放り出し、ヒジリの腹を目掛けて殴りかかってくる。当たっても大して痛くないそれをくるりと回って避けた。

 ヒジリの腕の中のハンナは、変わる視界が楽しいのか笑い続けている。


「わたしも抱っこ。抱っこぉ」


 宿のアイドル、アリアも先ほどまで夢中だったモップを放り、ヒジリに向かって両手を広げてねだる。

 あっという間に、ヒジリを中心に三者三様にはしゃぎだし、客のいない食堂はにぎやかになった。


 フレートとハンナの幼い兄妹は、ヒジリが買った家の前の持ち主の遺児だ。

 どういった経緯があったのかは知らないが、スラムで暮らしていたフレートたちは、家が他人の手に渡ることが理解できなかったのだろう。家の前で騒いでいたところをリフォーム作業の様子を見に来たヒジリに捕獲された。

 宿に連れ帰り、暴れるのを無理やり押さえつけて世話を焼いた。身寄りがないのを知って、ちょっとした交渉をヒジリは思いつき実行した。

 5年。

 フレートがそれだけの期間、ヒジリの命令に従えば家を譲ると。

 まだ五歳でしかないフレートはまんまとヒジリの口車に乗って、ヒジリが速攻で用意したいい加減な契約書に署名した。

 ヒジリは二人部屋に移り、今日は宿の主人に二人を預かっていてもらった。また、家の前で騒がれても困るので。


 思いつきの成り行きから一緒に暮らすことになったが、敵対心を顕わにしてからかわれるフレートに対し、ハンナの方はヒジリに懐いていた。

 夕食を食べるヒジリの膝の上で、食べ物を口に運んでもらったり、自分が掴んだものをヒジリの口に押し付けたりもする。

 フレートも、食事は大人しく食べている。ただ、まだ上手く食べられなくて口の周りを汚しては、ヒジリにぐいぐいと手荒に拭かれていた。その度に、顔を真っ赤にして喚くが。

 アリアもその輪に加わり、食堂の一角で時間を掛けて食べていれば、後から来た他の宿泊客たちにからかわれた。


 夕食後、子供たちを寝かしつけたヒジリは改めて食堂で一杯やっていた。

 食堂に残っている者もヒジリと同様に酒で満ちた杯を傾けており、各自思い思いにくつろいでいた。

 探索者向けの宿だけあって、他の客もそれなりに体格の良いものばかり。今日の反省や明日の予定など話していた。


「珍しいな、お前が酒を飲むのは」


 ちびちびと甘い果実酒を飲むヒジリの席に、主人がつまみを載せた皿を持ってきた。

 若い時に大怪我をしたとかで、不自由な右足をかばうように歩く。元探索者だという主人は、右頬に目立つ傷跡があり一見強面だが、笑った顔がアリアとよく似ている。外見は男性だが、アリアを生んだのは彼女である。

 マジクリングというやつで、男性寄りに成長していたのに怪我のときに使った薬の影響で内部が一気に女性へと分化してしまったのだとか。普段は外見から男性として通しているという。

 よろめいた時、支えた拍子に胸を揉んでなかったら、きっと気づかなかったとヒジリは思った。


「んんー、偶にはね」


 主人は皿をテーブルの上に置いてそのまま去るかと思えば、開いた席に腰を下ろす。

 自分の酒癖が良くないのを知っているヒジリだが、嫌な視線の件でちょっと飲みたくなったのだ。見られて嫌だからと暴力で解決するわけにもいかない。


「で、どうするつもりなんだい。あの子達」


「どうするも約束したからね。一緒に暮らすけど、それが?」


 院長に散々説教された内容をぶり返され、ヒジリは口を尖らせる。

 すねた表情に、主人は手を横に振って笑う。


「いや、悪いと言っているわけじゃないけど。子供だけ残して探索に行くのは無理だろう?」


 確かにまだ幼い二人を残していくのは、何かあるかもしれない。ジョージが退院するとは言え、ジョージ自身もまだ子供で、病み上がりでもある。面倒を見切れないだろう。

 さりとてヒジリにいい考えがある訳ではない。


「院長に、留守番できる人を紹介してもらったらどうだい?」


 腕を組み悩むヒジリに、主人は助言する。

 普通なら、人材募集とかは斡旋所が取り扱っているので、それなりの手数料を支払えば希望に沿う相手を紹介してもらえるだろう。

 だが、ヒジリは最近の斡旋所の空気に愚痴をこぼしていたので、主人は顔が広く、彼女が知っている人物を挙げてみる。

 説教された相手に頼むというのもなんだが、この辺りで院長は結構な顔役だ。説教をしたことからも考えて、きっとフレートたちのことを案じて、いい相手を紹介してくれるだろう。

 それに最低でも孤児院から誰か雇うことが出来るだろう。そろそろ成人になる子もいるだろうから、幼ささえ目をつぶれば院長が育てた子供たちだから、心配はないだろう

 そう思ってあげた名前に、ヒジリはつまみを食べながら考え込む。


「それって、住み込みとかでも大丈夫かなぁ?」


「実際に聞いてみないと分からないが、お前の方は家が広いから問題ないだろう。支払う報酬とか条件次第だと思うが?」


 宿屋といっても建物の大きさは様々あるが、ヒジリが購入したのはこの宿と変わりない大きさだ。

 部屋数だってそれなりにあるのだから、住み込みで数人雇用してもスペースの問題はないだろう。

 給金だって、今までのように稼げるなら十分支払いは可能だ。


「まあ、詳しいことは院長と相談してみろ。あの人は怒ると怖いが、誰よりも頼りになるさ」


 他の客に呼ばれた主人は、言うだけ言った後、席を立つ。

 残されたヒジリは、残った酒を煽ると二階の自室へ戻った。





 翌朝。

 腹部に重みを感じて、目を開ければフレートが右側、ハンナが左側からヒジリに抱きつくように眠っていた。

 二つあったベッドの内、昨日寝かしつけた方のベッドはぐちゃぐちゃになったシーツがこちらに繋がるように引っ張られていた。

 いつの間に潜り込んでいたのだろう。

 ヒジリは気づかなかった自分に苦笑した。とりあえず、酒のせいということにする。

 幸せそうに寝ている二人を起こすのも可哀想だが、日が窓から差し込み既に朝だということを示している。

 どうしたものか。

 身じろぎできず、ヒジリは固まる。


 ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ。


 方法を考えていれば、ヒジリの腹が自己主張をした。

 振動と音に、頭をくっつけていた二人はびっくりしたように目を開ける。

 何が起こったのかわからない、といった表情だ。

 しばしの間。

 二人の顔は見る間に歪み、ぐずりだす。


「え?え?え?」


 慌てて上半身を起こしなだめるヒジリだが、気分よく寝ていたところを起こされた二人の機嫌は直らない。いや、どんどん機嫌は悪くなっていく。


「ちょ、ちょっと勘弁してよー」


 泣き言を言いながら、二人を抱えてヒジリは主人に助けを求めるべく一階に向かう。

 どたどたと慌しい足音に廊下にいた他の客から注目されるが、かまってはいられない。


 なんとも幸先の悪い朝であった。



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