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ぐだぐだな見舞い


「家を買った」


「え、なにそれ、こわい」


 見舞いに行って、病人を怖がらせてれば意味が無い。





 ヒジリが家を買おうと思ったのは、差し迫った理由などない完全なる思い付きだった。

 折れた大剣の代わりを探しにうろついていた時に見た、売り物件の広告がきっかけだった。

 何気なく目を通したそれに記載されていた値段。それを見て、ふと自分の所持金を省みて思った。


 もしかして、余裕で買えないか?


 実際に、宿の自室に戻って確認してみる。

 今まで無造作に影へと仕舞っていた貨幣は、取り出してみればベッドの上に山のような形で大量に積まれた。

 他にも換金していない核水晶があるので、不足があっても十分補うことが出来ると思った。

 ここ数日、斡旋所に行くと一定額以上の買取を断られる。なので、核水晶はたまる一方だ。

 まあ、ここにはゲームも漫画もアニメもグッズもトークライブもイベントも薄い本もなく、そんなに金を使わないので特に問題はなかったのだ。

 とにかく貨幣の量が多かったので、宿のアイドルであるアリアに数えるのを手伝ってもらう。

まだ100まで上手く数えられないので、10ごとに同じ貨幣を纏めてもらった。舌足らずの間延びした声で数を数えられると、単純作業にも耐えられた。

 おなかが減ったので、途中で数えるのを止めたが。

 それでも約100万近くあった。かなりの大金のはずである。

 宿の主人に相談したら、斡旋所に行けと言われる。翌日素直に向かったら、受付でおびえた顔をされた。


「で、それを俺に言ってどうするんだ?」


 ジョージが不貞寝したので、ヒジリは同じ施療院に入院中のヴィルの元に愚痴りに来たのだった。

 ヴィルは他の二人よりも、デモビアとの戦いで負った傷が思いのほか深く、また凍傷気味でもあった為大事をとって入院している。巻かれた包帯は痛々しいが、本人は元気で暇を持て余していた。

 昨日までは仲間などで病室が賑わっていたのだが、チーム指名の依頼が入って皆出払ってしまった。 その為、朝から暇だった彼はヒジリの来訪を最初は快く出迎えた訳だったが。


「いや、家はいいのが買えたと思うんだけど。斡旋所の人たちの視線がさ、ちょっと変な感じで。先輩なヴィルさんなら何か知っているかなって思って。最近、あまり買い取ってくれないし」


 困っちゃうよねー。

 なんて、ヒジリが笑って言えば、ヴィルは苦い顔をした。

 愚痴など聞かなければ良かったと思ったのだ。だが、聞いてしまえば、何がしか忠告したくなる。

 ヴィルは自分の性分にため息をついた。


「あいつらからして見れば、お前は要注意人物なんだろうよ」


「なんでさ。規約、破った覚えないよ」


 心底不思議そうに顔を傾げれば、ヴィルの眉間の皺が深くなった。


「まだあれから10日も経ってないから、動きがないだけで、デモビアの一件が王都に届いたら一騒動起きるだろうよ。数年前にも似たことがあって、あいつらはそれを懸念しているのさ。お前も覚悟しておいたほうがいい」


 土産の果物をかじりながら、言葉を続ける。

 旬のリンの実は、しゃりしゃりと音を立ててヴィルの口の中に消えていく。

 甘い香りが部屋に満ちた。

 

「覚悟って何を?別に魔物を倒しただけで、そんな変なことしてないじゃないか」


「馬鹿かお前。高い買取金がつく核の持ち主は危険度も高いんだよ。そんな奴をまぐれとはいえ、フリーの探索者が一人で倒したんだ。噂になるだろうし、貴族連中が欲しがるに決まってるだろうが。黒髪に一応乙女だからな、お前」


「一応って、おい。なんか関係あるの?髪も別に東方では珍しくないでしょう?」


 ヒジリが自分の髪を一房掴んで見せる。

 特にこれといった特徴があるわけじゃない。上げるとするなら、まっすぐで癖がなく少々量が多い位か。

 デモビアの時に会った女性は、思わず触りたくなるような見事な黒髪だったことを思い出す。

 自分も結構気を使っているんだけどな。ヒジリは内心嘆いた。

 二人ともあの後、そのまま会わず仕舞だったが、噂では神聖魔法の使い手で剣の腕も立つということだった。


「この国には黒髪の乙女の伝説があるから、そういう話が大好きな貴族連中にとっては美人じゃなくても、お前の外見は付加価値が付く。獲得にも熱が入るだろうさ。だから、チームに入っておけって忠告しといたのに」


 ため息一つ。

 ヴィルはやや大降りに、食べ終えた芯をくず籠へと放る。


「何気に失礼なこといってないか」


「おまけに異世界の人間っていう稀人だったら、帝国あたりからも勧誘がきたかもな。国に繁栄をもたらすって言う話だし。まあ、その点だけは良かったな」


 ぽん、と大きな手で肩を叩く。

 それはあまり慰めになっていなかったが、ヒジリは正直に言うのは止めた。

 言ってしまえば、自分とジョージがその稀人であることを明かすことになるからだった。


「家を買ったっていうが、どこだ?退院したらチームの連中連れて遊びに行ってやるよ。皆、あの時の礼をしたいって言ってるしさ」


 場所を説明すれば、訝しげな顔をされる。

 少々今の宿よりは不便な位置だが、そう悪くはない場所だったのだが。

 不思議に思い、ヒジリが尋ねれば。


「確かそこらへんは宿が立ち並ぶ通りで、普通の家はなかったような気がするんだが」


「うん。元宿屋」


「何、考えてんだ?住むのは、お前と坊主の二人だろうに。広すぎだろう」


「あ、子供も買ったから大丈夫」


「はぁ!?」


 正気を疑う発言に、ヴィルは思わず肩に置いた手に力を入れる。鋭い爪が飛び出し肌に食い込む痛みに、ヒジリはとっさに振り払おうとする。

 が、反対側の肩に背後から別の手が乗せられ、動きを止める。

 正面のヴィルの顔が引きつるのを見て、ヒジリは己が背後の存在が怖くて見れない。

 だが、そんなヒジリの感情を無視して、背後から冷めた声が降ってくる。


「ヒジリさん」


 ここ数ヶ月。毎日のように会話した声は、いつもの癒しにも感じる暖かさなど一欠けらもない。


「その件、詳しく話していただけないかしら」


 無理やり振り向かされれば、施療院兼孤児院の院長たる老婦人がそこに立っていた。

 笑顔。

 絶対に逃しはしないという意思が現れた笑顔が、そこにはあった。

 何かを告げようにも、口は開くだけで言葉が出てくることもなく。ヒジリは大人しく連行されるより他なかった。





 ジョージは、もう正直言ってヒジリが理解できなかった。いや、はじめから理解していないが。

 寝たきりだった弊害で、体力と筋力が落ちた身体では突っ込みもままならなかったから、せめてもの意思表示で不貞寝した。

 唯でさえ、分からない事だらけなのに、同郷だという彼女の発言はジョージの精神を不安定にする。

 ヒジリはジョージにこの世界のことを説明する割には、自分自身もそれを理解していないのだろう。いつかの会話で目立ちたくないと言っていたのに、彼女の噂は病室にこもりきりのジョージの元にまで届いてくる。

 その全てが、ある人物をジョージに思い出させ、会話を続ける気力を奪う。似ているところなど無い筈なのに。

 客観的に見て、厄介者でしかない自分をここまで親身に世話をしてくれる相手にこの態度はないと、ジョージ自身も理解していた。感情は別だが。

 日がな一日、ベッドの上で過ごす日々は、嫌な記憶を呼び起こす。前向きに行こうという気持ちがくじけそうだった。

 夕食を持ってきたアルトに、思わず愚痴ってしまうのも仕方ない。

 

「確かにちょっと変わった人だよね」


 記憶喪失ということになっているジョージの世話を焼くアルトは、彼の愚痴を聞いてヒジリをそう称した。

 ジョージの奇行は、記憶がないゆえと皆は受け流すが、ヒジリの奇行は少々目立った。特に金遣いの荒さは、清貧を旨とするここの人にはやけに目に付く行為だった。


「さっきも、先生に叱られてたよ。言い方が悪いって」


 笑いながら言うアルトは、先ほど自分が見た光景を話す。

 長身なヒジリが自分より頭一つ以上小さな老婦人に叱られている様は、確かに笑いを誘うものだろう。

 思い描いて、ジョージも笑う。


 ああ、やはり彼女はあの子とは違う。あの子は決して叱られることがないのだから。

 そして、あの子はここにいない。なら、自分は。


 アルトの笑顔に、ジョージはふと思った。


 甘えてもいいのだと。



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