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ぐだぐだな戦闘


 走る。


 ヒジリは走る。


 前方から傷だらけの一団から、殿としてヴィルたちが戦っていることを聞いた瞬間、制止の声を無視して走り出した。

 ヒジリが感じたフラグの匂いは、死に関するものだった。

 ならば、この先にいるというヴィルたちは死ぬだろう。そのままならば。

 だから急いだ。

 胸に埋め込まれた石の力を解放し、身体を強化。

 一本道を抜け、上から落ちる水柱を中心とした螺旋階段を駆け下る。

 急ぐ気持ちが身体を前のめりにし、勢いづいた。


「あばばばばっ」


 足が止まらなくなった。

 右足が地面に付いたと思ったら、勝手に左足が前にでる。螺旋階段自体は緩やかなカーブなので、今のところ壁や手すりにぶつかることはなかった。

 しかし、止まろうにも濡れた床が足のすべりを良くし、一層勢いをつけることとなった。手にした大剣を床に突き刺せば、どうにかなるかも知れないが、今一気が進まなかった。

 結果。


「うひゃひゃひゃぁ」


 上下に揺れ、珍妙な悲鳴を上げながら駆け下りていった。


 冷たい風が、下方から吹く。

 血の匂いが混じったそれに、視線を下へと転じる。

 そこには氷の矢に四肢を貫かれたヴィルが。

 身体をくの字に曲げる勢いで蹴りを叩き込む何かの姿があった。


 あれだ。あれが敵だ。


 ヒジリの瞳が赤く染まる。

 先ほどまで悲鳴を上げ、だらしなく開いていた口を閉じ、にたりと笑った。

 視界に予知のノイズが走る。

 見えた光景に、床を踏み抜く勢いで足を下ろし踏み切る。そして、勢いそのままに、斜め下の敵に向かって跳んだ。


「強襲直下爆撃!」


 ヒジリの掛け声に、デモビアは刹那動きを止め視線を向ける。

 大剣の切っ先は、ヒジリの狙いよりやや上方の喉に突き当たる。

 食い込んだ衝撃のまま、後方へと倒れこんだデモビアは赤で満ちた目を大きく開いた。信じられないとでも言いたげな表情だ。

 そして、大剣から手を離していないヒジリはそのままデモビアの上に膝をつく形になった。


 ここで終わっていたら、それなりに格好良かったのだが。


 残念なことに、ヒジリの勢いは消えておらず。また、デモビアの体表が結晶に覆われていたことや床が濡れていたこと、場所が階段であったことなどが災いした。

 デモビアを下敷きにヒジリはそのまま下方へと滑り落ちていく。


「ひゃああああぁぁぁ……」


 悲鳴が木霊する。

 最悪の状況から一転。

 事態の変化に呆然としていたヴィルたちは、その声で我に返った。


「ヒ、ヒジリ!?」


 ヴィルが慌てて顔を向けたが、もうヒジリの姿は見えなかった。

 後を追うにしても、満身創痍な彼らがするにはまだ幾ばくかの時間が必要であった。


 すごい勢いで、デモビアに乗って階段を滑り落ちる。

 何も知らない者が見たら、目を疑う光景であろう。


「ていっ」


 未だ生きているデモビアを殴りつけながら、滑っていく軌道を修正する。

 首に突き刺さっていた大剣は、最初の抵抗で折られて使えない。だが、力を解放したヒジリの拳は、鎧代わりの体表の結晶をたやすく砕き、痛手を負わせていた。

 勢いづいた今、もう壁にぶち当たるか一番下の広場まで辿り着くしか止まれない。デモビアから落ちて階段オチネタをするつもりはなかった。

 しかし、悪あがきをするしぶとい敵が、ヒジリの思惑を汲むなどというサービスを持ち合わせているわけがない。

 結局、曲がりきれずに手すりを越えて飛ぶことになった。





 ヒジリに助けられた形になったヴィルたち。新入りが数人の兵士と見慣れぬ探索者数人を援軍として連れてくるまで、その場を移動できずにいた。

 応急処置を施し終えた途端、緊張が切れたヴィルたちはその場に座り込んで動けなくなっていた。疲労が急激に襲ってきたのだ。特に、魔法を連発していたエメリは、気絶していてもおかしくないくらいだった。

 せめて凍気だけでも何とかしようと、ヨーンが残った魔道具で火柱を生み出していなかったら、援軍が間に合うまで持たなかったかもしれない。

 三人の顔色は酷く悪かった。


 黒髪の小柄な女性が、そんな彼らの様子を見てすぐさま神聖魔法を掛ける。

 優れた癒し手なのだろう。失った血までは戻りはしないが、三人の傷はきれいに塞がった。


「デモビアはどうした?」


 女性の連れなのだろう長身の男が、一番元気そうなヨーンに尋ねる。

 援軍としてきたのに肝心の相手がいないのでは気になるのも仕方ない。が、尋ねられた方としても、先ほどの光景が今一理解しがたかったので、ただ消えていった方向を指差した。


「追い返したのか?」


「いや、探索者が一人、奴にぶつかって、そのまま下に滑り落ちていった。大分経つと思うが、どちらも姿を現していない」


 倒したのか。殺されたか。

 ここからでは何も分からなかった。声も中心を流れる水にかき消されるのか、聞こえてこない。


 そのままここにいても仕方がないので、援軍として来た者たちと同行を願い出たヴィルの代りにヨーンが下へと向かう。

 怪我が治ったところで血を失いすぎたヴィルや精神疲労が酷いエメリは、新入りと共に回廊外へと帰された。

 警戒しながら進めば、途中デモビアのものと思われる黒い血と砕けた結晶が点々とあった。

 一番下の広場まであと半分となったころ、その痕跡は手すりへと向かい途切れた。

 ここから落ちたのか。下を覗き込むが靄が掛かって今一状況が分からなかった。

 ただ、戦っているにしては水音や自分たちが出す音以外聞こえてこないのは、そろそろ不自然であった。

 懸念から、一行の歩みが遅くなる。

 慎重に進み、もう少しで広場というところで人影が見えた。広場の中心で上がる水しぶきによる靄のせいで、姿が良く見えない。

 緊張が走る。


「おーい、攻撃しないでー」


 場にそぐわない間の抜けた声が響く。女性にしては低めのそれに長身の男が一行の先頭に立つ。

 声の主がデモビアであった場合、それはかなり危険な上位種である証明だからだ。

 もっとも、そんな男の心配はすぐに打ち消された。

 

「ひーくしゅ」


 人影は身体を大げさなまでに揺らして、くしゃみをした。

 その隙に間を詰めれば、全身ずぶぬれの軽装の探索者の姿が男の目に映る。

 その姿に、間抜けなさはあれど、デモビアを象徴するものはなかった。


「お前がヒジリか?デモビアはどうした?」


 男の問いかけに、鼻をすすっていたヒジリは首を傾げる。


「デモビア?あれかな?何かババーンとぶつかったから、よく確認してなかったけど」


 指差す先には、広間に横たわる何かがプディに群がられていた。

 食われているのだろう。プディの色が濃く変わっている。

 兵士の何人かが確認に向かう。

 

「お怪我はありませんか?」


 摩擦で破れたのだろうズボンの膝を見ながら、小柄な女性が声を掛けてくる。

 一瞬ヒジリは女性の胸を凝視した後、首を横に振って答える。そして訝しげな視線から逃れるように、ヨーンに近寄り、懐から大きめな核水晶を3つ取り出した。


「なあ、あんた、ヴィルのとこの人でしょ?取りあえず奴から取ったんだけど、分け方どうする?あと、これも何か宝石っぽいけど売れそう?買取パンフに載ってないんだけど」


 別に小声ではなかったそれは、周囲の人間の視線を集めた。


 デモビアは恐ろしさ以外でも有名だ。

 何せ彼らは、ある者たちにとって宝の塊と言えるのだから。

 体表面の結晶は、一般的な魔物の核水晶と同質である。また、体内の核は基本買取価格が二桁違う。滅多に市場に出回ることはないが。

 そして、真紅の眼球は魔道具の素材としても、宝石としても高値で取引される代物で、貴重な品である。物によるが一年は遊んで暮らせるだけの額が付くものもある。

 他にも高額でやり取りされる部位があるが、それは専門知識であり、あまり知られていないし、大体が倒すのが難しい相手なので覚えている者も少ない。


「売れないなら、まあ綺麗だし、土産にするかなぁ」


「いや、売れるから。結構な高値で」


 呆れた声で返す。

 結果的に、自分たちをあれほど追い詰めた相手を倒したヒジリは、どうやらデモビアのことを詳しく知らなかったようだ。

 そうだろうな。出なければあんな無謀な特攻はしないだろう。

 ヨーンは納得しておく。


 確認作業を続ける兵士を残し、疲れた顔をしたヨーンをつれて帰ろうとするヒジリに長身の男が声を掛ける。


「いいのか?まだ、結晶が大分残っているみたいだが」


 指差す先には、兵士によって剥がされていく結晶があった。

 だが、その作業は地味に大変そうであった。水溜りの中、にじり寄るプディの相手をしながらの作業は今のヒジリにはあまりしたくないものだった。それに一番高値が付くものはすでに採取済みなのだ。金に困っているわけでもないのに面倒くさく感じた。

 欲しい人が持っていけば良いんじゃないか?

 それを素直に言えば、男は今まで能面のように無感情だった顔に笑みを浮かべた。


「変な奴だな。お前は」


「そりゃどうも。まあ、ここまで来た手間賃でいいんじゃない?」


 あまり嬉しくない評価に、ヒジリはあいまいな笑みで答えるしかなかった。

 フラグの匂いを感じたのだ。

 嫌な予感がした。こういうのは、外れないから嫌だった。





 無事に帰還後、斡旋所にてあるギルド員と鑑定士の意味不明な叫びが上がった。

 結局、物が物だけに鑑定だけされて買取を拒否された。

 換金後、ヴィルたちと山分けにしようと思っていただけに、ヒジリとしては困った。確かに鑑定でつけられた金額は、今までの報酬額と桁が違っていたので、しょうがないのかなとも思うのだが。

 ヴィルに言えば、助けられたのだからいらないと断られそうになったので、とりあえずデモビアの核を一つ押し付けた。眼球を渡さなかったのは、一揃いの方が、値が高く売れると言われたからだった。


 この一件で、ヒジリの名は一気に広まってしまった。

 それは『ガンビ』一都市に収まるものではなく、王都にまで届く勢いであった。



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