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悪意と遭遇


 回廊内には魔物が巣くう。

 地上付近や庭園内に出没するのは、大概が小物で訓練所を出ていればそれほど危険性のない魔物ばかりだ。

 逆に地上から遠ざかれば、魔物の危険性も急激に上昇する。

 普通、日帰りできる範囲に命の危険を感じるほどの魔物は出没しない。それは半ば常識といえた。


 だが、例外も存在する。


 デモビア。

 それは正確には、魔物ではないのかもしれない。

 人型をしたそれは、体表面のいたるところが結晶化しており、高い魔力をもつ。

 下位のものでもシルバーランクで構成されたパーティー以上の戦力が必要といわれる。記録に残る中では、200年以上前に帝国の回廊都市に防壁を破って出現した一個体が、多くのゴールド・シルバーランクの探索者や騎士を屠り、後に英雄で名を残した人物までをも重症にまで追い詰めている。

 それは回廊の深度を問わず、唐突に出現し、遭遇した者を襲った。

 最悪の敵。

 多くの探索者にとって、それと遭遇することは死を意味していた。


 そして、ヴィルの視界には忌々しいそれが、ゆっくりとこちらへと近づいてくる姿があった。


 あいつらは、無事逃げ切れただろうか?


 じりじりと、いたぶるかのように距離をつめてくる。一歩下がれば同じように一歩。

 自分たちが盾になって、逃がした新入りたちの姿はもう視界内にはない。

 最初に遭遇した場所よりもかなり上の階まで、段を昇っている。時折氷の矢を飛ばしてくるが、単純な軌道のそれを防ぐのは容易く、深い傷を負うほどではなかった。近くにいる仲間たちもまだ動けないほどの傷を負っている者はいない。

 が、氷の魔法で急激に下がる気温と強いられる緊張に、体力はどんどんと削られている。限界は近かった。


 遊んでいやがる。


 にやにやとした笑みを貼り付けた顔が忌々しい。

 だが、ヴィルにはそれを止めさせる方法がなかった。

 愛用の斧は、刃を強い力で引きちぎられ歪み、威力を期待できない。


「チィッ」


 デモビアの何気ない右手の一振りが、鋭い氷の矢を作り出す。矢は集中を欠いたヴィルを襲う。

 咄嗟に斧を盾に、矢の直撃を防ぐ。

 無理やりな力技と、矢の衝撃に右腕に痛みが走る。矢を受けた斧の表面が凍りだす。


 もう、使えねえか。


 氷結部位が広がっていくのを見、ヴィルはデモビアに向けて投擲した。

 攻撃にもなっていないそれは、先ほどの一瞬で詰められていた間を再び空ける為のわずかな時間稼ぎであった。

 後方の仲間のところまで下がる。

 ヴィルの脇を抜け、仲間の魔法による炎の矢が飛んでいく。

 効果は薄いが、足止めにはなった。


「どうする?」


 魔法を放ったのとは別の仲間が声を掛けてくる。トレードマークの帽子も脱げ、金の髪が赤く染まっていた。


「ヨーン。あいつらは?」


「運が良ければ、今頃アーチ位には辿り着いてんじゃね?」


 問いに答えながら、ヨーンは手にした魔道具をデモビアに向けて放る。

 ヴィルたちと奴との間に氷の壁が一瞬にして生じる。

 と、同時にヴィルたちは上へと駆け上がる。

 壁はすぐに破られることだろう。だが、そのわずかな時間に距離を開ける。

 その繰り返しで、ヴィルたちはここまで昇ってきた。

 アーチを抜けることが出来れば、援軍も期待できる。

 武器を壊され、ろくな攻撃手段が残されておらず防戦一方。

 逃げに徹するしか、もう彼らに生きる可能性はなかった。


「後いくつだ?」


「3つ。ったく、大赤字だぜ」


 駆け上がりながら、ヴィルが尋ねれば、ヨーンは嘆くように答える。

 余裕を装うが、すでにヨーンの愛用の槍もガラクタと化し、無手となっていた。

 万が一と持ってきていた使い捨ての魔道具だけが、今の彼の武器だった。


「きついな」


 まだ先が長い階段に、弱音が漏れる。

 しかし、諦めるわけにもいかなかった。懸かっているのは命なのだ。


 下方で硬いものが割れる音が響く。

 氷の壁が砕かれたのだろう。

 予備の短剣を抜き、ヴィルは皆の殿につく。


「走れ!」


 飛んでくる氷の矢を打ち払う。


「エメリ!」


 打ちもらした矢が、脇を抜けていく


「《炎の矢》!」


 犬耳のビスターが握る杖から炎が飛ぶ。矢は相殺され、靄が生じる。

 視界が悪くなる。

 が、それを気にしていられるほどの余裕は、ヴィルにも仲間たちにもない。


 少しでも距離を。


 だが、そんな彼らの努力をあざ笑うかのように影が、靄の向こうから飛び出してくる。


「くそっ」


 近距離からの数多の氷の矢が、ヴィルに迫る。

 さすがに防ぎきれず、四肢に突き刺さる。

 動きが止まる。

 追い討ちをかける様に、蹴りをくらい、壁へとぶつかる。

 痛みに、たまらず声を上げる。


「ヴィル!」


 ヨーンの声に、デモビアはヴィルから意識をそちらにうつす。

 右手に凍気が集う。


 まずい!


 立ち上がろうにも、刺さったところから徐々に凍りだした四肢がヴィルの動きを封じる。

 ヨーンが手の魔道具を投げようとする。

 それよりも早く。一瞬にして、開いていた距離を詰めるとデモビアは、氷の刃を突き立てんとした。


「ヨーン!」


 ヴィルの視界に、最悪の未来が映る。

 ヨーンとデモビアの間に、詠唱を破棄したエメリが身体を滑り込ませた。

 デモビアの動きは止まらず、鋭い切っ先がエメリの腹へと向かう。


 デモビアの笑みが、一層いやらしく歪んだ。



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