ぐだぐだと回廊探索
いつものように宿の主人の娘、アリアに見送られ宿を出る。
同宿の探索者が斡旋所に向かうのから逸れて、ヒジリは施療院による。
施療院にて昨日と変わらぬ会話をした後、依頼を受けに斡旋所に向かう。
背中のバッグには特製弁当と飲料水のボトル、探索必需品及び買い取り品収納用の皮袋が数枚収められていた。個人的には探索必需品の数々は不要だったが、回廊内で他の探索者と合流することもあるため一応持参している。
斡旋所では受付前の掲示板に張り出されたランク別の新規依頼の数々を人の隙間からざっと眺めて、都合がいいものを探す。
所々依頼書の並びに空白が出来ているのは、朝早く先行した探索者にすでに受領されているからか。手間が掛かるものや相場に比べて報酬が少ないものは人気がないのだろう。
今日はどうしようかと、考えながら目の前の依頼書を見比べていく。
庭園内に咲く青椿のつぼみの採取、は花に詳しくない上に指定量が多いので却下。
魔物のネズマタの牙と尻尾の収集、は倒すのは簡単だし報酬は収集量次第で一見おいしいが、体液の匂いがきつく回収作業が地味にきついので保留。
庭園の道路補修工事者の護衛、は一日の報酬はいいが、作業終了日まで拘束される上、魔物討伐による収集の見込みが限りなく低い。駆け出しの探索者にはいいだろうが、正直ヒジリには物足りなさ過ぎる。
魔道具オートマップの試作品の運用実験協力、は報酬が少ない上に数日掛かるものだが、報酬不足分は遭遇する魔物からの収集で十分補うことができる。それにギルド昇段指定任務でもあった。
「魔道具、ね。どんなかな」
ヒジリはこれを受けることに決めると、掲示板から依頼書の控えを取り受付に向かう。
日も既に昇りきったこの時間は、朝のピークも過ぎ、人の波も途切れがちになる。
今日は運よく順番待ちの番号札を渡されることもなく、ヒジリはすぐに開いている窓口へと誘導された。
「おはようございます。依頼書の控えとギルド証を見せていただけますか?」
朝の挨拶と共に出された受け皿に、言われたとおりに二枚を載せる。受け取ったギルド員は、それを手に一端奥に下がると、何かを手に戻ってきた。
「お待たせいたしました。では、こちらの書類にサインを」
こまごまと注意事項などが書かれた規約同意書が、カウンターの上に差し出される。
探索者ギルド加入にあたって説明された様々な規約が書面になったそれは、依頼を受けるに当たって常にサインが求められる。
依頼によっては、追記事項が加筆されていることがあるので、一応ざっと目を通した後、書きなれない文字で自分の名を記入する。
そして、ギルド員は同意書と入れ替わりに、少々大きめな箱を置いた。
中には、魔水晶がいくつかはめ込まれた手の平大の円盤とそれを固定する為のチェーンストラップ、それと魔力貯蓄板が一枚入っていた。
「では、依頼の説明をさせていただきます。今回、こちらの魔道具の運用実験となります。実際にこちらを装着していただいて、回廊内を探索していただくとことになります」
そういって、箱の中から魔道具と説明書を取り出し、使い方を丁寧に説明していく。
腰に装着するタイプで、はめ込まれた魔水晶が、常時周囲の地形を観測し自動に地図を作成していく仕組みらしい。
大体魔力貯蓄板一枚で一日使用できる計算らしいが、予備として一枚付属して持っていくことになっている。
一応一日ごとにデータを回収する為に、毎日の帰還を求められているが、これは不測の事態も考慮してのことだろう。
「一応こちらのカバーを開いてここを押していただければ、実際に作成された地図を見ることも出来ますが、お勧めしません」
実際に操作をしながら見せてもらう地図は、現在地と思われる地点に光点がでた。だが、それ以外には何も記されてはいない。
「まだ、試作の段階ですから、地図の精度などを保障できませんから」
にっこりと笑われて、ヒジリもそれなら仕方ないかと頷いておいた。
ギルド発行の地図を所持している以上、わざわざ保障のないものを頼りにすることもない。
そして、他にも細々した注意事項を聞いた後、ヒジリは窓口を後にした。
「では、お気をつけていってらっしゃいませ」
野太い声で見送られながら。
朝の受付時間が終わり、窓口にいた男は書類を仕舞う為、奥の事務所に向かう。
扉をくぐって直ぐに、同僚の男に捕まった。大きく無骨なその手にがっしりと肩を掴まれ、どうやら逃げることは無理と悟る。
顔を見れば、多分仕事の話ではく何か愚痴りたいだけなのだろう。いい歳をした男が、口を尖らせても不気味なだけだ。
「おい、さっきのあの人、今日も依頼受けたのか?」
同僚の問いかけに、男は手の中の書類に目をやる。
その中に、同僚の言うあの人、ヒジリのサインが記入された依頼同意書もあった。
「ああ、受けたな」
返事をすれば、同僚は呆れた表情をしてみせた。そして、右手で顔を覆ってみせる。
「おいおい、勘弁してくれよ。また、仕事増えるじゃねえか」
「たかが一探索者にそこまで言うか?」
最近よく見かけるが、たかがカッパーランクの探索者だ。しかも2ヶ月前まで、ビギナーだった新人の何が問題だというのだろう。
不思議に思って男が問いかければ、大げさな身振りでうなだれている同僚は、再び呆れた表情になった。
「お前、知らないのか?あの人だぜ、ほぼ毎日、結構な額の核水晶を売りに来るの。おかげで俺のところは、支払い用の現金集めに大忙しってわけだ。銅貨とかは大丈夫だが、金貨とかがな、危ない」
「そんなにか?」
「そんなにだよ。一回ごとの買取は、シルバーとかなら結構普通な金額だから問題ないんだけど、毎日となると別だ。普通は探索ごとに休暇を挟むだろう。特に高額な支払いなんて、同じ奴に月に数回すれば多い方なのに。あの人のおかげで、ここの所、金庫の中身は出入りが激しくってさ。出納帳とか書く、こっちの身にもなってくれよ」
「別に彼は悪くないだろう。規定に抵触するわけでもないみたいだし」
「まあ、規定には触れていないな。だけどな、持ち込み品もちょっと扱いに困るものも混ざってたりして、本部とかの申請が面倒くさいんだよ。あの人の持ち込み品、鑑定士たちの実力試しになってんだぜ」
ぼやく同僚は一通り男に話すと満足したのか、手の中の書類を受け取って自分の席に戻っていった。
「要注意、とかに指定されるのかね。あの人」
先ほど窓口で向き合ったヒジリの印象は、男にとってそれほど印象的ではなく、せいぜいが左前方部の黒髪の一房が白かったことと背が高そうだったことくらいだ。東のリグオウカならよくいそうな顔立ちだった。
ヒジリ自身には落ち度はない。毎日依頼を受けて探索してはいけないという決まりなどはないし、持ち込む品もランクより上の実力があることを示しているだけだ。
ただチームではなく、フリーの一個人が、ここまでギルドの内部で噂になるということが、男に懸念をもたせる。
上位の探索者が少ないのは、何も実力ある者が少ないからというだけでなく、実力ある者を国や貴族が雇用したがるからだ。しかも、有名轟く者や二つ名を持つ者は高待遇で勧誘されがちだ。
同僚の口ぶりでは、ヒジリの名前が彼の部署で上らない日はないようだ。そう遠くない未来に、二つ名を持ち、貴族などからの勧誘合戦がはじまるだろう。
どこぞの貴族とかと、問題だけは起こしてほしくはないが。
男は数年前にあった騒ぎを思い出し、ため息をついた。
斡旋所を出て、左手前方にすぐ。
大きな跳ね橋があり、その向こう岸に重厚な壁と門の扉が見える。
あの壁が、回廊に巣くう魔物から都市を守る最後の防壁となっている。さらに、有事の際は跳ね橋も上げられ、回廊と都市はほぼ完全に隔てられる。
こちら側の跳ね橋の両脇には、回廊を行き来する人々をチェックする兵士の為の詰め所がある。右側の赤い屋根が入場者の受付所を兼ねており、反対側の青い屋根が退場者の受付所を兼ねている。
そこを抜ければ、回廊と呼ばれる建物を囲む庭園に出る。
庭園には季節や風土を無視した植物が様々に生い茂る。回廊から門までは一応石を引きつめた舗装された道がある。が、それも定期的に補修をしないとあっという間に緑に埋め尽くされる。
今日も何人かの作業員が探索者に護衛されながら、道を遮るような草木を伐採したりしている。
道なりに歩いていけば、陽光を受けて不思議な光沢を見せる建物にたどり着く。
継ぎ目の見えない不思議な素材で出来た建物は、ヒジリにはどこぞのビルのように見えた。
建物の入り口近くには、都市にあるのと同じ外観の建物があり、警備の兵士や探索者の休憩所兼避難所となっている。
中に入れば、巨大な七色に光が点る円柱と、それを中心に四方に均等に配置された魔水晶をあしらったアーチがあった。周囲の壁や床は、円柱の光源の明滅に合わせて、同色の光が下から上へと線状に走っていく。
外から陽光が入ってくるのは、入り口だけで、内部を照らすのはその七色の光だけだった。
ヒジリも最初にここを訪れたときは、その不思議な光景に目を奪われた。だが、既に三ヶ月も毎日通っていればそういった感動も感じなくなる。
「今日はどれにしようかな?」
一人呟き、腰に佩いた刀とは別に持参したグレートソードを床に垂直に立てると、そっと手を離した。
支えを失った大剣は、ゆっくりと傾き、酷く耳障りな思い金属音を響かせ倒れた。倒れた柄がさす方を見れば青い魔水晶のアーチがある。
「白蛇宮か。あれ、使ってみるかな」
倒れた大剣を拾い、ヒジリはアーチを潜り抜ける。
微妙に浮遊感を感じた後、視界に広がる光景が変わった。
通路はどこから光源が来るのか明るく、水色のドットを描くように光る石が白い壁に嵌め込まれている。
先ほどの場所にあったアーチと同様のものを背に歩き出せば、しばらくは一本道で迷うこともない。横幅は10メートル、天井までは、ざっと見てこちらも10メートルはありそうだった。
やや湿った床にはいくつか新しい足跡が残っており、誰かがこの先にいることを教える。
白蛇宮と呼称されるこの場所は、あまり道に分岐がないのが特徴だ。この道の先には、吹き抜けが見えないほど上まで続く広間と、そこに至る吹き抜けの外縁を沿って降りる長い階段がある。
通路の隅でふるふるとうごめくスライム上の魔物プディを一体、手にした大剣で掬い上げる。そのまま、ぽんぽんと羽根突きしながら、ヒジリは先へと進んだ。
「よーん、ごー、ろーく」
数えながら進むうち、前方から風が流れてくる。
わずかな血臭。
ヒジリは口の端をゆがめる。
「これは、誰かフラグを立てたなぁ」
大剣を一振り。プディが壁へぶつかり割れる。
中から小さな核水晶が出てくるが、拾うことはせず先を急いだ。