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探索の裏方


 斡旋所の朝は早い。

 受付業務といっても、一口では語れないほど様々な仕事がある。

 もっとも主な仕事は、探索者相手の事務仕事なのだが。

 それとて、依頼申請の受理に説明、場合によっては苦情処理だったある。毎日、膨大な書類を右から左に滞りなく処理しなければいけないし、探索者が犯罪を起こせば、政府の介入に対応しなければいけない。

 探索者が持ち込む品々の管理や買取だって、忙しいし、危険だ。

 数年前、当時の上層部が無能だったばかりに、持ち込み品に紛れた魔物が、異常繁殖し神殿を血で汚す事態になったこともある。そこまでではなくても、街に潜り込んだ魔物による騒ぎは数ヶ月に一度の割合で起きる。そのため、取り扱いに注意を払わなければいけない品物は少なくない。

 また、探索者への依頼を仲介するのだって、結構大変な仕事だ。

 庭掃除から魔物討伐まで、幅広い依頼が日夜斡旋所に舞い込んで来る。ランクを低くし、安く見積もろうとする依頼者から正確な情報を得ないといけない。それに、自信過剰な探索者にランク以上の依頼を受けさせないように、説得もしなければいけない。下手に断ると、暴れたりすることがあるので、精神的に疲れる仕事だ。

 そんな様々で地味な作業をこなす斡旋所の面々。

 探索者が一種の職業として成り立っているのは、彼らの働きがあってのことだろう。

 今日も、夜勤と日勤が申し送りを終えたところで、夜間通用口は閉ざされ。正面口の看板がひっくり返される。

 もうじき、三月。

 年始年末とまではいかなくても忙しく、ある意味とても厄介な仕事に追われる季節になる。

 王立学院の生徒が、卒業前の箔付けに回廊探索を行おうと、各回廊都市を訪れるのだ。

 騎士や魔導師としての訓練を受けた彼らの大半は、貴族である。

 そして、彼らの大半は探索という職を、甘く見ている。

 指導している側としては、この恒例行事で考えを改めさせようというのだろう。

 が、それの受け皿となる斡旋所としては、勘弁して欲しい話である。


「はぁ、憂鬱だ」


 紙の束を手に、男がぼやく。

 

「今年は、いくつか、重なってるんだって?一度に来られても、都合のいい依頼ばかり用意できねえのに」


 都合のいい依頼。

 この場合、貴族の子息のプライドを満足、または損なわないような話のネタになりそうな依頼で、なおかつ危険の少ない低ランク依頼である。魔物討伐や希少品の採取などが、該当するだろうか。内容が内容なので、報酬の面でも期待が出来たりする。

 もっとも、そんな依頼が早々あるわけがない。有ったとしても、本業の探索者との争奪になりかねない。一応、ベテランならこの時期の斡旋所の事情も、ある程度は理解してくれているので、そうそうトラブルにはならないが。


「ウケイの方が、今年の神事に追われていて、全学院に断りいれたからな。距離的に、うちが一番割り当て多いだろうよ」


 ぼやく男の手から束を受け取りながら、同僚が肩を竦めて見せる。

 『ウケイ』と『ガンビ』は王都を中に挟んで、国の東西に位置している。国内に他にも回廊都市は存在するが、王都から近いのは両都市であり、そのうちの一方が駄目な以上、必然的に一番近い『ガンビ』に人は流れる。


「ああ、今年はニコラウス王子が成人なされるからか。あっちは、あっちで大変そうだな」


「確かに。神事が終わるまで、皺寄せがこっちに来そうだな」


 溜息。

 まだ見ぬ仕事の山に、どっと疲れを感じる。


「そういえば、売店の方は、売り上げ予想が立てにくいって、この間も話し合っていたが。はぁ、それにしても、結構な数のチームが移動申請出してきたな。まあ、古参はそのままだから、楽なもんだけど。ドラゴンの出る宮が浅いと分かると、やっぱり影響出るね」


 通し番号を確認しながら、判を押す。その手は休めずに、男に同僚もぼやく。

 今手にしているのは、この斡旋所に登録しているチーム名簿で、かなりの量があった。それでも、現在登録されているチームの三割ほどだ。

 ドラゴンが浅い場所で出ることで、採取や護衛などに差支えがある探索者が別の都市へと移るのである。

 逆に、ドラゴン狩りを主にしているチームなどは、これから本拠地をこちらに移そうとするだろう。

 都市にいる探索者の平均ランクが上がるのは、自分たちの担当業務からしてみれば、男たちにとってはあまりありがたくなかった。


「あ。おい、これ一枚抜けてるぞ」


「あ、まじか。げ、実績の方かよ」


 同僚の指摘に覗き込めば、確かに番号が一つ抜けている。

 どこかに落としでもしたのか。男は慌てて、自分の席へと戻る。

 その背を見送りながら、同僚は自分の判を待つ書類の山を攻略にかかった。

 当分、彼らの仕事が減ることはないだろう。





 一方、訓練所は、結構暇である。

 同じ探索ギルドが運営する施設では有るが、やはり業務内容の違いが大きい。

 人気のある講義が有る日と無い日では、数倍近く人の入りが違う。

 そんな訓練所に毎日のように通うのは、商人の子息や職人見習いなどの若者か、隠居して暇を持て余している老人くらいである。

 それも知識系の座学の講義ばかりが人気で、実技などははっきり言って閑古鳥である。

 たまに冷やかしのようにくる現役探索者もいるが、訓練設備利用を除けば、暇なのが常態と化していた。

 そんな訓練所だったが、最近毎日のように通う三人の少年がいた。

 それも実技をメインに学びに来ている。

 会費の件もあいまって、訓練所の面々にとって話の種となっていた。

 デュークとダークの二人が担当となってしまった時は、直ぐに辞めてしまうのではないかと思われもした。的確で基礎を重点的に教えるのはいいが、癖が強く、少々やりすぎる面があったからだ。

 しかし、そんな懸念も杞憂だったのか、少年たちの訓練所通いは続いている。

 慣れてきたのか、最近は三人別々に行動している。それぞれ興味ある分野を受講し、常駐している講師全員と顔見知りである。

 ジョージという少年が、見ていて悲しくなるほど体力が無い点を除けば、少年たちは良い生徒であり、見込みある探索志望者だった。

 今日も少年たちが、外の訓練場でしごかれているのを窓越しに見ながら、大人たちはのんびりと茶をすすっていたりする。


「三周に、一口」


「では、私は五周で」


 白髪の老人二人が、互いの茶菓子を賭ける。

 賭けの対象は、年若い同僚に頭を叩かれているジョージである。

 文句でも言ったのであろう。しぶしぶといった感じで、背嚢を背負い、ゆっくりと駆け出す。いや、正確に言うのなら、荷の重さに耐え切れず、ふらふらと転ばぬように、何とか足を動かしている。

 他の少年たちは、中央でドラゴノフ相手に二対一の模擬戦を行っており、軽くあしらわれていた。


「お二人とも。頑張っている子を何の対象にしているんですか」


 読んでいた書類から顔を上げ、エルフが二人を窘める。

 眉間に皺がよった顔も、また大層美しい。


「ちょっとした年寄りのお茶目じゃないか。そんな怒らんでくれたまえ」


 髭のある方が、眉尻を下げて悲しげな視線をわざとらしく寄越してくる。


「そうそう。老い先短いんだから、少しくらい大目にみてくれ」


「何を言っているんです。お二人とも。私よりお若いじゃないですか」


「エルフの物差しで、はからんでくれ」


「だったら、正しい年寄りらしくしていてくださいよ」


「あら。正しい年寄りってどういうのです?」


 自分のカップに、おかわりを注いで居たビスターの女性が口を挟む。

 訓練所で一番人気の講義を受け持つ女性の参加に、老人二人の相好もくずれる。

 側頭部に、焦げ茶色の角と耳が生えた女性は、黒い鼻の頭をひくひくさせ、エルフの返答を待つ。

 勢いで口にした言葉に、エルフも自分で言ったことながら首をかしげる。

 何だ?正しい年寄りって。

 だが、いつも自分を困らせる二人に、ちょっとした嫌がらせをするにはいい機会だった。

 娘どころか孫ほどに年の離れた彼女に、二人は弱いのだ。


「そうですね。まず、ザヴィエ君の講義内容に、さりげなく禁呪や禁書関係を混ぜたりはしないでしょうね」


 髭の老人が、引きつった笑みを浮かべる。

 しばらくぶりの高魔力持ちに出来心で行ったことを、指摘されては反論できない。

 何せ禁呪や禁書の類は、それ自体が教授を制限されているのだから。また、いくら才能があろうとも、基礎も出来ていない初心者に教えるべき内容でもない。

 

「それに、ご自身の本業が滞っているからって、アルト君に実務授業といって手伝わせないでしょうし」


 もう一人の老人も、顔が引きつる。

 自身の本業が面倒だからと手伝わせてしまった。が、一介の平民、しかもまだ子供に手伝わせていいものではなかったのだから。


「それから、気に入った子を本業のほうに勧誘しないでしょう。一応、ここは探索者を養成する場所なんですから、それ位弁えているでしょう」


 二人の脳裏に、今や本業でそれなりの地位にいる部下となった少年たちの顔が浮かぶ。ついでに、家業を継がせそこなって苦笑する彼らの親の顔も浮かぶ。


「わかった。もういい。勘弁してくれぇ」


 普段のゆっくりした口調はどこへやら。

 エルフの口からつらつら紡ぎだされる言葉に、老人二人は両手を上げて降参した。

 聞きほれるような美声に、叱られるのは少々堪える物があった。しかも、傍に微笑を浮かべながら聞いている女性の存在が、追い討ちをかける。


「ふふ、反省しているみたいですし。その辺で、勘弁してあげたらどうです?」


 助けを求める視線を向けられて、女性はエルフのカップにおかわりの茶を注ぎ、笑いをこらえて口を挟む。

 女性の言葉に、老人二人は頷いてみせる。

 エルフは注がれた茶に視線を向けると、溜息をついて頭を軽く振った。


「とにかく先達として、後輩たる彼らに変な影響を与えないでくださいね」


 最後に、一言釘を刺す。

 それに、老人二人は口をへの字に曲げて、不服そうにする。


「何です?何か文句でも?」


「我らより、あの二人のほうが気をつけるべきだと思うがの」


「そうそう。ほれ、あれ」


 そう言って、窓の向こうを指差す。

 そこには、ジョージを魔法で浮かして笑う同僚の姿があった。





 最近、職人通りでは新商品が良く並ぶ。

 各代理販売の店舗では、通常の見本品や既製品が並ぶのとは別に、何やら変わった品が置かれている一角がある。

 特に、服飾を扱う店は、一角に置かれる品数が多かった。

 切欠は、ヒジリが自身の愛用品の複製を頼みに来たことにある。

 一風変わったそれらと多額の資金が、職人たちを発奮させ、試作という名の新商品開発を行わせた。結果として、パトロンという形になってしまったヒジリもそれを面白がり、更なる資金提供をしたため、勢いは止まることがなかった。

 そんな新商品が出るやいなや、服飾店では、若い女性が手にとっては店員と試着室に向かって、きゃらきゃらと賑やかだ。

 彼女たちのお目当ては、新商品の下着である。

 従来の品よりも簡素で効果のある補正下着が、彼女たちの興味を惹いたのだ。特に専門的な探索を生業としている女性を中心に、注目の話題となっている。

 そんな賑やかな人だかりに、及び腰なシュヨン。

 いつも同行してくれるリカルダに言われて、服を新調しようとしたのはいいが、店内の雰囲気に入り口近くで立ち往生していた。

 国ではいつも自宅に職人を呼んでいたため、こういう場に来た経験がない。

 こんなことなら誰か同行を頼めばよかった。

 内心、悔やんでも、子供ではないからと断った手前、隠れて付いてきているであろう護衛の者を呼び出す気分にもなれない。

 店員に声を掛けようにも、新商品の説明を求める女性たちに捕まり、こちらへと来れそうも無い。

 出直すか。

 シュヨンの心中に、諦めが浮かんだ。

 オウカにはないデザインの服の数々に、心惹かれはするが、時間が経つにつれ、場違いでいたたまれない気分が上回ってくる。小さかった諦めの気持ちも徐々に大きくなってくる。

 視線を再び売り場に向ければ、買い物を終えた女性が出ようと、こちらに歩いてくる。

 道を空けようと、一歩後ずさる。


「おっと」


 背中に柔らかな衝撃。

 頭上から聞こえる声に、視線を上げれば、一房だけ白い黒髪の知人の顔が目に映る。

 シュヨンが慌てて向き直り、謝罪の言葉を述べれば、ヒジリは気にするなと肩を叩く。

 

「お嬢ちゃんはあれ、買いに来た口?」


 笑って指差す先は、女性の群れ。


「て、あの様子じゃしばらく待つことになりそうだねぇ」


「いえ、私はもう帰りますから」


 ジエンの関心をひく女性を前に、シュヨンはその場に留まる気持ちがすっかりと無くなっていた。

 あの惨状を生み出したとは思えないほど、気の抜けた顔にわずかだが苛立ちさえ覚える。


「そう?じゃあ、気をつけて」


 素気無くされたにも係わらず、へらりと笑いながら店の奥へとヒジリは向かう。

 その背は無防備で、今この場に愛刀を佩いていれば、一撃で仕留められるだけの隙があった。

 それでなく、袖に隠した短刀でも、容易く首を掻ききれるだろうと、視線を動かす。

 赤。

 目が合った。

 寒気が走り、手は思わず腰へと動いていた。

 だが、そこに武器はなく、空を掴む。

 ヒジリがシュヨンを再び見て、指で何かの軌跡を描いた。たったそれだけの動き。

 それは、シュヨンが思わず夢想した、ヒジリへと振るう凶刃の軌跡だった。


「ん~、残念」


 最後に、指で自身の首を横になぞると、楽しげに呟き、ヒジリはシュヨンから店の奥へと視線を戻した。

 シュヨンは深く息を吐いた。

 何故。

 何が。

 どうして。

 ヒジリへ疑問ばかりが浮かぶ。

 だが、先ほどの赤い目が、シュヨンの足を止める。

 後を追うことは出来なかった。

 怖かったのだ。

 あの目に見られ、回廊でどんな魔物にあった時よりも死を身近に感じた。

 

「シュヨン様」


 顔色悪く立ち尽くすシュヨンに、放っておくことが出来なかったのだろう。

 隠れ付いてきていた護衛の一人が、傍へと近づく。


「……何でもないわ」


 シュヨンはそれ以外、口に出すことが出来なかった。

 認めたくはなかったから。




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