新年会しましょ
一ヶ月は30日。一年は13ヶ月で403日。
計算を間違えているわけではない。
ここでは、月と月の間に加護日と呼ばれる日が13日あり、月に含まれない。
加護日は、光の13神を一柱ごと奉じ、またその日に生まれた子供は、その神の加護を強く受けているとされる。
そして、13月と1月の間の加護日は、光明神ジュネレオスの日であり、新年祭の日でもあった。
他の加護日も様々な催し物が神殿を中心に行われるが、新年を祝う為のこの日は、一年で一番大規模で賑やかな日になる。
この時期は、規模の差はあれ、どこの町も新年の祝いに賑やかであった。これから次の加護日までの一ヶ月は、神殿を中心に様々な祭事が行われ、賑わいは続く。
回廊都市『ガンビ』でも、それは同じで、町中が祝いの空気に満ちていた。
多くの者はこの節目に、新たな目標を掲げていることだろう。
だが、残念なことに問題を抱えたまま、新たな年を迎えた者もいる。
宿の一室。
旅先ではあるが、新年の祝いが届けられた部屋は甘い香りで満ちている。
「これで、お方様よりお預かりしたものは以上です」
壮年の男が、自分より年若の男たちによって部屋に届けられた荷を整える。それが終えたのを確認すると、部下を下がらせ、自身の主に向かい直り、次の指示を待った。
部屋には主のジエンと壮年の男が二人。長椅子にしどけなく座していたジエンは、従僕たる男の言葉に腰を上げる。
「そうか。前の手紙で今年は良いと、書き添えておいたのだがな」
口元を笑みの形にしながら、荷に軽く触れる。
木箱に簡素な包装だが、蓋には送り主の紋が焼き印されており、この部屋に運ばれてきた品の中で、最も丁寧に扱われていた。
「礼状は後で用意しよう。それと、適当で良いから、酒を用意しておけ」
「は。ですが、かの者の件、よろしいのですか?」
「ああ。シンモンからの返事がくるまでは、な」
従僕に退去を命じて、部屋に一人となる。
窓の外の賑々しさとは対象に、それを見るジエンの表情は暗い。
昨年の終わりに行った探索は、厄介な事実をジエンの前にさらけ出した。
稀人。
可能性の一つとして考えてはいたが、それは正直当たって欲しくはないものだった。今まで集めた情報はそれを否定する材料どころか、肯定するばかりでヒジリ自身が言ったとおり事実なのだろう。
それに、ジエンとしては相手の反応も予想外であった。
こちらが黙する内は、うやむやにしてしまうだろうと踏んでいたのだったが。
「あの女、何を考えている」
卓の上にある手紙。新年の祝い菓子と共に、ヒジリから寄越されたものだ。
拙い字で、短く誘いの言葉が書かれていた。
“新年会、やる。酒、もってこい”
文章ともいえないそれと、地図。その二枚以外には何も入っていない封筒は、軽いのに酷く重く感じた。
ジエンとは違い、気楽な者もいた。
昔語りに聞いて、幼心に憧れを抱いていた黒髪の乙女の幻想に罅が入りはした。が、ヒジリが悪いわけでもないと思い直したヴィルだ。
酒の瓶を手に、大通りを歩く。
同じチームの面々は、依頼で商隊と共に外に出ていたり、帰郷していたりして、つるむ相手も特におらずヴィルは暇であった。
自分と同じように都市に残っているリカルダは、依頼者のシュヨンと共に、門開きから連日回廊通いをしている。
通りに面した店先には新年を祝う飾りが付けられ、華やかで賑やかしい。
足早に行き交う人は、寒さに体を縮めながらも新年の賑わいに顔を緩ませている。
若い夫婦が子供を抱きあやしながら、ヴィルの横を通り過ぎる。幼子の手には黄色く塗られた木の神剣守りが握られている。神殿にでも御参りに行った帰りなのだろう。
なんとも幸せそうで、独り身には少々羨ましい光景だった。
「今頃、あいつは上手くやってんのかねぇ」
彼女と共に帰郷した従弟を思い出す。
色々とあったが、かなり立派な牙を手に入れたのだ。あれならエメリのうるさい父親だって文句一つ言えないだろう。
ヴィルはここ数年会っていない故郷の人々の顔を思い浮かべる。凶王病が流行った年以降だから、四年近くも帰っていない。チームの面子もリーダーを筆頭に、だいぶ入れ替わっている。
故郷に帰った彼らは、元気でやっているのだろうか。
「あぁ、昔が懐かしいなんて。俺も年取っちまったなぁ」
溜息を吐く。
白く変わる息の向こう。そこに肉屋を見つけ、ヴィルは寄る事にした。
せっかくの宴会だ。つまみは大いに越したことはないだろう。
ばれてしまったものは、しょうがない。
そんなことより宴会しようぜ。
ヒジリが考えた末に出した結論は、そんな投げやりなものだった。考えるのに飽きたとも言える。
何も知らぬ子供たちが新年の賑わいに騒ぐのに、釣られているうちにどうでも良くなったのだ。
彼女を良く知る同僚なら、いつものことと言いながら、物理的に痛い突っ込みを食らわせていただろう。
もちろん、異世界たるここに同僚が居る訳もなく、ヒジリの暴走は止まらない。
いきなりサニオスを使った祝い菓子を大量生産したり、宴会をしたりと、ヒジリに振り回されてはいたが、家の者は皆楽しげに日々を過ごしている。
今日も宴会をするというヒジリに買出しを頼まれて、ジョージ達は寒い中を出かける。
ガラゴロと、大通りをジョージ達少年三人組が、荷車を並んで引き歩く。
その荷台には、フレートとハンナが買い物リストと、見た目は可愛らしい猫のぬいぐるみだが中身は貨幣がみっしり入っている結構重いバッグを落ちないように押さえ、大人しく座っている。
「今日は一体、誰が来るんだろうか」
「この間は、院の皆が来てくれたから、さすがに今日は違うだろうしね」
真ん中でぼやくジョージに、右側のアルトが相槌をうつ。
「ヒジリさん。最近は故郷の料理を再現するって、張り切っているよねぇ。でも、少しは量を考えて作ってほしいよ。今日だって、リスト全部買ったら、院でも一ヶ月は優に賄えそうなんだけど」
「あー、確かに。この間作っていた菓子だって、かなり配ったのに残ってるし」
家に残る菓子の山を思い出し、ジョージはうんざりする。
甘いものは嫌いではないし、ヒジリが作るものは美味しいものが多い。
だが、今回は中に入っているサニオスが、正直苦手だった。アルトやザヴィエに言っても分かってはもらえなかったが、僅かながら舌に指すような刺激を感じるのだ。
「まあ、誰が来るのかは知らないけど、あまり夜まで騒がないでほしいなぁ」
「ヒジリさん、酒癖悪いしな」
一度散々絡まれて、いやな目に会ったことを思い出し、三人は遠い目になった。
「アリア、くる、いってた!」
「たー!」
ぼやくジョージたちに、荷台からフレートが口を挟む。
よく遊びにくる少女の名前がでてきて、びっくりするジョージ達は、なぜフレートがそれを知っているのかを疑問に思った。
「ヒジリ、いったよ。アリアのパパ、きょう、いっしょにたべるって」
「いっしょ!」
きゃいきゃいと騒ぎ出すフレートたち。
アリアが来たら何して遊ぶか、相談しているつもりの噛み合わない会話が聞こえてくる。
「そうか」
自分たちには言わないのに、フレートたちには話すヒジリにジョージ達は何だか疲れた。絶対に自分たちの反応を楽しんでいるのだろう。
がくりと大げさに俯いてみせるジョージに、アルトは苦笑した。
「あ」
それまで聞き手に回っていたザヴィエが、声を漏らす。
「どうした?」
俯いていた顔を上げ、ジョージが横を見ると、ザヴィエがどこか困ったような顔をしていた。
「なぁ、肉屋、後回しにしないか」
「なんで今更?後に回したら、無駄に往復するじゃないか」
リストを見て、三人で考えた買い物コース。一番移動が短くて済む筈のそれは、ザヴィエ主導で決めたはずだ。
なのに、もうすぐそこといった場所で何を言い出すのか。
ジョージは首をかしげる。
「……僕も出来たら、後回しにしたいな」
アルトまで賛同するとは。
一体この道先に何を見たというのだろう。
ジョージが顔を前に向けると、二人の意見に納得できる光景がそこにはあった。
肉屋の店先で言い争う金髪のビスターと、仮面の男。
二人とも知り合いであり、特に避けるような相手ではない。ないのだが、正直今すぐ見なかったことにして立ち去りたいと三人は思った。
「だから、金なら後で倍にして払うと、言ってるだろうが!とっとと、それ渡せ!」
「嫌だと言ってるだろうが!酒屋行けよ!」
普段、自分たちをメタメタに伸している教官のデュークが、ヴィルに何やら要求しているようだ。
遠めで良く分からないが、どうやらヴィルの手にある酒瓶を引っ張り合っているようだった。
「ああ、もう。そこのお前!こいつの連れだろうが!止めろよ!」
「あははは。いや、無理」
肉屋の主人と並んで立つドラゴノフは、ジョージ達のもう一人の教官たるダークだった。
我関せずといった感じで、肉屋の店主から肉の塊を購入している。堪りかねたヴィルが、現状を打開しようと声を掛けるがあっさりと笑って返される。
さわさわと、ヴィルの髪が怒りで逆立ち始める。
騒ぎに、周囲の人の足も留まりはじめる。
気づかれぬうちに逃げたい。
ジョージたちはそう考えたが、荷車がある為、様子を伺っている人が邪魔だった。下手に動けば、それこそ気づかれてしまう。
どうするべきか。
三人、顔を寄せ合う。
しかし、そんな彼らの思考を幼い声が遮る。
「おにく、いっぱいかうぞぉ」
「あ、ハンナもいく」
いつの間にやら荷台からにじり降りたフレートと、兄の後を追いかけるハンナ。
幼子二人によって地面に引きずられる猫のぬいぐるみ。金貨の重みで、布地がよれて酷い有様になっている。
「あ、ちょっと!」
ジョージが声をあげるも制止にはならず、二人は一直線に駆けていく。
店先の駄目な大人二人は、突然自分たちの間を通り抜けようとする幼子に驚き、諍いが止まる。
フレートたちは、二人を避けようとは思いつかなかったらしく、顔見知りのヴィルの足を叩いて退かそうとする。
「じゃま!」
愛らしい幼女に見上げられ、きつく駄目だしをされる。
「お、何だ?ちみっこ、お前らだけか?親はいないのか?」
デュークが、幼子に叩かれ困惑するヴィルから一歩下がり、視線を周囲に向ける。
「お?」
デュークの視線が、ジョージたちを捕らえる。
仮面で隠されているはずなのに、短いが濃い付き合いからかジョージ達にははっきりと分かった。
面白いものを見つけた。そう言っているかのような視線だった。
「なんだ、小僧共じゃないか。お前らの連れか?」
ひょいとハンナを掬い上げる。
急に目線の高さが変わったハンナは、甲高い声を上げて手足をばたつかせるもデュークはそのまま抱きしめた。
「荷車なんか引いて、なんかあんのか?」
どうする?
ジョージたち三人は、思わず顔を見合わせる。
訓練所でのデュークの食べ物に対する執着を思い出し、正直にはあまり言いたくなかった。
宴会するなんて口に出そうものなら、強引についてきそうだ。いや、絶対に来る。
なんと言うべきか。
悩む少年たちを他所に駄目な大人たちは、今度は幼児二人を焦点に騒ぎ始めていた。
「おい、嫌がってるじゃないか。降ろしてやれ」
両手でデュークの体を押しているハンナ。その様子を見かねてヴィルが声を掛ける。
「そうだ」
傍観を決め込んでいたダークも口を挟む。
「デューク、次は俺に抱っこさせてくれ」
「あんたも何言ってんだ!」
尻尾の毛が膨らむほどの怒気をみせる。
ヒジリを筆頭に変人に慣れているヴィルとはいえ、さすがに、我慢の限界らしい。
「アルト!ハンナがわるいやつにつかまったぁ」
べそをかき、ぬいぐるみを引き摺りながら、引き返してきたフレートがアルトの足にしがみつく。
フレートの言う悪い奴とは、間違いなくデュークのことだろう。
涙目で訴えるフレートに、何とかしてやりたいが少年の誰もがあの場に介入したくはなかった。
「やー!」
仮面が怖いのか、ハンナは暴れ続ける。
周囲は、何事かと野次馬が増えていく。
冷たい視線と、ざわめき。巻き込まれただけなのに、心が痛い。
もうジョージたちにはどうしたら良いのか分からない。と、いうかハンナが捕まっていなければ、速攻で逃げていた。
「あんたたち、商売の邪魔だからやめてくんないかね」
肉屋の店主のもっともな一言は、もうしばらく聞き届けられそうもなかった。