準備は万端?
明日に備えて、装備一式を揃えたザヴィエを中心に、子供たちが盛り上がる部屋。
ばばんと、扉を勢いよく開けて、ヒジリが現れる。
上着の一番上までボタンを留め、顔の半分隠すゴーグルつけて、おまけにバンダナを巻いている。
そして、終いにフードまで被ってみせた。
口元以外が覆われ、容姿を隠してしまう。
「じゃーん。自分もおまけに装備一式新調しちゃいましたぁ」
ばばんと、ジョージたちの前でヒジリはポーズをつけた。
完璧に不審者です。
ハンナが泣いた。
身も引き締まる、澄んだ空気に満ちた朝。
斡旋所にて待ち合わせ、最終的な荷物確認を済ませた後。
ヨーンを先頭に、4人は人の流れに沿って、回廊へと向かう。
「お前は、また変な格好だが、思ったよりシンプルにまとめたな」
「ま、荷物は軽いほうがいいでしょうよ」
先を行くヨーンと並ぶザヴィエの背負う荷物を指し、話しかけてきたヴィルにヒジリは口の端をあげて笑う。
ザヴィエもヒジリも背負っている荷物は、それほど大きくない。ヒジリが、日帰りで探索にでる時と一見した量は、ほぼ変わっていない。
ヒジリとザヴィエの二人が身に纏う装備は、知る者が見れば、丁寧な造りの上等な物で揃えられていることが分かる。
後ろ盾のないカッパークラスが持つようなものではないそれらに、悪目立ちをしている自覚があるのかと、ヴィルは問いたくなった。
「魔道具で揃えたな、お前。ちょっとは貯金しとけよ、子持ちだろうが」
つい、説教じみた言い方になってしまうが、ヒジリはへらりと口元を歪め、手を横に振った。
「いいじゃない。別に無駄になるものじゃないし」
確かにヒジリの持っている魔道具のどれも、これから先も探索業を続けていくことを考えれば決して無駄にはならないものばかりだ。だが、一つ二つならともかく、一度にここまでの量を揃えるのは金遣いが荒いと言われてもしょうがない。
「そうだがな。今回の探索で儲け出るかも分からないのに、その調子じゃ駄目だろうが」
朝も早いのに、すでに庭園では作業に従事している者がいる。
ヒジリたちの声が大きいのか、わざわざ手を止め、こちらを見るものもいる。
顔見知りがいるのだろうか。ヴィルやヨーンは簡単な挨拶を交わしながら歩いていく。
「顔が広いねぇ」
「まあ、この街を拠点にして長いからな」
首の後ろに手を当て、遠い目をする。
昔のことでも何か思い出したのか。その眼差しは暗い。
「ああぁ?あそこにいるのって」
ヴィルが訝しげに声を上げる。
前を行く二人の足が止まり、ヴィルへと振り向く。
ヒジリが訝しげに先をみれば、二人の向こうに誰かがいた。
男女4人。こちらを向いて立っている。
しっかりと上まで着込まれた服装に、離れた場所からでは誰だかわかりにくい。
「おはよう、ヨーン。これから探索かい?」
猫の獣相がかなり濃いビスターの女性が、こちらに気づいて近寄ってくる。
胸当てに刻まれた虎の紋章は、ヴィルたちと同じチームであることを示していた。
「宝樹宮ですよ。リカルダはこれから?」
ヨーンが自分より頭一つ小さな彼女を見下ろしながら、照れるように言う。
「ああ、例の。私だけだが、今日も彼女の同行を依頼されてな」
弓なりに大きな瞳を細めて、リカルダはヨーンに背後の三人へと視線を向けさせる。
視線を受け、二人のやりとりを遮るように、三人の中でも特に目立つオウカ風の装いの男が近づき、口を開いてきた。
「おや、何とも奇遇。我々もそこに行こうと思っていたのだよ。どうだろう。同行させてもらえないだろうか」
あからさまな愛想笑いを浮かべた男は、ヒジリに一度視線を止めた後、隣に立つヴィルを誘う。
「リーダーはこっちのヨーンだ。彼に聞いてくれ」
「これは失礼した」
誰だと、見覚えがありそうで思い出せない顔に、ヒジリはヴィルの袖を引く。
「誰?」
小声で尋ねる。
ヴィルが知っているものとは限らないのだが、探索に関することでこの男の顔はかなり広いのだ。
ヒジリにとっては半ば癖になっている。
「ジエン。今現在、うちのチームのお得意さまだ。あっちのシュヨンってお嬢ちゃんの保護者らしい」
案の定知っていたヴィルの説明に、尋ねた身でありながら、ヒジリはふーんと軽く流す。
それよりもシュヨンという少女から、嫌な感じの視線を送られているようで、そちらに意識が向いてしまう。
その視線も、ヨーンとジエンの会話が終われば途絶えてしまう。
問いただすことが出来ず、ヒジリの胸にちょっとしたもやもやが残った。
開けた通路を3・3・2で並んで歩く。
真ん中の組になったザヴィエは、一緒になったシュヨンとヨーンから、ちょっとした魔法講義を受けて言葉少なに頷いている。
殿のヴィルとリカルダの二人は、同じチームということもあってか、他愛もない会話をしながらも周囲を警戒して進んでいる。
そして、先頭組になったヒジリは、自分よりも背の高い男性二人に挟まれる形で歩いている。
ジエンとライ。この辺りでは珍しいオウカ風の装備がジエンで、以前ヒジリ宅を訪れた騎士で、宿屋の主人の旦那がライ。
二人ともタイプは違えども容姿の整った美男ではあり、ヒジリでも普段なら少々浮かれるような状況なのだが、実際は違った。
「アリアがね、君の家にお泊りに行きたいっていうんだが」
「ああ、別にかまわないけど。うちの子たちも喜ぶだろうし」
ライへと話題を振れば、愛妻家で親馬鹿だったらしく、家族自慢と言うか惚気を聞かされる。
繰り出される形容詞の対象が、あの宿屋の主人だと言うことが、ちょっとヒジリには想像できなかった。お世辞にも可愛く可憐な人ではない。どちらかと言えば無骨で硬派な人だ。
ジエンはといえば、一見他愛もない話題作りの為の質問が、まるで尋問なのではないかと疑いたくなるかのようにヒジリに向かって振ってくる。
「子供たちには何をあげるんだい?」
「何がです?」
「新年の祝いだが……行わないのかい?それとも知らなかったのか?」
信じてはもらえない身の上だけに、正直に言うわけにもいかない。
ヒジリは、適当に話をでっち上げてはみた。が、話の矛盾をにこにこと作り笑いを向けられながら突かれ続ける。
正直、どちらとの会話にも、ヒジリはうんざりし始めていた。
「……もちろん、やりますよ」
あはは、と乾いた笑いがでる。
あまりにも執拗なジエンに、いい男は声まで格好良いんだなぁ、と現実逃避したくなるような気分にもなる。
先を急ぐ身としては不謹慎ながら、魔物の出現を期待してしまっても仕方ないんじゃないかと考えたくもなる。
しかし、ヒジリがどんなに周囲の気配を探っても、珍しいことにそれらしき気配が一切感じられない。
ここまでの道でも、常よりも多い回数、何組かの探索者と行き会ったから、彼らによって退治された可能性もある。が、それにしても静かなものだった。
予定よりも早い進行速度に、どことなく座りの悪いものを感じながら、ヒジリは先頭を進む。
結局、異様なまでに魔物に出会わず、数度の休息を経て、一行は目的地たる宝樹宮へと辿り着いた。
「思ったよりも寒いな」
アーチを通り抜けた瞬間、冷えた空気が肌を刺す。
その刺激に、ビスターの三人の外に晒されていた尻尾が、ぼあっと膨らむ。
「ジエン様、こちらをお使いになってください」
「ああ、すまんな」
オウカ風の独特の開いた襟の合わせ目を、寒そうに寄せるジエンの仕草を見て、シュヨンが自分の荷からマントを取り出す。
各々が予想していたよりも冷たい空気に、防寒を新たにする中、ヒジリとザヴィエの二人は周囲を見回していた。
「寒いのに密林とは、いやはや」
青々とした緑に覆われる景色の中、辛うじて舗装された道が見える。
冷たい空気には会わない、ヒジリの感覚で言えば熱帯に生息していそうな植物が繁殖している。
「……魔道具って、やっぱりすごいな」
吐く息がわずかに白くなる。
それでも、他の皆のように寒さを感じることはない。ザヴィエは改めて、身に着けている魔道具の有効性にため息をつく。
ヒジリが購入の際に支払った貨幣の山に、何故そこまで高いのかと思いもした。が、実際その力の一端を認識しては、やはりそれだけの価値を持つものだと思い知らされた。
「……よし!じゃあ、俺たちは目撃例が多かった場所に向かうつもりだけど、あんたたちはどうする?」
準備を終えた一同に、ヨーンが声を掛ける。
「どうするとは?」
「いや、だって目的地は同じだったから、ここまで同行してきたわけだけど。今まで聞いてなかったが、あんたたちだってここに何か目的があってきたわけだろう。だったら、ここで分かれた方がいいかと思ったんだが」
ヨーンの言葉に、ジエンが、ふむと手を顎に当てる。
「差し支えなければ、このまま同行したいと、私は思うんだが」
「何故?」
ヒジリが口を挟む。
初日から、ずっとうんざりする会話を続けていた身としては、ここで分かれたい気持ちが大きかった。
「おや、嫌われてしまったかな」
見下すようなジエンに、ヒジリは目を眇める。
「そう警戒しないでくれ、他意はない。と言っても、君は納得はしてくれないみたいだな」
「当たり前」
執拗な質問責め。それを他意がなかったなんて、信じられるわけがない。
「はっきり言うな、君は。まあ、いい。隠すようなことでもない」
口の端を曲げ、一歩ヒジリへと近づく。
手を伸ばせば触れる距離。
「理由は簡単だ。元々は、ある大物を狩る前の練習と彼女の修行を兼ねて、少々深く探索する予定だった。そこに都合よく君たちが現れた。もしかしたら、手伝いを依頼できる相手かも知れなかったからね。実力を見たかった」
「実力は見れたかい?」
「いや、運がいいことにと言うべきか?ここまで戦わずに済んでいたからね。だけど、君たちの目的だと、戦わずに帰るなど、出来はしないだろう」
ジエンの視線が、つかの間ヨーンへと逸れる。
「だから、同行を続けると」
「そういうことだ」
ジエンの連れの三人が、彼の意見に口を挟むことはなかった。
彼らの中での決定権は、この男にあるということか。
「ヒジリ、お前は嫌なのか?」
ヨーンに肩を叩かれる。
それに横に首を振って応える。
「いいや、一緒に行くのが嫌なわけじゃないんだ。ヨーンに従うさ」
ジエンは嘘を言ってはいない。だが、全部を話したわけでもないだろう。
そして、今や隠す気のない自分を値踏みする目。
ヒジリはその点が気に食わなかった。
だが、自分とて秘密のある身だ。ヒジリは、ため息ひとつで気持ちを切り替えた。
彼らの決定権が、目の前の男にあるのなら、ヒジリたちの決定権はヨーンが持っているのだから。