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訓練所で訓練


 宿の主人の言葉に従い、説教後の院長に尋ねてみたら、二人の少年を紹介された。

 一人は、施療院の手伝いをしていて、よくジョージの話し相手になって見知っていたアルト。

 もう一人は、ひょろりとした赤毛のハーフエルフで、アルトとは孤児院でずっと一緒だったというザヴィエ。

 ジョージと同年齢の少年二人で、大丈夫かと首を傾げるヒジリに、院長は穏やかに太鼓判を押した。

 住み込みで子供の面倒を見るのなら、もうすぐ成人する二人でも十分任せられると。ただ、二人とも未分化のマジクリングなのでその点だけは気を遣ってあげて、と親の顔で言われた。おっぱいが大きくなるんですね、と聞いたら、説教より早く教育的指導の拳が飛んできたが。

 この世界の住民、しかもこの辺りの顔役といわれる人物がそういうなら、とヒジリは納得した。

 実際、アルトとザヴィエの二人はフレートたちの面倒をよく見て、ヒジリが留守のときもしっかりと仕事をこなした。穏やかな笑みのアルトと無口なザヴィエ。この二人にフレートたちも懐き、特に問題も起きなかった。

 ジョージが退院して、6人の共同生活が始まった。


 ヒジリたちが異世界に来て、早4ヶ月。

 カレンダーは12月から13月に変わろうとし、冬が本格的に訪れ始めていた。

 ヴィルが指摘したような勧誘は、アリアの父親が一度、主から言付かった、といって、封蝋がされた手紙を持ってきたくらいだ。

 内容は、雇用される気があるならこの手紙を持って屋敷まで来て欲しい、ということだった。もちろんヒジリは行かなかったが、映画の小道具みたいで、記念にと影へと仕舞った。

 後は、どこから聞きつけたのかデモビアの眼が欲しい、とオウカの商人が直接買い付けに来て、ヒジリの懐が異様に暖かくなった。ちょっとの散財など問題にならない額だった。

 そこで、ジョージの体調も言いようなので、ヒジリはしばらく探索を休んで、彼ら三人を訓練所に通わせることにした。





 冷たい北風が吹く中、ジョージとアルトと、少し遅れてザヴィエの三人は、訓練所に向かっていた。


「ところで、訓練所って何?」


 未だ異世界に慣れぬジョージは、記憶喪失ということになっているのを利用して、アルトに訓練所について聞く。

 ザヴィエに聞いてもほとんど単語で返してくる為、こういう説明を必要とする時、ジョージはアルトを頼る。


「訓練所は、迷宮探索に役立つ様々なことを学べる施設で、年間利用料を支払えば誰でも利用できるよ。もっとも13000レリンを一括で払うなんて無理だから、大体の人は、月ごとに分割して支払ってるけどね。それを一度に三人分支払うなんて、ヒジリさんは相変わらずの金銭感覚だね」


 アルトが苦笑しながら、説明する。

 一緒に暮らすようになって、約一ヶ月。目の当たりにしたヒジリの散財振りには、ザヴィエ共々呆れたものだ。もっとも、それが自分たちへの支給品にまで及ぶと、少し頭を抱えた。今まで清貧な暮らしをしていた二人にとって、ちょっとしたカルチャーショックだったから。

 まだ、直接硬貨で貰える給与は少ないが、二人の身の回りの品物は充実している。不自由がないので、貯金ができるのは二人にとって嬉しい誤算だった。その上、今度はジョージのついでとは言え、訓練所にまで通えることになった。

 ヒジリの性格はちょっとあれだが、二人は感謝してはいた。


「詳しい説明は、向こうの人がしてくれると思う。本当に探索を家業とするなら訓練所の技術は必須だって、ヴィルさんたちも言っていたし。ザヴィエは、ちょうど良かったよね」


「ああ」


 アルトが振り向いて同意を求めれば、ザヴィエは短い返事をし、頷く。


「え?ザヴィーは探索者になりたいのか?」


「ああ」


「へえ、じゃあアルトも?」


 ジョージが隣を歩くアルトに問えば、首を横に振られる。


「ううん。僕は、先生みたいに医者になりたいんだ」


 両手を胸の前で組み、そっと大事なものを抱え込むかのように言われ、ジョージは一瞬言葉に詰まった。

 伏せた眼差しの横顔に、どきりと心臓が音を立てた気がした。

 思いつめているかのような、苦しくなる何かがあった。


「でも、その為にはお金がいるから。ザヴィエが目指すほど本格的なのじゃないけど、探索者として頑張るのもいいかも。薬なんかの原料になる素材って、ほとんどが回廊から採取されているから、勉強にもなるかもしれないなぁ」


「……そっか、アルトはしっかりしているんだな」


 ジョージの方を向いたときには、もういつものアルトの穏やかな表情だった。

 見間違いか。

 そう判断し、ジョージは目に付く疑問をあれこれ聞きながら、前に向き直った。





 街の中心部から離れた場所。

 そこに、探索者訓練所があった。

 入り口から正面直ぐ。アルトを先頭に受付へと向かう。

 閑散とした窓口には銀髪のエルフが一人、眠そうに座っていた。

 エルフの特色ともいえる整った顔立ちが、窓から差し込む陽光に照らし出される。近寄りがたさを感じる美しさは、少年の足を止める。

 が、いつまでもその場に留まるわけにも行かず、三人は顔を見合わせると再び前へ進んだ。


「すみませーん」


 アルトが声を掛ければ、伏せていた目を開き、ゆっくりとした動きでエルフは、少年たちの方を見た。


「なぁに?」


 動きと同じゆっくりとした喋りで、アルト達の話を聞く。アルトが入会したいことを伝えれば、何枚かの書類を三人分出した。

 

「俺、読めない」


 ジョージは、出された書面に首をひねる。最近はフレートやハンナと一緒に、絵本を眺めてはいるが、未だジョージは、自分の名前を書くのがやっとだった。

 文字を読めない者は珍しくないのか、エルフはジョージの発言にもう一枚、別の書類を出してきた。

 大き目の紙に書かれた、一ヶ月の予定表。

 ジョージには読めないが、各升目に、文字と記号のようなものが書き込まれている。


「これ、講義表。さっきの書類は入会の同意書と、施設利用に際しての説明書。文字が読めないなら、最初はこのマークが付いた授業を受けるといい」


 白魚のような指をつうっと滑らせ、講義表の青い記号の書かれた部分を指す。


「補助講座。一般的なことや、担当者によっては履修済みの講座も教えてくれる。文字も教えてくれるし、適正調査もしてくれる。これは常任の教師だから、開講しないことは無い」


 指が、青から緑へと移る。


「こっちは主に座学。専門的な知識を教えてくれる。もっとも、担当してくれる人物によって内容が違うから、必ずしも自分の習いたいものがあるとは限らない。探索者に依頼をかけて教師を募っているから、当たり外れはあるの。でも、適正で魔力があるなら、一度受けてみたら?」


 そして、赤に。


「こっちは実技。こっちも教師は、大体依頼で探索者に来てもらっているの。戦闘だけでなく、迷宮内で役に立つものを教えてる。さらにもう一つ、このマークがあるのは、実際に迷宮に潜る可能性があるから、要ギルド証ね」


 そういって、紙面に向けていた顔を上げ、微笑む。


「まあ、最初は適正調査をしてもらうことだね。今日の午後からでも受けられるよ」


 エルフの動きに目を奪われていた三人は、その言葉に思わず頷いていた。





「どうした、どうした。小僧共。もうお仕舞いかぁ?」


 稽古場で木刀を手に、仮面をつけた男があざ笑う。

 体格は少年三人と大差が無いのに、三人を同時に相手にしても男の優位は、変わらなかった。

 ジョージが、体力の無さで真っ先にダウンし、何とか避けていたアルトも一撃を腹に喰らい、倒れた。最後まで粘っていたザヴィエも、利き手に持ち替えた男によって、ついに倒れてしまった。

 適正調査に来ただけのはずなのに、いつの間にか三人は、目の前の男によって床に伸びていた。


「デューク、やりすぎだ」


 稽古場の端で、一部始終を見守っていた黒い鱗のドラゴノフが、高笑いを続ける男に、呆れたような声を掛けた。

 その声に、デュークは笑うのをやめ、横たわる三人を見、罰の悪そうな顔をする。


「そう言うなら、ダーク、君が止めてくれ。何の為の二人制だ」


「俺が割って入ったら、余計調子に乗るだろうが」


 ふん、と鼻で笑われ、デュークの唯一見える口が、への字に曲がる。

 言い返すにも自覚があるので、視線を少年たちに戻す。

 三人が三人とも、恨めしげな眼差しをデュークに向けている。

 視線に負け、口を開く。

 詠唱に、デュークの手へと魔力が集う。


「《小治癒》」


 魔力光が、デュークの手の平から、三人の身へと降りかかる。

 光が触れた部分から、徐々に痛みは和らぐ。完全に消えた頃、三人はようやく立ち上がることが出来た。

 初めて見た魔法に、ジョージははしゃぎたかった。

が、口を尖らせダークを見ているデュークと、それを受けて見下しているダークの無言のやり取りが怖かったので、ジョージは大人しくしていた。

 ジョージたちにとってみれば長い沈黙。実際にはほんの数秒の間のあと。

 デュークは尖らせていた口を開いて、頭を下げた。


「悪かった。調子に乗りすぎた」


 謝罪の言葉に、三人はあいまいに言葉を返す。

 微妙な空気を払うかのように、ダークが大きな手を二、三度打ち鳴らし、注目を集める。


「さて、では適正調査の結果だが。一端、講義室に戻ろう」


 その言葉に促され、全員が移動した。

 それほど広くは無い部屋に五人が入り、席に着く。

 黒板の前に立つダークが、三人の結果を書き出していく。


「まず、最初に検査した魔力保有の件からだが。ジョージ、アルト。二人は残念ながら平均値を下回った。魔法を修得するなら、それを念頭に入れて訓練してくれ。逆にザヴィエ。君は外見から人間の方が強く出ているかと思ったが、魔力に関してはエルフの平均を上回っている。どの系統を覚えるかにもよるが、探索には有利に働くだろう」


 魔法を使えないわけではないだろうけど、難易度は高そうだ。

 ちょっと憧れていた部分があっただけに、ジョージは少し残念な気持ちになった。

 隣に座るアルトも少し気落ちした顔をしていた。

 反対に、ザヴィエのほうは頬に朱が入り、浮かれているようだった。


「次に、デュークが暴走してしまった戦闘技術だが」


 何かが折れる音がする。

 ジョージがつい視線を向ければ、部屋の隅で何か紙に書いていたデュークが、仮面越しでも分かるほど恨めしげ雰囲気で、こちらを見ていた。

 手には、二つに折れた筆が握られていた。

 まずいものを見た気がして、ジョージはゆっくりと視線を黒板へと戻す。


「ジョージ。君は戦闘以前に、体力が無さ過ぎる。体力づくりを優先した方がいい。どのようなタイプの探索者も、体力が基本だからな」


 そういって笑うダークの身体は、もともと種族的に大柄なドラゴノフということも相まって、ものすごく屈強で頑健そうだった。

 顧問の山田なんか、完璧に負けてるし。

 ジョージは、ふと身近だった人と比べた。ちょっと前までは思い出すと暗い気持ちになったが、今は何とか平気になった。


「アルト、ザヴィエ。君たちの体力や動きに、特に問題はない。相手の動きを見ようとしている点は、いいと思う。どの武器を得手にするかは自由だ。決まらないようなら、一通り講義を受けてみるといい」


 黒板に、武器の種類が書き出されていく。

 剣から始まり、10種類ほどの武器の名が連なった。


「一応、訓練所で教えている武器だ。剣や斧は補助講座でも教えられるが、少々扱いが特殊な物は、講師の関係で講座が開かれるのは不定期だ。気をつけてくれ」


 そう言って、後半に書いた名前の頭に、赤で丸を描いた。

 鞭や多節棍など、ジョージはどう特殊なのか。実物を見たことが無いのでよく分からなかった。


「アルト、ザヴィエ。君たちはマジクリングだというが、未分化か?」


「はい。そうです」


「なら、そういう時期のマジクリングに、処方してはいけない薬品一覧をよく読んでおくように。ギルド販売の回復剤なども含まれているから、探索時に持参する際に気をつけなさい」


 ダークは口を閉じると、デュークの席に向かい、その手元から用紙を持ち上げた。


「これは、各自の希望と適正から判断した講習アドバイスだ。参考にしてくれ」


 三者三様の内容が書かれたそれは、綺麗な文字で書かれていた。

 デュークが書いたものだろう。アルトの用紙の一部に、飛び散ったインクの跡があった。





 訓練所を後にし、三人は帰路に着く。

 日は傾き、空は茜色へと変わりかけている。


「明日から、訓練所通いかぁ」


 ジョージは、ぽつりと呟いた。

 学校に通っていた毎日を思い出す。

 あの頃は、まさかこんなことになるなんて思ってもいなかったのだ。友人の一人が、何という題名だかは忘れたが、映画の影響でそういう話を振ってきても、直ぐに別の話題に変わってしまうくらい、興味のない絵空事だった。

 

「ジョージは、文字の勉強からだな」


 ザヴィエが、珍しくからかう様に言う。

 確かに文字が読めないことには、講義表や黒板の文字の意味が分からない。

 ジョージは頷いた。


「勉強、か。あー、嫌だなぁ」


 英語は苦手だったのに、こちらの文字は覚えられるんだろうか。

 ジョージはうんざりしながら、二人の後ろを付いていった。



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