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10,000ポイント超え作品

飲まされても文句は言わないですよね? 貴方が飲ませた毒なのだから。

掲載日:2026/03/27

 私の婚約者、ジュリアンとの婚約が成立した日。

 彼はリムリスウェルというラッパ型の、少し小ぶりな花を送ってくれた。

 愛らしい君にぴったりだからと。


 それから一年が経った頃。

 彼は私にリムリスウェルを紅茶に入れるのが密かに流行っているのだと教えてくれた。

 寡黙で可愛げがなく、社交界でなかなか馴染めない私は令嬢の流行りなんて詳しくなくて、これを鵜呑みにした。


 彼がリムリスウェルを勧めたのは出会いの時の事を覚えていたからなのか、それとも単に――都合の良い毒が含まれていればなんでも良かったのか。

 それはわからない。


 ただ確かなのは、彼が私を殺そうとしていた事だった。



***



「クリスティアナ様。こちらを」

「どうもありがとう」


 ある昼下がり。

 事前に頼んでいたリムリスウェルが家に届き、それを使用人から受け取った時の事だった。


「おや、クリスティアナ」


 廊下でリムリスウェルを受け取っていた私は玄関側から掛けられた声の方へ向く。

 そちらからは私の兄と、彼の友人である男性が向かって来ていた。


「お兄様、ヴァレンタイン様。ご機嫌よう」

「ああ」

「相変わらず屋敷からあまり出ないと聞いていたが、変わらず元気そうだな」


 ヴァレンタイン様は公爵家のご令息。

 お兄様と学園で親しくなった彼はそれなりの頻度で我が家に足を運ぶ為、私との面識もあったし、彼は私に対しても懇意にしてくれていた。


「虚弱体質も治ったとお医者様も言っているのだから、そろそろ夜会に出る頻度も増やしていい頃合いだと思うのだけれどね」

「おかげさまで、社交デビューが遅れてしまったものですから。社交界でのマナーやノウハウも、愛想笑いの仕方や媚の売り方もあまり身に付いておらず」

「怒らないでくれよ。行きたくないというのなら無理強いはしないさ」


 私にとって都合の悪い話をし出した兄をじろりと睨めば、彼は困ったように両手を挙げた。


 幼い頃から数年ほど前まで長らく体が弱かった私は社交界に出る機会があまりなく、お陰で貴族らしさをあまり身に付ける事無く成長してしまった。

 お陰で夜会へ出席しても人はあまり近づかないし、中には私を笑い者にしてひそひそと話している令嬢などもおり……社交の場は私にとって、どうにも居心地が悪い場所だった。


「それに、出席しろと言われた場所には必ず出席していますし、そのお陰で婚約の申し出も頂き、今は嫁ぎ先も決まっています。婚約相手も、無理に夜会に出なくていいと言っていますし、何も問題はないかと」


 婚約者の存在を話題に出した、その時。

 兄はあからさまに顔を曇らせた。


「あー……その話なんだけど、クリスティアナ」

「何でしょう」


 私が聞き返すも、兄は中々続きを話そうとはしない。

 それどころか困ったように友人であるヴァレンタイン様へ視線を投げる始末だ。


 兄からの視線を受けたヴァレンタイン様もこれには少々呆れた様子で溜息を吐き、それから私が持っているリムリスウェルの花束を見て目を丸くした。


「リムリスウェルか」

「ええ」

「珍しいな。王都やこの辺りではあまり売られていない花だろう」

「そのようですね。婚約が決まった日に送っていただいた花なのですが」

「少し珍しい事も、その見た目もあって、観賞用として一定以上の人気を博しているからな」


 どうやら、ジュリアン様の言った通り、リムリスウェルは貴族の間で流行っている花の様だ。

 そう思ったからこそ、私はヴァレンタイン様の言葉に頷きを返した。


「ええ。何でも令嬢の間ではひっそりとこの花を使った紅茶が流行っていると聞きまして」

「リムリスウェルを……? へぇ、初めて聞いたな」


 兄は花を愛でていてもおかしくはない甘い容姿を持っているが、その実、女心に疎い。

 世間を知らない私が人の事は言えたものではないが、兄が花に疎いのも、その反応も納得だ……と、この時までは思っていた。

 けれど。

 その話を聞いた途端、ヴァレンタイン様の顔色が変わる。

 彼は顔をきつく顰め、突然私の手を掴んだ。


「……っ!」

「……リムリスウェルを紅茶に入れる?」

「ヴァ、ヴァレンタイン様……?」

「ちょっと、どうしたの、急に」

「誰だ、そんな事を言ったのは」


 驚く私達兄妹を置いてけぼりに、彼の顔色はどんどん悪くなっていく。


「ジュリアン……私の、婚約者です」


 ヴァレンタイン様は目を見開いた後、更に表情を険しくし、大きな舌打ちを一つした。


「クリスティアナ。そいつとは今すぐ縁を切れ。……いや、証拠さえあるなら訴えるべきだ」

「ちょ、ちょっと、ヴァレンタイン。突然どうしたんだ。いや、そりゃあ、俺も同じ提案はしようと思ったけれど……訴えるって?」


 何やら兄までも訳の分からない事を言っているが、一先ず聞き流しておく。

 私は、憐れむような、案じる様な目で私を見るヴァレンタイン様の様子が気になって問い掛ける。


「……何か、問題があるのですね」

「…………クリスティアナ。落ち着いて聞いてくれ」


 ヴァレンタイン様は端正なお顔に怒りを浮かべていたが、やがて自身を落ち着かせるように深々と溜息を吐く。


「――リムリスウェルは、猛毒だ」


 きっと、ジュリアンに大した思い入れもなかった事。

 また彼が、出会う度に薄っぺらすぎる愛の言葉を並べてきた事や、社交界に出なくていいという発言など……その他、言動の節々に滲んでいた違和感に気付いていた事もあったからだろう。


 私はヴァレンタイン様の言葉を落ち着いて受け止めることが出来た。


 ……こうして私は、リムリスウェルの毒を体に取り込む前にヴァレンタイン様に救われたのだった。




 その後、兄は私とヴァレンタイン様を談話室に連れていき、私達は三人で話し合いの場を設けた。


 ヴァレンタイン様は多少なりとも医学や薬学の知識を身に付けているらしく、そのお陰で、一般的にはあまり知られていないリムリスウェルの毒性について気付くことが出来たのだとか。


 そもそも花を進んで食する文化は我が国にあまり浸透していないし、お茶に淹れる植物も定番化していて、何でもかんでも花を紅茶に淹れるという考えに至る令嬢もいない。

 それに、リムリスウェルは紅茶に使われる花々に比べれば形状がやや特殊。

 私だって、ジュリアンからの話を聞いていなければ試そうとは思わなかっただろう。

 そんな訳で、リムリスウェルの毒を体内に取り込んだ事例がそもそも少なく、この事実はあまり知られていないのだとか。


 ヴァレンタイン様の話では、リムリスウェルの毒の症状はとある流行り病と酷似しており、見分ける事は困難なのだという。


 とはいえ、私はジュリアンに殺意を抱かれるような事をした覚えがない。

 一体何故、彼は私を殺そうとしたのか。

 そんな疑問に対する答えを持っていたのは意外にも兄だった。


 社交的で夜会によく出席する兄は、ジュリアンが別の女性と共にパーティーへ出席したり、他の貴族から、彼が私ではない女性と二人きりで出かけていた話を耳にする事が多々あったとか。


 そしてジュリアンを不審に思った兄は、どうやら密かに彼を調べていたらしく……その結果、彼が別の女性と浮気をしていたらしいという事実を掴んだらしい。


 彼の家の伯爵家が侯爵家である我が家に頼み込んで成立した婚約。

 それはしかし彼にとって、自らの恋路を邪魔するだけの柵だったそう。

 時折私がいなくなることや病死を望むような愚痴を吐くような場面を見たという証言もあり……恐らくはそれが理由だろうという話に落ち着いた。


 本当に愛する者と結ばれる事を望み、私の存在を煩わしく思っていたジュリアン。

 彼は自分の家の体裁を気にし、婚約の解消を自ら申し出るのではなく病気を装って私を殺す事を選んだとか。

 正気の沙汰ではないと思った。しかし裏を返せば、それ程までに浮気相手に心酔しているという事だろう。


 ……という話を、私は優雅にお茶を飲みながら聞いていた。

 勿論怪しいものは入っていないお茶だ。


「……よくこの状況でお茶が飲めるな」

「このお茶に罪はないでしょう。美味しいですよ」

「我が妹ながら、こういう時の精神的な強さには恐れ入るよ」


 兄がドン引きしていたけれど、使用人が入れてくれたお茶とリムリスウェル入りのお茶は全くの別物なのだから、混同して気を悪くするような事ではない。


「まあ、そもそも恋慕とは程遠い政略的な婚約でしたし。婚約解消によって被るかもしれない我が家の不利益も皆無。寧ろ婚約継続の方が不利益……となれば、迷いなく切り捨てるのも当然ですね」

「貴族令嬢らしからぬ考え方や振る舞いといい、こういう気丈さといい……私は面白くて良いと思うがな」

「人の妹で楽しまないでくれないかな」


 私は空になったカップをソーサーに戻す。

 それから、部屋の隅に置かれていたリムリスウェルを遠目に見つめ、うっすらと笑みを浮かべる。


「そこまで私との離別を望むのならば、叶えて差し上げましょう」


 それから私はヴァレンタイン様へ視線を移す。


「少々、手をお借りしたいのですが……お願いできますか?」


 今回の場合、身内の兄よりも関係が離れているヴァレンタイン様に協力を仰いだほうがい。

 そんな考えから、私は彼にある頼みをするのだった。



***



 我が家では半年に一回、大掛かりなお茶会を開く。

 母がお茶も茶会も、お喋りも好きな方なのだ。


 この会場には母の知人やそのご子息、ご息女、後は兄の知人や私の知人(とはいえ数える程しかいないが)が参加していた。

 勿論、ジュリアンも彼の浮気相手であり子息令嬢のハリエットも……そしてヴァレンタイン様もいる。


 そんな中、私はティーポットを持ってジュリアンへ近づく。

 ジュリアンの傍には、当然のようにハリエット様がいた。これは都合がよかった。


「ご機嫌よう、ジュリアン」

「ああ、クリスティアナ」

「そちらの女性は?」

「俺の友人のハリエットだよ」


 私とハリエット様は初めましてと挨拶を交わす。

 それから私は二人が持っていたからのカップに持っていたティーポットのお茶を注ぐ。


 このお茶会では私達侯爵家の家族が客人にお茶を振る舞うことになっているのだ。


「どうぞ」

「どうも」

「……これは、不思議な香りだね」

「ええ。とってもお勧めなのよ。だって」


 ジュリアンとハリエット様がそれぞれお茶を飲んだのを確認してから、私は笑みを深める。


「これは――貴方が勧めてくれたものだもの」

「……え?」

「――リムリスウェル」


 私が笑みを深め、花の名を挙げる。

 瞬間、ジュリアンは顔を蒼白とさせた。


「な、な……っ」

「私は飲んだ事がないのです、知人に止められてしまって。でもジュリアン様は私に勧めてくださるくらいだからきっと、お気に召すだろうと思いました。ですから、折角ならば貴方が本当にお慕いしているという女性と共に、お気に入りの味をお楽しみいただければと思ったのです」

「お、お前――ッ!!」


 ヴァレンタイン様から伺った話なのですが、リムリスウェルの毒については実はそこまで有名なお話ではないそうです。

 そもそもこの花をお茶として飲もうとする者がいないからなのだとか。

 だからこそ、リムリスウェルを煎じたと聞いて顔色を変えた者がいれば黒とみてよいと。


 そしてこの話を聞いたジュリアン、また――ハリエット様は、同時に顔を蒼白とさせました。


「あ、あ……っ、死――」


 ハリエット様は震えながら何度も咳き込む。

 ジュリアンは指を喉奥まで突っこんで胃をひっくり返そうとした。


 二人の様子に周囲は驚き、悲鳴を上げる。

 しかしジュリアンはそれどころではなかった。


「っおい!! 毒だ! 彼女が毒を盛った! リムリスウェルの毒を――」


 彼は周囲に助けを求めようと訴え始めた。

 だから私は、首を傾げて惚けてみる。


「リムリスウェル? そんなものは煎じておりませんが」

「……あ?」

「少々味と香りに癖のあるお茶ではありますが、こちらは隣国から仕入れた茶葉です」

「は……? なら何故さっきはリムリスウェルだと」


 私は目を細める。


「貴方が私にリムリスウェルを煎じて飲むよう勧めたのは事実でしょう?」

「な……」

「貴方はリムリスウェルの毒性を知っていた。だから今焦った。にもかかわらず……私にそれを勧めたのは――死んで欲しかったという思いがあったから。そうですよね?」

「な、ちが……っ! そう、違うんだ!」


 一瞬取り乱し掛けた彼はすぐに勝ち誇ったように声高らかに言う。


「俺は確かにリムリスウェルの毒について知っていた! けどだからこそ……君に勧める訳がないだろう!」

「普通なら、ないでしょうね。けれど」


 私は視線を逸らす。

 映した視線の先にはヴァレンタイン様が立っていた。


 彼は私の視線に気付くと頷き、それから手を上げた。


「残念ながら、その会話を私は聞いていた」

「……は?」

「侯爵邸の客室でしていたのだろう? 私はその時友に用事があり訪問していたが……貴方達がいる部屋を通り掛って、偶然その話を耳にした。だからこそ、クリスティアナが服毒する前に止めることが出来たんだ」

「そ、そんな……っ」

「言っておくが、嘘を吐いてまで、他者を、それもたかだか伯爵家の息子を陥れる為だけにこのような嘘を吐くメリットは私にはない。それを踏まえた上で問うが――まだ、弁明するつもりか?」


 ジュリアンは何度か口をはくはくと動かした後、言葉を絞り出す事も出来ずに項垂れた。

 その後、自らの口で己の罪を語り……彼は罪人として捕縛される事となった。



***



「嘘を吐くメリットはない、と言いながら平然と嘘を吐くのですね」


 茶会から一週間後。

 我が家を訪れたヴァレンタイン様をお茶でもてなしながら私は声を掛けた。


「確かに、私が貴女を止めたのは偶然で、二人の会話を聞いていたという点については虚偽だ。しかしながら……彼の罪そのものが事実だったのだから、その事実を開示させる為の過程に交ざった偽りなど些細なものだろう」

「左様ですか」

「それに……」


 ヴァレンタイン様が手招きをする。

 不思議に思いながらも私が彼に近づけば――腕を引かれた。


 至近距離から美しい顔が私を見上げる。

 その顔には満足そうな笑みが浮かんでおり。


「貴女を害そうとした。それだけで私が動く理由になり得るだろう?」

「……お口がお上手なのですね」

「本心でしかないさ。……さて、クリスティアナ」


 ヴァレンタイン様が席を立ちながら、私の頬に触れる。

 優しく顔を撫でながら、彼は囁いた。


「その、空いた婚約者の席に私が座りたいと言ったら……貴女は許してくれるのだろうか」「あら。ふふ」


 彼の手の温もりや感触が心地よくて、私は甘えるようにすり寄る。

 それから上目で彼の顔を見つめて。


「それは……願ってもない事ですね」


 私だけを見る熱い視線に応えるように、私も彼を見つめ返す。

 流れる静寂も、二人きりのこの空気も、私にとっては喜ばしいものだった。


 とくとくという鼓動の音を感じつつ、私は照れ隠しに小さくはにかむのだった。

最後までお読みいただきありがとうございました!


もし楽しんでいただけた場合には是非とも

リアクション、ブックマーク、評価、などなど頂けますと、大変励みになります!


また他にもたくさん短編をアップしているので、気に入って頂けた方は是非マイページまでお越しください!


それでは、ご縁がありましたらまたどこかで!

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