飲まされても文句は言わないですよね? 貴方が飲ませた毒なのだから。
私の婚約者、ジュリアンとの婚約が成立した日。
彼はリムリスウェルというラッパ型の、少し小ぶりな花を送ってくれた。
愛らしい君にぴったりだからと。
それから一年が経った頃。
彼は私にリムリスウェルを紅茶に入れるのが密かに流行っているのだと教えてくれた。
寡黙で可愛げがなく、社交界でなかなか馴染めない私は令嬢の流行りなんて詳しくなくて、これを鵜呑みにした。
彼がリムリスウェルを勧めたのは出会いの時の事を覚えていたからなのか、それとも単に――都合の良い毒が含まれていればなんでも良かったのか。
それはわからない。
ただ確かなのは、彼が私を殺そうとしていた事。
リムリスウェルの毒の症状はとある流行り病と酷似しており、見分ける事は困難なのだという。
幸い、私はリムリスウェルの紅茶を口にするより前に、兄の友人であり公爵家のご令息であるヴァレンタイン様に止められ、命を落とす事は免れた。
その後の調べで知った事だけれど、どうやらジュリアンは別の女性と浮気をしていたらしい。
彼の家の伯爵家が侯爵家である我が家に頼み込んで成立した婚約。
それはしかし彼にとって、自らの恋路を邪魔するだけの柵だったそう。
私が邪魔になったジュリアンは自分の家の体裁を気にし、婚約の解消を自ら申し出るのではなく病気を装って私を殺す事を選んだとか。
正気の沙汰ではないと思った。しかし裏を返せば、それ程までに浮気相手に心酔しているという事だろう。
「そこまで私との離別を望むのならば、叶えて差し上げましょう」
この件について、兄とヴァレンタイン様とお話ししていた私は、小さく息を吐いた。
それから、ヴァレンタイン様へ視線を向けて口を開く。
「少々、手をお借りしたいのですが……お願いできますか?」
我が家では半年に一回、大掛かりなお茶会を開く。
母がお茶も茶会も、お喋りも好きな方なのだ。
この会場には母の知人やそのご子息、ご息女、後は兄の知人や私の知人(とはいえ数える程しかいないが)が参加していた。
勿論、ジュリアンも彼の浮気相手であり子息令嬢のハリエットも……そしてヴァレンタイン様もいる。
そんな中、私はティーポットを持ってジュリアンへ近づく。
ジュリアンの傍には、当然のようにハリエット様がいた。これは都合がよかった。
「ご機嫌よう、ジュリアン」
「ああ、クリスティアナ」
「そちらの女性は?」
「俺の友人のハリエットだよ」
私とハリエット様は初めましてと挨拶を交わす。
それから私は二人が持っていたからのカップに持っていたティーポットのお茶を注ぐ。
このお茶会では私達侯爵家の家族が客人にお茶を振る舞うことになっているのだ。
「どうぞ」
「どうも」
「……これは、不思議な香りだね」
「ええ。とってもお勧めなのよ。だって」
ジュリアンとハリエット様がそれぞれお茶を飲んだのを確認してから、私は笑みを深める。
「これは――貴方が勧めてくれたものだもの」
「……え?」
「――リムリスウェル」
私が笑みを深め、花の名を挙げる。
瞬間、ジュリアンは顔を蒼白とさせた。
「な、な……っ」
「私は飲んだ事がないのです、知人に止められてしまって。でもジュリアン様は私に勧めてくださるくらいだからきっと、お気に召すだろうと思いました。ですから、折角ならば貴方が本当にお慕いしているという女性と共に、お気に入りの味をお楽しみいただければと思ったのです」
「お、お前――ッ!!」
ヴァレンタイン様から伺った話なのですが、リムリスウェルの毒については実はそこまで有名なお話ではないそうです。
そもそもこの花をお茶として飲もうとする者がいないからなのだとか。
だからこそ、リムリスウェルを煎じたと聞いて顔色を変えた者がいれば黒とみてよいと。
そしてこの話を聞いたジュリアン、また――ハリエット様は、同時に顔を蒼白とさせました。
「あ、あ……っ、死――」
ハリエット様は震えながら何度も咳き込む。
ジュリアンは指を喉奥まで突っこんで胃をひっくり返そうとした。
二人の様子に周囲は驚き、悲鳴を上げる。
しかしジュリアンはそれどころではなかった。
「っおい!! 毒だ! 彼女が毒を盛った! リムリスウェルの毒を――」
彼は周囲に助けを求めようと訴え始めた。
だから私は、首を傾げて惚けてみる。
「リムリスウェル? そんなものは煎じておりませんが」
「……あ?」
「少々味と香りに癖のあるお茶ではありますが、こちらは隣国から仕入れた茶葉です」
「は……? なら何故さっきはリムリスウェルだと」
私は目を細める。
「貴方が私にリムリスウェルを煎じて飲むよう勧めたのは事実でしょう?」
「な……」
「貴方はリムリスウェルの毒性を知っていた。だから今焦った。にもかかわらず……私にそれを勧めたのは――死んで欲しかったという思いがあったから。そうですよね?」
「な、ちが……っ! そう、違うんだ!」
一瞬取り乱し掛けた彼はすぐに勝ち誇ったように声高らかに言う。
「俺は確かにリムリスウェルの毒について知っていた! けどだからこそ……君に勧める訳がないだろう!」
「普通なら、ないでしょうね。けれど」
私は視線を逸らす。
映した視線の先にはヴァレンタイン様が立っていた。
彼は私の視線に気付くと頷き、それから手を上げた。
「残念ながら、その会話を私は聞いていた」
「……は?」
「侯爵邸の客室でしていたのだろう? 私はその時友に用事があり訪問していたが……貴方達がいる部屋を通り掛って、偶然その話を耳にした。だからこそ、クリスティアナが服毒する前に止めることが出来たんだ」
「そ、そんな……っ」
「言っておくが、嘘を吐いてまで、他者を、それもたかだか伯爵家の息子を陥れる為だけにこのような嘘を吐くメリットは私にはない。それを踏まえた上で問うが――まだ、弁明するつもりか?」
ジュリアンは何度か口をはくはくと動かした後、言葉を絞り出す事も出来ずに項垂れた。
その後、自らの口で己の罪を語り……彼は罪人として捕縛される事となった。
***
「嘘を吐くメリットはない、と言いながら平然と嘘を吐くのですね」
茶会から一週間後。
我が家を訪れたヴァレンタイン様をお茶でもてなしながら私は声を掛けた。
「確かに、私が貴女を止めたのは偶然で、二人の会話を聞いていたという点については虚偽だ。しかしながら……彼の罪そのものが事実だったのだから、その事実を開示させる為の過程に混ざった偽りなど些細なものだろう」
「左様ですか」
「それに……」
ヴァレンタイン様が手招きをする。
不思議に思いながらも私が彼に近づけば――腕を引かれた。
至近距離から美しい顔が私を見上げる。
その顔には満足そうな笑みが浮かんでおり。
「貴女を害そうとした。それだけで私が動く理由になり得るだろう?」
「……お口がお上手なのですね」
「本心でしかないさ」
とくとくという鼓動の音を感じながら、私は照れ隠しに小さくはにかむのだった。
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