9話 - 異世界で拾ったもの
きゃー!!! とミラが嬉しそうに頬を高揚させる。
「何で何で!?!? 何でマオがいるの!?」
「ミラ……」
「どうやって……マオ!? 聞いてる!? ちょっとマオー!?」
「ミラ」
ぎゅ、とくっつくマオに、くるし……とミラの声が細まる。
慌ててでかい黒い男を引き剥がすダニーと、ミラを抱き寄せるエリオット。
「誰!?」
「ミラ……誰? この人」
「魔王」
「…………魔王?」
聞き慣れない単語に、エリオットとダニーは揃って固まった。
2人の視線が、長身に肩につかない程の漆黒の髪、端正な顔立ちながら無表情なその男へと向く。
するとミラが、挨拶レベルの軽さでさらっと告げた。
「異世界でね、森に倒れてたから私が拾ったんだよ。名前も私がつけたの」
「…………」
わたしがひろったんだよ? まおう→マオ? と目を瞬く2人。
ミラから引き剥がされ、しょん……と寂しそうにミラを見つめるマオ。
その視線にふと気づいたミラが、マオ……! とうるうると瞳を潤ませ、さっと両手を伸ばす。
すかさずさっとミラに寄るマオの頭を、エリオットは、がし!!! と止めた。
「……ミラ? 元いた場所に返しておいで?」
「お母さん?」
思わずダニーは突っ込んだ。
えっ!? とミラは目を見開く。
「で……でも…………かわいそう……」
「かわいそうじゃないからね、ミラ。魔王とか、世の中で多分一番強い人種? 魔種? だから。ね?」
「で、でも、マオは……――」
「ミラがいい」
そうぽそっと呟いて、ミラにぴた、とくっつくマオを、え……と見るエリオットとダニー。
きゅん……! とミラは庇護欲に胸をときめかせ、口に手を当てた。
「マオはこんなに寂しがり屋なのに……! 返すなんて、かわいそう!」
「うちでは飼えません」
「突っ込みが追いつかねーんだけど」
ちょっと状況整理させてくんない? とダニーは冷静にマオをミラから引き剥がしながら告げたのだった。
ソファに座るミラの横でマオは、すん……と真顔で丸くなり、ミラにぴた、とくっついていた。
何度剝がしてもくっつくマオに、引き剥がすのは諦めたエリオットとダニーは、むす……と面白くなさそうにその様子を見つめる。
ミラはというと、通常運転だった。
「とりあえず、お茶でも入れようか?」
ね! とミラが立ち上がると、あっ、と手を伸ばすマオ。
ぷるぷる震える。
「寒い……」
「マオ、寒いの……?」
「これでも被っとけ」
エリオットとダニーは、その辺にあった適当な毛布を雑に投げつけた。
「勇者に負けて森で倒れてたんだって」
「いきなり本題来た」
マオ、お砂糖いる? と聞きながら、答えを待たずにマオのカップへさらさらと砂糖を入れるミラ。
「それって、ミラが1年間、異世界で聖女をしてた時の話だよね?」
「そうだよ、エリオット」
「エリオット……」
ミラの言葉に、ふと顔を上げエリオットを見るマオ。
え、と固まり、不思議そうにわずかに目を丸くすると、またすん……と真顔で丸くなった。
「半年前くらいかなあ?」
「(こくこく)」
「……拾った……って、ミラ、半年間…………一緒に住んでたってこと?」
「えっ? そうだよ?」
なにかな? と目を瞬くミラに、わずかにエリオットはふるふる震える。
爽やかな笑みを浮かべると、がちゃ、と扉を開いた。
「お帰りはこちらです」
「ミラがいい……(がしっ)」
「何で!? エリオット!!」
「いや無理。ほんと無理。僕のかわいいミラに拾われて半年も一緒に住んでたって? ありえない。許しがたい。今すぐ消したい。ミラの中の記憶を」
「わかるけど。すっっげーわかるけどさすがに怖いからエリオット、本性出てるから落ち着け……」
ぱたっと扉を閉めると、かつかつとミラの元へ歩いていくエリオット。
ぐいっとミラの手を引き、がばっと背後から抱き寄せた。
きゃ、とミラの頬が染まる。
す……と、エリオットは冷たい目をマオへ向けた。
「何しに来た」
「…………」
む、とわずかに視線を泳がせるとマオは、ぽふ、とハートのクッションを抱える。
足を組み、カチャ、とカップの紅茶を取り口をつけた。
ふー……、と息を吐く。
(……余裕?)
(何か腹立つな……)
イラっとするエリオットとダニー。
するとマオが、ちら、と横目でダニーが手を添えている剣を見た。
一瞬、じ、と顔を見るその目から感じる言いようのない畏怖感に、ぞく……! と、全身を強張らせると、ダニーは慌てて手を剣から外す。
すん……とマオはまた正面に向き直った。
「……ミラが、いなくなって」
ぽそ、と話し出すマオに、3人はじっと視線を向ける。
「……………………さみしいから来た」
「端折った」
「説明下手」
「マオ……(きゅん)」
ミラ……? と怒ったような視線を落とすエリオットに、えっ? と腕の中で見上げるミラ。
「ミラが前、錬成魔法円、というのを紙に書いていて」
「!」
ミラを覗き込むエリオット。
「……そうなの?」
「書いたね……そういえば。どうして異世界に転生しちゃったんだろうと思って……気になって、記憶を頼りに書き直してみたの」
「それを家で探し出して、魔法使いを頼った。錬成式とやらを解析してもらい……………………なんやかんやしてもらって来た」
「すげー説明雑」
「何かわからないけど、ミラへの執着はすごく感じた」
マオ……そんなに頑張って……えらい……! と瞳を輝かせているミラに、むっと目を細めると、エリオットはマオを睨むように見た。
「で? ここへ来て、どうしたいって?」
「ミラといたい」
「却下」
「(ピシ)」
「エリオット!!!」
もう!!! と頬を膨らませるミラを、エリオットは正面から抱き寄せる。
「何で? 何でミラはそんなに普通なの? 僕との新居なのに」
「それも俺的にはアウトだけどな……」
「な、何で? 何でエリオットはだめなの?」
「普通にだめでしょ」
「何で?」
「男だから」
「魔王だよ?」
「…………」
ぱちぱち、と目を瞬くミラ。
ん……? と、安全基準がやや分からなくなるエリオットとダニーであった。
がし!!! とダニーはエリオットの肩に手を置いた。
「じゃあエリオット、あとよろしく」
「……僕に押しつけないでくれる?」
「俺、仕事行くから」
「ダニー、仕事してるの?」
「守備隊はシフトがあるんだよ」
適当にさぼってる奴だと思ってただろ、とエリオットを呆れたように見るダニーに、思ってたけど、と涼しい顔で返すエリオット。
すると、キッ、と鋭い顔でダニーを見る。
「……ダニー(魔王のこと絶対守備隊には言うなよ)」
「(こくっ)(言うわけねーだろ)」
何か通じ合ってる感……仲良し……! とミラはきらきらと目で会話をする2人を見つめる。
すると、ひょい! とダニーはそのミラの顔を覗き込むと、ぽん、と頭に軽く手を触れた。
驚いたようにミラは、どき! と肩を弾ませる。
「ミラ、気をつけてよ」
「何を?」
「んー……色々?」
「……?」
色々……? と不思議そうに首を傾げつつ、に、と少し含んだようなダニーの笑みに、ぽわ、と無意識に頬を染める。
その時。
「……アーヴィン?」
マオが、ぽそっと呟いた。
「えっ?」
「何――」
エリオットとダニーが振り返ると同時に、きゃ――!!! とミラが叫ぶ。
えっ!? と2人は揃ってミラを見た。
「きゃー!!! マオだめ!!! しっ!!!」
いけません!!! めっ!!! と人差し指を立てながら慌ててマオに駆け寄るミラ。
ミラを見上げるマオの目が、わずかに見開かれる。
「……似て――」
「ません! ちっとも!! あれはダニー――」
「え、俺?」
はっ!? と口を押えると、ミラは反射的に振り返った。
その、耳まで真っ赤に染まった顔に、はたと固まるエリオットとダニー。
ふとミラとダニーの目が合う。
あわわわ……! とさらに赤くなり困ったように眉を下げるミラに、す……と真顔になるダニー。
次の瞬間――
ぱし、とダニーはミラの手を取った。
「――!?」
「ダニー!?」
驚くエリオットとミラ。
「ごめんミラ、ちょっと付き合って」
「ダ、ダニー!?」
仕事あるから、道中だけ、と淡々と告げると、ダニーは戸惑うミラを扉へ引っ張って行く。
ミラ……、と、離れてしまったミラに小さく手を伸ばしながら、しょぼん、と表情を曇らせるマオ。
エリオットは一瞬息を止めると、細い目でダニーを見た。
引き留めようと、手を伸ばす。
「ダニー――」
「――エリオット」
すると、背後から静かに名前を呼ばれ、はたと固まった。
その間にも、ばたん、と扉が閉まる。
あっという間に、小屋が静寂に包まれた。
外からは、微かにミラのあわあわとした声がぼんやり響く。
閉まってしまった扉をわずかに見つめると、ゆっくり振り返るエリオット。
「…………何――」
「おまえが、エリオット?」
真顔のまま、じ、とエリオットを見上げるマオ。
エリオットは、妙な圧を放つ得体の知れない目の前の男に、睨むような目を向けたのだった。




