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8話 - 既視感

 ミラは足早に街を歩いていた。


「……速くない? ミラさん」

「そ……そう? 別に急いで逃げてきたとかじゃないよ? 決してたゆんに敗北を喫して逃げ出したわけじゃないから」

「こないだも言ってたよね、それ……」



 朝食後、またエリオットの錬金術を頼る、昨日とは別の女性客が訪れていた。

 エリオットが客の元へ向かった瞬間、お料理のために買い出しに行ってきます! とミラはエプロンを脱ぎ捨て、しゅた! と立ち上がったのだった。



 ミラの後を、ダニーは慌てて追う。


 ずんずんと進みながら、ミラの胸には、言いようのないもやもやしたものが渦巻いていた。


(……何よ……私に好きとか言いながら、あんなたゆんとした綺麗な女性ばっかり相手にして……! ……いやそれはエリオットがお客さんを選んでるわけじゃないから当たり前…………ううんううん、別にエリオットが綺麗な女性ばっかり相手にしてても私には関係ないんだけどね。……そう……私には関係ない……)


 やや頬を染めながら憂いた表情でとぼとぼと歩くミラの表情を、じっと見つめるダニー。


「……ミラさん、エリオットと何かあった?」


 どしーん!!! とミラは植木に派手にぶつかった。



 きゃー!! とミラは植木とともに倒れ込む。


「な、なんか!?!? なんかとは、ダニー!?」

「……いや…………ないならいいんだけど」

「ないかな!? ないんじゃないかな!?」

「…………(わかりやす……)」


 いけないいけない……と植木を元の位置に戻しながら、ふと昨日のエリオットの色気を帯びた表情が脳裏に浮かぶ。


『ちゃんと、20歳の僕を見て欲しい』


 20歳のエリオット……と呟くと、手首にキスを落とすエリオットの姿が、ぽんっと浮かぶ。


(色気だめぜったい!!!)


 きゃーだめよ!!! と顔を真っ赤に染めた。


 ぶるぷると震えると、はたとショーウインドウに映る自分の姿が目に留まる。

 エリオットが用意してくれた可愛らしい服に、ぽ、と頬を染める。

 そして次に目に入った自分の顔に、え、と固まった。


(……顔丸くない?)


 え? うそ、こんな丸かったっけ?? 最近しゅっとしたエリオットばっかり見てるから??? とあまりの丸さに目を凝らす。

 見れば見るほどに丸い顔に、しゅん……とまた気落ちする。


(…………エリオットは………………何でこんな私なんかを好きなんだろう……?)


「――……ミラさん?」

「はっ!?」

「店の入り口に植木集めたらだめだよ」

「えっ!?」


 我に返り、はたと顔を上げると、雑貨屋の入り口に植木が集結していた。


「きゃー! すみません!」


 何してるんだい? と不思議そうな顔の店主に、ごめんなさーい! と植木をずるずると引きずりながらわたわたと陳列し直すミラ。


 その様子をぽかんと見つめていたダニーは、次の瞬間、ぷっ! と吹き出した。

 えっ!? とミラは顔を上げた。


 あはは! と可笑しそうに笑うダニーのその表情に、はっと息が止まる。


「何で倒してない植木まで移動させてるのミラさん……! 可笑しすぎるんだけど……!」

「…………ダ、ダニー!? 止めてよ、もう!!」

「なんかかわいくて、つい……ごめん……!」

「か、かわいいって、何……!!!」


 あはは……! とまだ笑いながら、ひょいと植木を持ち上げ、ここでいい? おじさん! と店主に話しかけるダニーを、ぽ――……と眺めるミラ。


「……ねえ、ミラさん」

「……えっ、何? ダニー」


 なぜか頭を見てぷっと吹き出しながら近づくダニーに、心臓がどきっと小さく跳ねる。

 ダニーはミラの頭に手を伸ばすと、髪に引っかかっていた葉っぱを取った。


「ミラ、って呼んでもいい?」

「えっ」


 ぱっとミラは、ダニーを見上げた。


(…………こんなに……大きかったっけ)


 強い意志の籠る、真っ直ぐな目。

 転生前最後に会った16歳のダニーと、それはちっとも変わっていなかった。


(……変わっていないことに……安心しちゃいけないのに……――)


『でもその間に10年の時間が経ったこと、難しいかもしれないけど受け入れて欲しい』


 エリオットの艶を帯びた瞳とともに、甘い声が頭をよぎる。


(――じゃあ、ダニーは? 本当に変わってないの?)


『俺、絶対ミラさんを守れるくらい強くなるから! で、騎士になって、絶対ミラさんを守る!』


(……ダニーは昔、何でそう言ったんだっけ……? こないだ、ミラって呼んでいいって言ったのに、何で……――)


 見上げた先の、大人びた瞳に、きゅっ、と何故だか胸が締めつけられる。


(――……何で……わざわざまた、そんな顔で、聞いてくるんだろう……――)


 ぽわ、と無意識に頬を染めると、ミラはちょんと俯いた。


「……いいよ。もちろん」

「やった!」


 屈託のないその爽やかな笑みに、ミラの胸がざわつく。

 嬉しそうに笑いながら、はい! と先ほど頭から取った葉っぱを差し出すダニー。

 いる? とからかうように手に葉っぱを乗せてくるその顔に、気づけばミラの意識が惹きつけられていた。


 ――この笑みを、数日前まで見続けていた気がする。


 じっ、と見上げる、どこか泣きそうなミラの表情に、ダニーの目が見開かれた。


 どきどきと、その表情に釘付けになる。


「…………ミラ――」



 ずし。


 とその時、頭の上に籠が乗せられ、ダニーは、え、と固まった。

 籠から怪我をした鳥が、ピ、と顔を覗かせる。


 どき、とミラの胸が1度大きく鳴る。


「…………エリオット?」

「やあミラ。買い物終わった?」

「えっ…………今から……」

「間に合ってよかった。荷物持つね」

「あ……あり、がと……? …………え? さっきのお客さんは?」

「急用だって」

「また?」


 何でトリコちゃん連れてきてるの? と目を瞬くミラに、ダニーに乗せようと思って、と爽やかに答えるエリオット。

 明らかに心配して追ってきたであろうエリオットを、ダニーは頭を動かさないように睨みつけた。


「………………っ……何で頭に乗せんだ……!!」

「乗せやすいかなと思って」

「意味わかんないから……!!!」


 さ、行こミラ、とにこやかにミラの手を引くエリオットに、あいつ……!!! とふるふる震える。

 手を引かれ、歩きだした瞬間にミラがダニーを見上げ、ふと目が合う。

 きゅ、と口を結び、わずかに眉を下げたミラに、えっ? とダニーは固まった。


(………………何だ?)


 頭上で、ピ、と鳥が暢気に鳴く。

 頭に籠を乗せたまま、ダニーはミラの違和感のある表情に、しばしその場を動けなかったのだった。




「――ダニー、いつまでついてくるの?」

「おまえが、この大量の荷物を持てるんなら、俺は戻る」

「家の前までね」

「ご、ごめんねダニー、付き合わせて……! つい、いっぱい買っちゃった」

「全然余裕」

「わかりやす……」

「うるさい、エリオット」


 仲良し……と頬を染めるミラに、違うから……とダニーは苦笑いを浮かべた。

 

 街で大量に買い付けた食材や雑貨を抱えながら、3人は森の小屋へと向かっていた。

 おっと、と転がり落ちそうになるリンゴをぱし、とキャッチするダニーに、ミラが、たたっと駆け寄る。


「私持つよ、ダニー! 私、トリコちゃんしか持ってないから……」

「じゃあこのリンゴ、トリコちゃんにあげたら?」


 はい、とリンゴをミラへ手渡す。

 さらっと指が触れ、どき、と小さく胸が弾むと、ミラはダニーを見上げた。

 それとも、また焼いてあげるの? と楽しそうなダニーの顔をじっと見つめる。


 すると、エリオットが背後から、すっとミラの手に手を重ねた。


「僕が持つよ」

「エリオット?」


 すっとリンゴを取り上げると、空いたミラの手を引く。

 自然に指を絡めるエリオットに、ぽぽぽ、とミラの顔が赤くなる。


 そのやりとりを、面白くなさそうにむすっと見つめるダニー。


 ぐいっと2人の間に身体を割り込ませた。


「わ」

「ちょっと、ダニー……?」

「トリコちゃんって? ミラが名前つけたの?」

「……ダニー、いつからミラって呼んでるの?」

「いいだろ、それは」

「そうだよ」


 小鳥だから、トリコちゃん! と嬉しそうに告げるミラ。

 え? とダニーは目を瞬く。


「……ことり……とりこ……?」

「ミラは動物を拾うと名前つけるからね」

「名前があった方がかわいいでしょ?」

「名前つけてるミラがかわいい」

「な、何で……!?」

「前、リスには『リッスー』ってつけてたよね」

「……よく覚えてるね、エリオット……」

「もちろん」


 また、もちろん……とミラは頬を染める。

 リッスー……? とダニーは眉をひそめた。


「ミラさんって、ネーミングセンスない……?」


 すん……と目を細めてダニーを見上げるミラに、顔を背けながら、かわい……! とぷるぷる震えるダニー。


「……ピピ、とかでよくない……?」

「ピピもピッピも、ピヨピヨもチュンチュンもトリトリもトリモフもモフピヨも、もういるんです」

「……どんだけ拾ったの?」

「数えてないよ」

「数えられないよね」


 そう言いながら楽しそうにミラを見つめるエリオットに、ふとダニーは疑問を口にした。


「……おまえも、拾われたんだよな?」

「え?」

「そうだよ」

「エリオットの名前も、ミラがつけたの?」

「それは違うよ! エリオットは元から『エリオット』だったよ」

「あっ、そうなの? ていうか、拾ったって、何?」


 うーん、と首をかしげるミラ。


「森でエリオットが1人でいるところを見つけて、うちにくる? みたいな感じ?」

「軽っ」

「でも、私も何でエリオットが1人で森にいたのかは知らない」


 ふと2人の視線がエリオットへ向く。


「……じゃあおまえ、何で森にいたの?」


 そういえば聞いてないな……と何気なく家の扉に手をかけようと腕を伸ばすミラ。




 すると――



 ばん!!! 



 と扉が突然開き、びく!!! とミラは驚いて固まった。


 

「ミラ!!!」



 そう叫び声とともに、黒い巨体が扉から飛び出す。


 それは大柄な男性だった。

 その男性がミラに覆いかぶさるように、がばっ!!! と突如抱きついた。


 目を見開いたまま固まるエリオット。

 ダニーは咄嗟に剣に手をかけた。


「誰――」



「――マオ!?!?」



 目を真ん丸にしてそう声を上げるミラに、はたと固まる2人。


「…………え?」

「マオ…………何で――」

「会いたかった……!!!」


 ぎゅううう……! とミラを抱き締めるその男に、はあ!? とエリオットとダニーは揃って、ギン……!!! と睨んだのだった。

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