6話 - 酒と本音
『――ミラ! 急いで!! 怪我人!!』
『聖女さん!!』
『聖女さん! お願いします!』
たたっ! と騎士たちの前にミラが駆けてくる。
『任せて!!!』
「――ラ。ミラ?」
「えっ?」
はた、と我に返るミラ。
「えっ? 何? エリオット」
「何で光ってるの?」
「えっ!?」
羽に添え木をして包帯を巻かれた鳥を手に乗せながら、ミラは気づけばぽわぽわ光っていた。
手の中の鳥が、ピ、と不思議そうに見上げている。
「あれっ!? ほんとだ! なんでだろ?? やだもう……! ほーんのちょこっとぐらい治ってくれてもいいのに……!」
ねえ? とテンション高めに鳥に話しかけるミラを、エリオットは静かに見つめた。
怪我をした鳥を連れて帰った日の夜。
ダニーは仕事へと戻っていき、今は部屋に、ミラとエリオット2人だけだった。
「ミラ、森でも光ってなかった?」
「ダニーがね、私の下敷きになってくれて怪我しちゃって……今日ならできるかも、と思ってやってみたんだけど……やっぱり治らなかった」
「そうなんだ」
「光るのがかわいいって、何?」
「…………」
小さく笑いながら、ミラはハートのクッションの上に、鳥をそっと乗せる。
「バランス悪いねぇ……」
落ちそう……と表情を曇らせたミラは、次の瞬間、ぱあっと顔を上げた。
「――そうだ!」
ちょっと待ってて! と駆け出した。
外から拾ってきた枝とタオルを手に、手慣れたように錬成魔法円を床に書いていく。
よし! と書き終えると、円の中央に枝とタオルを置く。
その上に掲げようとした手をミラは、ぴた、と止めた。
向けられた視線に気づいたエリオットが、ん? とわずかに目を見開き、すっと手を掲げる。
すると、あっという間に籠の中にふわふわのクッションが詰め込まれた、小さなベッドが錬成された。
わずかに影が落ちていた顔を、ミラはぱっと上げた。
「ありがとう、エリオット!」
よかったね! と鳥をそのベッドに優しく乗せるミラを、エリオットはじっと見つめていた。
寝ていった鳥を、ミラはソファでクッションを抱えて丸くなりながら、ぼんやりと眺めていた。
その額に、コツン、とひんやりとした固いものが当たり、えっ!? と顔を上げる。
すると、エリオットがグラスを2つ持って立っていた。
「はい、これ。ミラが好きだった果実酒」
「えっ! うそ」
「ほんと。覚えてる?」
「覚えてる……っていうか、何でエリオット、知ってるの……?」
「あれだけ毎日飲んでたら、さすがに酒を知らない10歳でも覚えるから」
そっか……と、グラスを1つ、手に取る。
じ、とグラスの中のピンク色をしたお酒を見つめ、目を瞬いた。
「……これも、用意……してくれてたの?」
「もちろん。もう僕、一緒に飲めるよ」
一緒に……! と呟きながら、ぱああ……! と瞳が輝くミラに、エリオットの表情が緩む。
キン、と澄んだ音を鳴らして乾杯すると、2人は同時に口をつけた。
「……っあ――……美味しい……!!! 元気出る……!!!」
「元気なかったの?」
「…………」
あ……と気まずそうに視線を泳がせるミラに、まあ気づいてたけど、と内心呟くエリオット。
「ち、ちょっとね! ちょっと……!」
そう声を上げながら、ミラは足をもじもじと絡ませる。
「ほ、ほら、私って唯一の取り柄が錬金術だったのに……異世界に行ったら使えなくなってて、落ち込んで……。だけど、その時は聖女の力が使えることがわかってね! 異世界ではその癒しの力だけが取り柄だったの」
隣で、静かに聞いているエリオット。
「それで戻ってきたら………――」
にこにこと弾むように話していたミラの声が、すうっと落ちた。
「――……どっちも、なくなっちゃった。光るだけとか……笑うしかないね。ダニーに怪我させたり、たゆ……何か、他のこともちょっと自信なくしたりして……私……――」
ぐっと残りのお酒を一気に飲み干すミラ。
からん、と空いたグラスを見ながら、うる……と涙が溜まる。
「……私…………何ができるんだろう……――!!!」
うっ……と小さく嗚咽すると、ミラは膝に顔を埋めた。
たまに森の奥から微かに聞こえる低い鳥の鳴き声に、すんすんとミラのすすり泣く声が混じる。
静かにミラの手に手を重ね、空いたグラスをすっと取るとテーブルに置くエリオット。
さらっと髪を撫でると、ミラは驚いたように顔を上げた。
エリオットの優しい表情を見た瞬間、その大きな瞳から、みるみる涙が溢れた。
ぽろぽろと涙をこぼしながら、エリオットをじっと見つめる。
「エリオットが……いっぱい準備してくれた、かわいいのも全部…………私1人だったら、絶対できなかったなって……! 私、本当に嬉しくて…………う……嬉しいのに……! エリオットすごいなって……! ……そう……純粋に思いたかったのに…………エリオットが10年頑張ってこんなすごい錬金術を身につけたのに……何で私は失うばっかりなのって……――!!!」
そんなこと……思いたくないのに……! と声を震わせると、ミラはわあっ……!!! と泣き出す。
エリオットは、そんなミラをぎゅっと優しく抱き寄せた。
「よしよし」
「…………っ…………ごめん……エリオット……エリオットは悪くないから……」
「僕は本音を言ってくれて嬉しいけどなあ」
「私は……こんなこと思う自分が悲しい……」
「ミラの取り柄って、本当に錬金術だったかなあ?」
えっ……と顔を上げるミラの瞳に、また涙がみるみる溜まる。
「……元からない……?」
「いや、そうじゃなくて」
何でミラそんなに自己肯定感低いの、と笑うエリオット。
「僕が錬金術をここまで使えるようになったのだって、ダニーが騎士になったのだって、ミラがいたからでしょ?」
「…………そうなの?」
「気づいてよ、そこは。それに僕を拾ったのだって。怪我した小鳥だって、僕なら拾わない」
えっ、とミラはエリオットを見た。
「……エリオット、ひどい」
エリオットは思わず吹き出す。
「ひどくないよ。それが普通だと思う。ミラが特別。ミラにはミラにしかできないことがあるよ。錬金術なんて努力次第で何とかなるし、聖女の力なんて偶然の産物みたいなものでしょ? でも、ミラができることって、もっと別のことじゃない? 誰も拾わないものを拾ったり、他人を思いやったり」
「…………とくべつ……」
「あと、特別かわいかったり、とにかくかわいい。赤くなってもかわいいし、怒ってもかわいいし、光っても光らなくてもどんな服でもかわいい――」
「エリオット、エリオット」
「え?」
「恥ずかしい」
「恥ずかしがってもかわいい――」
「もういいから!」
未だわずかに涙を滲ませながら、きゅ、と小さくエリオットの頬をつまんだ。
苦笑いするエリオットと、じっと見つめ合う。
エリオットは、そっとミラの涙を拭った。
「……それでもミラが、できることが何にもなくなったって言うなら、いろいろやってみる? 明日から」
「いろいろって?」
「それを考えるんじゃない? 一緒に」
「いっしょに……」
「錬金術以外にだって、いろいろあるよ、やれること。ミラは今まで、錬金術が好きで、他に目を向けてこなかっただけなんだから」
ね? と笑うエリオットに、ぱちぱちと目を瞬くミラ。
ぽわ……と頬を高揚させた。
「やってみる……!」
「楽しみだね」
楽しみ……! と目を輝かせ、ようやく笑顔が戻ったミラに、エリオットもつられて無意識に笑みをこぼしたのだった。
落ち着いたミラは、空いたグラスにお酒を注ぐエリオットを、そわそわと見つめていた。
惚れ惚れするその横顔に、ぽ、とこっそり頬を染める。
すると、その視線に気づいたエリオットが、ん? と顔を上げる。
わあ……! と慌てて視線を逸らすと、ミラは濁すように再びお酒を口に含んだ。
「エ、エリオットは、すごいね……! 何というか……かわいいエリオットが、いつの間にそんな――」
そう言いかけたミラの口に、ぱっと手を当てるエリオット。
ミラは目を丸くする。
「……???」
「……ミラ、それ」
「……どれ?」
むすっとミラを見つめた。
「僕、もう20歳になったけど」
「……知ってるけど」
「いつまで僕は、『かわいいエリオット』なの?」
じっと見つめるその瞳に、どき、とミラの胸が大きく鳴った。
あわあわとミラの視線が泳ぐ。
「い……いつまで……? えっと……――」
「どうやったらミラは、僕を男として見てくれるの?」
「お…………」
思わず固まるミラ。
「みみ……見てますけど?」
「性別の話じゃなくて」
「性別の話じゃなかったら、な、何なの……?」
「こういうこと、ミラは苦手だって知ってるけど……意味、わかってるよね?」
「わかっ…………て…………――」
「ミラ」
ぐい、と手を引くその力強さに、ミラの息が止まる。
引かれた勢いでエリオットに倒れ込みそうになるところ、何とか脚の間に膝をつく。
すると、エリオットはすかさずミラの腰に腕を回した。
「ミラ」
もう一度甘く名前を呼ばれ、ぴし、と固まるミラ。
(か…………かわいいエリオットが……――)
じっと見上げるその大人びて色気のある表情に、脳内が真っ白になる。
(――わかりたくなーい!!!)
今まで避けてきた話題に突如直面したミラは、わあっ……! と現実から逃避するように顔を覆ったのだった。




