3話 - 無自覚は凶器
エリオットはミラの部屋のクローゼットを前に、かつてない程に真剣な表情を浮かべていた。
(どうしようか……ミラにすっっごくかわいい格好させたい……! 用意した服は間違いなく全部完璧にミラに合うかわいい服だけど、よく考えたら街で変な男が引っ掛かりでもしたら困るな……。でも、よくよく考えたらどんな服でもミラはかわいいから、いっそ全力でかわいいに振り切る……? ずっと僕が隣にいれば大丈夫かな? でも、それでも万が一ミラに惚れでもする男がいたら――)
「――エリオット、エリオット」
「……え?」
「全部漏れてるから」
「あれ?」
隣でわずかに頬を染めて見上げるミラとエリオットが、きょとんと見合う。
初デート(※エリオット的)に、エリオットは気合いが入っていた。
(ミラを着替えさせようとしたら追い出された)ミラの部屋の前に立つエリオット背後で、カチャ……と静かに扉が開く。
ぱあ! と目を輝かせて振り返ると、扉の隙間からミラがちょこんと小さく顔を出した。
「…………エリオット」
「どうしたの、ミラ? サイズ合ってなかった?」
「怖いくらいピッタリだけど…………じゃなくて………………変――」
「えっ」
慌てて扉を開くと、きゃあ!! と叫び声とともに、真っ赤な顔のミラの姿が目に入る。
と同時に、かつてエリオットが錬成した、上半身は白、腰の切り返しから赤い布が幾重にも重なるふわりとしたスカートが揺れるワンピース姿に、はたと固まった。
レースやフリル、リボンが多様されたデザインに、ミラはもじもじと恥じらう。
「こ……こんなかわいい服…………身に余るよ……!」
「…………」
じ……と見つめたまま固まるエリオットに、さらにおどおどと戸惑うミラ。
「エリオット……? どうしたの――」
「いや、理性を繋ぎ止めるのに必死で――」
「着替えてくる!!!!」
「ごめん、かわいい、かわいすぎるから、似合いすぎだからミラ! ちゃんと何とか頑張って理性押し止めるからそのままで――」
「駄々漏れ!!!」
脳内に留めて!!! とミラは思わず顔を手で覆ったのだった。
顔を覆うミラの手を、エリオットは嬉しそうに握る。
どき、とミラは顔を上げた。
「エ、エリオット……」
「さ、行こ、ミラ」
「わ、わかった……! わかったから、手――」
「繋いでいくでしょ? 昔みたいに」
「えっ」
じ、とミラは指まで絡められた手に視線を落とす。
「…………昔…………こんな繋ぎ方してたっけ?」
「…………そこはまあ…………大人になったというか」
「大人になったなら…………手繋がなくてもいいんじゃない?」
「そこはほら、僕が寂しいから。やっとミラが戻って来たんだし」
「…………」
それ、ずるい……とむすっとした顔を向けるミラに、エリオットは若干苦笑いを浮かべる。
ミラはむうっとしたままきゅっとわずかに手を握り返すと、ぴた、とエリオットにくっついた。
「じゃあ、エスコートしてください」
「…………」
理性……!!! と頭を抱えるエリオットを、きょとんとミラは見上げたのだった。
「――街は……あんまり変わってない……!」
「それはそうかも」
パン屋のすぐ隣のベンチで、あむ! とミラはパニーニを頬張りながら、きょろきょろと視線を泳がせていた。
ミラたちの住む森から最寄りのトゥルヴォーという街は、1、2階建ての赤や黄色などのカラフルな建物が立ち並ぶ、緑の多い、田舎と都市の中間くらいの街だった。
賑やかで活気のある街は、ミラの記憶と相違ない。
あっ、あそこの雑貨屋さん全然変わってない! あの居酒屋外装替えた? と楽しそうなミラを、エリオットも楽しそうに眺める。
「この新しくできたパン屋さん美味しい……!」
「このパニーニ、ミラ好きそうだなってずっと思ってた」
「…………」
「何?」
「……なんでわかるの?」
「ずっと見てたから」
ぽ、と微かにミラの頬が染まる。
照れ隠しなのか、あむ、とパニーニに小さく食いつくミラに、エリオットは無意識に表情を緩めた。
すると――
きゃあ……! と甲高い黄色い声に、ん? とミラは顔を上げた。
そしてその声の主たちはすぐに分かった。
通りに面したこのベンチからは、エリオットの美貌が可愛らしいパン屋の外装と相まって、一層輝かしく見える。
通りで複数人の女性が立ち止まり、きゃあきゃあと色めき立っていた。
(さすがイケメン……)
中には、錬金術師さん! と声をかける女性もいる。
エリオットはというと、大して気にも留めていない様子で、ミラを見つめている。
これは日常茶飯事なのだろうと想像できたし、エリオットは既に、街では有名人なのかもしれなかった。
私が錬金術をしていた時はまるで興味をもたれなかったのに、とミラの胸にもやっと息苦しさのようなものが渦巻く。
面白くないミラは、むすうぅぅ……と頬を膨らませた。
ちょこ、とエリオットに近づくと、ぴた、とくっついてみる。
えっ!? とエリオットが驚いたように目を丸くして見下ろした。
「……ミラ?」
すん……と真顔で女性たちを見つめながら、あむあむ……とパニーニを頬張っているミラに、どきどきとエリオットの胸に嬉しさが込み上げる。
はああ……! と思わず項垂れると、顔を覆った。
「……ミラ……それ無自覚……?」
「何?」
むすぅ、と口を尖らすミラに見惚れながら、僕の奥さんかわいすぎ……と震えるエリオット。
奥さんじゃないから、とやんわり突っ込むミラであった。
パン屋で朝食を終えると、1軒のランジェリーショップを2人は訪れた。
白基調でこじんまりと可愛らしく、入り口は背の高い植木でやや視界が隠れるものの、オープンになっている。
カラフルな下着(※ドロワーズ風の、丸みを帯びたズボンタイプのパンツ)を前に、ふむ、と腕を組むエリオット。
「…………フリルは外せないよな……フリル多め、レースもあり……フリルのレースにリボン通してあるデザインかわいいな……絶対ミラに似合う……! リボンは前かなあ? サイド? 丈は絶対短め――」
「……エリオット?」
「何?」
「なんでエリオットがそんな真剣に選んでるの? 着るのは私なんだけど」
「見るのは僕――」
「ステイ!!!」
店内では、店員が、あらかわいいカップルねぇ、と微笑ましく眺めていた。
さっ、とエリオットが1つを指差す。
「この淡いピンクの、フリル多くてレースのリボンがかわいいよ。ミラに似合いそう。どう?」
「えっ? 普通にシンプルなこの白いのでいいけど」
ぴっ、とミラが指差した下着を見て、はたと固まるエリオット。
「(これはこれで)………………いやでも――」
「何? 今の間」
パンツにそんなお金も時間も使わなくていいから、と言いながらきょろきょろと店内をさりげなく見回すミラを、エリオットはじっと見つめる。
「じゃあ、これ」
さっとエリオットが手に取ったのは、大層可愛らしく、見るからに高そうなものだった。
「いっ……いい! いいってそれ絶対高い……この白の! 普通のでいいの!」
「それはそれで尊いけど」
「尊いって何!?」
「『普通のがいい』じゃなくて、ミラは『でいい』でしょ?」
「…………普通のでいい……」
「僕が払うから、いいでしょ? ミラ、かわいいの好きなんだから」
白い下着を掲げるミラは、う……と視線が泳ぐ。
「……白もかわいい」
「はいはい。じゃあこれもね。あとは間を取って、このフリフリすぎないのにしておこうか? 一応フリルあるしチェックでかわいいよ。あとこれは? 裾のレースがかわいいしサイドのリボンがかわいい。あと――」
「細かい細かいから、かわいいへのこだわりが」
「そう?」
「そんなにいる……?」
「あってもいいんじゃない?」
この辺はそんなに高くないよ、と笑うエリオットに、きゅん……とミラの胸が小さく高鳴る。
きゅ、とエリオットの服の裾をつまんだ。
「…………なんで……かわいいの好きって知ってるの……?」
「えっ? 昔から節々に出てたけど」
「…………」
これはどう? とエリオットに手渡された、間違いなく自分好みの下着を、ミラは目の前に掲げた。
(……私が錬金術で生計を立てていた時は……こんなの見るだけだったな)
エリオットには少しでも可愛い格好をさせようと、自分の服を使って可愛い子供服を錬成したりもした。
もちろん自分の服は2着のみ。それを着回し。
でも、それすらも特に疑問には思わなかった。それが普通だった。
(家のメルヘンな家具たちも、エリオットは「ミラに合うと思って」と言っていたけど、もしかしたら私がああいうのが好きなことを知っていて、用意してくれていたのかな)
何でそこまでできるんだろう……とエリオットを見上げる。
ん? と甘い笑みを浮かべるエリオットに、ミラは頬を染め、きゅっと口を結んだ。
――その時。
どごっ!!! いっ……!? ばたーん!!! ああああ!!!
と騒がしい音が店の外から聞こえ、ミラは通りへ顔を向けた。
「なっ……ちょ…………ええ!? なん…………ミラさん!!? それ、なに…………――!?!?」
「…………パンツ?」
パン……!?!? と真っ赤な顔で慌てふためく、隊服に身を包んだ青年が、真っ赤な顔で植木に突っ込んでいる。
「……えっ、と……もしかして…………ダニー?」
まあ……大きくなって……! とパンツを掲げたまま目を輝かせるミラに、とりあえずそれ隠して……!!! と耳まで真っ赤な顔を植木にめり込ませるダニーであった。




