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2話 - パンツは必要です

 ハートのクッションをぎゅっと抱え、メルヘンなソファに丸くなって座っているミラ。

 すん……と真顔で、光るだけ……と呟く。


「…………~~っ」

「……何、エリオット……」

「ごめん…………期待以上すぎて……なんかもう……」

「このソファも、エリオットが錬金術で用意したの……?」

「もちろん」

「……錬金術……」


 そう呟くと、うる……と瞳に涙が滲む。

 もう考えるのやめよっかな……と、その顔をぽふん、とクッションに埋めた。


 光る……光るのって……何か役に立つかな……? 照明? と呟いているミラに、ゆっくりと近づくエリオット。

 すると、その手にすっと触れた。


 えっ? と目を丸くして顔を上げるミラの手を、微笑んだまま優しく引く。


「今日は寝よっか? ミラ。疲れたでしょ?」


 ぱちぱち、と目を瞬くと、ミラは小さく頷く。


「……うん……疲れた………………けど待って。ベッド……1つしかないって言ってなかった?」

「1つしかないよ?」


 2つもいらないでしょ? とさらっと告げるエリオットに、誰がこの子を育てたの……? と崩れ落ちる。


「大丈夫だよ! 急に襲ったりしないから。10年も待ってたんだから、2、3日くらい全然待てる――」

「短い短い短いから待てる日数が」

「……4、5日?」

「1年!!!」


 ビシ! とミラは人差し指を立てて掲げた。

 えっ……と固まるエリオット。


「………………それは……ちょっと」

「一緒に寝ません!!!」

「わかった! わかったよ、待つから……もうわがままだなあ、ミラは」

「わがままかな? これ」

「ほら」


 着いた寝室のクローゼットから、さっとエリオットは1着のワンピースを取り出した。

 

「かわいいネグリジェも用意しておいたから。ね?」

「…………」


 レースとリボンが可愛い、透け感のあるさらっとしたネグリジェを、ミラはじっと見つめる。

 なにそれかわいい……とむすっとしながらも頬を染めるミラを、嬉しそうに見つめるエリオットであった。



 すると、もじもじと身をよじり出すミラ。

 ん? とエリオットは首をかしげた。


「どうしたの? ミラ」

「…………あの…………エリオット……あの」

「うん?」


 言いづらそうに視線を泳がせるミラに、かわいいなあと顔が緩む。


「…………えっと……………………パンツは?」

「えっ? (僕的に)いらないかなと思って用意してない」

「こわすぎる!!!」


 パンツはいるでしょ、パンツは!!! と憤慨するミラ。

 パンツ! パンツ!!! とパンツを連呼してぷんぷん怒るミラを見つめながら、用意しなくてよかった……と頬を染めるエリオットであったという。




 ベッドに横になりながらも、未だ憤慨中のミラ。


「明日パンツ買いに行くよパンツ! パンツはいるから! パンツ買うからね絶対!」


 ふと、目の前で、腕で顔を覆いふるふると震えるエリオットを見る。

 

「……ちょっと……何笑ってるの……?」

「いや、違…………パンツ連呼するミラが想像以上の破壊力……」

「何を破壊?」

「あんまり連呼しないでミラ……1年どころか1日も持たない可能性が――」

「連呼しません」


 むすぅ、と恨めしそうにエリオットを見つめるミラに、なにそれかわいいんだけど、と笑みを漏らすエリオット。


 静かに見つめ合う2人。


「……ミラ」

「何?」

「ぎゅってしていい?」

「……だめ」

「お願い、ミラ」

「何で? さっきもいっぱいしてたじゃん」

「足りないから。10年分」

「…………」

 

 むうぅぅぅ……と顔を顰めると、恥ずかしそうにすすす……とエリオットに近づくミラ。


「……今日だけね」

「それは困るなあ」


 失笑を漏らしながら、エリオットはミラを抱き締めた。

 ミラ、と小さく呟くエリオットの声に、ずき、とミラの胸が痛む。


(……10年…………私にとってはたったの1年だったけど……10年もの間1人の人を待つって、どれだけ心細いことなんだろう……。結果的には良かった、ってエリオットは笑ってたけど……――)


 温かい腕の中で、ふっと見上げ、目を伏せる端正な顔立ちをじっと見つめる。


(――……本当に、そうなのかな……?)


 その視線に気づいたエリオットが目を開き、微かに頬を染めて視線を合わせた。


「……何? ミラ」

「…………本当に…………ごめんね、エリオット……」

「…………」

「何か……埋め合わせ…………なんて、とても無理だよね……10年なんて……」

「奥さん――」

「以外でね」

 

 だめかあ、と小さく笑うエリオット。


「……ん――……じゃあ」


 ぱあ! と顔を上げるミラ。


「寝る前に、昔みたいに額にキスして」

「えっ!?」


 にや、と笑うエリオットに、あわあわと視線を泳がせる。


「そ……それはどうなの、エリオット……」

「毎日してくれてたじゃん、ミラ」

「それは……エリオットがかわいかったから――」

「今はかわいくない?」

「………………かっこいい……」

「1年待つ必要ある?」

「あるの!!!」

「じゃあ、僕がしていい?」

「えっ…………――」


 どど……どっちが……? と考え込んでいるミラを、エリオットは嬉しそうに見つめる。


「じゃあ、僕が」

「待って待って! 私! 私がする!!!」


 がば! と上半身を起こすミラ。

 1年前まで、寝る前にずっとエリオットにしていたように、そっと頭を包み込み優しく髪を撫でると、ちゅ、と額にキスを落とした。


「おや……おやすみ、エリオット」


 噛んじゃった……と恥じらうように頬を染めるミラを見て、目を細めるエリオット。


 次の瞬間――


 ぐるり、とミラの視界が反転する。

 ぽふ、と枕のふかふかとした感触が頭を包む。


 気づけは上からミラを見下ろすエリオットが、ちゅ、と触れる程度に額に口を当てた。


「おやすみ、ミラ。また明日」

「…………――!!!」


 悩んだ意味……!!! と真っ赤な顔をぷるぷると両手で覆うミラに、いやあ、つい、と笑うエリオット。

 ぱた、と再び隣で横になったエリオットを、ミラはじっと見つめた。


「……ミラ?」


 じ……と真っ直ぐに向けられた無垢な瞳に、エリオットの胸がどきどき……と高鳴る。


「…………ミラ――」

「――転生前の私のパンツ、どこ行ったの?」

「え? 全部かわいい服の錬成の素材に使ったけど」

「…………」


 パンツからできた服……と呟くミラに、思わず悶えるエリオット。

 なかなかパンツが頭から離れないミラであった。



 

 転生の疲れからか、パタッと寝ていったミラ。

 その隣で、ぱち、とエリオットは目を見開いた。


 昨日までと同じ月明かりが、妙に明るく見えた。

 あんなにも広く寂しく見えた部屋が、昔からこうであったかのように、ミラを温かく受け入れているようだった。


 

 待ち望んでいた光景だった。



 錬成式を読み解いた瞬間、鳥肌が立つほどの高揚感と喜悦に震えたことは、今でも鮮明に思い出せる。

 早く会いたい。会いたいよミラ。


 ――でも戻らなかったら――?

 

 戻る確信はあった。でもたまに、暗く重い恐怖が顔を覗かせた。怖かった。


 しかしそんな不安も今日、ミラの部屋からの物音を聞いた瞬間――吹き飛んだ。



 何度夢に見たかわからない、目の前で眠るミラを実際目の当たりにすると、あまりの美しさに、エリオットの胸が張り裂けそうに痛む。

 何度触れても、夢なんじゃないかと、その肌の温かさを確認したくなる。


 するっ、と、エリオットはミラの頬に手を添えた。


(………………ミラ)


 どきどきどき……と胸の音が部屋全体に漏れているかのように、大きく頭に響く。

 ふに、と指で、ミラの柔らかい唇に触れた。

 

(…………ああ…………嬉しすぎて……興奮して寝られないな……!)


 ミラ、と小さく呟くと、再び愛しいミラの額にそっとキスを落とす。


 すやすやと無防備に眠るミラを見つめると、ふっと笑みを浮かべた。


「ミラ…………絶対に、離さないから」


 そうして、ふとパンツパンツ言っていたミラを思い出すエリオット。

 何でミラあんなに煽ってくるかな……!!! と思わず口を覆ったのだった。





 ――ミラが目を覚ます。


 ぼやぁ……と視点の合わない眠気眼の前に、ひょこ! と幼い少女が顔を出した。


「――ミラ! ミラ? もう朝だよ?」


 その、10歳ながら将来有望の可愛らしく美しい顔に、ぽわ、とミラの表情が緩む。

 迷わず、その首に腕を回した。


「――!? ミラ――」

「おはよう、かわいいエリオット!」


 ぎゅ! と小柄な身体を引き寄せると、嬉しそうに抱きついた。


 



 ピチチ、と小鳥が可愛らしくさえずる森の朝は、1年前と何一つ変わっていなかった。

 森独特の澄んだ朝の空気も、窓から淡く斜めに差し込む光も。


 ただ一つ。

 同居人である、一日中見ていても見飽きない可憐な美少女が、世の中の全女性を虜にするようなイケメン青年に成長していたこと以外は。

 

「…………あんなに………………かわいかったのに……」

「誰が?」


 まどろんでいた視界が鮮明になった瞬間、至近距離でこちらを見つめている端正な顔立ちに、ギン……! とミラは覚醒した。


「――イケメン」

「えっ、照れるなあ」


 同じ毛布の中で、隣で枕に頬杖をついてじっと見下ろしているエリオットに、きゃ……と両手で顔を覆うミラ。


「…………なな…………何してるの、エリオット……」

「ミラ充填」

「その充填……いつ終わるの……?」

「多分、一生終わらないと思うけど」

「そっ…………」


 思わず言葉に詰まる。

 エリオットはにこ、と微笑むと、ちゅ、と額にキスを落とした。


「おはよう、ミラ」

「お、おはようエリオット……!」

「今日、街に買いに行くんでしょ? 10年ぶりの街」


 その言葉に、はっ! とミラは目を輝かせた。


「パンツ!!!!」


 テンションに任せて起き上がったミラは、ごっ!!! と勢いよくエリオットに頭突きしたのだった。

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