11話 - 伝えていなかったこと
思わず後ずさったミラは、背後のベッドに足を取られ、そのまま腰を落とす。
顔を覆ったまま、慌てて顔を背ける。
そのミラの手をエリオットはぱっと取ると、片手をベッドについた。
その距離が極端に縮まり、きゃ……とミラの口から小さく声が漏れた。
どこを見ていいのかわからず、きゅ! と固く目を瞑る。
「見ててよ、ミラ」
「な、なんで……」
「見られたいから」
「変態……」
「僕もミラ見るから、ね?」
「『見たい』と『見せられてる』の間には、雲泥の差があるから……!」
「へえ、うまいこと言うね」
「は、はや、はやく、うえ、上着て……!!!」
「…………そんなそそられる顔されると、キスしちゃうけど」
秒でミラは目を見開いた。
目が合うと、きゅ、とミラの眉が下がる。
ふ、とエリオットは笑みを漏らす。
「何その顔。かわいい」
「……かわいい、言わない」
「恥じらってるミラかわいい。慣れない純でピュアなミラ、好き」
「好き、言わない……」
「わがまま」
笑いながらエリオットは掴んでいる手首を軽く押す。
ぽふ、と後ろへ倒れるミラ。
エリオットも、そのままベッドへと乗り上げた。
うっかり流されかけていたミラは、はたと我に返る。
(あれ!? きょ、今日も、もも、もしや……!?!?)
昨日の色っぽいエリオットを思い出し、いいいいけません……!!! と片手で必死に顔を覆う。
すると。
エリオットは静かにミラを見下ろしたまま、動かない。
不思議そうに小首をかしげると、恐る恐るその顔を見た。
そこにある、影を落としたような表情のエリオットに、ミラの息がはっと止まった。
「……エリオット?」
「……嫌? ミラ」
「え……い、嫌っていうか……いやっていうか………………恥ずかしいの……」
わずかに目を見開くと、エリオットは小さく微笑み、掴んでいるミラの手首にそっとキスを落とす。
微かにミラの身体が強張った。
「…………ミラ」
「……な、何……?」
「ミラは………………少女の僕に会いたかったの……?」
その言葉に、はっ、とミラは動きを止めた。
手首に唇で触れるエリオットの表情は、色気を漂わせながらも、昨日と比べて憂いているように見えた。
(……あれ……? そういえば私…………言ってないっけ……――?)
昨日はエリオットに押されてばかりで、エリオットばかりが10年の溝を埋めようと頑張ってくれてばかりで。
(私ばっかり、エリオットに甘えて……)
エリオットの不安そうに揺れる瞳を見つめる。
(私、エリオットを不安にさせてた……?)
きゅ、と口を結ぶと、ミラは淡く笑みを浮かべた。
「……それは、そうだよね」
ずき、とエリオットの胸が痛む。
「ずっと会いたかったよ。エリオットに」
「それは――」
「だって、少女のエリオットしか知らなかったもん! ……だから………………その」
自分の下で、もじもじと言いずらそうに小さく体をよじり出すミラを、え? と不思議そうに見つめる。
「あの、戻って来たとき……すっっっごくびっくりした。エリオットが、その……かか、かっこよくなってて」
「――!」
エリオットは目を丸くした。
「でも、笑い方とか変わってなくて、すぐエリオットだ、ってわかったよ! しっかりしてるところとか、違和感なくて、何か……普通に接してたよね。今思えば」
何でだろ? と笑うと、ミラはじっとエリオットを見上げる。
どき、とエリオットの胸が1度、大きく鳴った。
「少女のエリオットがよかったとか、そういうことじゃなくて……ただ、エリオットに会いたかった。ずっと思ってたよ。だから戻ってきてすぐ再会できて、私、本当に嬉しかった。しかも待っててくれたなんて……嬉しくないわけない」
微かにエリオットの頬が染まる。
するとミラは、押し戻すように、おずおずとエリオットの胸をぎこちなく押す。
そのままミラも起き上がると、至近距離でエリオットを見つめた。
「好きって言ってくれたことも……び、びっくりはしたけど、嫌とかじゃなくて……あのその、まだ頭の整理がついていないだけで……! あとそういうの、ほんと……な、慣れなくて」
「……ミラ」
「あの、だから……い、異性としては、あの、見てるから、ちゃんと……! だから、その………………はず、はずかしいから……」
徐々に消え入るような声を何とか絞り出すと、真っ赤な顔で俯いた。
「……み、見られたくないです…………着替え……」
「…………」
ぱたん、と部屋を出て背後で扉が閉まると、エリオットはずるずる……と扉に身体を預けてしゃがみ込んだ。
「…………――っ……!!! ミラ不意打ち……!!!」
殺す気……? と膝に耳まで真っ赤な顔を埋める。
「…………?」
寝室の隣のソファで丸くなっていたマオは、不思議そうに目を瞬いた。
「……忘れ物か?」
「お前ほんと何なの」
「? 魔王」
ソファの前のテーブルに置かれた籠では、マオを見ながら鳥がぷるぷる震えていたという。
少しして、エリオットの背後で、カチャ……と静かに扉が開いた。
ネグリジェに着替えたミラが、おずおずと顔を出す。
「あの……お待たせ、エリオット」
ミラに気づいたマオが、ミラ……! と顔を上げる。
マオ、と扉の隙間から手を振るミラに、かわいい……、とマオも頬を染めると手を振る。
ばたん!!!
「…………」
無情にも一瞬にして閉まった扉を、手を小さく掲げたまま見つめ、固まるマオ。
ピ……とぷるぷる震えながら小さく鳴く鳥に、行き場のない視線を向けた。
「…………(じ……)」
「……ピ……?(ぷるぷる)」
「…………」
「…………ピ」
何か通じ合った。
ベッドの中では、エリオットがさらさらと愛おしそうにミラの髪を撫でていた。
ミラはというと、大きい手気持ちいいとか思ってませんから、と恥じらうようにむすっとしながらも、成すがまま静かにじっとしていた。
うとうとしながら、ほんのり月明かりに照らされた端正な顔立ちを、じ、と見上げる。
(……ほんと、イケメン……)
無意識に見惚れたかと思うと、昼間見た自分の丸い顔を思い出し、さー……と冷めていく。
「……エリオットは、丸い顔が好きなの?」
「えっ?」
何やら口を尖らせているミラに、エリオットは思わずぷっと吹き出す。
くくくく……と枕に顔を埋めて声を殺して笑うエリオットに、ミラはすん……と目を細める。
「もういい。忘れて」
「ごめんごめん。あまりのかわいさに」
「(むすうっ)」
「丸い顔が好きかどうかはわからないけど……」
むに、とエリオットは緩くミラの頬をつねった。
「もちもちした、ミラのちょっと童顔なところは、来るものを拒まないっていうか、あるものをそのまま受け入れてくれるミラのふわふわした空気感が出てて、好き」
「…………」
ぱちぱち、とミラは目を瞬いた。
(「ミラならなんでもいい」とか「丸くないよ」とか言われるかと思ったのに……――)
じ、と顔を見つめると、ん? と爽やかな笑みを浮かべるエリオット。
(そのままでいいって言われてるみたい……)
嬉しい……と視線を落としてほんのり照れたように、ぽ、と赤くなるミラに、エリオットも嬉しそうに頬を染めたのだった。
翌朝。
鳥の鳴き声が甲高く響く中、エリオットは目を覚ました。
するとすぐ、赤茶色の髪が視界に入る。
こちらを向いて、すやすやと規則的な呼吸をする愛しいミラに、無意識に顔が緩む。
そこでふと、ミラの背後に妙な圧を感じ、視線を向けた。
「――!?」
視界に、ぴた、とミラにくっつき、抱き枕のように抱き寄せて寝ているマオの姿が飛び込んだ。
ピシ、と固まるエリオット。
そっとマオを剥がし、ゆっくりとミラを抱き寄せる。
次の瞬間――勢いよくマオをベッドから蹴り落とした。
どしーん!!! と、爽やかな朝にあるまじき重音が部屋を揺らした。
ん……? とミラの目がぼんやりと開く。
なにかな……? と見上げると、至近距離にエリオットの顔があり、無意識にぽー……と見つめる。
そこでふと、温かく包み込まれているような感覚に、エリオットの腕の中におさまっていることに気づき、ギン……! と覚醒した。
「おは……おはよう、エリオット……! なな、なんで、ぎゅ……??」
「おはよう、僕のかわいいミラ」
「……痛い……」
「あれ!? 何でマオがここに!?」
「今日、寝室に鍵つけるね」
「……?」
きょと、とエリオットを見上げるミラ。
あ、と小さく声を上げた。
「何か毛布で簀巻きにされる夢見た」(←多分マオに抱きつかれてたから)
「何でだろうね?(にこ)」
「……痛い、ミラ……」
賑やかな朝を迎えたのだった。




