10話 - 錯綜
『おまえが、エリオット?』
静かに見合うエリオットとマオ。
「そうだけど?」
「…………」
もやあ……と不満そうな顔のマオに、エリオットはイラっと顔を歪める。
先に口火を切ったのは、マオだった。
「……ミラの話では」
「……?」
「エリオットというのは…………10歳のかわいい少女……では……?」
「僕だよ(キレ気味)」
「え……」
??? と理解できないといった表情を浮かべるマオ。
何となく察しのついたエリオットは小さくため息をつくと、壁にとん、ともたれた。
「ミラが言ってたの? それ」
再び見合う2人。
すると、マオが小さく頷く。
「毎日言っていた。早くエリオットのところへ戻らないと、と」
「――!」
はたとエリオットは目を見開いた。
『かわいいエリオット!』
ミラが、口癖のように毎日毎日そう眩しい笑みを向けていた10年前を、ふと思い出した。
(毎日、僕に……会いたい、と……――!?)
かすかにエリオットの頬が染まる。
屈託の無い、心の芯まで明るく照らしてくれるような眩い笑みは、今も変わっていなかった。
そのミラが1年間、ずっと想ってくれていた。
それは、エリオットは想像していなかったことだった。
『12歳のエリオットとか……15歳のエリオットとか18歳のエリオットと…………過ごしてみたかったな』
その時――そう、ぽつりと寂しそうに漏らしたミラの言葉が脳裏によぎった。
はっ、とエリオットの息が止まる。
1年間、これからの自分と過ごすため、早く会いたい、早く戻りたいと思ってくれていたんだろうか。
それを期待して、10歳のかわいいエリオットに会いたくて。
戻ったら、10歳の少女が20歳の青年になっていて――ミラはどう思ったんだろう。
(……それを…………僕は聞いたっけ……?)
どき、と避けていた核心に触れたように、1度大きく胸が鳴る。
(それを、僕は……知ろうとしたっけ?)
それを知って、もし、わずかでも拒絶の色が滲んていたとしたら。
息がわずかに乱れる。
(いや、そんなことありえないけど)
エリオットの視界が暗く落ちる。
ありえない、なんてあるだろうか?
(あのミラに限って――)
――どうなってしまうんだろう。
急に黙り込んでしまったエリオットを、じ、と見るマオ。
気を逸らすかのようにゆっくりと紅茶に口をつけると、やはり気になるのか確認するように再び、じ、と視線を向けた。
「……………………かわいい……少女……?」
「うるさいな(キレ気味)」
エリオットとマオはどこか合わなかった。
一方、ダニーはミラの手を強く握りながら、森を進んでいた。
気まずいミラ。
ちら、と繋がれた手に視線を落とすと、わわ、と小さく頬を染める。
「あの……ダニー――」
「――そのアーヴィンって人」
「!」
アーヴィン、の単語に、ミラは無意識にぱっと顔を上げた。
「俺に似てたの?」
「えっ!?」
むすっと不機嫌そうな顔で正面を向いたまま、ダニーがそう告げる。
あわあわとミラは視線を泳がせた。
(…………ダニー……情報処理能力、高!!!)
そんなとこ拾わなくていい!!! とミラは困ったように眉を下げる。
そんなミラの表情を、ちら、と横目で窺うダニー。
「……似てたんだ」
「ぜ、全然似てないよ! 同じ騎士ってだけ!!! 似てない! ほんっと似てない! 似てるなんて言ったらダニーに失礼!!! 似てない似てない! まるで似てない!!!」
「…………(わかりやす……)」
「アーヴィンはダニーよりもっと適当な人だったし、超軽かったし……! すっごい軽くて……なんかもう軽石みたいに軽い人だったの!!!」
「(軽石?)」
「軽くて………………騎士の中では強いのか強くないのか……よく突っ込んで行って、よく怪我する人だった」
「……へえ」
「…………」
街の入り口手前で、ダニーは立ち止まって振り返った。
少し懐かしそうな口調でそう告げた後、ちょんと俯いて黙ってしまったミラへ、じっと視線を落とす。
(…………?)
すると、ミラがもじもじと言いにくそうに小さく身をよじる。
「………………ちょっと…………既視感が」
ぽつり、と告げるミラ。
「え?」
「笑い方とか……街の人に分け隔てなく接するところとか…………全部の行動が自然なところとか。ちょっと、既視感。似てないんだけどな……!」
ほんっとに似てないんだよ……!? とぎこちなく笑みを向けるミラに、もや……とダニーの胸に言いようのない焦燥感が込み上げる。
握る手に、ぎゅ、と力を込める。
どき! とミラの胸が高鳴った。
「…………やだな」
「……え……? ダニー――」
「――彼女?」
え、と固まる2人。
気づくと、背後から肩にポンと手を置いた大柄の騎士が、じ、とダニーの顔を覗き込んでいた。
「んな!!! モーガンさん!?」
慌てて2人は手を離す。
「あー、いいのに、別に。お見送り? いいねー若いねー!」
「違うから!!!」
「いやあ、邪魔したねー悪いなダニー! いちゃついてないで、ちゃんと遅れず来いよ!」
「言い方……!!!」
ははは! と笑いながら立ち去る騎士を睨みながら、わなわなと震えていたダニーが、ぱっ! と慌てて振り返る。
「ごっ……ごめん、ミラ……! 誤解は解いておく…………から」
わわわわわ……と赤くなっているミラに、つられて赤くなるダニー。
思わずその場にしゃがみ込んだ。
「……ミラ、何その反応……」
「びび、びっくりした……! わ、私こそ、何かごめん……変な誤解を……!」
「……あ、いや……」
おっきいくまさんみたいな人だった……! と目を丸くするミラに、くまさん……! と吹き出すように笑うダニー。
その笑みを見て、また、きゅ、とミラの胸が小さく鳴ったのだった。
また今後聞かせて、と言い、ダニーは仕事へと向かった。
そして、夜。
どん!!!
と、フリフリのエプロンをしたミラが、エリオットとマオが囲むダイニングテーブルに大皿を置いた。
「で? マオどうするの?」
頑張って焼いた(そしてちょっと焦げた)謎の野菜(葉っぱ)をむしゃむしゃと食べながら、ミラはきょとんとした視線をマオへ向けた。
同じくむしゃむしゃと葉っぱを頬張るマオが、こくんと頷く。
「ミラと住みたい――」
「無理」
丁寧に葉っぱをナイフで切り分けながら食べるエリオットが、食い気味でそう告げる。
ずーん……と、心なしか気落ちするマオ。
ひどいエリオット……といった目線をミラに向けられ、ぐ……と葉っぱを1度飲み込む。
「……お前は、ミラと住んでどうしたいの」
「以前もしていたように……――」
「……?」
「ミラと寝たい」
ばし!!! とエリオットはマオの小皿に葉っぱを叩きつけた。
「無理」
「エ、エリオット……お、落ち着こう、ね?」
まだ葉っぱあるから……! と、おろおろとエリオットの小皿に葉っぱを取り分けるミラであった。
はぁ……! とエリオットはため息をつきながら、寝室のソファに腰を落としていた。
(……結局…………今日は家に置くことに……――!)
――少し前。
ミラがいい……さみしい……、と、ミラにぴたっとくっつくマオに、まあマオ……! と瞳を潤ませるミラ。
『お願い、エリオット……!! マオ、さみしがり屋なの……!!!』
『…………』
『…………(うるうる)』
『…………………………わかった』(←うるうる瞳に負けた)
あいつ、ほんと消えて欲しい……と頭を抱えるエリオットの前で、マオ寝れるかな? トリコちゃんいるから大丈夫かな?? と少し酔ってふわふわそわそわしているミラ。
私も寝よーっと! とネグリジェを手に取る。
着ている服を脱ごうと手を掛け、はたと固まった。
「…………」
さっ、とソファに座るエリオットへ顔を向ける。
足を組み、じ……、と視線をこちらへ向けているエリオットに、かあ、と頬を赤らめた。
「エリ……エリオットさん?」
「何?」
「なな、何で…………じっと見てるの?」
「え? ミラが着替えるところが見たいから」
「ちょっとは濁して!!!」
もう!!! と顔を全力で覆うミラ。
「だめ?」
「だめに決まってますけど?」
「へえ……? 魔王とは半年も同棲しておいて、僕には見せてくれないの?」
「……マオはマオだもん」
むっ、とわずかに目を細めると、エリオットはすっと立ち上がった。
「……ほんと……わがままなんだから、ミラは」
「わがままかな、これ……」
「わかった」
「エリオッ――」
ほっ、とミラが胸を撫で下ろした、次の瞬間――
がば! と突然上着を脱ぐエリオット。
「――…………!?!?!?」
ミラは、目を真ん丸にして固まった。
「仕方ないから……先に僕が着替えるところ見せてあげるね」
「…………!???」
うまく言葉が出ない。
エリオットは平然と肌着も脱ぎ捨てると、上半身があらわになる。
にや、と艶っぽい笑みをミラへ向けた。
その初めて見るエリオットの姿に、ミラは視線が奪われたまま動けない。
耳まで真っ赤に染めると、わなわなと震えた。
(……変態だったの忘れてた――!!!)
色気!!! と慌てて顔を覆ったのだった。




