1話 - 1年と10年
しゅうう…………と煙のような残像のようなものが身体の周囲を渦巻く。
これをミラは知っていた。
そう、『錬成反応』。
ちょうど1年前――全く同じものを見たのを最後に、錬金術は使えなくなっていた。
――錬金術師なのに。
あの時。
同じ錬成反応を見て、そして、異世界へ飛ばされた。
(――……錬金術を使っていないのに、この錬成反応……ということは…………もしかして、戻って来――)
ふわっ、と周囲の残像が消えた瞬間、目に飛び込んできた風景に、はたとミラは固まった。
(――…………てない)
どこ??? と目を瞬くしかなかった。
ミラは錬金術師だった。
森の質素な小屋で、拙い錬金術や街の人々からの雑用をこなしながら、何とか生計を立てていた。
1年前も、そうだった。
街の人からの依頼を試そうと、部屋に描いた錬成魔法円。
その中央に立った瞬間――あっという間に視界が残像の渦で覆われ、次の瞬間――
見知らぬ世界に座り込んでいたのだった。
(――あれが、間違いなく1年前。だとすると、私の部屋に戻って来た……んだと…………思ったんだけど……――)
視界に写るのは、見渡す限りのメルヘンな可愛らしい家具や小物たち。
憧れはあるものの、食べていくのがやっとのミラには無縁だったものたちだ。
(……もしかして…………住人が変わった? それとも……もしかして、これは一緒に住んでた――)
ガタ、と物音で、はっ!! と部屋の入り口へ顔を向けた。
そこに――
1人の、端正な顔立ちの見知らぬ男性が佇んでいた。
きょとん、と見合う2人。
(…………――やっぱり別の人の家に――!?!?)
わたわたとミラは慌て出す。
「すすす、すみません……!!! 突然出てきちゃって……っていうか、怪しい者では…………あっ、すぐ去りますので――!?」
慌てた拍子にワンピースの裾を踏む。
わわ! と前のめりに倒れ込むミラの身体を、その男性が躊躇いなく受け止めた。
「!? あ、あの――」
「ミラ!!!!」
「…………」
ぎゅううぅぅぅ……!! と力強く抱き締められ、ミラははたと固まった。
「……ミラ………………ミラだ…………ミラ、おかえり……!」
「………………おかえり?」
回らない頭を、何とか稼働する。
1年前、一緒に住んでいた唯一の人物。
この男性と同じ艶めくブロンドの髪に、透き通るような水色の瞳の可憐な美少女――
「………………エリオット?」
「そうだよ」
遅いなぁ、と失笑するエリオットを、ばっ! と見上げた。
「エリオット!!?」
「何?」
「どういうこと!? おっきくない!?」
なんでなんで!? と目を何度もぱちぱちと瞬くミラに、うーん……、と照れたように視線を泳がせるエリオット。
「……どう説明したらいいのか。とりあえず、10年分のミラ補填させてね」
そう言って、ぎゅう、と再び強く抱き寄せるエリオットに、わわわわ……とミラの顔が真っ赤に染まる。
「い、いけません……!!!」
「こういうこと、慣れないの、ほんと相変わらず」
良かった、そこ変わってなくて、と笑うエリオット。
その表情を見たミラの脳裏に、まだ10歳だったエリオットの笑みが重なった。
「……エリオットだ」
「だから、そう言ってるじゃん」
今の笑い方、エリオットだ……とじっと見上げるミラに、ほんと変わってない、と無意識に笑みが漏れるエリオット。
そっと顔を近づける。
「……で、続きなんですが……!!!」
「あれ」
ぐいぐいと口に手を当て顔を押し返すミラ。
エリオットがその手の平に、ちゅ、とキスを落とすと、ひゃあ……! と顔を真っ赤に染め、ぺちぺちぺち!!! と頬を叩いた。
ぷんぷんと怒った顔で見上げるミラに、かわいい……とエリオットは内心堪らずふるふる震える。
「いい、エリオット!!! まず――」
「……何……?」
「10年って何!?」
「えっ? ミラ、錬金術失敗して異世界に転生したでしょ? その期間が10年」
「…………1年じゃなくて?」
「異世界では1年。こっちでは10年」
理解不能……と呟きながら、くらぁ……と倒れ込むミラを、嬉しそうに受け止めるエリオットであった。
ミラ、ミラ、と背後から嬉しそうにくっついてくるエリオットに慣れないながらも、あのかわいいエリオット……と振り払えもせず、じっと腕の中におさまるミラ。
おずおずと見上げた。
「……ねえ、エリオット?」
「何? ミラ」
「私の部屋、どこに行ったの?」
「あっ、そこ?」
そこかあ、さすがミラ、と楽しそうなエリオット。
「ここだよ」
「えっ? うそ」
「うそって……10年前の錬成魔法円そのままでしょ?」
「それはそうだけど…………じゃあ……何で、こんなに可愛らしい内装になっているの?」
「ミラに合うかなと思って」
「…………(即答?)」
ぱちぱち、と目を瞬くミラ。
「……じ、じゃあ! このクローゼットの可愛らしいワンピースたちは!?」
「ミラに合うかなと思って」
「窓から見える、メルヘンな庭園みたいなのは何!?」
「ミラに合うかなと思って」
「じゃあ…………ベッドはどこに行ったの!?」
「寝室」
「…………」
ベッドは1つでいいでしょ? と爽やかに告げるエリオットに、ミラは開いた口が塞がらない。
(…………ついていけない……)
ニュー・エリオットのテンションに……、と目を細める。
「あ、そういえば、何でエリオット男の子になってるの?」
「ああ、やっとそこ?」
くすくす笑うエリオットに、イケメン素敵とか思ってませんから、とミラはむうっと頬を染める。
「ミラが僕と会ってからずっと、勘違いしてただけだよ」
「そんなことある? 10年前って言っても、エリオット10歳だったよね?」
「何となくだけど、女の子って勘違いされてた方が都合いいかなって思ってただけで、他意はないよ」
「たいはない」
「お風呂も別にして、頑なに下は見せないようにはしてたかなあ? まあ――」
にこ、と微笑むと、エリオットはミラの腰に手を当て軽く引き寄せた。
「今日からはお風呂、一緒でいいけど」
「逆でしょ」
もう突っ込むところがわかんない、と眉を寄せるミラであった。
冷静になったミラは、10年……と呟く。
目の前の、眩しいほどの端正な顔立ちに、ぽ、と小さく頬を染めながら、10年前のようにふわっとその頬を包み込んだ。
小さく目を見開くエリオット。
「……ごめんね……10年も。寂しい思いさせて」
「ほんとだよ」
困ったように笑うエリオットに、しゅん、とミラの眉が下がる。
優しく微笑むと、エリオットは頬を包んでいる小さな手に手を添えた。
「でも、結果的には良かったと思ってるから、そんな顔しないで、ミラ」
「良かった? どういうこと?」
「10年前……あ、ミラ的には1年前か。ミラが錬金術に失敗していなくなって。最初は毎日ミラの服ぎゅってしてミラの香りのするベッドで1日丸くなってたりとかしてたけど」
「今さらっと問題発言でた気がする」
「全然戻ってこないから、もしかしてどこか違う場所へ行ったのかも、じゃあ絶対に追いかけてやろうと思って、錬金術を覚え始めたんだ」
「……そうなの?」
「そう」
くすっと笑うエリオット。
「覚えたら、すぐ読み解けたよ。この魔法円。ミラが異世界へ転生したこと。10年後の全く同じ時刻にミラが戻ってくること。ミラの時間は1年しか経過しないこと」
「……天才ですか?」
「そうなの?」
どうかなあ、とエリオットは濁す。
「だから、追うのはやめた。嬉しすぎて」
「……嬉しすぎて?」
「そう。僕が20歳になったとき、ミラが22歳で戻ってくるなんて、運命としか思えなかった。だから錬金術で新居を増築して」
「――!?」
「ミラに合うかわいい服も庭も、全部錬金術で用意したら、気づいたら錬金術も使いこなせるようになった。ミラが戻ってきたら、絶対にミラをかわいい奥さんにするんだって」
「途中からついていけなかった」
かっこいい顔で何言ってるの……? とミラは怪訝な顔でエリオットを見上げた。
「えっ? 僕ずっとミラのこと好きだったから」
「待って……待って待って? 転生前、エリオット10歳だったよね?」
「ミラは21歳」
「…………」
驚きのあまり、ミラは言葉が出ない。
すると、掴んでいたミラの手を口元へ持っていくエリオット。
艶っぽく目を細めてミラを見ると、ちゅ、と指先にキスを落とした。
ぼっ、とミラの頬が染まる。
「だから絶対に、ミラを奥さんにするから」
「2回言わなくていいから」
明日から、この攻防が毎日のように繰り広げられるということを、ミラはまだ知らなかった。
「まあ、そんなこんなで」
私のかわいいエリオットはどこへ……!!! と真っ赤な顔を覆っているミラに、ははっ! と笑うエリオット。
ぱっと両手を広げる。
「おかえり、僕のかわいいミラ」
「…………いけません」
「10年」
「……~~っ」
ちょこちょこちょこ、とエリオットの前まで行くと、ぽふ、と控えめに身体を預けるミラ。
ただいま、と小さく呟く。
エリオットは嬉しそうに表情を緩めると、優しく抱き締めた。
「……何で、こんな手慣れたイケメンに育ってるの。何かやだ」
「手慣れてないから。ミラとどんな新婚生活送りたいかなって考えてたらこうなっただけ」
「愛が重いです」
「ミラは? 1年間何やってたの?」
「聖女」
えっ? とエリオットは腕の中のミラに視線を落とした。
「聖女?」
「何か癒しの力? みたいのを持って転生して、何かこき使われたりした」
「……変な男に掴まってない?」
「掴まるわけないじゃん」
あっ! とそこでミラが目を見開いた。
「異世界では錬金術使えなかったんだよね! 戻ってきたからまた使えるかな!?」
きらきらと瞳を輝かせると、ぱっと机の上の可愛らしいペンを手に取った。
床にしゃがみ込むと、さらさらと手慣れたように錬成魔法円を描いていく。
しゅる、と襟についていたリボンを外すと、その中央に置いた。
「いざ!」
魔法円の上部に両手を掲げた。
「…………」
「…………」
しゅん……とゆっくりエリオットへ顔を向けるミラ。
「…………できない……」
「……っ……何でだろうね……?」
「笑ってない……? エリオット……」
「いや……あまりにもかわいくて」
「ひどい」
ミラのかわいさに漏れる笑みを何とか堪えながら、エリオットは手をかざす。
しゅうう…………と煙のようなものがリボンを包んだと思うと、次の瞬間、髪飾りに変化していた。
その髪飾りをミラの髪にそっとつけた。
「錬成式は完璧。何でかな」
「もしかして……聖女の能力がまだ!?」
またきらきらと瞳を輝かせ、ミラは勢いよく立ち上がる。
「エリオット! どこか怪我しているところとかない!?」
「打ち身のような箇所なら」
「見せて!」
すっと袖を捲ると、青く痣になった箇所が。
「任せて!」
ふわ、と痣の個所を手で包み込むミラ。
どき、とエリオットはミラを見つめる。
ミラが目を伏せると、ぽわ……! とミラの全身が光に包まれた。
「わあ、ミラすごい――」
「でき――」
「…………」
「…………」
腕の痣はそのままだった。
しゅん……とエリオットを悲しげに見上げるミラ。
手をかざすたびに、ぽわ、ぽわ、とミラの身体は光るものの、痣が治る気配は一向にない。
ぷるぷる震えるミラ。
「…………何で…………光るだけなの……?」
「……っ…………ほんと……何でだろうね……?」
うる……と悲しげな瞳を向けながらぽわぽわ光るミラに、エリオットは堪らず口に手を当てふるふる震える。
――ミラがかわいすぎて萌え死ぬかと思った、と後に語ったという。




