第1話 蔑まれた子
その子は、村でも家でも蔑まれていた。
父は討伐されたオークで、母は人間の女。望んで生まれた子ではなかった。
名前はグレン。
母から与えられた唯一の贈り物はその名だけだったが、それも愛情からではない。
「呼び名くらいなければ不便でしょうよ」
吐き捨てるように言われた言葉を、彼は今でも忘れられない。
グレンの肌は浅黒く、耳は人間より鋭く尖り、牙が僅かに覗く。
村の子供たちは彼を見れば石を投げ、大人たちは「化け物の子」と蔑んだ。
母もまた、目を合わせることすら避け、
家の中でも言葉をかけることは滅多になかった。
近頃は、まともに食べ物を与えられることもなかったので、
飢えをしのぐために森で獲物を狩り、
村の端の穴ぐらで人目を忍んで暮らしていた。
それでも、グレンには一つだけ諦めきれない願いがあった。
『強くなりたい』
ただそれだけだった。強さがあれば、誰も自分を見下せない。
強さがあれば、母に振り向いてもらえるかもしれない……。
十歳を迎えたある日、村に流れの傭兵たちが訪れた。
錆びた鎧をまとい、血と鉄の匂いを纏う男たち。
彼らの姿を見たとき、グレンの胸の奥に何かが燃え上がった。
その晩、久しぶりに家に帰ると、母に声をかけた。
「俺、傭兵になる」
母は顔を上げたが、そこに宿るのは驚きではなく、深い嘲りだった。
「お前みたいな醜い化け物に何ができる?笑わせないで」
その言葉は刃のように胸を抉った。けれども、グレンは決して俯かなかった。
「俺は必ず強くなる。母さんが誇れるくらいに」
そう告げた少年の瞳には、燃えるような光が宿っていた。
その夜、グレンは村を出る決意を固めた。
――蔑まれた子が、己の運命を切り拓く旅の始まりである。




