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第11章:金の街

 村を出た朝、空は澄んでいた。見上げると雲ひとつない青に、胸の内が逆にざわついた。彼はもういない。私は、子どもたちの手を引き、ただ前を見て歩いた。


 草を踏み、丘を越え、森の縁を抜けると、土の匂いが急に薄れた。小さな集落や人影をすり抜けながら、ただ「街」と呼ばれる場所を目指して、足を動かし続けた。子どもたちは何も言わなかった。けれど、しっかりと私の手を握っていた。


 旅の途中、古びた小屋の軒下で雨を凌いだ夜があった。薪もなく、冷たい床に身体を寄せ合って眠った。「寒いね」と息子がつぶやき、「だいじょうぶ」と娘が答えた。私はその声を聞きながら、自分が母親でいられることに救われていた。


 街が見えたのは、出発から十日を過ぎた頃だった。遠くに伸びる石畳、立ち並ぶ建物、立ち上る煙。けれどその風景は、私たちを迎える色をしていなかった。


「ここが……街?」


 娘が見上げた空には、まるで別の灰色が広がっていた。


 街の入口で、門番が睨むような視線をよこした。「身分証か、金はあるか?」

 金──村で暮らしていた私たちには、あまりに縁遠い言葉だった。野菜と米、交換と助け合いで生きていた。

「少しだけ……あります」


 彼が残してくれた、わずかな硬貨の袋。それを差し出すと、門番は重そうな扉を開けた。


 冷たい石の道を歩くたび、心が削れていく気がした。通りの人々は誰も目を合わせようとしなかった。店の扉は閉ざされ、宿の帳場では「出て行け」と追い返された。


 それでも、子どもたちは私を責めなかった。夜、崩れかけた空き家を見つけ、隙間風の吹くその中に腰を下ろした。


「壁があるだけでも……あったかいね」

 娘が笑った。


「うん。母さん、明日は薪を探してくるよ」

 息子が前を見て言った。


 私は言葉を探し、結局ただ二人の頭を撫でることしかできなかった。


 ここは、金でしか物を語らない街だった。

 けれど、私たちはまだ言葉を持っていた。ぬくもりと、願いと、そして小さな希望。


 夫はいない。けれど、私は母として、生きていかねばならなかった。

 もう二度と戻れない村。もう二度と会えない彼。


 だからこそ、せめて、この子たちを生かしたい。


 それだけを胸に、私はその夜、初めて街の空を見上げた。

 灰色の空の向こうに、かすかに月の光があった。

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