三話
――魔導教会。そこは神官や魔術師、錬金術師をまとめあげる組織である。必要な場所へ魔術師を派遣したり、魔術絡みの様々な問題を未然に防ぐため、掟を定めたりもしている場所である。
そこから更に秀でた者たちが、大神官、大魔術師、大錬金術師と呼ばれる存在になる。アルメリアは現代唯一の大錬金術師であり、魔導教会を通して様々な所から依頼が舞い込んでくるのだが、今回のように王家から依頼が来るのは稀である。
(依頼内容は……自白剤か。いや、それにしても数が多くないか?)
普通なら多くとも五つあれば十分なのだが、今回の依頼は二桁を優に超えているのである。
(一体何を企んでいるのやら……)
ため息をはきながら手に持っていた、依頼内容の書かれた紙を机上にぱさりと落とすと、椅子の背もたれに体を預けた。
(王族の諍いに巻き込まれたくはないんだけどな)
と考えるが、だからといって依頼に応じないわけにもいかない。王家からの依頼は重要案件であり、応じなければ教会からの反感を買いやすくなってしまうためである。そのせいで探りを入れられてしまうので、アルメリアは一番困るのだ。
(今日は随分と厄介な事ばかり起きるな)
もはや何度目かもわからないため息をはいた。そして面倒なものこそさっさと終わらせてしまうものに限ると、椅子から立ち上がり必要な素材を準備していく。しかし数が多く、さらには普段作らない薬なのもあり、部屋にある素材だけでは足りないことに気づく。
素材は自室内だけでなく、少し離れた所には素材庫もある。そのため、そこに行けば足りるだろうとアルメリアは思い至った。普段であれば使い魔に必要な物を取りに行かせるのだが、気分転換も兼ねてたまには自分で取りに行くかと、使い魔を伴って部屋を出た。素材庫に行くには、ノアの作業部屋の前を通ることになる。そのためついでに様子も見に行ってみようかと、廊下を歩いて行き、ノアの部屋の近くまでやって来た。
(不測の事態が起きたからな……もしかしたらあまり捗ってない気もするけど……)
なんて思いながら、肩に乗せていた使い魔を飛ばし、不用心にも少し空いていた扉から中を覗き込んだ。先ほどの思いとは裏腹に、しっかりと集中して作業が出来ているようであった。その様子にアルメリアは安堵し、微笑みを浮かべた。
(この様子なら、王立騎士団からの依頼は大丈夫そうかな)
なんて思いながら、気づかれないように使い魔を自身の肩へと戻し、その場を離れ再び素材庫へと歩みを進めた。
そうして素材庫に辿り着くと、必要な素材を品質も確認しながら回収していく。そしてついでだからと、そのまま全体の在庫を確認していった。
(結構素材が減ってるな……明日にでも冒険者ギルドに依頼を出すか……)
錬金術用の各種素材は、屋敷で自家栽培しているものもあるのだが、冒険者ギルドに依頼を出して採って来てもらっている物が大半である。そのため調達までに時間がかかり、なくなる前に依頼を出しておかないといけないのだ。
アルメリアは手早く在庫を確認し、必要数を頭で計算する。何がどれだけあれば、ある程度の期間もつのか長年の経験でわかっているため、その計算自体はぱっと終わらせてしまう。しかし、状況が多少変わってしまったことを思い出し、緩く首を横に振って、計算をし直す。
(ノアの件もあるし、王家からの依頼も数が多い。いつもより多めに仕入れておかないとか……)
本当に頭を悩ませる事ばかり起きているなと思いながらため息をこぼす。改めて計算を終わらせると、回収した素材を確認し直して素材庫を後にした。再びノアの作業部屋の前を通ることになるが、今度は様子を見たりせずに通り過ぎて行く。この短時間で集中力が切れるような子でないことを、アルメリアはよく知っているし、そうでなくても音で集中していることがわかるからだ。
部屋に戻ってきたアルメリアは、ちらりと時計を見やり時間を確認する。
「食事の時間は……もうすぐか」
誰に言うでもなくそう呟くと、回収してきた素材を作業机の上へと丁寧に並べて置いた。そして必要な道具も棚から取り出して、同様に置いて行く。今から作業を始めても中途半端になってしまうからと、軽く準備だけを済ませることにしたのだ。
準備が終わると椅子に腰かけ、そのまま使い魔との視界共有を解除する。もはや慣れ親しんだ暗闇がアルメリアを襲うが、ゆっくりと過ごすには、視界からの情報を遮断できるためある意味都合がいいとも思っている。
(これ以上、今日は何も起きるなよ……)
そんな願いを抱きつつ、ルシエンが呼びに来るまでしばしの休息を取るのであった。