第一話
――森の奥にある小さな館。そこには偉大な錬金術師が住んでいると言われている。
綺麗に整頓された廊下を金色の髪を高い位置でまとめた少女が一人走っている。その表情はかなり焦っているようにも見える。
そしてその走った勢いのまま少女は扉を開けて叫んだ。
「おししょ~~~!!」
「……ノア、そんな勢いよく開けないで」
お師匠と呼ばれた青い髪の青年――アルメリアはため息を吐きながら答えた。
「あっ! すみませんおししょー! でもでも、大変なことになっちゃったんですよ~!」
金髪の少女――ノアは軽くぺこりと頭を下げて続けた。その言葉にアルメリアは再びため息を吐いてから「なに?」と尋ねた。
「お○ん○ん生えちゃいました~~」
「はぁっ?」
「だから……」
「いや、二回言わなくていいから。聞こえてるし」
ノアの発した言葉にアルメリアは眉をひそめる。
「一体何をどうしたらそうなったわけ?」
「えっと、薬草とか運ぶのに今のままじゃあんまり運べないから、筋力増強薬飲めば解決するんじゃないかと思ったんですけど~……」
「……なるほどね。それ、恐らく……と言うか確実に筋力増強じゃなくて精力増強を作って飲んだってことになるね」
「えぇっ、でも精力増強でこうなるってことあり得るんですか……?」
「知らないよそんなの。間違えて飲む人なんてまずいないんだし」
おししょーでも知らない事あるんですねぇ……と呟くノアにそもそも、とアルメリアは続ける。
「筋力増強と精力増強に使う薬草はよく似てるから、気を付けるようにって最初に言ったと思うんだけどっ?」
「も、もちろん覚えてましたよ~! 作る時もちゃんと確認しましたし……」
「それが出来てないからこうなってるんでしょ?」
「うっ……否定しようもないです……」
そう言って落ち込んだ声を出してしょんぼりとする彼女の言葉を聞きながら彼は頭を抱えながら「まぁ、一時的な物だしそのうちなくなるでしょ」と半ば呆れた声で言うと彼女はあ、という顔をしてから言いづらそうに。
「実は……一時的な物だと効果切れたらまた飲まないといけないって言うのが大変で……永続化の魔力込めて作っちゃいました……」
えへへ……と半ば誤魔化すように笑いながら言った。それを聞いた彼は再び頭を抱えて大きな溜息を吐いた。
「永続化されてるモノを解除する薬はないんだけど……?」
「いやぁ……だって一時的なものだと不便かな~と思いましてぇ……」
「そんなことするより普通に筋トレでもした方がよかったと思うんだけど」
「あはは~……今すぐなんとかしたくて……」
うちの弟子はこんなに考えなしだっただろうか……と一瞬彼は思ったが、元々こうだったのかも知れないなと思い直した。だからと言って悩みがなくなったわけではないのだが。
「はぁ……まぁ、もう今更どうしようもないからね……。とりあえず解除する薬を考案しながら、そのまま過ごすしかないね……」
「そうですねぇ……。えっと、おししょー……その、すごく言いづらいんですけどぉ……」
「もう……今度はなに?」
「その~……あたしこれのことよく知らないので、色々教えてもらえたら嬉しいなぁって……」
「そんなの本で調べればいいでしょ」
「調べても限界があるじゃないですか~! なんでも書いてるわけじゃないですし。だから直接教えてほしいんですよ」
お願いします! とノアは頭を下げる。三度アルメリアは頭を抱える。彼女は言い出したら聞かない事はよくわかっていても、それを二つ返事で受けるわけにはいかなかった。
彼女も知っていることではあるのだが、アルメリアは昔飲んだ錬金薬の影響で目が見えないため、教えろと言われても中々に難しいのである。今も彼の傍らを飛んでいる蝙蝠の様な羽根が生えた猫みたいな見た目の使い魔を通せばある程度見えることも可能なうえ、目に魔力を集中させる事でも多少は見ることも可能である。また、魔力量を調節すればシルエットとして捉えることも可能なので日常生活や、もはや慣れた錬金術の事で困ることはなにひとつ無いのだが、そう言う事を教えるのは錬金術を教えること以上に苦労するだろう事は想像に難くない。
何度目かわからない溜息を吐きだすアルメリア。彼女を説得することと教えることの苦労を天秤にかけた結果……。
「わかったよ。教える範囲でなら教えるから」
と、教える苦労の方を選択した。
「やった~~! ありがとうございますおししょー!」
嬉しそうに言うノアの声を聞きながらアルメリアははいはい、と流すように相槌をうつ。
「それじゃあその件は後で教えるから、今はとりあえず錬金薬作りに戻って。王立騎士団からの回復薬の納期もうすぐなんだから」
「はっ! 確かにそろそろでしたね! ではあたしは戻りますね! またお夕飯時に!」
そう言ってノアはぱたぱたと小走りをして部屋から出て行った。その音を聞きながらアルメリアは幾度目かの溜息を吐き、もう少し落ち着いてくれたらいいんだけどな、と考えていた。あの落ち着きのなさで色々大丈夫なのかと心配にはなるが、出会った当初のようなほの暗い必死さがないだけマシかと思うようにした。