【短編】銀髪メイドのリアナさん ~今日も定時に帰れません~
――王宮メイドの朝は早い。
基本的には朝5時起床。身だしなみを整えて朝食。5時45分には仕事開始となる。
ちなみにこの世界も1日24時間だし、度量衡はメートル・リットル・キログラムだ。その辺のツッコミはもう転生直後に諦めた私である。気にするな、私も気にしない。
前世から見ても早い朝。しかし『メイド』の中でも羨望の目で見られる王宮メイドに朝寝坊する人間などいない。
「――あぁ、だるい。眠い。二度寝したい……」
大あくびしながら私はメイド服のワンピースのボタンを留める。朝寝坊する人間はいない。けれど、朝に弱い人間がいないとは言っていないのだ。
「……だらしないですわね。貴女も栄えある王宮メイドの一員なのですからシャキッとしなさいな」
と、同室のシャルテが苦言を呈してきた。割といつものやり取りだ。
「シャルテ、そんなこと言ったって昨日は残業で8時間しか寝られなかったんだよ? アクビしてもしょうがなくない?」
「8時間も寝れば十分でしょうに」
「人間は10時間睡眠するようにできているんだよ!」
「貴女はどうやら別の世界の人間であるようですわね」
さらっと確信を突きながらシャルテは私の襟首を掴み、そのままズルズルと引きずり始めた。貴族令嬢(金髪縦ロール)のくせに握力が凄い。いや私の体重が砂糖菓子のように軽いだけか。ならしょうがないよね。
しかしまぁ今日のシャルテも見事な縦ロールだ。今は朝の5時ちょっと過ぎだというのにバシッと決まっている。はたして何時間前からロールしているのか。どうやってロールしているのか。いつか暴きたい秘密である。
まぁ、そのためにはさらに早起きしなきゃいけないから暴けることはないだろうけどね。
ずーるずーると引きずられながら同僚に挨拶しつつ、食堂に到着。もちろん王族やお偉いさんが使うような豪華なものではない従業員食堂だ。
今日の朝食は白いパンにクズ野菜のスープ。『今日の』とは言うけれど毎日同じメニューだ。前世的に言えば質素すぎるけれども、この世界的には『毎日白パンを食べられるなんてさすが王宮!』となる。凄いぞ異世界、悪い意味で。
ま、十数年もこの世界で生きていれば質素な食事にも慣れてしまうというもの。
もそもそとパンをかじりながら雑談に興じる私とシャルテ。
「前から疑問だったけど、その縦ロールは怒られないの? メイドは目立つなというのが統括メイド長の方針でしょう?」
「ふふふ、目立たないよう努力をした結果がこれなのですわ!」
しゃらぁん、と。優雅に縦ロールをかき上げるシャルテ。なんとも優雅な動作。さすがは本物の侯爵令嬢なだけはある。
目立たないようにしてそれって、本気を出したらそれだけケバい――じゃなくて、派手になるのだろうか? 貴族令嬢こわい。
ちなみに王宮で働く女性は大きく分けて『侍女』と『メイド』に区分される。侍女は基本的に中位貴族の子女がなるものであり、王族など貴人の側仕えが主な仕事となる。で、その他の雑多な仕事はメイドさん(下位貴族の娘)が行うと。
意外に思われるかもしれないけど、王宮に勤めるメイドは全員が貴族令嬢だ。身元不確かな人を働かせるわけにはいかないので当然と言えば当然だけど。
ま、貴族令嬢とはいっても、自分の娘に家庭教師を付けられないレベルの貧乏貴族家が『行儀見習い』として働かせることが多いので、ほとんどが子爵家や男爵家といった下級貴族の娘なのだけどね。
それはともかく、侯爵令嬢であるシャルテは本来なら侍女になるべきであり、メイドをやっている現状が異常と言える。いやそもそも侯爵令嬢が労働していること自体が異常すぎだ。
まぁ、だからこそ統括メイド長もシャルテの縦ロールを強く注意できないのだと思う。つまりは家の力。実家の権力。何という悪役令嬢スタイルか。
「シャルテは統括メイド長を虐めるのを止めてあげるべきだと思うな私」
「虐めてなどいませんわ。わたくしの実家に対して勝手に忖度しているだけで」
「それを虐めと言うんだと思うな私」
「見解の相違ですわね。残念なことですわ。なぜ人間はわかり合うことができないのでしょう」
「何でわざわざ目立とうとするかねー。もうちょっと『地味』な私を参考にしてみては?」
「…………」
なぜかジトーっとした目で見つめられてしまった。寝言は寝て言えと顔に書いてある。こんなにも地味な外見をしているのに。解せぬ。
「……確かに我が国において『茶髪』はありふれていますわね。元々の目立つ髪色を誤魔化すため、魔導具で色を変える気持ちは分かりますわ。――でも! あなたのその美貌は隠しきれていませんから! ふざけていますの!? お肌のお手入れも適当なくせに!」
納得できないとばかりに絶叫するシャルテだった。朝から元気いっぱいである。
そんなやり取りをしていたら就業時間ギリギリになってしまった。
ずずーっとスープを飲み干し、それぞれの業務へ。
シャルテは高位貴族の令嬢としての知識を活かして客人の地位に合わせた部屋の飾り付けや模様替え、飾る花などの手配が主な仕事となる。特殊な業務だけど、強いて区分するならチェンバーメイドだろうか?
そして私はというと――全部だ。
手の足りないところのお手伝い。
いわゆる、|Maid of all worksである。
さて、私の仕事に決まった予定というものはない。
これが例えばランドリーメイドだったら朝練を終えた騎士の服やシーツを洗うだとか、キッチンメイドだったら騎士や文官の朝食作りなど朝から毎日決まった仕事があるのだけど、お助け係は自由というか、すぐに手伝いに行けるよう時間を空けておくのも仕事のうちとなる。
統括メイド長は『時間があるなら率先して仕事を探しなさい』的なことを言っていた気がするけど、きっと気のせいだ。気のせいだから気にしないことにする。だって給料変わらんし。仕事を増やすなら給料も増やせ。私はNOと言える(元)日本人なのだ。
お手伝いが必要な方は私に直接申しつけるか、事務所のドアに掛けられた黒板に予定を記入してくださいって感じだ。
「――っし!」
思わずガッツポーズをする私。掲示板への記載はゼロ。つまり今日は仕事がナッシング。普段はみっちりとお手伝いの予定が詰まっているので珍しい日である。
これはもう事務所で一日ゴロゴロして――じゃなくて、待機していましょうかね。うんうん、待機も立派な仕事。常在戦場の心持ちで待機しないとね! お菓子とお茶を嗜みながら!
私がウキウキしながらドアを開けて部屋に入ろうとすると――
「――リアナお姉様ーっ!」
私の名前を呼ぶ悲痛な叫び声が。
振り向くと、そこにいたのは後輩メイドであるサラちゃんだった。普段はランドリーメイドとして騎士団の汗たっぷりな服や文官のインク汚れと戦っている健気な子だ。
この国ではありふれた茶色の髪の毛や、うっすらとしたそばかす。平らな胸部。男性が言う『美人』ではないかもしれないけど、私から見れば素朴で可愛らしい少女だ。
ちなみにシャルテは金髪・白い肌・ボリュームたっぷりな胸部装甲なので男性の言う『美人』なのだと思う。縦ロールがちょっと減点ポイントかもしれない。
「サラちゃん。どうしたの?」
「き、緊急依頼です! 助けてください!」
「ん~?」
必死な様子からただ事じゃない感じがするけれど、サラちゃんの場合は『ゴキ●リが出ました!』というだけでこの世の終わりみたいに大騒ぎするからなぁ。ちなみに異世界にもゴ●ブリはいる。何という生命力&繁殖力か。
私に駆け寄ってきたサラちゃんの身体を受け止め、落ち着けるように頭を撫でてからもう一度尋ねる。
「サラちゃん、緊急依頼ということだけど、何があったの?」
「はい! 騎士団の猿共がまたやらかしました!」
猿共って。妹系の可愛らしいサラちゃんの口から猿共って。いったい何をやらかしたのか騎士団の連中は。
「なんでもお山の大将が『有事には礼服で戦闘をすることもあるだろう!』と思いつき、礼服での戦闘訓練をしたそうで! あの白い礼服が泥まみれに!」
お山の大将。つまりは猿軍団の長。たぶん我が国の騎士団長様(侯爵家当主)のことだろう。不敬罪も恐れぬストロングスタイルである。
「しかも汚れてすぐ洗濯に出さず! 一晩経った今持ち込んで来やがりまして!」
怒りのせいか口調が乱雑になっているサラちゃんだった。……いやいつも割と乱雑よね。さすがは下町育ちである。
「しまいには『外国の要人を出迎えるからすぐ綺麗にしてくれ!』とかほざいているんですよあの類人猿! 近衛騎士団全員分の礼服をですよ!?」
不敬罪まっしぐらな発言ばかりだけど、彼女が貶しているのは騎士団長ではなく猿軍団の長をやってる類人猿なので問題なし。ないということにした。
もう面倒くさいから『綺麗にならないので新調してください。騎士団の予算で』と突き返してやればいいのにと思うけど、たしか外国の要人が来るのは明後日のはずなので新調していては間に合わない。むしろどうしてこんな時期に礼服での戦闘訓練をするのかあのゴリラは?
……いや、『礼服を着る機会が近いから訓練した』という理屈なんでしょうねぇ彼からすれば……。
あとでなぐる。
身体強化の魔法を使って、グーパンチ。
密かに決意した私はサラちゃんに手を引かれて洗濯場に移動した。
◇
王宮全部の洗濯物が集まるので、洗濯場はとても広い。水洗い場なんて前世の銭湯よりなお広い湯船というか水槽となっている。
この水槽に水を張り、魔法でお湯を沸かして簡易風呂にするのが最近のメイドの流行だったりする。
で。
その水槽の中に近衛騎士団の礼服が山のように積み重ねられていた。一昨日雨が降ったせいか泥まみれである。
そして礼服の山の近くには泥汚れを何とかして落とそうとしたメイドさんたちの奮闘の跡が。礼服に傷が付かないよう丁寧に手洗いしたのが察せられる。
この世界にはかろうじて石鹸があるけど、貴重品なので完全に貴族向け。いくら王宮とはいえ毎日の洗濯に使えるものではない。貴族の服ならともかく、騎士のために使うなど許可が下りないのだ。
つまり、手洗いだけで何とか泥汚れを落とそうとして、どうしようもなくなって私に依頼してきたと。
「…………」
やはりあとで殴っておこう。
決意しつつ、礼服の状態を確認する。
……うん、これは手洗いじゃ落ちないわ。さっさと『魔法』で綺麗にしちゃいましょう。
そう判断した私は後ろ髪を纏めていたリボンを外した。認識阻害効果のある黒い魔導具を。
――茶色の髪から、銀髪へ。
――茶色い瞳から、青き瞳へ。
端から見れば変化したように見えただろう。
実際にはこちらが『素』であり、元に戻っただけなんだけど。
魔法を使うためには元の髪色に戻す必要がある――と、いうわけではない。
魔力操作には本来の青い瞳で視る必要がある――と、いうわけでもない。
ただ単に、カッコイイからやっているだけだ。
だって魔法を使うときに髪色を変えて『限界突破!』とか『リミッター解除!』とかやるのってカッコイイじゃない? 乙女のロマンじゃない?
「……また変なこと考えてますね……」
メイドさんたちの中からそんな声が聞こえた。というか声色からしてサラちゃんよね? 妹キャラってこういうとき『さすがお姉様! 素敵です!』って感激するものじゃないの?
妹分からの呆れの視線に言い訳するなら髪を纏めたまま大量の魔力を使うと蒸れるから。というのはどうかしら? ダメかしら?
まぁとにかく。私は魔法を使って水槽を水で満たし、礼服ごと回し始めた。洗濯機というか流れるプールという感じ。
普通の手洗いよりは汚れが落ちるし、実際すぐに水は泥色になってしまったけれど……やはり洗剤無しでは綺麗にするのも限界はある。
というわけで。私は魔法で時間を戻して礼服を綺麗にしたのだった。いや綺麗にしたというか、汚れる前まで戻したと言った方が正確かな?
そのまま時間を逆行させるのではなく、わざわざ水槽の中で水を回したのには理由がある。
時空魔法の使い手は希少。
つまり、使い手だとバレると仕事が増える。
そして給料はきっと変わらない。
というわけで時空魔法を使ったわけではなく、『魔法洗濯機で綺麗にしましたよ』というポーズを取ったのだ。
そんな魔法洗濯機が止まると、メイドさんたちがわらわらと礼服に近寄っていった。
「きゃあ! すごい!」
「あの泥汚れがこんなにも綺麗に!」
「さすがはオールワークスメイド!」
「素敵! 結婚して! そして家事を全部やって!」
ふっふっふっ、女の子からキャアキャア言われると気分が良くなるわよね。いや最後の一人はどういうことやねんって感じだけど。
私に向かって祈るように手を組んだり膝を突いて頭を下げたりするメイドさんたち。
もちろん冗談半分である。
そして私はどこぞの教主のように鷹揚に両手を広げたのだった。
もちろん冗談半分である。
「リアナさまー」
「リアナさまー」
「ふっふっふっ、私を信じよ、さすれば綺麗な洗濯物が与えられん!」
わぁあぁ、と、洗濯場に私を称える拍手が巻き起こり――
「――何をしているのですか?」
背後から、呆れ果てた声が。
振り向くと、そこにいたのは予想通り統括メイド長。洗濯メイド長や炊事メイド長らを束ねるメイドのトップ。場合によっては国王陛下とも謁見できる偉い人だ。今日も眼鏡が似合う壮年美人さんである。
「え~っと……。新宗教『リアナ教』の集会? ですかね?」
「……宗教活動はきちんと届け出てからやるように」
真面目か。
せめてツッコミしてください。
「まぁいいでしょう。――リアナ・ルクトベルク。本日の業務終了後、私の執務室に来るように」
王宮のメイド同士は(たとえ貴族令嬢相手でも)敬称は付けなくても良いという決まりがある。だから私もシャルテのことは呼び捨てだ。……じゃなくて。
業務終了後?
アフターファイブ?
…………。
……定時に帰れないじゃん! どうしてこうなった!?
膝を突いてうなだれる私であった。
薔薇を育てる
なんということだ。
朝一番から定時帰りを邪魔されるとは。この世に神も仏もいやしねぇ。……昔討伐したのが悪いのか? 私の素行が悪かったのか? いやでもアレは神は神でも邪神の類いだったしなぁ……。
絶望しながら事務所へと戻る。ドアに掲げられた黒板に予定はなし。つまりは仕事ナッシングなのが唯一の救いだろうか。
「……あら、暇そうね」
事務所のドアを開けようとしていると、シャルテが背後から声を掛けてきた。嫌な予感がドロップキックしてきたでござる。
「いえいえ暇じゃございませんわ。とてもとても忙しいですわ、おほほほほっ」
「とても忙しそうには見えませんわね。どうせ事務所でゴロゴロして時間を潰すのでしょう?」
図星を付いてきたシャルテがにっこりと笑った。『こっちが忙しく働いているのにサボってんじゃねぇよ』とその顔に書いてある。気がする。
「では、偉大なるMaid of all works, リアナ・ルクトベルク様にお仕事の依頼をいたしましょう」
「ぬぐぅ……。ご用件は?」
「海外からお客様がいらっしゃるようなので、庭のバラを咲かせたいとのことですわ。季節外れと説明はしたのですが……」
「あー、はいはい。そりゃあ私にしかできませんわ」
面倒くさいとはいえ仕事は仕事。給料もらってるサラリーウーマン。諦めた私はシャルテの後を追って王宮のバラ園に向かったのだった。
◇
王宮のバラ園は綺麗に手入れされていて、剪定されているのはもちろんのこと枯れ葉も綺麗に取り除かれている。庭師のお爺さんが愛情をかけて育てていることが分かるお庭だ。
まぁどれだけ愛情をかけて育てても季節外れはどうしようもない問題であり、現在は花が咲くどころかつぼみも付いていない。
「おう、嬢ちゃん。急に悪かったのぉ」
白いお髭が可愛らしい庭師のお爺さんが申し訳なさそうな顔をする。
「いえ、仕事だから大丈夫ですよ。……どうせ今日は定時に帰れないですし」
「嬢ちゃんは相変わらずだのぉ」
ほっほっほっと笑うお爺さんだった。う~む癒やされる。定時に帰れなくて荒んだ心が癒やされる。
「さて嬢ちゃん。お偉いさんによると、今度来る外国の要人は薔薇が好きらしい。で、季節外れのバラを咲かせて驚かせたいんだそうだ」
お偉いさんは気軽に言ってくれるものである。そういう寝言はガラス温室(透明度の高いガラスがたくさん必要なのでメッチャ高い)を導入してから言え。
「どうせそういうことを言い出すのは財務大臣でしょう? あのハゲ野郎、どうせ金を掛けずに接待しようとして思いつきで……」
「嬢ちゃん、嬢ちゃん。あまり侯爵様を悪く言うな。こっちの寿命が縮んでしまう」
お爺さんの寿命を縮めるとはなんたる悪党。今度屋敷に忍び込んで横領の証拠でも探してやろうかしら? いや面倒くさいからやらんけど。私はメイドであって義賊でも正義の味方でもないのだ。
まぁとにかくお仕事開始。
今回はバラの開花促進なので、植物魔法を使うことになる。
土魔法に大別される植物魔法は主に植物を元気にしたり、成長を促進したりすることができる。具体的に言えば魔法で病害虫を除去し、魔力を肥料代わりにするって感じ。らしい。私も詳しい理屈は理解していないけど。
「成長促進ということは、寿命も早めることになりますからね。一応確認しますけど、いいんですか? 普通より早く枯れちゃいますよ?」
「嬢ちゃんも真面目だのぉ。毎回確認してくれるんだから……。ま、このバラ園は国の金で作られているんだから、国のために使うならしょうがないというものさ」
ちょっと寂しそうに笑うお爺さんだった。サラリーマンの悲哀がひしひしと感じられるわね。
まぁお爺さんにはお世話になっている手前、一応確認はしたけれど……私は別にバラが長生きしようが枯れようがどうでもいいので問題なし。
ここで“ヒロイン”みたいに心優しい少女なら『バラが可哀想ですよ!』と涙目で訴えかけるところ。でも残念ながら私は清い心の持ち主じゃないので容赦はしない。
「――ほいさっさ!」
掛け声と共に魔力を注ぎ込むと、茎と葉っぱの間から側枝が出て、成長し、蕾ができた。まるでビデオの早送りをしているかのよう。
そして花がほころぶように――いや、実際にほころんでいるのか。バラは競い合うように開花した。
ふっふっふっ! 見たか大魔術師である私の力! シャルテも感心することしきりに違いない!
「……『ほいさっさ』って。なんて間抜けな……。もう少しルクトベルク公爵家令嬢としての自覚はないのかしら?」
注目するのはそこ? もうちょっと褒めてくれてもいいのでは?
そもそも、公爵家とは言っても養子だし。実家は伯爵家というか、何年か前に降格処分で子爵家になってしまったし。自覚など芽生えなくても仕方ないのでは?
「……ルクトベルク公はなぜこの珍獣を放置しているのかしら……?」
おい。珍獣って、おい。ちょっと反論できないので止めてもらえませんかね親友?
03.昇進?
シャルテの依頼のあとも何だかんだでそこそこの仕事をこなして。定時過ぎに私は統括メイド長の執務室を訪れた。
「――よく来てくれました。今日の活躍も耳に入っていますよ」
労いの言葉をかけるくらいなら定時に帰らせてください。とは、口にしない社会人である。代わりとばかりに騎士団に八つ当たりだ。
「……騎士団には正式に抗議するべきでは? 私たちは王家に仕えているのであり、騎士団の小間使いではありませんが」
「当然ですね。あとで正式な抗議文を書きますので、騎士団長に渡してきてください」
なぜか私が『おつかい』を頼まれてしまった。どうしてこうなった?
「か弱い年頃の女子を、あんな野獣共の巣窟に向かわせることなどできません」
私の心を読んだように説明してくれる統括メイド長だった。いや私も十分『か弱い年頃女子』だと思いますよ?
「あなたがか弱ければ、ドラゴンもか弱いということになってしまいます」
どういうことですか……。
やだなぁ。騎士団長って私を見ると絡んでくるんだよなぁ。これが恋愛感情を抱いているならまだしも、『今日こそ決着を付ける!』だからどうしようもない。
……やはり初対面のときに男の急所(オブラートに包んだ表現)を蹴り上げたのはやり過ぎだったかしら……?
「やりすぎですね、明らかに」
心を読むのは止めてください。
「メイドならもう少し感情をひた隠すことを覚えなさい」
私が分かり易いだけと言いたいらしい。解せぬ。
「さて。本日呼び出したのは他でもありません。――昇進についてです」
「昇進、ですか?」
「えぇ、あなたの活躍を評価して、メイド長への昇進をという話が出ていまして」
「お断りします」
「即答……。一応理由を聞きますが、なぜですか?」
「昇進したら定時に帰れないでしょうが!」
「相変わらずですね……。昇進しても残業ばかりというわけではありませんよ? むしろ仕事終わりの時間をある程度自己裁量できるようになります」
「ふっ、そんな甘言には騙されません! あくまで自己裁量で、自分の意志での残業と言うことにするんでしょう!? そして自分の意志で残っているだけだから残業代は出さない! この会社のやり方は分かっているんですよ!」
「……王宮のメイド長という栄誉を本気で断るとは……」
痛そうに頭を抱える統括メイド長だった。冒険者時代に習得した自作頭痛薬をお譲りしましょうか?