奴隷
ある日の朝。家のインターホンが鳴った。私が玄関の扉を開けると、1人の男が立っていた。
「おはようございます。細胞提供の件ですが……」
「あぁ、あれか」
私は、裾をまくって相手に腕を突き出した。男は肩に下げた白いバックから、注射器を取り出した。そして、躊躇することなく腕の血管にそれを刺し、血を吸い出した。痛みとかはなかった。そういう仕組みの針でできているらしいが、まあ興味は無い。
「ありがとうございました。では、これで失礼します」
そういって、男は立ち去っていった。
私は扉を閉め、書斎のいすに腰掛けて、窓から空の雲を見つめていた。
なんとも退屈だ。
あの血は、クローンを作るために使うらしい。クローン技術が発達したことによって、女性が妊娠しなくても、子供ができるし、遺伝子を組み替えれば男女どちらにでもなれるらしい。
かくゆう私も、その技術によってつくられた人間だ。
作られた人間は、成長を早める機械の中で、およそ12歳ほどまで成長させる。そして、また機会を頭に取り付け、わずか10分で中学卒業レベルまでの知識をつけさせる。また、遺伝子の組み換えの技術を使い、それぞれの知能、運動能力、身長などはほとんど変わらないようにできる。
個性とか、そういうものは全く無い。
ただ、世界には、一部の真人間と呼ばれる人々がいて、その人たちは、普通に生まれ、普通に過ごし、普通に個性を持ってくる。そういった人々が、世界中の人間たちを動かす。つまり、私たちは彼らの奴隷のようなものだった。
そう思うと、普通の真人間ならいらつくのだろうが、全く、最近の科学と言うものはすばらしい。
私たちは、そういうことではストレスは感じないようになっている。だから、別に今の状況を変えようとか、そうは思わない。
よくできてるもんだな。私が、なんとなく皮肉っていると、いつの間にか出社の時刻になっていた。私は、急いで支度をした。
会社では、20人ほどが同じオフィスで働いていた。私がいつもどおり自分の席で仕事をしていると、後ろから女の声がした。
「ねえ、今夜、一緒にご飯でも……」
「ああ、いいよ。そうしよう」
「うん。ありがとう。じゃあ、おわったら玄関でまってるわ」
その女は、別になんてこと無い女だった。不細工でも美女でもなく、中肉、髪の毛は肩にかかるぐらいの長さで、別に魅力的というわけではなかった。しかし、どうせ皆がそういう人間だった。だいたい、大差ない。
そして、その日の夜、その女と少しだけ飲んだ。そして、普通に意気投合したので、家に誘ってみた。
しかし、断られてしまった。まあでもいいさ。これが、おそらく普通なんだろう。
それから、その女とは普通に仲がよくなり、同棲してみないかという話になった。そして、女はこちらの家に来て、同棲生活が始まった。
ただ、それは同じ部屋で過ごすだけの仲だった。今の私たちには、子供をつくる能力は失われて、別に愛というものも感じない。ただ、なんとなく恋人の雰囲気を味わいたいだけだった。
ある朝、女に朝食を作ってほしいと言った。それが、恋人らしいと思った。だが、私たちは料理は作れない。台所の機械に何がほしいか言えば、5秒で出てくる。それを、あたかも女が作ったかのようにしながら食べる。
朝は、女に見送ってもらった。まあ、どうせ後から女もついてくるのだが。そういえば、キスというものをどこかで聞いた気もする。だが、どうするのかは忘れてしまった。
そして、今日もまた会社に来て、いつもどおりの場所で、いつもどおりの仕事をして、いつもどおりの時間が過ぎる。
そして、60歳で定年するくらいまで生きるのだろう。
――ああ、私たちを作った真人間たち、どうせなら、「退屈」という感情も消してくれたらよかったのに……