day 3
次の日、大和はいつものように私の家の前にいた。
『絢香ー、遅刻すんぞー』
インターホン越しに大声で言う大和に、いつもと変わらないと安心して、大急ぎで家を出た。
「やま、と…?」
私の目の前にいるのは、昨日と同じ大和じゃなかった。真っ赤な髪に耳には2つのピアスをつけた大和だった。
『赤髪ってカッコいいと思ってたんだよなー』
あまりの変貌ぶりに何も言えない私は、見つめる事しかできなかった。嬉しそうな顔をしながら、目だけは笑っていない大和。どうして、って言う言葉しか出てこなかった。
「なんで、その髪……、」
別に似合っていない訳じゃない。寧ろ似合ってて、とてもカッコよく見えるから顔が赤くなっても良いくらいだ。けれど私は昨日までのうすい茶色の髪が好きだった。作られた髪の色じゃ無くて、生まれつきの大和の髪が好きだった。
「なんで、染めたの…?」
理由が知りたくなった。だけどその質問に大和は一瞬顔を歪めた。
『なんとなく気分で染めただけ』
頭をかきながらそう言う大和。嘘ついてることに気付いたって何も言えない。私はただ人のプライベートに干渉して、拒絶されたくないだけ。
「そっか……、似合ってるよ」
『さんきゅ』
だから笑顔を貼り付けて、思ってもいないことを言う。所詮、私たちはそこまでの関係なのだ。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。私は一時間目の途中で適当に理由をつけて、保健室にずっといた。
『立花さん、サボりはダメよ』
「何でオカマ口調なんですか」
『お昼食べたら教室に戻れよ、いい加減』
私が寝転んでいたベッドの隣にある小さなテーブルの上に置かれたお弁当箱。多分、担任の先生が持ってきてくれたんだと思う。
本当は何をするにも体にダルさを感じる。けれど何より、保険医が至近距離で睨みつけているから体を起き上らせて、お弁当に手を付けた。
お弁当を食べ終えると、保健室を出て教室へ向かう。いつもならそう遠くない教室が、今はすごく遠く感じて、一歩一歩が重たく感じる。今は昼休みで教室の前に行けば、いつものざわつきがあった。
「(来た…。)」
教室に入ろうとする私を見つけるなり鋭い視線を向けながら、私の方へ歩いてくる大和ファンクラブの部長、花巻 沙織。
「痛い」
『あら、ごめんなさい。立花さん』
あからさまにぶつかってきた花巻さんは、大和の近くにいる私を敵視している。でもそんな事は気にせず、自分の席に戻った。
『絢香お帰りー。俺、前に絢香がいない所為で先生に怒られたんだよー』
「私がいても大和は怒られてるじゃん」
『まぁね』
大和はいつも通り。変わったのは風貌だけ。出来るだけ大和に目を向けずに話した。昨日の大和の言葉が頭から離れない所為で、まともに目を見て話せない。この憂鬱もそこから来ているんだろう。
私は机の中から4時間分のプリントを出すと一つにまとめた。
「ん…? なにこれ」
紙と紙の間から小さなメモが出て来た。それは綺麗に四つ折りにされていて、広げてみれば、《死ね》と言う文字が赤いペンで書かれていた。
「(また、か……)」
こういうのは前にもあった。犯人は多分花巻さん一行。理由は簡単、大和が好きだから。大和はとにかくモテるのに女の子を寄せ付けない。でもその近くにいる私に嫉妬しているんだと思う。
最近は無かったけれど、靴の中に画鋲を入れられていたり、持ち物が隠されていたりと幼稚な事ばかりで私自身もあまり気にしていなかった。でもまた何でこんな時期に、こんな事が起こるのか分からない。何処でその火を点けてしまったのか、全く記憶が無い。
でも分かる事と言えば、日に日にこの行為が酷くなっていくと言うこと。明日は何をされるんだろうか。別に嫌がらせは怖くない。嫌がらせをする人は最低で、幼稚でバカだと思う。嫌がらせをする前に、大和に好かれる努力をすればいいのに。
だから本当に花巻さん一行はバカだと思う。こんなことで私が傷つくわけが無い。もっと酷い経験をしている私には、嫌がらせなんてどうってこともない、全然へっちゃらだ。
「ハハッ、本当に面白い」
それに嫌がらせをすることによって、その倍の痛みが自分自身に返って来ることすら、彼女達自身気付いていないのだから。不気味に私が笑ったことすら知らない花巻さん一行は、次の嫌がらせを仕組みに行っているんだろう。
『絢香、何笑ってんの?』
目の前で赤い髪がさらりと揺れた。大和の心はきっと、綺麗なんだろう。首をかしげて視線を送ってくる大和に、笑顔を貼り付ける。
「何でもない、思い出し笑いだから」
『ふーん。変なの』
本当は気付いて欲しいのかもしれない。打ち明ければ済むけれど、お互い干渉しないのが無言の決まり。だから大和も私も聞きたくても聞かない。知りたくなっても深くは探らない。いつでも離れれる状態にしておく。でもきっと私はもう、大和からは離れられないだろう。
ダボダボのズボンを揺らしながら、片手にいちごみるくを飲む大和の姿は、もう何回も見ていてよく飽きないって思う。
それに花巻さん一行する嫌がらせも日に日にエスカレートしている。それはもう足を引っかけたり、体操服を破ったりの何ので、持ち金が毎日減って行く。
「あああああああああ!」
『うるっさーい。静かにしてくれない? 今、感動シーンに差し掛かってるんだから』
某有名なコミックを片手に、今度はフルーツオレを飲んでいる大和をキリリと睨む。って言うか、感動シーンを教室で読むこと自体が間違ってると思ったけれど、そういうのは口にはしないでおこう。
そんなことよりも今叫んだ理由は、財布の中に入っていたレンタルショップの半額割引チケットが、無くなっていることに気がついたからだ。
『……なに? 理由とか聞いて欲しい訳?』
「別に。大和取ったでしょ…?」
『何を?』
「とぼけないでよ。絶対取ったでしょ! ほら口が笑ってる!」
犯人は予想通り大和だった。これで半額チケットを取られるのは5回目。コツコツとDVDを借りてポイントをためて、手に入れたチケットを、5枚も大和に取られるなんて許せない。
「今回は絶対に許せない! 早く返して!」
『やーだー』
半笑いでこっちを見ると、またフルーツオレを飲み始めた。その行為で怒りのバロメーターがMAXになり、フルーツオレのパックを片手で潰してやった。
『ちょっ……!』
「フフっ」
潰した所為でパックの中の空気が押しだされて、一気に大和の口の中にフルーツオレが押し出された。予測も出来なかった事態に油断していた大和は噎せていた。それを見て鼻で笑ってやった。ざまあみろ!
『絢香、殺す…!』
「殺せるわけないじゃん…って! 何でホンキ? ちょっとまってヤダって!」
冗談とも思いきや本気だったらしく、片手に拳を作って追いかけて来た。その顔はもう狂気に溢れていて、ぞっとした。
『俺のフルーツオレを無駄にしあがって!』
“無駄”と言う言葉は違う。だって出て来たフルーツオレは、全て大和の体の中にある。これはいちゃもんだ、明らかに言いかがりだ。
「フルーツオレ、無駄に何かしてないじゃんっ」
『いや、あれは明らかに無駄!』
二人してわあわあと叫びながら、教室の中を走り回る。まるで小学生みたいだ。
そうしている間に教室に帰って来ていた花巻さん一行の目が、ギラギラと私に向けられている。自意識過剰は良くないけれど、嫌がらせのことを知れば大和は間違いなく怒る。人が傷付くことが一番嫌いな大和。
きっと相談すれば、すぐに解決するのかもしれない。言うのは簡単だけど言わない。そんな狡い真似はしたくない。
朝、一緒に学校へ行くのも、一緒に帰ってくれるのも、学校で傍に居てくれるのも、お昼を一緒に食べてくれるのも。こうやってじゃれ合ってくれるのも、全部私に対する同情心から来ているものだと思う。
もし私に友達が居たら、大和とはただの隣人で、今のような関係では無いはず。そういう優しさは、時々私をとてつもなく虚しくさせる。そう思ってはいけないはずなのに、本当は感謝するべきなのに、私は本当に最低だ。
放課後、花巻さん一行に呼び出された。それも大和がどこかに行っている時を狙って誘いをかけた。憂鬱だ。もしてをだされても、武道を習っていたからある程度は勝てる。
『遅いわ、立花サン。あたしたちもう10分も待ったわ』
「私は言われた時間通りに来ただけで、そっちが早く来ただけのことでしょ?」
『普通は5分前行動って知らないの?』
明らかに嘗めた態度で、かかって来る花巻さん。流石は女子のトップに立つだけの人だ。大抵の女子は上から目線で偉そうに言われると、怯えて縮こまるけれど私は違う。
「そんなことより、話ってなに?」
『ホントに立花さんは礼儀知らずなのね。まあいいわ。来ただけでも凄いもの。許してあげるわ』
バカにした笑みを浮かべながら、私をギロリと見ると近づいてきて、いきなり胸倉を掴んできた。
『ねえ、立花さん?もう大和君には近づかないでほしいの。言っている意味分かるよね?』
「分からない。大体、大和とは友達だから花巻さんにそんなことを言われる筋合いはないけど」
『チッ…、このクソ女っ!』
冷静に言葉を紡いだ私に、頭突きをしようとした花巻さん。しかしそれは私の左手によって止められた。
「ホントバカだよね、アンタ。見てて悲しくなっちゃう」
『なっ、何言ってるのよ! あんたこそ大和君に媚びなんか打って…!』
頭を掴まれるとは思っていなかったのか、焦り始めた花巻さんはどうにかして私の手を離そうとする。取り巻きたちに視線を送るも、取り巻きの子たちは一人じゃ何も出来ない気弱な女の子達ばかり。虐められたくないから一応、仲間に入っておこうと言う自己防衛の考えの子たちがその割合を占めている。
私が視線を向けたことで、震えていたり顔を歪めている子がそういう子達。
「アンタたちのリーダーがこんな風になってるのに、誰も助けないの?」
『痛い!ふざけんじゃないわよ!頭が、頭がつぶれる…!アンタ達、突っ立ってないで助けてよ!』
私がその子たちを追い詰めるように言えば、予想通り誰も微動だにしない。本当にバカ。かわいそうな子たち。
「花巻さん。誰も助けてなんてくれないと思うよ?」
『……っ、』
微笑みながらそう言えば、目に涙を浮かべて私を睨みつけた。涙はきっと演技だろう。花巻さんみたいなプライドが高い人は、絶対に人前で余程の事が無い限り、泣くなんて行為は絶対にしない。
「そんなバカバカしい演技なんてやめてよ。みっともないよ?」
『っ……、演技なんかじゃ、無いわよ! あたしは純粋に大和君が好きなだけ。その道にはあなたは邪魔なのよ!』
その言葉と同時に花巻さんは両手で私を引っ掻こうとしたが、その前に花巻さんをゆるく蹴飛ばして少し離れた。
『うぅっ…!』
予想外の展開に、取り巻きの子たちのほとんどが逃げ出す。それを横目で追いながら、花巻さんを視界に取り入れる。
「ねえ、花巻さん。“目には目を、歯には歯を”って言葉しってる…?」
『な、なによそれ…』
「要するに、花巻さんが私にした事と同じくらいに値するバツを受けなきゃならないって説明したら、意味分かる?」
口角をあげながらそう言えば、花巻さんは血相を変えて縋りついてきた。
残っている取り巻きの子たちは、落ちるところまで落ちた自分たちのリーダーを見て安堵の表情を浮かべた。
『立花さんっ…ごめんなさいっ。お願い許して…お願いっ!』
「いいよ、でも2つだけ条件がある。花巻さんはこれからひっそりと学校生活を送ること。そして取り巻きの子たちを解放してあげることが条件」
『……わかったわ』