day 1
高校に入って一人暮らしを始めた私はこのマンションに来て2年。お隣に住む彼は今日もだらしない。
『あーやーかー、遅刻するぞー』
「分かってる!! 今出るからっ」
彼とは引っ越して来た日も高校も同じで仲よくなった。そんなこんなで、私と彼の関係は数カ月で“親友”と言う存在まで上り詰めた。
私はバタバタと玄関まで走り、片手に持っていたゼリーを口の中に放り込んで急いで靴を履く。ガチャリとドアを開ければ、ネクタイを緩く結び、ダボダボのズボンを腰ではいて、私の家のドアの前でパンをかじる彼。松下 大和がいた。
「かじりながら歩くのは行儀が悪いよ」
『絢香も急いで口の中にゼリーか何か入れて来たんでしょ?』
「……っ」
『ほら、図星じゃん』
クスリと笑った大和は、最後の一口を口の中に入れた。
私と大和は付き合っている訳じゃないけれど、そう言う噂は立っているらしい。まあ一緒に登下校してるんだから仕方ない。お互いこの街に来て、一番初めに出来た友達だから、自然とこうなっただけ。私と大和にとってはこれが日常。多分、大和は私の事を“親友”だと思っているかも知れないけれど、私は大和の事が好き。いつかはこの気持ちを伝えることができればいいなって思っているけれど、それは無理だと思う。
いつかは大和にだって、好きな人や彼女がもちろんできる。そうしたら私は大和とこうして一緒にいれなくなる。そうなるのが怖いクセに、何もできない自分が憎くなる。本当は自分が悪いクセに、全部を過去の所為にしている。あの時に捨てたはずの過去なのに、結局何も変わっていない自分に嫌気がさしてくる。
「いくら逃げても逃れられない、か…」
有名な歌手の歌詞にあった。まさにそうだと思う。どこまで逃げても、過去からは逃げられない。消すことだって、忘れることさえできない。
『絢香、何ぼーっと空見てんの?』
「えっ、ごめん…」
『別にいいけど、そのうち電柱に顔ぶつけるよ』
「それは無いと思う」
現実は、理不尽だ。
『あーお昼どうしよっかなー』
三時間目の休み時間。大和は一人後ろで、嫌みっぽくそう呟いた。私と大和は同じクラスで、何回席替えしても必ず近くに居る。今だってちゃっかり私の後ろの席を陣取って、机にダランと寝そべっている。
カッコいい大和は女の子のファンも多くて、一時は嫌がらせをされたこともあった。
「購買で買ったらいいじゃん。今ならまだ間に合うでしょ?」
『じゃあ絢香、買ってきてよ』
「絶対やだ」
『ケチ、バカ、意地悪』
少し拗ねた顔をしながら『ちぇっ』と舌打ちをした大和は、のろのろと椅子から立ち上がり購買へと向かった。
大和とのこんな些細なやり取りが好きで、他の子といるよりも居心地が良かったりする。まあ実際は友達がいないだけなんだけれどね。
元々、友達なんて数えるほどしかいなかった。だけどいつも一緒にいる子なんていなかった。初めは何人かいたけれど、大和との噂をキッカケにいなくなった。だからいつも一人でいる。けれど大和が話しかけてくるもんだから、実際は一人でいる訳じゃない。
「あ、次移動教室じゃん」
それに気付いた私は、大和の教科書も持って教室を出た。
帰り道、大和と道を歩く。
「大和ー、100円ちょうだい」
『えー、やだし。何買うの?』
「ナタデココジュースが買いたい」
『あっそ』
くそ、ナタデココジュース飲みたかったのに。私は大和の靴を思いッきり踏みつけてやった。
『痛って!』
大和は顔を歪めて、ギロリと睨む。どうやらカカトが爪先にヒットした模様。おまけにデコピンをして先に足を進めた。
『絢香分かったって! だから拗ねんなよ』
「拗ねてないし!」
早足でテクテク歩いてくる大和。後ろを振り返ってみてみれば、緩く付けられたネクタイが風で揺れている。
『ちょっ、怒んなって! まじで悪かった!』
何だか胸がジワッと熱くなって、鞄を振りまわし始めた私に大和が焦り出す。公共の場でこんな事をする私たちはいつか通報される気がする。
「じゃあバイバイ」
ドアに鍵を差し込みながらそう言えば、大和はなんだか不満そうな顔をしていた。なんかいつもと違う。そう思いつつ、鍵を鍵穴から抜き出してドアノブに手をかける。
「どうしたの?」
『ん、』
大和は鞄の中から缶のような物を取り出して私に差し出してきた。あ、ナタデココジュースだ。差し出されたそれを受け取ると、お礼を言って扉を閉めた。
大和から何かを貰いたいって言うのは、私の欲。他の誰かから貰うのと、好きな人からもらうのは全然価値が違う。私が大和の傍にいれる間に、自分の勝手な欲を満たしておきたいって言うエゴだ。
冷蔵庫に大和から貰ったナタデココジュースを入れると、制服を脱いだ。