day 9
教室に戻ると授業が始まっていた。休み時間のチャイムだと思っていたけれど、どうやら違っていたみたいだ。
教科の先生に保健室カードを渡して、席に着いた。大和の視線が気になったがいつも通りスルー。
久しぶりに授業を聞いた気がした。
「(空は綺麗だなー)」
空はいつもよりも澄んで見える。あの空のように私の心も、体も、まっさら綺麗になればいいのに。
休み時間になると、真っ先に森拓海の席へ向かった。鞄の中を探っていて、私が来るとその手を止めた。
『絢香どうしたのー?』
「決着を着けようと思って。森拓海と」
目をじっと見つめてそう言えば、へらへらしていた表情が一気に変わった。その表情はとても冷めた鋭い目付きだった。
『何で?理由は?』
「これ以上、誰かを縛るのはやめることにした」
『俺、絢香に縛られてるって思ってないけど?』
「友達は朝うちの中に入って、朝ごはんを作ったりしない」
森拓海は酷く傷ついた顔をした。涙こそ浮かんでなかったが、泣いているようだった。私の為にしてくれたことは、沢山あると思う。でもこのままじゃダメ。
突然、ガシャンと音が鳴る。怒りのままに机を蹴飛ばした森拓海がいて、にぎやかだった教室は静かになった。みんなの目線は私と森拓海に注がれる。
『立花絢香と森拓海じゃん。喧嘩してんの?』
『でも痴話喧嘩って訳じゃないっぽいよ?』
周りの女子のコソコソ話が聞こえる中、森拓海は閉じていた口を開いた。
『どうにかできるって思ったけど無理だったって訳ね。どうかしてたわ、俺』
「そうだね。どうかしてたんだよ、私と関わること自体」
そのまま森拓海は教室から出て行った。みんなの視線は私に注がれていたけれど、気にすることなく席に戻った。大和が男子の輪の中からこちらを見ていた。
四時間目の授業が始まっても、森拓海は教室には帰ってこなかった。きっと森先生の元に行っているんだろう。一人になった所で、何も変わらないかもしれない。それでも良い。
大和に干渉したいだとか、恋慕を消してしまおうだとか、私は何も成し得てないまま、関係を終わらすことを選んだのだ。
昼休み、大和の方から私の元へ来た。今までと変わらずニコリと微笑んだ大和は、何も言わず私の手を引っ張り教室を出た。連れられた場所は、倉庫の裏だった。
『……絢香』
「っ、」
足を止めるなり私の名前を呼び、ぎゅっと私を苦しいくらい抱きしめた。その行為にきっと何の意味も無い。そう脳内で思い込ませる。
『……ずっとこうしたかった。ずっと絢香に触れたかった』
耳を塞ぎたくなったが、両手ごと抱きしめられている所為でどうすることも出来ない。
「(なんで、こうなるの…)」
匂いも、雰囲気も、全部が全部大和だ。
『絢香は怖がりすぎなんだよ。もっと世界を広く見て欲しかった。まあ結局、絢香の世界が広くなった訳じゃないと思うけど』
大和の行為も、全て私の為だった。
「私は…っ、ずっと誰かに、必要とされたかった。」
『うん』
「“私”を見て欲しかった」
『俺は“絢香”を見てるよ』
「私も大切にして欲しかった」
『ずっと前からしてるよ』
全て、真っ白に、浄化されていく。
「私は……っ、ずっと大和に言いたいことがあって…」
『俺に…?』
「今までごめんなさい…っ。」
『気にしてないから。俺があんなこと言ったからでしょ?』
「……違う。私が全部悪い」
『ほらまた全部自分の所為にする』
涙目の私のおでこをピンっと弾いた。
『俺も言わなきゃならないことがある』
微笑んでいた大和はぱたりと、真面目な顔をに変わり私の目をじっと見つめる。
『絢香の過去は全部しってる』
「えっ……?」
『親が早くに死んだ俺は、親父のお兄さんに育ててもらってる』
「…うん」
『おじさんは私立探偵をしていて、俺もそこで助手をしてる』
「私を調べたの…?」
『……ごめん』
大和は顔を歪めて頭を下げた。そんなことどうでもいい。ぎゅっと抱きついた。大和はしっかりと受け止めてくれて、頭を撫でてくれた。
『それとずっと―――…』
「好きっ! 大和が好きっ」
『っ、待って…、ちょっとストップ』
「やだっ! ストップとか無理っ」
思わず漏れてしまった本心。内心は不安で仕方なくて、大和の声もまともに察知できてなかった。
『俺も好きだからとにかくじっとして』
「やだっ、やだって……、えっ?」
『何?』
「だって今好きって……」
『うん。絢香が好きだよ』
口をぱっくり開けて大和をじっと見る。そんな私を見てクスリと笑った大和は、私にキスをした。
私の存在意義はここにあった。