断罪回避を諦め終活した悪役令嬢にモテ期到来!?~運命の相手はまだ原石でした~【期間限定試し読み版】
●本作は同名タイトルの1~6話までを収録したお試し版です。
●7話以降はページ下部のイラストリンクバナーから遷移可能です。
あらすじ:
乙女ゲームの悪役令嬢ヴィクトリアに転生してしまった私。
その末路には、バッドエンド<死>しか待っていない。
断罪回避に取り組むが、シナリオの強制力により、ことごとく失敗。
もう死ぬことは回避できない。
ならばと勇気を振り絞り、終活に取り組んだ結果。
イケメン達が、ヴィクトリアに次々と魅了されるが……。
なんだか目につくのは、高身長ぽっちゃり令息。
今はまだ原石の彼と、後がない悪役令嬢ヴィクトリアは、意気投合したのも束の間、とんでもない陰謀に巻き込まれることになり――。
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「婚約破棄だ、ヴィクトリア・サラ・スピアーズ!」
この国の第二王子であり、私の婚約者であるネイサン・バド・リケッツ。卒業式という栄えある場で、卒業生総代として舞台に立ったネイサンは、ゲームのシナリオ通り、私との婚約破棄を宣言した。
この後続くのは「クラスメイトであるヒロインへの嫌がらせ」をネタにした断罪だ。婚約破棄からの断罪からのバッドエンディングは、転生した乙女ゲーム「君がヒロイン~みんな君に夢中~」で定められた結末。もはや逃れようはない。
でも仕方ない。
こうなることは分かっていた。
「君がヒロイン~みんな君に夢中~」の世界に転生していると知ったのは、八歳の時。しかも転生していたのは、スーパーサラブレット令嬢、その名はヴィクトリア・サラ・スピアーズ! 公爵令嬢であり、容姿端麗、そして頭脳明晰。サラブレットと言うだけあり、家族もすごい。まず父親はこの国の宰相、母親は社交界に君臨するカリスマと呼ばれ、兄は王立騎士団の団長だ。
鏡に映る私、ヴィクトリアは、ピンクブロンドの髪に、桜の花びらのようなシャンパンガーネットの瞳。母親譲りの美白と高い鼻。豊かな胸とくびれたウエスト、長い手足。
乙女ゲームでピンクと言えば、ヒロインを思い出す人が多いだろう。
だがしかし!
ヴィクトリアは違う。この容姿にて、悪・役・令・嬢なのだ!
自分が転生していると気づいたのは、赤ん坊の時だった。乳母に抱かれ、窓ガラスに映る自分の姿を見た時、まだ自分の名前すら分からなかった。でも「ピンクブロンドの髪」「桜を思わせる色の瞳」と分かった時、「私、ヒロインだよね!?」と胸がときめいた。
ヒロインだったら推しと恋愛できる! ハッピーエンディングを迎えられる! 絶対に推しを攻略してやる~!と息巻いた。
でも、違っていた。
部屋に両親が入って来た瞬間に「ヴィクトリア!」と呼ばれ、「もしや~!」と青ざめることになった。
だって悪役令嬢なのにヴィクトリアは、ピンクブロンドの髪で、シャンパンガーネット色の瞳の持ち主だったのだ。瞬時に「君がヒロイン~みんな君に夢中~」に転生していると、理解してしまった。
しかしなぜ「君がヒロイン~みんな君に夢中~」に転生したのかしら? 一応攻略対象は全員クリア(攻略)したけれど、ドハマりしていたわけではない。
それはしばらく考え、すぐ理解する。
前世の私は、300連ガチャを回してしまう程の、廃課金アラサープレイヤーだった。これではダメだとリフレッシュ休暇制度を利用し、十連休を取得。脱スマホの断捨離山籠もり生活をしたことがあった。そこまでハマってしまった乙女ゲームのアプリは、既に削除している。多くのゲームアプリを削除し、唯一残っていた……というか、プレイしないので放置していたのが「君がヒロイン~みんな君に夢中~」だった。
つまり転生先の選択肢として、「君がヒロイン~みんな君に夢中~」しかなかった……というのが正解に思えた。ちなみに前世死亡時の最後の記憶は、目の前に迫る眩しい光。多分交通事故で命を落としたのだと思う。前世記憶を取り戻しているが、最期の部分は少しあやふやだった。
ともかく悪役令嬢に転生してしまったと分かったのだ。しかも赤ん坊の時に。そうなったらもう、断罪回避だ。こんな早い時期から動けば、断罪回避の準備も万全にできる! そう思ったのですが。そんなことはなかった。
まず、スーパーサラブレット公爵令嬢なのだ、ヴィクトリアは。もう誕生した瞬間から、「我が息子の嫁に」という縁談話が山のように届く。何せ両親は宰相で、母親は社交界のカリスマ。五歳上の兄は既に美少年として噂になっていた。こうなると私、ヴィクトリアも素晴らしい令嬢に違いない……となったわけだ。
そして山のような縁談話を蹴散らし、ヴィクトリアの婚約者になったのは、ヒロインの攻略対象である、この国の第二王子ネイサンだった。つまり誕生して三か月後には婚約者が決定していた。だがこれが正しいゲームの流れ。回避不可能事案だ。
そこは仕方ないと諦める。代わりにヒロインの攻略対象との接点ができるのを、避けようと頑張るが……。無理だった! ことごとく失敗し、知り合ってしまう。こうなったらヒロインがどの攻略対象を選ぼうが、私は彼女の恋路を邪魔する悪役令嬢になるしかない。
なぜ、私の回避行動はことごとく失敗するのだろう?
考えた結果、辿り着く。
これがシナリオの強制力というものだ。私が悪役令嬢として立ち回らないと、ゲームが進行しない。だから回避行動はすべて無効化されている……と感じた。
それでも回避行動に明け暮れたが……。
すべての攻略対象とヒロイン、そして悪役令嬢が揃う、王立リケッツ高等学院に入学してしまう。
王立リケッツ高等学院は通常、王侯貴族しか入学できない。だが平民でありながらも、ミミクリー・アルステラは、王立リケッツ高等学院に入学してくる。天才的な頭脳、誰にでも好かれるヒロインチートのおかげで、返金不要の奨学金まで得て。
この頃の私は、断罪回避は無理と悟っていた。ならば断罪が軽く済むような“微調整”をするようになっていた。
ヒロインであるミミクリーの恋路をヴィクトリアが邪魔する理由。婚約者であるネイサンをミミクリーが攻略しようと近づけば、当然だが「私が婚約者なのですが!」ということでヒロインへのいやがらせが始まる。それ以外の攻略対象の時は「平民のくせに!」ということでやはりミミクリーにねちねちと絡む。
そしてヒロインへの嫌がらせは、どうしたってやってしまうのだ。私、ヴィクトリアがやるつもりはなくても!
例えばミミクリーにカフェテリアで紅茶をかけるシーン。そうならないために、紅茶は勿論、ドリンク、スープを排除し、トレイにはパンしかのっていない状態にした。それなのに!
私を見てビビったミミクリーは、そばにいる令嬢にぶつかり、自分のトレイにのせていた紅茶をかぶることになる。私は何もやっていない。でも「ヴィクトリア公爵令嬢に睨まれ、怯えたミミクリー嬢は、自ら紅茶をかぶった。それを見てヴィクトリア公爵令嬢は、実に満足そうに微笑んでいた」となるのだ。微笑んでなどいない。驚愕している。それなのに……信じられない!
ゲームのシナリオによる強制力は恐ろしい。どうしたって定められた出来事は、起きてしまうようだ。ならば痛手が少ないものにしようと思うようになった。
つまり紅茶をかけるシーン。紅茶はアツアツだったため、ミミクリーは制服が濡れるだけではなく、火傷までするのだ。そうならないように。紅茶ではなく水をトレイにのせる。そんな風に“微調整”をすることにしたのだ。
その結果、ミミクリーが受ける嫌がらせは、随分と優しいものに収まったと思う。
バケツの汚れた水ではなく、香油を垂らしたとてもいい香りの水を、ミミクリーは浴びることになった。夏のある放課後に。私に突き飛ばされたミミクリーは、薔薇の花壇で尻もちをつき、棘があちこちに刺さるはずだった。だがそうならないように私は、花壇を芝生に変えていた。教科書への落書きは、その絵で馬車が一台買えるぐらいの画家のデッサンに変えた。ミミクリーはそのデッサンが描かれた教科書を売り、来る卒業式のドレスを仕立てることができたのだ。
どんなに嫌がらせの内容が優しいものだとしても。嫌がらせをしている事実は変わらない。このまま卒業式を迎え、婚約破棄と断罪を言い渡されるのだろう……。
その卒業式は、約三か月後に迫っていた。
王立リケッツ高等学院では、六月からバカンスシーズンに入る。前世でいう夏休みだが、その期間は三か月と長い。そして卒業式は八月末だ。
バカンスシーズンに入れば、攻略対象にもミミクリーにも合わないで済む。婚約者であるネイサンとの絡みはあるが、そもそもネイサンはミミクリーと過ごしたいはずであり、私の不在はヒロインにプラスになるだろう。よってきっと、大丈夫だと思う。つまりシナリオの強制力は作用しないはず。
そう。
私は勇気を出し、決意した。
もう断罪は避けられない。だから終活をすることにした。
既に妃教育は終っているが、どうせ結婚したら王宮で暮らすことになる。よって王宮に与えられたら私室に、私は住み続けていた。その私室の片づけを始めた。
ミミクリーは間違いない。ネイサンを攻略していると思う。そうなると私がされる断罪は、国外追放だ。その国外というのは砂漠。砂漠に身一つで投げ出され、生存できるのだろうか? 山籠もり生活は、スマホ断捨離のため、前世で経験している。だが砂漠……。
ゲームのエンディングに、国外追放された悪役令嬢のその後の記載はない。
ただ、言えるのは、王宮の私室からはどうせ出て行くことになる。そして砂漠には身一つで向かうことになるのだ。ならばもうこの部屋には、卒業式で着るドレスと宝飾品さえあれば、いいのでは?
勇気を出して、終活をしよう。
身辺整理をして、そして……。
思い出作りだ!
三か月時間がある。前世で長期休暇を使い、海外旅行を楽しんだように。リケッツ国を離れ、旅行を楽しもう。
そうと決めたら、動き出すしかない。
まずはあの二人の協力は、欠かせないだろう。
意気揚々と私は、ヴィクトリアの心強い仲間である二人を、呼び出すことにした。
双子の兄妹の、レイ&メイ。
一卵性双生児の二人は、顔つきや髪色がそっくり。
だが瞳の色は違う。
レイはキリッとした銀眼。
メイは凛とした金眼。
五歳の私と出会った時、二人とも十歳だったが、まさに美少年・美少女だった。
ただし、着ている服は汚れ、ボロボロ。
陶器のような肌も、その時は薄汚れていた。
今は綺麗に切りそろえられた短髪のレイの髪も、その時は女子のように長く、散髪の概念などない状態。メイもその美しい銀髪を、無造作に頭頂部で一本に結わいているだけだった。
そう。私が二人と出会ったのは、貧民街。
スーパーサラブレット公爵令嬢であるヴィクトリアの外出には、いつも護衛の騎士が五人ついていた。五歳の時は侍女に加え、乳母まで外出に同行している。
五歳の私の外出には、本来両親のどちらかが必須だった。だが当時の私は、このがちがち過保護体制に、若干辟易していた。前世で私はパンピー(一般人)だった。こんな常時周囲に誰かがいる状況に、慣れていない。中身がただの五歳ならまだしも、実態はアラサーということもある。ウザい、一人にしてほしい、放っておいてくれー!という心境になっていた。
その結果。
ほんのいたずら心だった。なんとか両親を説得し、護衛の騎士と侍女や乳母だけで、街へ外出した。さらに私を取り巻く彼らを巻いて、メイン通りをはずれた路地裏に隠れてみたのだ。今思えば、なんて馬鹿なことをしたと思う。路地裏にどんな危険があるのか。上質な生地でオーダーメイドされた紫のドレスを着ていれば、一目で貴族であると分かる。しかも女児。人攫いからしたら、まさに“鴨が葱を背負って来る”だっただろう。
つまりはあっさり、攫われそうになったのだ。
護衛の騎士と侍女や乳母が、必死に探し回っているのを、人攫いは気づいている。だから私を攫うと、その人攫いは貧民街に一旦逃げ込んだ。まだ日中で明るい。日が暮れたら人身売買組織へ売りに行くつもりだったようだ。
このままどこかへ売り飛ばされたら、断罪回避はできるかもしれない。だがこの国では禁じられているはずの、奴隷にされてしまう可能性が高かった。青ざめ、絶望的になる私の前に現れたのが、レイとメイだ。
貧民街で両親を失い、十歳まで生き残るというのは、並大抵のことではない。しかも二人とも汚れているが、無傷。つまり、身を守る術を心得ているということだ。
騎士のように剣を持つわけではない。武器は割れたガラスに布を巻きつけただけ。でもそれを使いレイとメイは、屈強な体躯の二人の大人の男を、あっという間に倒した。命までは奪わない。でも復讐されないため、二人の男の視力を奪い、言葉を話せない状態にした。
すべてを終えた二人は、私の前で、まるで騎士のように跪く。
「オジョウサ、マ、ニ、オツカエ、シマ、ス」
言葉をまともに習っていないのだろう。
話し方もぎこちなく、片言だった。
だが私は感動していた。
この二人は乙女ゲーム「君がヒロイン~みんな君に夢中~」ではモブだ。こんなキャラクター、文字情報でも背景にも描かれていない。でもこの二人の圧倒的な強さに、私は心底感動していた。
何より初対面なのに、跪いた二人は、私に忠誠を誓ってくれたのだ。
貧民街で生きるより、貴族と思わしき女児に媚び、生き残りをかけたのか。その理由は分からなかった。理由はどうであれ、見た目から双子と分かるこの最強の二人を、自分のそばに置きたいと思った。
こうして双子を連れ、私を探す護衛の騎士や侍女と乳母のところへ戻り、すぐさま屋敷へ戻った。メイドに命じ、双子を入浴させ、着替えさせた。
名前さえない二人にレイとメイという名を与え、レイには白シャツに黒のセットアップを、メイには黒ワンピースに白のエプロンと、この国で定番の従者と侍女の服を着せると……。
とても貧民街から連れてきたとは思えないぐらいの、美少年従者と美少女侍女に変身できた。
あとは両親を納得させる必要がある。
我が家はこの国で五つしかない筆頭公爵家の一つだ。使用人の雇用基準もとても厳しい。貧民街で拾った子供を雇うことは、簡単には許してもらえないだろうと予想はしていた。だから両親にはこう提案した。
「お父様、お母様。この二人は私の恩人です。でも貧民街の出身ですから、教養もマナーもなく、読み書きもできず、言葉もろくに話せません。ですが一年で二人には、それらを完璧にマスターさせます。一年後、二人をテストし、合格であれば、私の専属従者・侍女にすることを許してください。一年間、二人にかかる費用は、私の貯金でまかないます」
ヴィクトリアが頭脳明晰なおかげで、こんな提案を五歳にてすることができた。両親は子供の私がこんなことを言い出すことに驚き、でも感動し、「よかろう。では一年後。テストをする」と快諾してくれた。
こうしてレイとメイは私の専属従者・侍女(仮)として、他の使用人と同様、屋敷の離れで暮らすことが決まった。私は二人にこう告げた。
「私に仕えたいなら、価値を示しなさい。今はろくに話すこともできないようだけど、それでは私と意思疎通が図れない。だから言葉を覚え、読み書きをできるようにするの。公爵令嬢である私に仕えるにふさわしい教養とマナーを身につけなさい。その上で、従者・侍女として必要なスキルを身につけるのよ。一年間。二人の衣食住を保証し、教育係もつける。一年後、二人の真価を私に見せて」
レイとメイは文句ひとつ言わず、私の言葉に頷いた。片言しか話せないが、私が話すことは、理解できていたようだ。
こうして翌日から、私が手配した家庭教師など、その道の専門家の手で、二人はまさに猛勉強&猛特訓の日々を送るようになった。一方の私は妃教育のため、王宮で暮らし始めていた。
レイとメイ同様、私も血のにじむような思いで妃教育に励み、一年が過ぎる。
許可をもらい、王宮から実家である公爵家に帰った私は、久々にレイとメイに再会することになった。二人の教育の進捗具合の報告は受けていたが、果たしてたった一年で、どこまで成長できているのか。両親の要求を満たせるほど、従者や侍女としての力を、開花できているのか。
きっと大丈夫。……大丈夫かしら?
二つの相反する気持ちを持ちながら、ルビー色のドレスを着た私は、応接室に向かった。
程なくして、深みのあるモスグリーンのスーツを着た父親スティーヴン・マイク・スピアーズと、明るいミモザ色のドレスを着た母親マリアス・アン・スピアーズがやって来た。
対面でこうして会うのは、半年ぶり。再会を喜び、早速本題へと移ったが――。
「ヴィクトリアは妃教育で忙しいだろう。あの双子のテストに割く時間が勿体ない。よってテストは、父と母とで実施しておいた」
「え、そうなのですか、お父様、お母様!?」
すると二人は同時に頷く。
さらに父親は話を続ける。
「レイとメイは、従者と侍女としての必要なスキルをマスターしただけではなく、できなかった読み書きやマナーや教養も、すっかり手に入れている。しかも自発的に剣術も習っていたようだ。テストで泥棒を侵入させたが、二人がいち早く気づき、あっという間に捕えてくれた」
父親は、スピアーズ公爵家に忍び寄る魔の手を放置し、レイとメイの実技試験に活用した。
その結果、当該の泥棒は勿論、投資詐欺を持ち掛けた成金、兄の誘拐を目論見、金をちらつかせ近づいた人身売買のブローカーを、見事撃退した。さらに同じ使用人の中で、金品を盗んでいた者を発見し、ヘッドバトラーに報告したのだ。
「レイとメイの忠誠心は、本物だ。ヴィクトリアの専属従者と侍女にして、問題ないだろう」
どうやらレイとメイは、スーパーサラブレット公爵令嬢であるヴィクトリアに相応しい、スーパー従者とスーパー侍女に成長してくれたようだ。
両親の許可を得た私は、二人と再会した。
「ヴィクトリアお嬢様。我が主との再会、一日千秋の思いで待ち続けました。今日より自分の命は、お嬢様のものです。時に剣として、盾として、自分のことをお使いください」
レイはそのキリッとした銀眼をキラキラと輝かせ、私を見上げた。一方のメイは……。
「ヴィクトリアお嬢様。私の命よりも大切なお嬢様に仕えることができ、まだ夢を見ているようです。私のこの身体は、すべてお嬢様のためにあります。お嬢様のためなら水火も辞さない覚悟です。一生、お仕えします」
メイは凛とした金眼を熱く燃やして、私を見つめた。
片言しか話せなかったはずの双子は、両親が言う通り、完璧に言葉もマスターしている。しかもあの日と同じように跪き、私への忠誠を誓ってくれたのだ。
この時、私は確信する。
この二人なら絶対、私を裏切らない。
すぐにネイサンを通じて国王陛下夫妻に連絡し、専属従者と侍女として、二人を王宮へ連れ帰る許可をもらった。通常、王宮には貴族しか立ち入ることができない。そこで父親は先に手を回してくれていた。自身の末の弟の男爵に頼み、レイとメイを養子として迎えさせていたのだ。
父親は身分に関係なく、人の価値を認めることができる人だった――そう認識を改めることにもなった。
こうしてレイとメイは無事、私の専属従者と侍女に認められ、共に王宮暮らしをスタートさせた。
二人がいることで、王宮での生活は実に快適。
そして私が終活を遂行するに当たり、二人の協力は必須だ。
そこで早速、私はレイとメイを呼び出した。
「部屋の片づけ、でございますか?」
学生最後のバカンスシーズンは、旅行することにした。三か月部屋を開けるので、いろいろと片づけをしたい。何より卒業をするので、子供っぽい衣装や宝飾品は売却し、そのお金を旅行の費用に回したい――そう、レイとメイに打ち明けたのだ。
ローズ色のドレスを着た私から視線を逸らすことなく、まず反応したのはレイだ。いつもの白シャツに黒のスーツ姿のレイは、従者というより執事に見える。そんなレイの「部屋の片づけ、でございますか?」という問いは、部屋の片づけをするのでいいのですか?という確認だと思い、返答をした。
「そうよ、レイ。ひとまず卒業式に着るドレスと旅行に持参するドレスをのぞき、すべて処分したいの。卒業したら、いちから大人っぽいドレスを買いなおすわ」
「……この部屋をすっきりさせるということは、理解しています。合わせて、あの(ピーッ)第二王子も処分されてはいかがですか?」
「!? レイ、ダメよ! (ピーッ)第二王子なんて言っては! 腐ってもあれは王族なのだから」
すると今度は、黒のワンピースに白エプロンのメイが、こんなことを言い出す。
「(ピーッ)第二王子は、恐らくドMです。私が調教し、あのハイエナ伯爵令嬢など子供っぽくて相手にできないとなるまで、躾けることもできますが?」
「メイ、それもダメよ! ネイサン第二王子は放置でいいの。二人にやって欲しいのは、この部屋の片づけと、不用品の売却よ。あ、(ピーッ)第二王子は、不用品かもしれないけれど、含めてはダメよ!」
私の言葉にレイとメイは、一瞬不服そうな顔をする。それでも二人は基本的に私の言葉に「ノー」は言わない。だから最終的に応じてくれる。しかも「この部屋で大掃除をしていることはバレないようにしてね」と追加でお願いしても、そこに疑問を挟むことはない。
余計な詮索をしないところも、本当に助かる!
優秀で、忠実なレイとメイが、私の専属従者と侍女で本当に良かったと、しみじみと思う。
レイとメイは有能だ。ゆえにネイサンが私という婚約者がいるのに、ヒロインであるミミクリーと浮気をしていることを、既に知っていた。
なぜ、ほぼ王宮で過ごしているレイとメイが、ネイサンがミミクリーと浮気していることを知っているのか。それは分からない。でも二人はスーパー従者と侍女なのだ。レイとメイの情報網は、情報屋並み。もはや二人が何を知っていても、驚くことはなかった。
多分、であるが、レイとメイであれば、ミミクリーのことを事故に見せかけ害することぐらい、朝飯前だろうと思う。でも二人にそれを依頼しないのは……。
仮にミミクリー暗殺が成功したとしよう。
でもゲームのシナリオの強制力が、ヒロインの死亡を許すわけなんてなかった。
この世界は、失敗作だ。作り直しだ!となり、なんなら突然隕石でも降ってきて、ヒロイン死亡と同時に、この世界そのものが崩壊するかもしれない。そんな風に思えた。何より、ヒロインを手にかけ、レイとメイが無傷で済むはずはないと思えたのだ。
相討ち。
そうなる気がして、とてもレイとメイに、ヒロインの排除は頼めなかった。
ではミミクリーを消すのではなく、ネイサンの元から離れるよう、その純潔を奪ってしまう。レイが言うように、ネイサンの方を消すプランもある。ただそういうドロドロした手は、使いたくない。それにとにかくメインキャラに異変が起きれば、ゲームのシナリオ強制力が、黙っていないだろう。
つまり、ヒロインと彼女に攻略されることが決定したネイサンに、シナリオに反する何かを仕掛ければ、返り討ちにあうのではないか。そのせいで、大切なレイとメイを失いたくはない。
二人と過ごした時間は、家族と同じぐらい長かった。いや、妃教育のため、王宮で暮らすようになった私は、両親や兄ともほとんど会えていない。王宮で暮らし、私の成長を見守るレイとメイは、両親以上に私と過ごしている。もはや二人は、私の両親のようであり、兄や姉であり、とても大切な存在になっていた。
レイとメイと一緒に、最後に楽しい思い出を作ることができるなら、もうそれでいい!
そんな私の思いが伝わっているのか。ともかくレイとメイはバカンスシーズンが始まる前の一週間をかけ、少しずつ、他の使用人にバレないように、部屋の片づけを行ってくれた。売却したドレスと宝飾品は、いいお金になった。貯金に加え、これだけのお金があれば、なんだってできる気がした。
十八歳にて終活するなんて、本当にあり得ないこと。もし前世だったら、もっと高齢になってから終活はしただろう。でもそれは高齢過ぎて、「ああ、これは若いうちにしておけばよかった」となるかもしれない。
でも私は若い! 残り三か月、バカンスをしっかり満喫してやる!
この世界で、喪女のまま終わる必要はない。なんなら素敵男子を見つけ、アバンチュールを楽しんだっていいのだ。前世の私と違い、ヴィクトリアはスーパーサラブレット公爵令嬢。この美貌と頭脳を生かせば、どんな男子とだってうまくいく(はず)!
こうして準備は整った。
私の自室は一見すると、変化はない。
暖炉の前のソファセット、窓際のテーブルセット。寝室の天蓋付きベッド、ドレッサー。バスルーム。
普段通りに見えるだろう。
だがクローゼットの中もチェストの中も。
文机の引き出しの中も。
全部空っぽだ。
壁に飾られた豪華な絵画の額縁の裏に隠していたへそくりも、全て取り出した。
「レイ、メイよくやってくれたわ。明日から私は旅に出るのだけど、二人はついて来てくれるかしら?」
するとレイはその美しい銀髪をかきあげ、ため息をつく。
「お嬢様とあろう方が、そんなことを聞かれるなんて。それは愚問としか言いようがありません。お嬢様が待機するように、とお命じになるので、これまで学園に足を運ぶことはありませんでした。ですが基本的に。僕は一秒足りともお嬢様のおそばを離れたくはないのです。ゆえに三か月のバカンスシーズンを利用した旅行。当然、お供いたします」
メイもレイの言葉に同意を示し、即答してくれる。
「私もレイと同様、お嬢様のおそばを常に離れたくないと思っています。旅行では未知の場所に行かれるのですよね? どんな危険があるか分かりません。お美しいお嬢様を狙う、恐ろしい狼も沢山いることでしょう。そんな奴らから、お嬢様をお守りする必要もあると思うのです。当然ですが、お供いたします。荷づくりは済んでいますので、いつでも出発できますよ」
二人とも、なんて心強い!
それにこの二人がいれば、護衛の騎士なんていらないわ。
「では明日、出発は早朝よ。なるべく人に見られないようにしたいの。王宮からこっそり外へ出るルートを調べておいて。そして宮殿の敷地を出たら、すぐに馬車に乗れるようにして欲しいの。すみやかに国境まで行って、そのまますぐ出国して、海に面した隣国リントンへ向かうわ」
「「かしこまりました、お嬢様。すべてご手配いたします」」
さすが双子! レイとメイは綺麗に声を重ね、返事をしてくれる。
あとは手紙を三通書くだけだ。
二人には仕事へ戻ってもらい、部屋に残された私は、まず両親へ手紙を書く。
いくらレイとメイが優秀であっても。
私を溺愛する両親は、三人だけで旅行するなんて、許してくれるはずがなかった。使用人は最低でも五人、護衛の騎士は十人ぐらいつけないと、きっと旅行なんて許してくれない。
でも私はもっと、身軽に動きたかった。
何せ素敵男子とのアバンチュールも目論んでいるのだから。
だから申し訳ないと思いつつ、手紙で事後報告だ。
残りの二通はネイサンと国王陛下夫妻への置手紙。
勝手に旅行に出たことを、ネイサンは怒るだろう。だからと言って、追いかけてきたり、止めたりすることはしないはずだ。なにせネイサンとしては、このバカンスシーズンを、ヒロインであるミミクリーと過ごしたいだろうから、邪魔はしないと思う。
国王陛下夫妻からは、学生生活最後のバカンスシーズンは、自由に過ごしていいと言われていた。卒業したら必然的にネイサンの婚約者として、公務を担うことになる。学生生活最後の休みは、自由に過ごしていいぞ、ということだ。
念のため、国外へ行ってもいいかとお伺いを立てたところ「別に構わない。学生のうちに別の国のことを知るのは、よき心がけ」と国王陛下に言ってもらえている。
よって国王陛下夫妻は、私が旅行しても文句はないと思う。とはいえ、ネイサンと一緒ではないことを、不思議に思うかもしれない。干渉はしないが、心配はしてくれるだろう。よってそれらしい理由を手紙にしたためた。いわゆるマリッジブルーみたいな状態であると匂わせ、よってネイサンと一緒ではなく、一人旅をすることにした――そんなことを書き綴った。
ということで準備は完了。
後は勇気を出して、実行するだけ。
そう、明日はいよいよ、この国を飛び出してやる!
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