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追放と杖と勇者の真実

作者: 一枝 唯

 あー、そういうのね。俺はワケ知り顔で両腕を組んだ。


「そうだ、お前みたいな使えない奴は、このパーティから追放だ」


 「勇者」が宣言する。見たことあるぞ、こういうの。


 役立たずと罵られて勇者の仲間から外された主人公が実はとんでもない能力を秘めていて、のちにそれを開花させて活躍する系。主人公を追放した勇者グループはたいてい死ぬほど酷い目に遭うか、それほどではなくても落ちぶれる。


 そんな導入と中盤を俺はいくつも読んだ。だからこの先の展開もわかるんだ。


「絶対、ダメだっ!」


 俺は叫んだ。


「こいつは役立たずなんかじゃない! 俺がこいつの面倒を見るから、追放なんて絶対にダメだ!」


 ……そう。


 追放されそうな主人公は俺じゃなかった。俺は勇者に認められている仲間。ということは、この状況を放っておいたら俺たちにはいずれろくでもない出来事が待っている、ということになる。


 それを避けるため、俺は全力で「主人公」の追放に反対し、勇者は目を丸くしていた。




 俺が勇者アーサーの仲間になったのは半年ほど前のことだ。前世の記憶を思い出したのはその少し前。


 風の力を持ちながらそれまではろくに扱えていなかった俺だが、ゲーム的知識を思い出してあれこれ応用を試していたところに勇者が通りかかり、風使いとして勧誘されたのだ。


「ジャレット、本気なのか? ユウオの面倒を見るって」


 その夜、アーサーが俺を酒に誘った。もちろんその話だろうと思っていた。


 「ジャレット」は俺だ。「ユウオ」はアーサーに使えないと言われた推定主人公。火術が得意だが、攻撃術ならわりと何でもこなす魔法使いだ。あとは癒やし手の女の子「レナ」。現在、勇者パーティはこの四人。


「ユウオには才能があるんだよ」


「才能ねえ」


 勇者は懐疑的だ。まあ、仕方がないだろう。


 ユウオがパーティーに参加したのは、ほんの一週間ほど前だ。あいつは俺より強い魔力を持っているんだが、俺と逆で応用が利かない。判断も遅くて、そのせいでパーティーが危機に陥ったこともある。


 だが、本当に魔力は強いのだ。俺はあいつが戯れに作った火球が地面をでっかく穿つのを見たことがある。あれはマジでびびった。


 たぶんあいつは「力が強すぎて操りきれず、仲間を傷つけることになるのを怖れている」系なんだと思う。


「そもそもアーサーだって、ユウオに助けられたから彼を誘ったんだろ?」


「あのときはお前もレナも留守にしてた。敵の数が多かったから少し手間取っただけだ」


 ひとりでもやれた、と言うのだろうが、俺より先に戻っていた癒やし手レナの話によると、焼け焦げた魔物の死体は二十近くあったらしい。たとえ魔物が一対一で礼儀正しく挑んできていたとしても、ひとりで切り抜けるのは厳しかったはずだ。


「あのときは確かに、ユウオがすごい魔法使いだと思えたさ。いや、ジャレットも言うように才能はあるんだろうが、連携には向かないのも事実」


 アーサーは酒の載ったテーブルを指でトントンと叩いた。


「お前がすごい剣幕で言うもんだからさっきは取り下げたが、気まずそうな顔してたし、あいつの方から出て行くと言い出すまで時間の問題」


「ダメだって!」


 意地の悪そうな笑いを見せてアーサーが言うので、俺は彼より強くテーブルを叩いた。普段そんな真似をしない俺の言動に、アーサーは驚いた顔する。


「何でだよ。さっき怒った理由はわかってるさ、あんなふうに人前でクビを伝えるもんじゃないってことだろ? せめてそれこそ、こんなふうに酒に誘ってふたりで」


「それはそうだけど……って、俺をクビにしようとしてる?」


「まさか! お前が言い出しそうなことを言っただけだよ!」


 アーサーは吹き出した。真顔になられなくてよかった。


「そりゃ『恨みを買うような真似をするな』ってのも確かにあるけど」


「あいつに恨まれたからって何だよ。俺を狙ってくるとでも?」


「あのな」


 勇者が肩をすくめるので、俺は息を吐いた。


「恥をかかされて追い出された、強い魔力の持ち主。お前個人を恨むだけならまだしも、魔王側につかれたりしたらどうする?」


「は……」


 ぽかんとアーサーは口を開けた。


「ジャレット、お前、そんなこと考えてたのか」


 実際には、少し違う。だが、こうした心配もなくはなかった。勇者側がヤバくて魔王側がまとも、みたいな設定も珍しくないところか、立派に一ジャンルだ。「追放された主人公」が魔王軍に歓迎され、素晴らしい仲間と一緒に邪悪な勇者を撃破。俺もその展開は嫌いじゃない。


「あいつの力は、破壊に向いてるんだ」


 口に出しては神妙に、俺はそんなことを言った。


「明日からしばらく、俺はあいつのフォローをする。お前は、ユウオに嫌味を言いたくなっても我慢してくれ。無視でもいいが、あいつを無視して俺に話しかけるみたいなことはやめろ」


「お前ごと無視すればいいか?」


「それでいいよ」


「ハッ」


 今度は笑った。俺のことを変な奴だと思ってるんだろうな。




 それから数日、アーサーは俺が言った通りにしてくれた。つまり、ユウオにきついことを言わず、解雇通告などしなかったかのように振る舞った。


 ユウオが戸惑えば俺が話しかけ、力の制御について教えた。


 俺とアーサーの話を知らないレナも気の毒で、俺たちまで仲違いするんじゃないかとハラハラしているようだった。まあ彼女にはアーサーが説明してくれるはずだ。


「よし、それじゃ今日は町に出ようか」


 俺が言えば、ユウオは目をぱちくりとさせた。


「ユウオの魔杖、だいぶ古びてるだろ? 手入れに出したことあるか?」


「え」


 意外なことを聞いた、という様子だ。


「手入れって何ですか?」


 案の定だな、と俺は思った。


 魔杖は普通、ほいほい買い換えるものじゃない。ただ、使い続けていると魔力詰まりが発生する。普通なら、術のかかりが悪くなってきて「そろそろきれいにしなきゃ」となるんだが、ユウオの魔力なら少しくらい弱まっても気づかないのかもしれない。


 それとも。


 俺は少しだけ疑っているというか、「もしかしたら」と考えていることがある。それなら、説明できるかもしれないことが。


「その杖がどこで作られたかは知ってるか?」


 ひとまず、俺はそんなことを尋ねた。


「どこって、場所ですか?」


「場所でもいいけど、どこのメーカーとか」


「めーかー?」


「あ、いや」


 こほん、と俺は咳払いをした。


「ブランド……ええと、どこの工房やら職人やらが作った、みたいな。銘が入ってたりしないか?」


「ああ、それだったら確か」


 ごそごそとユウオは彼の短杖を取り出した。


「ここに何か刻まれてました」


「『何か』」


 ここまで頓着しないのもすごいな、と思いながら俺はその杖を見せてもらった。


 勇者のパーティーに入っているなんて、言うなればプロだ。プロのカメラマンが自分の使っているカメラについて、ロードレーサーが自分の自転車について、バイオリニストが自分の楽器について何も知らないなんてあるだろうか?


「ええと……だいぶ薄れてるけど、ヴォル……ヴォルドヴァンド? 聞き覚えあるな、確か、古いけど有名な職人のシリーズじゃなかったかな?」


 伝承にも出てくるような魔杖職人のブランドだったはずだ。いわゆる「大手」に相当する。


「いい魔杖だよ、大事にしないと」


「はあ」


 どうもぴんとこないようだ。ユウオにはこういうところがある。打っても響かない、と言うんだろうか。反応が薄い。すぐに白黒はっきり付けたがるタイプのアーサーとは、シンプルに相性が悪いのかもしれない。


 ともあれ、俺はそのままユウオを連れて、馴染みの魔杖屋に向かった。


「おう、きたな悪ガキ」


「勘弁してくれよ、もう成人したって」


 魔杖屋のオヤジは俺が鼻を垂らしたガキだった頃からの顔見知りだ。遠慮がないのはいいが、いつまでも子供扱いは困る。


「今日はこいつの杖を見てもらいたくてきたんだ」


 俺の背後にまるで隠れるようにしていたユウオを押し出す。ユウオはぺこりと頭を下げた。


「例の仲間か?」


「まあね」


「へえ、若いのに大したもんだな」


「俺は悪ガキで、こいつは『若いのに』かよ?」


「お前と違って賢そうな顔だからな」


「言ってくれる」


 これは俺とオヤジのコミュニケーションだが、初めて見るユウオは戸惑っているようだった。いいから杖を出せ、と俺は促す。


「ほう、ずいぶん古いな。だがぱっと見ただけでいいもんだとわかる。こいつは手入れのしがいが……ん?」


 オヤジの目が杖の持ち手近くに釘付けになった。薄れかけの銘が入っているところだ。


「ああ、それ確か、昔の有名な――」


「まさか、ヴォルドヴァンドの初期型か!?」


「へ?」


 俺とユウオは揃ってきょとんとした。


「知らんのか!? ヴォルドヴァンドの初期型には、まじで魔杖職人ヴォルドその人が作ったものもあるんだ! クセがあって使用者を選ぶが、ハマりさえすれば抜群の安定性と正確性を見せるはずで、何より稀少品だぞ!」


 オヤジはテンション高く話す。俺も「そんなにすごいものなのか」と感心したが、当のユウオはまた「はあ」などと言っている。感動の薄い奴だ。


「安定性と正確性、ねえ」


 正直、いまのユウオに欠けているものである。


「つまり、ユウオはそいつを使いこなせてないんじゃないか?」


「どうでしょう」


 まるで他人事みたいな態度である。


「正直、手入れの必要はほとんどないな。魔力詰まりは全く起きていないし、照準も狂ってない。いやあ業物だ」


 すっかり感じ入った様子のオヤジに、俺は心配になった。


「高いのか? それ。普通に使ってていいもんなの?」


「俺には判断できんよ」


 手を振ってからオヤジは、そうだ、と言った。


「史録堂に行ってみたらどうだ」


「しろくどう?」


「ほら、あの変わった建物だよ。古いもんばっかり集めて人に見せてる」


「あー、あれか、あの……博物館」


「はくぶつかん?」


「いやいや」


 何でもない、と俺は手を振った。


「古い魔杖に詳しい学者がいたはずだ。どの程度貴重なもんか教えてもらえるんじゃないか」


「どうする?」


 親父に提案された俺は、そこでユウオに尋ねた。


「お前の杖の話だし。知りたいなら行ってみてもいいけど、もしすごくレアもんで『使うなんてとんでもない、いますぐ寄贈しろ』なんてことを言われたらそれはそれで困るだろ」


 歴史的に価値があるなら博物館のような場所できちんと保管することの重要性は前世の記憶が教えてくれるが、この杖がユウオにとって便利なものであるならいまの俺はそっちを優先したい気持ちだった。


「そこにはほかの杖もあるんでしょうか」


「へ?」


「ああ、ヴォルドヴァンドも何本か展示されてると聞いたことがある。ガチの初期型、つまりヴォルド本人が作ったものも」


 オヤジが答えた。


「じゃ、行きます」


「お、おう」


 ユウオはオヤジから自分の杖を受け取ると、そのままさっと踵を返した。これまでの「特に興味ないです」みたいな様子から一転している。何なんだ。


 俺はオヤジに礼を言い、また今度頼むよと挨拶をして、杖屋をあとにした。




 ユウオについて、俺はひとつ疑っていることがある。「疑う」と言うとあまりよくないから、「推測している」くらいにしようか。


 あいつは、俺と同じように異世界から転移してきた人間じゃないか――というのがそれだ。


 転移にはいくつか種類があって、俺みたいに「転生」というタイプと「転移」「召喚」辺りが定番だ。


 俺はこの年になって前世の記憶を思い出したので、どちらの知識も人並みに持っている。だがユウオはこの世界の常識がちょくちょく抜け落ちているような発言をするのだ。


 魔杖に手入れが必要であることを知らないのも、「まだ魔力詰まりが発生するほど長く使っていない」という可能性がある。となると、こちらへやってきて一年もしないとか、下手をすればやってきたばかりかもしれない。


 確証はない。ただぼんやりした性格であるだけなのかも。だが、そう思っていたからこそ俺は案じたのだ。ユウオが「追放される主人公」であることを。


 しかし、その考えにも少し自信が持てなくなってきた。と言うのも、この世界では馴染みのない単語をいくつか洩らしてみせても、あいつは全く反応しないからだ。それとも「主人公」ならちょっとした動揺くらいうまく隠してみせるのだろうか。




 史録堂というのは、大きな街にちょくちょく見られる施設だ。歴史的文書はもちろんのこと、町の特産品の移り変わりだとか出身者の芸術作品だとか、そうしたものを飾っている。先ほどユウオを試すためもあって口にしたように「博物館」と言うのがいちばん近いだろう。


「あら、ジャレットにユウオ。珍しいわね、こんなところで」


「レナ」


 その入り口で行き合ったのは、パーティーの癒やし手たる少女だった。


「ひとりか? アーサーは?」


「今日は休むから好きにしてろ、ですって。あなたたちが勝手に出かけちゃうから拗ねたんじゃないの?」


「まさか」


 俺は笑った。もちろんアーサーは俺がユウオに半ばつきっきりになることを認めているし、レナもそこは理解しているはずだ。この発言はユウオへのフォローだろう。


「俺たちは、ユウオの魔杖のことで史録堂の学者に話を聞きにきたんだけど、レナは?」


「杖に詳しい学者って私の叔父さんのことじゃないかしら」


「へ?」


「ここに私の叔父さんが勤めてるの。確か杖のこともよく知ってたはず」


「まじか。それなら話は早いや。ユウオに紹介してやってよ」


「ぼくは杖だけ見せてもらえればいいんです」


「あ? そうか、ユウオは別の杖が見たいんだったな。でもそれが何の役に」


「別の杖って?」


「ああ、こいつの魔杖が歴史的価値があるかもしれないってわかったんだけど」


「先に行きますね」


「は? おい!」


 あのはっきりしないユウオが、いまだかつてなく積極的に行動している。それはおそらくいいことなんだろうとは思うが、説明をするまで待ってくれてもいいだろうに!


「勝手に入って大丈夫かね。ああ、レナはきっとここのマナーとかに詳しいよな? ユウオのフォローしてやってくれないか」


「それがよさそうね」


 伝えられてない事情を聞き返してくることなく、レナはユウオを追ってくれた。説明はあとでもいいだろう。その間に俺は、史録堂の人間を探して話を聞くべく、辺りを見回す。


「すみません、ちょっといいですか――」




 たまたまそこにいたのはさすがにレナの叔父さんではなかったが、展示品の基本的なことは知っていた。確かにオヤジの話通り、ほかでもないヴォルド本人が作った杖があるそうだ。ちょうど展示がはじまったばかりなんだとか。


 まあまあ広い建物のどこにそれがあるかを教わって、俺はユウオとレナを探しながらそちらへ向かった。一部屋一部屋は小さいし、人も少ない。ふたりを見落とすことはないだろう。俺は見るともなしに展示品を見ながら部屋から部屋へと移った。


 そのときだ。


「何をするの!? やめなさい!」


 レナの凜とした声が少し先から響いてきた。俺はぎくりとする。穏やかな彼女が声を張るのは、実際かなりヤバいときだからだ。


 博物館のような場所では走るべきではない、という前世のマナーが一瞬だけ脳裏を掠めたが、そんな場合ではなさそうだ。俺は自分の魔杖を握って声の方へと駆けた。


「どうした!?」


 隣の隣の部屋にたどり着いたとき、俺は叫んで、それからぎょっとした。


「おま……な、何してんだよ!?」


 ユウオが杖をかまえて詠唱をしている。魔物でも現れたのかと思えば、そんな様子もない。レナの先ほどの叫びはユウオに向けられたものだ。そしてユウオの杖は、部屋の中央の台座、何かを展示している台に向けられている。


「見つけた」


 俺たちへの返事、という感じでもなく、ユウオは呟いた。


「危険だ、すぐに壊してしまわなくては」


「何を」


 バァン、と派手な音がして、展示台が粉々になった。頑丈そうな石製に見えたのに。


「危険? 壊すだって? 何でまたそんな」


「下がって、ジャレット!」


 レナが俺を制そうとする。


「ユウオはあなたが思うような『力の使い方を知らない未熟な魔法使い』なんかじゃないの。魔王の命令でアーサーを探っていた、魔王の手下なのよ」


「……は!?」


「目的がわからなかったけれど、ヴォルドの杖を探していたのね。強力な魔法使いが手にすれば、その力を倍増させる武器になる。魔王からすれば『危険』でしょうよ」


「まじか、オーケー、理解した」


 俺は即座に話の展開を見て取った。ここで「まさか、ユウオが!? 信じられない!」などと言っている場合ではない。素早く印を結び、俺は術を放った。


「壊したかったのはこの保護ケースの方だろ? 制御が下手なのは演技じゃなくて本当だったわけだ」


 壊された台座と一緒に転がっていたのが、四角い透明なアクリル、ではない、魔晶板で囲われた例の杖だ。俺は強めの風を起こしてそれ浮かすと、そのまま自分の手元に吹き寄せた。


「どうやらこれは渡せないみたいだな」


「触れるな!」


 ユウオ、それともユウオという人間の真似をしていた魔物は、甲高い声で叫んだ。見た目にはほぼユウオのままなんだが、目だけがまるで空洞のようになっており、こいつが人間じゃないことを声高に知らせていた。


「こうなったら、この建物ごと微塵にしてくれる」


 その言葉に俺は思い出した。ユウオが何でもない様子で地面に大穴を空けたときのこと。たったいまの、粉々になった石台も。


 俺は呑気に「こいつの魔力はすごい」なんて思っていたが――。


 いや、そうじゃない。俺自身気づいていたじゃないか。破壊に向いている力だと。


「くそ、レナ! こっちに!」


 風の術を対抗させて自分と仲間を守るしかない。俺はとっさに判断し、杖に力を集中させた。


 そのときだ。


「させんよ、魔物め」


「何!?」


 いままさに術を放たんとしていたユウオの背後から声がした。


「アーサー!」


 俺は目を見開く。いったいいつの間にやってきたのか、勇者の剣がそのとき一閃した。


「グオオオオ……!」




 魔物は痛みにうめき声をあげ、よたよたと二、三歩ほど歩いて勇者を睨み、それから、消えた。


 消えた。火の魔法も。ユウオも。粉々になった台座と落ちた杖、それから俺たちを残して。


「は……」


「無事か、ジャレット、レナ」


 剣を鞘に収め、アーサーが俺たちの方に寄ってくる。


「おま……まじ、勇者すぎるだろ……」


 その場にぺたんと座り込みながら、俺は何とか軽口を叩いた。


「知ってたのか? あいつが人間じゃなかったって」


「いや、疑ってはいたけどな、確証はなかった」


「どうして言ってくれなかったんだ、俺はてっきり」


「それはな、怒るなよ」


 アーサーは口の端を引っ張って、少し笑うような顔をした。


「お前が『どっち側』かよくわからなかったから」


「……まじかよ」


「ユウオはいろいろとあなたの情報を持ち帰ったでしょうね、アーサー」


「知られて困るような秘密はない。かまわないさ」


 ふたりのやり取りに、俺は無言になった。ふたりとも知ってたって訳だ。まあ、そうだろうな。レナがこの史録堂にきたのももちろん偶然じゃない。杖に詳しい叔父さんだって、架空の存在かも。


 そんなことを考えていると、アーサーがくるりとこちらを向いた。


「気にしてるのか? ユウオを引き留めたこと」


「あー……いや、まあ……」


 言い当てられて俺は頭をかいた。全く、何が主人公だよ。逆さまじゃないか。


「おかげで尻尾を掴めたんだ。礼を言いたいくらいだよ。それに、あいつがお前を警戒したってことでお前のことも信じられそうだしな」


「警戒? 俺を?」


「何だ、わかってないのか」


 アーサーは俺に近づくと、スッとかがみ込んだ。


「レナ、これ開けられるか?」


「勝手に開けていいものじゃないでしょ」


「『勇者』が魔王退治の役に立つって言ってるんだぞ」


「はいはい」


 肩をすくめるとレナは呪文を唱えた。と、魔晶板がパカッと割れる。


「使えよ」


「は?」


「あいつは、この杖をお前に使われたら厄介だと思ってぶっ壊しちまおうとしたんだよ」


「んな馬鹿な」


 俺は顔をしかめた。


「一緒に行ったらとめられるに決まってるだろ。夜になってからひとりで忍び込むとかするならまだしも、レナまでいるのに強行するなんざ」


「でもユウオらしいだろ?」


 アーサーの言葉に俺は顔をしかめる。


「『ユウオという人間』の演技するにしちゃ、タイミングがおかしくないか」


「だから、演技じゃなくて、どっかズレてたのは演技でもない、元来の性格なんじゃないか。もしかしたら」


 しゃがんだままでアーサーは稀少な杖を手にした。


「あいつはお前がかまってくれたことを覚えてて、クライマックスで力を貸してくれることだってあるかもしれないな?」


「ん?」


 いいんだろうか、こういう展示品を素手で触っても――なんてことを考えてた俺は、アーサーが何を言ったのか一瞬理解できなかった。


「俺はその手の展開、けっこう好きなんだよ。敵だと思ってた奴が終盤で味方してくるの。お前は?」


「……は?」


「『アーサー』なんて少しベタすぎるかとも思ったんだが、もうすっかり馴染んじまったな」


「は!?」


「つまり、俺は、召喚型なんだ」


 にやっとアーサー、いや、アーサーと名乗ってる勇者は笑った。俺は口を開けたままそれを聞いた。


「魔王を倒すまでは帰れないってワケ。そろそろ故郷や本名も懐かしいが」


 再び勇者は立ち上がり、ぽかんとしたままの俺に杖を差し出すと片目をつぶった。


「帰るにはまだかかりそうだ。今後ともよろしくな、同郷の風使い!」




―了―


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