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九話

 「…………深月、律ちゃんがこうなった原因……お前ならなんか分かるんだろ」


 ベットに横になり、小さな寝息を立てて寝ている律ちゃんを見ながら、俺は少し後ろにいる深月に自分でも驚くような、低い冷え切った氷のような声を出して、後ろに目を向けることなく、言葉を続ける。

しかし、後ろにいる存在は、いつも俺と話すときの口調で、口を開き、言葉を発した。


 「さっきも言ったが、身体の構造が違うのだろう。 恐らく律ちゃんの身体は魔力への耐性がなく、そのせいで魔力を流された左腕が吹き飛び、千切れたのだろう。 だが、本来の私達の身体はこれほど脆いのかもしれない」

 「?…………どういうこと?」


 少し後ろから歩き、俺の横へと来た深月は、律ちゃんの身体をなぞるように空中で指を右から左へと動かして、そして最後に律ちゃんの額へと人差し指をゆっくりと置いて、口を開く。


 深月の言っている意味が、俺には分からなかった。

昔から当たり前のように使える魔力、本当は俺達の身体は耐えれるものではないという、その理論。

普段の俺なら聞き流していたはずなのに、この時はそれを聞き流せなかった。


 「考えてみろ。 魔力を使える私達だが、使いすぎれば危険であり、過度な力は身を亡ぼす、使えない魔法を使えば飲まれ、人とは呼べなくなる。 子供でも知っている魔法を使う上での常識であり、誰もが知っている当たり前の常識。 魔力をほんとに扱いきれるのであれば、有り得ないはずだろ?」

 「確かに、な。 だがそれをお前が言うのか?」

 「…………私のこれが、本当にただ一人で得たと思うのか?」


 深月は律ちゃんに向けていた目線を俺へと移してきた。

その目には、睨み付けるような、哀しんでいるような、俺の知らない深月の顔を見て、俺は口を閉じて、これ以上言葉を発するのをやめた。


 自賛するがこれでも俺は天才という部類に入り、この世界のことをほとんど熟知している、はずだった。

しかし、俺の知らない知識がまだ存在しているのは、目に見えて当たり前だった。

ふざけてなどはもう居られないかもしれないなと、俺は誰にも聞こえない独り言の呟きを口から吐き出し、いまだ眠り続けている律ちゃんの顔を見て、彼女の頭へと手を伸ばし、頭を撫でた。


 毎日きちんと手入れされている髪は、さらさらと流れるような感触で、手は勝手に滑るように動き、彼女の頭の上で、踊るように回っている。

頭から手を離し、失って欠損していた左腕を触り、そのまま手を滑らせ、彼女の手を握るように、自分の手と重ねる。


 冷たくなく、温かく、感じる彼女の体温に安堵するとともに、力なく、俺の指に引っかかるようになっているだけの彼女の手に少し寂しさを感じて、さらに強く彼女の手を握り、口の中で歯と歯をギリッと噛み締める。


 最後に見た彼女の顔が、俺の頭の中で浮かび上がって、残り続けている。

彼女が意識を失う寸前、痛いはずなのに、笑みを浮かべて、安心したような、信じ切った顔で、瞳で、俺の顔を見て、眠るように意識を失った彼女の顔が、今も鮮明に俺の頭の中に残り続けている。


 律ちゃんだからと、どこか油断していた自分にイラつく。

彼女は俺とは違う魔法なんか使えない人間なのに、俺は大丈夫だと思ってしまった。


 「くそ……マジで、何やってんだろうな、俺」


 懺悔のように俺は律ちゃんの左手を両手で握り、彼女の顔を見つめて、言葉を呟いた。


***


ここは、どこでしょうか。私はどうなったのでしょうか。

起き上がろうとしても、身体に力が入らず、腕や足すらろくに動かすことが不可能です。


 辺りをどこか見ようとしても、瞼にすら力が入らず、上手く開けることの出来ない目から見える視界は、モザイクが掛けられたかの様にぼやけていて、そのぼやけた景色すらもほぼ見えておらず、ほとんどが黒に染まり、何も見えませんでした。


 しかし、耳だけには微かにではありますが、確かな音が私の耳の中に入って来て、何度も何度も繰り返し聞こえて来ます。

私の意識を叩く様に、その音は私の中へと入って来ています。


 その音が聞こえる度に意識は少しずつ覚醒して行き、その瞬間に、音が声だと言うことに気づきました。


 「…………ちゃ……ん」


 まだ小さく、聞こえる声は言葉を発してはいませんが、安心する声でいつも私が聞いている声と同じでした。

瞼も徐々に開く様になり、少しずつモザイクがとれていき、私の視界が晴れていきます。


 「り……ちゃ…………」


 声の言葉はまだ聞こえず、言葉になりかけの様な、言葉では無い、音がバラバラになり聞こえて来ます。

口も身体もほぼ動かすことは出来ず、何も出来ない私はただこのまま寝転がることしか出来ませんでした。


 いつも聞いている声のはずなのに、この声を知っているはずなのに、分からなかった。

この声を知っているはずなのに、この声に人が、誰なのか、まるでそこだけ煙が掛かったような何も見えない、そんな黒くなっています。


 『聖なるモノヨ』


 突然耳に聞こえてきた凛とした女性の声と野太い男性のような声が混ざった声に、私の意識は一気に覚醒させられ、力が入らず動かなかったはずの身体に力が入り、両手を地面について、身体をゆっくりと起こして、立ち上がりました。


 意識がはっきりとして、瞼も重たくなく、先程の身体の倦怠感や脱力感はどこへ消えたのか、とても快調で、身体は不思議の感覚に包まれているのを、肌で感じました。

誰かに支えられているみたいに、背中を押されているかのように、身体は軽く、頭の中もすっきりとしています。


 両手を動かして、手のひらを自分の顔に向けて、そのまま手を見つめます。

無くなったはずなのに、ある左手。何度も開いて閉じてを繰り返して、自分の手を動かします。

ちゃんと動いて、何の障害もない手を見て、私は自分の身体に何が起きているのか分かりませんでした。


 『キサマハ……まだここにキテいい存在では、ナイ』

 「え……、? だ、誰?」

 『……まだ、来るナ』


 そう言葉が発せられた瞬間、視界は真っ白に染まり、咄嗟に目を瞑り、私の意識は白い世界へと落とされました。





 瞼の上から感じる光に、私は目をゆっくりと開きます。

目を開くと、一番最初に見えたのは天井でした。天井を少し見た後、ゆっくりと首を右に動かすと、白いカーテンのような物が見え、次に左に動かすとまた白いカーテンが見えました。


 そこでようやく私は白いカーテンに囲まれたベットに寝ているんだと気づきました。

腕をベットに身体を支えるように置いて、力を入れて、身体を起こします。


 「…………!、あれ、左手、」


 無くなったはずの左手があり、私はすぐに左手に目を向けて、見ます。

しかし、そこには確かに左手が存在しており、力も入れることも可能で、動かすことも簡単でした。

その瞬間、私の頭に激痛が走り、右手で痛む頭を支えるように抑えます。


 「ッ……、!?、ぁ、くっ……!」

 『キサマハ……まだ……』


 頭に激痛が走る中、その激痛の中に謎の声が、囁く程度の小さな声ですが、響き渡り、広がって行きます。

誰の声なのかも分からない声が、ずっと響き続けています。


 頭の中で誰、なのか何度も問いただしても、何も答えず、ずっとその声は私の頭の中に囁き続けています。


 『……まだ、来るナ』

 「あ……、ッぐ、ぁッ!?……あ”ッ!……、は、ぁ……はぁ、、はぁ、……き、こえなくな……った、?」


 まだ来るな、その声を最後に声は聞こえなくなり、頭からは激痛も消えていきました。

ようやく整えられてきた息を、吸って吐き、私は頭を右手で抑えたまま、ゆっくりと布団から降りました。


 まだ来るな、何を言いたいのか私には分かりませんでしたが、私の中に、深く無理矢理刻み込まれた、そんな感じがして、気持ち悪い感触が、広がり続けていました。


 カーテンを開いて、すぐそこの窓から外を見ると、太陽は灰黒い雲に覆いつくされかけていました。

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