八話
「ぁ、……え、?」
身体が突然動かせなくなり、力を失っていきます。
頭はどんどん白く染まっていき、思考力を奪っていきます。
私の身体から離れ、空へと飛んだ左腕は、重力に従い、そのまま地面へと落ちて、地面の緑色の地面を赤へと染めました。
力を失い、支えを失った身体は地面に向かって背中から、落ちて行きます。
視界に動く物が、スローモーションの様にゆっくりと動いて見えました。
後ろに倒れていく身体に引っ張られる様に視界は上へと上がって行きます。
地面が見えなくなり、森が見えなくなり、空色の青色が視界を埋め尽くし、最後に瞼が落ちていき、黒に染まりました。
「律ちゃん!!」
重力に従い落ちていた私の背中に温かく、心地よい感触が回され、重力に従っていた落下は止まり、私の身体はそのまま温かさに包み込まれました。
上手く目が開けられず、耳もよく聞こえませんが、微かに聞こえてくる吐息は、荒く、大きく、焦りの色が見えていました。
ゆっくりと瞼を開いていき、ほぼぼやけていて、よく見えませんが、私のことを見ている人がいました。
ぼやけていて、よく見えず、表情も、誰かすらもよく分かりませんでしたが、私にはこの人が誰なのか分かりました。
地面に向かってまっすぐに下へと伸びた右手をゆっくりと持ち上げて、上にあげていき、ぼやけていますが、私のことを見ている顔に手を伸ばしました。
左腕の消えた痛みが今になって、私の身体に走り出し、身体中を駆け回るように回っていきます。
「律ちゃん、律ちゃんッ!」
私を呼んでいる声、いつも聞いている声、私を安心させてくれる優しい声、いつも余裕を持っている調子付いた声が、今は焦りと不安に満ちた私の知らない声となって、私の名前を叫ぶように強く大きな声で、言っています。
私は中々動いてくれない口を、ゆっくりと開いて、声を発しました。
「せ、んぱい…、、」
「律、ちゃん」
掠れた声は、風と周りの生徒達の声によって、搔き消されて、消えていきます。
瞼が落ちてきて、徐々に視界が暗くなっていく中、真っ黒になり、何も見えなくなる瞬間、先輩の焦り切った顔が、私の目に入り、黒に包まれました。
***
目の前で起きた光景に、俺は最初何が起きたのか分からなかった。
吹き飛び空へと舞い、血をそこら中にまき散らしながら、地面へと落ちていく、彼女についていたはずの白い腕が、離れていたからだ。
彼女の身体は足から崩れ落ち、地面へと落ちていく彼女を見た瞬間、俺は身体に魔力を纏わせ、全力で、本気で俺は全てを無視して、走り出した。
律ちゃんに向かって、身体を前のめりにして、腕を千切れるばかりに伸ばして、風を切り裂くように、走って、律ちゃんの背中に手を回して、彼女の細い身体を俺の手で支え、地面に落ちないようにする。
左腕は半分から無くなり、血を滝のように流し、彼女のいる地面は緑色から、赤へと染め上げていた。
彼女の顔を見ると、青白くなっていて、体温は下げっていて、彼女に触れた瞬間、俺はゾッとした。
彼女の身体は俺の身体よりも圧倒的に低く、彼女の身体を触っている俺の手はまるで氷を触っているように感じた。
呼吸を荒くして、力なく俺の手の中で意識を失いかけている律ちゃんを見て、俺の心臓は激しく脈打ち、呼吸は激しくなり、鼻呼吸から勝手に口呼吸へと変わった。
俺は今までの人生の中でも、出したことのない大声を出して、律ちゃんの名前を叫び、彼女の身体を抱いている腕に力が入る。
律ちゃんの名前を、五度目に叫び呼んだ時、律ちゃんの力なく地面へと落ちていた右腕がピクリと動き、ゆっくりと上にと持ち上げられ、弱弱しく俺の顔へと伸ばされた手を見た俺は、律ちゃんの顔に目を向けた。
うっすらと開かれた律ちゃんの目は痛みを堪えているような辛い表情の中で、どこか安心したような笑みを浮かべていた律ちゃんの顔が俺の目に映った瞬間、律ちゃんの目が閉じられ、上にあげられていた右腕は重力に従い、地面へと落ちた。
俺は律ちゃんを右腕だけで抱きかかえ、左手の人差し指に魔力を集め、目の前に星の図形を描き、星を囲むように二重の円を描き、二重の円の中に詠唱しながら、文字を書いていく。
素早く、正確にそして、落ち着いて書いていく。
魔法陣を描き切り、すぐに魔力を流して、教師の声や他の連中の声を無視して、魔法を発動させ、魔法陣から現れた光により、俺と律ちゃんは包み込まれ、消え失せた。
「深月!! いるか!?」
「聞こえてるし、見ていたから安心しろ」
そういうと深月は俺のそばに近づき、律ちゃんの身体に触れて、律ちゃんの足から頭までの身体をすべて見て、欠損した左腕に手を伸ばして、左腕を両手で包み込んだ。
深月の手から黄色い光が現れ、律ちゃんの欠損していた左腕が、生えるように少しずつ元に戻っていく。
血が止まり、身体の体温も少しずつ戻り、顔色もさっきよりも青白くなくなって、赤色の入った肌の色に変わっていた。
「とりあえずは治したから、これでいい。 そこにとりあえず寝かせてあげな」
「あぁ、助かる」
俺は律ちゃんに負担にならないようにゆっくりと立ち上がり、律ちゃんを深月が指差しているベットへと運び、そこにゆっくりと下ろし、シーツを律ちゃんに掛ける。
呼吸がさっきよりもゆっくりになり、安定している律ちゃんを見て、ようやく俺の心は落ち着き、大きく息を吐いた。
俺は律ちゃんから離れて、深月のほうに近づき、目を向けて、閉じていた口を開き、言葉を発する。
「助かった深月。 そしてついでに聞きたいことがある」
「あの子がどうしてあぁなったか、でしょ? 私ですら分からないが、恐らく律ちゃんに魔力がないのが原因だと、私は考えている」
「魔力がないのが、原因?」
律ちゃんには確かに魔力はないが、それで行くなら俺達には、起きない理由が分からない。
律ちゃんよりも幼い時から使っているのだから。
「律ちゃんは、お前が話していたが、他の世界の人間なのだろ? 私達とは身体の構造なども違うはずだ。 私達は生まれた時から、魔力という空間に慣れ親しんでいるが、あの子は違う。 しかし、一つ解明出来ない点がある」
「解明できない、点?」
「あの時、私の魔法を通さなかったのか、分からないだろ?」
深月は俺から目線を外して、律ちゃんに向ける。
確かに、それで行くなら魔力の何もない律ちゃんがこいつの魔法を防げるわけがない。
いや、それよりももっとおかしい点が一つ。
律ちゃんだけ記憶を失わず、さらに俺の書いた魔力も何も入っていない文字で、この世界に来た。
考えれば考えるほど、俺の頭は困惑していくばかりであり、どんどんと思考は深く、まるで迷路のように深い場所まで落ちていく。
「冬夜」
「……なに?」
「守れよ、そうじゃないとあの子、実験台にされて、二度と太陽の光の中で生きれなくなるからな」