五話
この世界での授業は当たり前ですが、私の世界とは全くの別物でした。
まず、授業のほとんどは魔法雑学が主となっていて、魔法陣の描き方、描いた魔法陣への魔力の送り方、魔法の属性など、殆どが魔法の事でした。
魔法陣は教科書に書かれたお手本を渡されたペンで描くだけなので、私でも出来るのですが、魔力が無いので私は全く魔法を使うことが出来ませんでした。
ちなみに全く出ないのは怪しまれるので先輩が横から微小な魔力を送ってくれて、私が魔法を使った様に見せてくれました。
教科書で見たのですが、普通二つの魔法を同時に、しかも違う魔法陣で使うのは難しいそうなのですが。
この横の先輩は私に余裕そうな笑みを浮かべながら、軽々とそれを行なっていました。
「相変わらず、天才ですよね……先輩って」
「まぁね〜天才だからね」
少しドヤ顔で言ってくる先輩にイラッとしますが、助かっているので私は何も言わずにクラス中に目を向けます。
目を向けるとクラスの方々も余裕で出来ているようで、人によって火力の差はあるものの、氷や炎や風など、さまざまな魔法が私の目の中に入ってきました。
「律ちゃんちょっといい?」
「あ、はい……どうしました? 先輩」
魔法に見惚れていた私の意識は後ろから伸びて来て、肩を少し引っ張った手により、戻されました。
私は後ろを振り向き、先輩の言葉に答えます。
「うん、律ちゃんにどうしても伝えておきたいことがあってね」
先輩は机に置いてあった私の教科書を手で少し引っ張り、先輩の近くまで持っていき、今開いているページを閉じて、次のページ、また次のページとめくっていきました。
「あの、先輩。 そこはまだ私達が習う所じゃ」
「いや、律ちゃんにはどうしても知っておいて欲しいんだ。 律ちゃんにとっては重要な事だから」
真剣な表情で先輩は教科書のページを次々とめくっていきます。
先程の先輩とは空気が全く違い、私は少し息を飲み、口を閉じます。
「これを見て、律ちゃん」
何ページめくったのかは分かりませんが、元々厚かった左側のページが薄くなるほどめくり、ようやく先輩は手を止め、指を教科書の上に置きました。
私は、先輩が指差した場所を見るとそこには魔術師の種類と書いてありました。
魔術師にも種類があり、呼び方が違うようです。
そして、先輩は指を少し下に動かして一つ目の魔術師の種類に指を置きました。
「まずは普通に魔術師。 これは誰でもなることの出来るもので、律ちゃんの世界で言うと農業とかそう言うのを魔術でやる人達のことだね」
「なるほど、魔力があれば誰でもなれる職業ですか」
私は先輩が指差すところを見つめて、ノートに書いていきます。
ある程度書いて手を止め、私は先輩の方を見ると、先輩は待っていたかのように、指を動かして次へと動かしました。
「そして次は魔騎師と聖術師と真理術師だね。 これは誰でもなれるわけじゃなくて、限られた人がなれるもので、魔騎師は国を守る存在で分かりやすく言うなら騎士だね。 聖術師は傷を癒したり、病気を治したり、する人で、病院的立場かな。 最後に真理術師…………これは俺がなりたい奴なんだ」
「先輩が目指している術師、ですか」
私は教科書に向けていた目を先輩に向けます。
先輩はいつもと変わらないような笑みを浮かべていましたが、その目にはワクワクしているようないつもとは違う笑みでした。
「うん、真理術師は今までのどれよりも異質的なモノなんだ。 これになれる存在は極小数、今までの歴史の中でもその数は十にも満たない。 真理術師はね全てを知れるようになるらしい、この世界の事も、外の世界のこともありとあらゆるモノ全てを知ることが出来るようになれるんだってさ」
「全てを、ですか」
「うん、ワクワクしない? だって誰も知らないような事を知れるんだから、俺はなって、知りたい。 この世界がある理由、なぜ生まれて、どう存在しているのかを」
こんなにも楽しそうに話す先輩を私は初めて見たので、私も笑みを浮かべました。
色々な先輩を知ることが出来て、私はとても嬉しいと感じます。
今まで先輩はあまり自分のことを出そうとはしませんでしたから。
しかし、突然先輩は目を細めて、先程の笑みは消え失せ、睨み付けるような顔をして、私を見つめてきました。
私はあまりの先輩の代わりように少し目を見開き、身体から熱が消えていき、凍えるような冷えた感覚が私の身体を襲います。
「律ちゃん、実はここに載ってない魔術師が、一ついるんだ」
「載ってない、魔術師ですか」
私は教科書に目を向けて、今まで先輩が教えてくれた魔術師に目を通します。
教科書に載らない魔術師、なぜ教科書に載らないのでしょうか。
「先輩、その魔術師はなぜ教科書に載らないのですか? だって、存在するのであればそれを載せていた方がいいと思うのですが」
「昔は載っていたよ教科書に。 でもね、そのせいで何人もの人間が死んだから、今は載っていないんだ」
私は先輩の言葉を聞いて、ゾクッと背筋が凍りつく様な悪寒がしました。
そんな大事件を起こした魔術師、どんなものなのでしょうか。
怖い思いと知りたいと言う好奇心が私の中に生まれます。
「その魔術師の名前は"奇術師"。 他の魔術師とは、いや全ての人間とは相容れない存在、それが奇術師。 彼らは魔法学の全てを研究していて、魔法専門の学者のような魔術師達なんだ」
「え、それって別に悪いことじゃ無いんじゃ。 魔法を研究してるだけなんですよね?」
先輩は首を横に振りながら、懐から小さなメモ帳をの様なノートを出してペラペラとページをめくっていきます。
そして、ある程度まくった後にそれを机に置いて私に見せてきました。
私はそのページを見た瞬間、声が出そうになり、口を抑えます。
何故なら、そのページには写真が貼ってあり、その写真に写っていた人間の身体が皮を剥がされ、腕を切り落とされ、足は変な方向に曲がっていたからです。
先輩は私が見た後、直ぐにノートを閉じて、懐に仕舞った後、閉ざしていた口を開きます。
「魔法の研究、確かにここだけなら聞き分けは凄くよく聞こえるけど、奴らは研究に対して犠牲を惜しまないから、その為なら非人道的な行いも軽々と行う、だから奇術師は今や禁じられた魔術師なんだ」
先輩は怒りに顔を染め、手を見ると、余程強く握り締めているのか、手からは血が出ていました。
「そして、奴らは解明出来てない、不明な存在を特に目を付ける。 だから、律ちゃん、その力は絶対に使わないで」
「ち、力?」
先輩は私の両肩を掴んで、目線を合わせ、訴えかける様に私に言ってくる先輩は、言葉は静かながらも必死な様子でした。
「そう、律ちゃんは気付いてないと思うけど、不思議な力があるんだ。 だから、俺から離れないで律ちゃんを絶対に守るから」
「は、はい分かりました」
先輩はそこまで言うと、頭を撫でて、優しい目つきで私のことを見つめ続けていました。
その後先輩はいつも通りの笑みを浮かべて、私が分からないところを教えてくれました。
授業後、私は図書室、というかほぼ図書館の様に広いのですが、に来ています。
あまりにも授業が分からなかったので、先輩にお願いして連れて来てもらったのです。
「じゃあ、俺は律ちゃんに必要な本を取ってくるから、ここで好きな本を見てて」
「はい、分かりましたありがとうございます」
先輩はそういうと無数にある本棚に向かって歩き出しました。
私は近くにある本棚に足を運び、その中から適当な本を手に取り、開きます。
書いてあることをほとんど理解出来ませんが、それでもどこか面白く、読む行為を進めさせます。
あらかた読み終わり、本を閉じて、本棚に返し、次の本を取ろうと手を伸ばした時でした。
「君が、小百合 律ちゃん、だよね?」
「え、?」
後ろから、私の名前が聞こえ、振り向くとそこには青髪で、先輩と同じ服を着ていて、先輩と同じくらいの年代の男の人がいました。
「えっと、あなたは」
「あ、申し訳ありません。 私の名前は御倉 苅磨って言います」
その人はお辞儀をした後、すぐに身体を起こして、私に近づいて来ます。
私は後退りして逃げようとしますが、すぐ後ろの本棚に阻まれ、追い詰められます。
そして、私を追い詰めて来た男性は後ろの本棚に右手を置き、私の目の前まで顔を近づけて来ました。
「目を見張るほど魔力があるわけでもなく、特別力があるわけでも無い。 それなのに序列一位のプライドに入ることを許され、学園長からもお墨付き、一体君は何者なのか、私は気になるよ……君のことがね」
そう言ってその男性は左手で私の髪に触れてくる男性にゾワッと寒気が走り、押し返そうと思った瞬間でした。
私の身体は左に引っ張られ、引っ張った人物の腕の中に閉じ込められました。
顔を見上げると、先輩が先程の授業中よりも、怒った顔で相手を睨み殺す様な目付きで、見ていました。
そして、数秒の間を開けて、先輩は口をゆっくりと開けて、言葉を発しました。
その言葉の音は、いつもよりも低く、恐怖を感じる声でした。
「何の用だ? 魔塔生まれの魔術師、いや奇術師」
先輩は左手を男性に向けて、その左手には魔力を宿していました。
魔塔生まれの、奇術師、私はゆっくりと目だけを後ろの男性に向けると、男性は不気味な笑みを浮かべて、ただ笑っているだけでした。