三話
「…………はい?」
私小百合 律は、困惑しています。
その困惑をさせらることになった原因の一つ目が私から見て左前で本が敷き詰められた壁にもたれ掛かり、相変わらず何を考えているのか分からない笑みを浮かべている先輩です。
そして二つ目は私の真っ直ぐ視線の先で、少し豪華に装飾された椅子に座り、少し横長い机に手を枕代わりにして寝転がり、だらしのない笑みを浮かべている女性でした。
「だから君にはこの学園の生徒になって欲しいんだ〜。 衣食住を付けてここに通うんだから、君にとっては嬉しくないなーい?」
助かります確かに助かりますけど、聞いてた話と全然違うと私は左前に居る先輩をキッと睨み付けます。
しかし、先輩は相変わらずただ笑みを浮かべているだけです。
「…………先輩」
「ん? どうしたの?」
顔を少し下に向けて、先輩に声を掛けます。
先輩はイタズラが成功した様な笑みを浮かべて私に返答の声を掛けてくれます。
恐らく次私が何を言うのかもバレているのでしょう。
しかし、私はそれを声にします。
「なんであんな風に脅したんですか!!!???」
私小百合 律、人生で最大の大声を発しました。
何故こうなったのかお話ししましょう。
数時間前、私は先輩の部屋でお風呂から出て、大きなバスタオルに自分の身体を包み込み、少し小さなタオルで頭を拭いていました。
「異世界のお風呂は凄いですね。 広くて少しはしゃいじゃいました」
温まって心地良くなった身体をタオルで拭き、水気が無くなってから私が先ほど着ていた物にはなりますが、下の下着を穿いて、上の下着を付けます。
「ドライヤーは、どこでしょうか」
まだ少し熱を持った身体には衣服が暑いので下着のまま私は洗面所にもう一度向かい、洗面所の中でドライヤーを探します。
しかし、それらしい物は見つからず首を捻りました。
見つからない物は仕方ないので、まだ身体は暑いままですが、服を着る為に洗面所から出ました。
「ふぅ、先輩に後でドライヤーがどこにあるかを」
「律ちゃんごめん待たせちゃって」
まさに同時、バッタリと言う言葉が似合うほど私と先輩は扉を開けてお互いを見つめました。
お互いの身体をじっくりと見れるほど。
「あ、いや律ちゃんこれはね……その〜」
「……っ、き……」
私は身体が震え、先輩は目を隠しながら言葉を発そうとします。
「わざとじゃないから落ち着いて! まずは落ち着いて服を着よ!? 絶対に見てないから!」
「そ、そうですよね! 服着て来ます!」
先輩の声に少し落ち着き、私は服を持って洗面所の扉を思いっきり開けて、飛び込む様に入り、扉を思いっきり閉めました。
五分後、私は洗面所から服をいつもの様に規則正しく着て出ました。
本当は一分も掛からないほどで着替えれていましたが、見られて恥ずかしい思いを消す為に、長く洗面所に籠っていました。
なんとか恥ずかしい思いを消すことが出来て出ましたが、下に向けていた視線を先輩に向けると、先輩はさっきの事はもう頭に無いのか、本を片手で持ち、顎に手を当てて真剣な表情で考え事をしていました。
忘れてくれるのは嬉しい様なしかし、そんな簡単に忘れて切り替えれるのかと言う少し怒りも感じましたが、それでも忘れてもらった方が嬉しいので、私は頭を振って先輩に近づきました。
「あ、律ちゃん着替えたね」
「はい…………ところで何をそんなに考えていたんですか?」
先輩の目の前まで近づくと待っていたとばかりに先輩は本から目線を外して私の方に目線を向けて来ました。
「あぁ、律ちゃんの今後のことを考えてたんだ」
「私、ですか?」
「そ、律ちゃんの今後をさっきまでとある人と話して考えてたんだよ」
「とある人?」
私がそう聞くと先輩は頷きました。
私の今後、私はこの世界の存在では無いのです。
この世界にとって私は部外者であり、本来なら居ない存在、私の今後はどうなるのでしょうか。
「さて、それじゃ今から会いに行くよ」
「わ、分かりました。 あの先輩、今から会いに行く人ってどんな方なんですか?」
「えっとね……一言で言うなら凄い人、かな」
私はその言葉に少しだけ驚きました。
先輩は自分が本当の天才故、他人を褒めたり、尊敬する事は中々ありません。
そんな先輩が凄いと言う人、どんな方が凄く気になりました。
「……そんな凄い人なんですね」
「あぁ、そうだなぁ。 俺も敵わないそして、この世界最強の魔術師かな」
「え!? そんなにですか!?」
先輩は少し間を置いてそう言いました。
私はその言葉に目を見開き、声が上がりました。先輩ですら敵わず、この世界最強と謳われる人、一体どんな方なんでしょうか。
「それじゃあ……話し合って私はどうなるんでしょうか」
「うん…………あぁ、今は言えないかなぁ」
「え……いえ、ないんですか?」
私の心に不安の感情が浮き上がって来ます。先輩が言うのを止めると言うのは一体なんの話をして、どんな結果になったのか私には分からないからです。
私は目線が下に下がり、スカートを握り締めて、手に力が籠ります。
得体の知れない不安と恐怖が私の心の中で渦巻き、身体を強張らせていきます。
「大丈夫だよ。 そんなに不安がらないで」
突然私の頭に温かいものが優しく乗せられました。
目線を上に上げて見ると、私の頭に乗っていたのは先輩の手でした。
先輩はそのまま私の頭に乗せている手をゆっくり動かして頭を撫でて来ました。
ですが、それのお陰か不安と恐怖の気持ちは少し薄れました。
「律ちゃんが酷い目に合うことは無いから、大丈夫。 それに俺が居るからさ」
「分かりました先輩のことを信じます。 それで、今から行きますか?」
私がそう聞くと先輩は人差し指で頬を掻いて、苦笑いをして少しの間口を閉ざしました。
そして、数秒した後先輩はまた口を開き、声を発しました。
「いや、多分行かなくても大丈夫手繋いで」
「え?……それってどういう」
「私が呼ぶからな」
先輩と手を繋いだ瞬間、突然凛とした女性の声が聞こえ、私と先輩以外の全て、壁、床、天井、空間自体が捻れて歪みました。
突然の出来事に私は咄嗟に飛び付くように先輩の右腕に抱きつきました。
異常な光景に私の身体は強張り、心には不安な感情が浮かび上がり、私の心を埋め尽くしていきます。
無意識に私の手に力が入り、先輩の右腕をさらに絡み付かせていきます。
「大丈夫、これも魔法の一つだから」
「そうなん、ですね……これが、魔法」
先輩の言葉に私の心から少し不安が取り除かれ、手から力が抜けていきます。
しかし、それでも先輩の腕からは離れることは出来ず、私は先輩の腕に抱き付き続けていました。
次の瞬間、空間の歪みが徐々に収まっていきました。
しかし、歪みが収まると部屋全体が変わっていました。
床、壁、天井、全て、少し豪華になっている様に感じました。
「もう少し普通に呼んでほしいかな。 律ちゃんが驚いちゃうから」
「まぁ細かいことは気にするな。 にしてもお前がそんなこと言うなんてなもしかしてか」
「違う断じて違うから速く要件を伝えてくんない?」
普通に話し掛ける先輩を少し困惑しましたが、先輩は先輩なんだなと思いました。
しかし、向こうもまるで先輩のことを知っている様に話しています。
二人はどう言う関係なのでしょうか、もしかしてあの方は、と考えていたのですが、女性は私の方を見てまるで悪戯が成功したかの様な笑みを浮かべていました。
「ところでいつまで抱き付いているんだい? もう魔法は終わってるし、怖いものも無いはずだが」
「え……?───ぴゃあ!?」
私はその言葉にようやく気づき、先輩の右腕から逃げる様に離れて少し後ろに下がります。
見られたと言う恥ずかしさによって私は女性の顔を見ることが出来ずに両手で覆い、隠します。
「はぁ、あんまり彼女をいじめないでよ」
「良いじゃないか可愛らしくてあっはっはっはっはっ!───・・・さて」
笑って不真面目そうに見えていた女性は一転、顔からは表情が消え、真剣な表情になり、目線は一切私からずれないほど見て来ました。
その眼力に少し押された私はまた先輩の腕に抱き着きそうになりましたが、先輩は私の頭を撫でた後に、少し左前の本が敷き詰められた壁にもたれ掛かり、私に視線を寄越しました。
恐らくこれは私にとって重要な話なのでしょう。
私は彼女の視線に押されながらも彼女の目赤い瞳をじっと見続けます。
彼女は瞬き一つすら行わず、ずっと私を見続けていました。
誰も言葉を発さず、空間が無音に包まれました。
時間で言えば恐らく数分程度の筈ですが、私にとってはその数分がかなり長く感じられました。
「ふぅ、いや〜ごめんね〜」
突然女性は空気を吐くと先ほどの表情は何処へやら顔にだらしのない笑みを浮かべて、気だるそうに机に身体を倒しました。
呆気に取られて声すら出せずに私は困惑することしか出来ませんでした。
「いやぁ君を脅したいわけじゃないんだ〜。 お話はしたいけどね〜」
「ごめんよ律ちゃん。 この人はこう言う人だから気にしないで」
女性の方は怠そうに寝転がり、先輩は苦笑いでどこか申し訳なさそうに言葉を掛けてくれました。
「え、えっと」
「あ〜そういえば私の名前まだだね〜。
私の名前は咲雪 深月。 気軽に深月って呼んで〜」
「あ、はい…………わ、私は小百合 律です。 よ、よろしくお願いします」
「うん、律ちゃんね〜」
深月さんの気の抜けた声に呆気に取られていた私は彼女が自身の名前を口にしてようやく意識が引き戻されました。
深月さんの余りの変わりように私はどう反応すればいいか分かりませんでした。
「とりあえず話してよ要件を。 ただ雑談をするために呼んだわけじゃ無いんだからさ」
「おぉ〜そうだったね〜。 律ちゃんの今後を言うね〜」
「……はい」
私は深月さんの青い瞳を見て彼女の言葉を待ちました。
少しの沈黙の後、彼女は口を開きました。
「律ちゃんはね〜この学園に通ってもらうよ〜」
「……………は?」
「要するにこの学園の生徒になってもらうってことかな〜」
私の頭は回転を止め、身体は動かせず固まりました。
そしてこれが私のあの大声に繋がったのです。
「あははははごめんごめん。 律ちゃんの反応が面白くてつい」
「ついじゃありませんよ! ほんとに怖かったんですから!」
私は左前に居た先輩に詰め寄り、先輩のケタケタとふざけて笑う顔を睨みます。
「元気だね〜。 ま、そう言うわけだからよろしくね〜」
「は、はい」
深月さんは机に身体を倒して目を瞑ってほぼ寝てるかの様な状態で手を振って言ってきました。
正直何にも伝わりません。
「制服は後でこいつに持って行かせるし、教科とかもこいつが教えてくれるから今日はもうこいつの部屋で過ごしちゃって〜。 後申し訳ないと部屋は簡単に用意できないから当分こいつの部屋で」
「一応僕にも名前あるんだけどなんでこいつなんだよ。 まぁ良いけど、とりあえずそう言うことだからよろしくね律ちゃん」
「もう……はい、もう分かりました」
半ばヤケクソになりながら私は先輩が出してきた右手に左手で応じて握り返します。
私はすぐに手を離し、扉へと足早に足を動かします。
「もう今日は戻ります!」
「律ちゃん帰れる?」
「………………」
部屋に戻ろうと扉の柄に手を掛けた瞬間、先輩の言葉で気づき、私の手は止まります。
連れて来られたのでここまでの道のりを知らないので戻れないことに気付いたからです。
「えっと〜送り返す?」
「お願いします!」
「あ、は〜い」
深月さんの言葉にやや食い気味で言い返します。
しかし、いつまで経っても何も起きず、私は深月さんを見ます。
「…………あ、ごめ〜んお手数かけるんだけどさ。 これに入って」
そう深月さんが言うと私の目の前に白く光る渦が現れました。
私は恐る恐る渦に近寄ってその渦の中に入りました。
「これで、良いんですか?」
「うん〜ありがと〜えい」
「ッ!?……わ、ぁこれが魔法」
突然私の視界が全て真っ白になり、目を瞑ります。
次に目を開けた時には見覚えのある光景で、周りを見ると先輩の部屋とすぐ分かりました。
「魔法って、凄いですね」
少し苦笑いをしながら私はそう呟きました。
***
白い渦の中に律ちゃんが消えたのを見て俺は笑顔を消して、いつまでもだらしないフリをして机に倒れている女を見る。
「いつまでやってるつもり?」
「………………実際疲れたんだよ。 最上位魔法をあんな長い時間使えば私でも疲れるよ」
海の様に青い瞳を俺に向けてそいつは身体をようやく起こして俺を見る。
「あの子は、本当に魔力無しなの?」
「?……………当たり前だ。 あの子は普通の女の子だ」
「なら何故、私の魔法ですら彼女の心は見れないんだ?」
「は?」
俺は大きな声をあげて、深月を見る。
こいつはいつも馬鹿みたいにダラけているが、こいつは本当にこの世界最強の魔術師であり、こいつ以上は実際居ない。
そんなこいつでも見れない、それは一体どう言うことだ?
「とりあえず私は疲れたから休む、が。 最後に言えるとするなら、魔塔の奇術師どもにはあの子を近寄らせるな」
「分かっている当たり前だ」
俺は深月を一目見たあと、一言も発さず、部屋を後にした。