十話
太陽が灰黒い雲に完全に覆い尽くされ、光が完全に遮断され、世界は黒くなり、空からは小さな雫がポツポツと落ちてきました。
落ちてくる雫は徐々に落ちる速度が速くなり、量も増えていき、無音だった外の音はノイズのような音を放ち、地面を濡らし、水溜まりを作り、建物に水滴を付けていきます。
止めどなく水を降らせ続ける灰黒い雲は、雲と雲の隙間から、目を離せば見過ごすほどの閃光を放ち、その閃光は形となり、一筋の光となり、地面へと落ち、遅れて轟音が響き渡りました。
何度か光を落ちるのを見た後、窓の横に付いているカーテンの紐を外して、横に引いて、窓を覆っていき、外の景色を遮断します。
しかし、カーテンの布だけでは遮断しきれない光が、遅れて来る轟音と共に、その存在を確かなものとして、知らせてきます。
身体を後ろへと向けて、寝ていたベットへと両手をついて、背中をベットに向け、腰をゆっくりと深く下ろして、目を窓へと向けます。
少し高いベットは深く腰を下ろせば、私の両足が地面から浮かび上がります。
伸ばしても届くことのない両足は重力に従い、下へと引っ張られ、力無く、空中でぷらぷらと動き続けています。
未だ雷鳴が鳴り響き続ける窓から目を離して、改めて自分の失ったはずの左腕へと目を向けて、じっと見つめます。
自分の身体から吹き飛び、失った瞬間すら、この目に抑えていたので、夢や幻覚などではありません。
ですが、何事もなかったかの様に付いていて、動かすことの出来る左腕に拭いきれない違和感を感じながら、何度も左腕を回したり、手を開いたり、閉じたりして動かします。
何度か左手を動かした後、左手から目を離して、右手を右手が隠れる様に覆う様に、頭を支えます。
そのまま目を閉じると聞こえていない筈なのに、浮かび上がってくるあの声が、頭の中で木霊するように何度も響き渡り、聞こえて来ます。
『……まだ、来るナ』
私に何を伝えたかったのか、まだ来るなとはどう言う意味なのか、何故そんな言葉を言ったのか、全てが疑問であり、考えても何も分かりません。
頭を右手から離して、目線は再び目線をカーテンに覆われた窓へと向けます。
未だ雷鳴を響かせ、カーテンの布の隙間から、光を通してくる雷は、目では見えませんが、雨と共に地面へと落ちていることが、想像出来ます。
身体から力を抜いて、腰を下ろしていたベットに身体を倒して、身体をベットへと埋めて、左手を目元へと手の甲を向けて、当てます。
ベットに身体を預けた瞬間、身体を動かすことが億劫になるほどの倦怠感と疲労感が、私の身体を襲う様に現れ、覆い尽くてきます。
寝ていた筈なのに、消えていない身体に染み込んだ様に残り続けているこの気持ちの悪い感触に顔を歪ませて、目を瞑ります。
「律ちゃん、起きてる?」
「!……せんぱい?」
耳に聞こえた聞き慣れた声に瞑っていた目を開けて、身体を起こすと、ベットを覆っていたカーテンとカーテンの隙間を広げて、先輩が広げた隙間から、心配そうな顔で覗き込んでいました。
「起きてはいるみたいだね。 身体の調子はどう?」
「はい、痛みなどは大丈夫なのですが、身体にずっと倦怠感と疲労感があります。 寝ていた筈なのですけど」
先輩はカーテンをさらに広げて、カーテンに囲われた中に入り、私が座っているベットへと歩いて来て、目の前に来ました。
そして、右手から黄色の魔法陣を展開すると、その中から小さな鞄の様な籠を出して来ました。
先輩が出した籠に目を向けると、その籠の中にはフルーツや小さなケーキなどが入っていました。
先輩はその籠をベッドの上に置くと、籠に意識が向いていた私の意識を自分に向ける様に声を発しました。
「倦怠感と疲労感だよね? 律ちゃんに少し申し訳ないんだけど、身体に触れてもいい?」
「身体、ですか? 全然平気ですけど」
「ありがと、じゃあ失礼するね」
先輩は感謝の言葉を述べた後、両手に付けていた白い手袋を外して、私の左手を手に取り、両手で包み込み、マッサージをするかの様に握り、左手で手を取り、右手を徐々に上へと上げていき、腕から肩を握って来ます。
「うん、もう左腕は大丈夫だね。 さて、次は律ちゃんの身体に残る倦怠感と疲労感なんだけど、どんな感じなの?」
「はい、身体を動かすのも難しいと言いますか、億劫になっちゃうそんな感じで、今こうやって座ってるのもいや、と言うか」
「なるほどね。 少し見てもいい? あ、寝転がってもいいよ」
先輩の言葉に私は首を縦に動かして、ベットの中へと沈む様に私は身体を倒して寝転がり、身体全体から力を抜いて、身を任せます。
先輩は私が寝転がった後、履いていた靴を脱ぎ、ベットの上に乗って、私の両足を右手でなぞる様に触り、徐々にその手を上げていき、太もも、腰、お腹、腕、肩、頭まで持っていき、何かを確信した様に頷き、私から少し離れました。
「深月の言った通り、か。 律ちゃん今どう?」
「?…………あれ、身体が、楽です」
「うん、やっぱりね。 律ちゃんの身体はね魔力に耐えられないんだ」
「魔力に、ですか、?」
先輩は私の言葉に対して、言葉で返す代わりに頷いて、肯定の意を見せてきました。
力が入るようになった身体を両手の掌をベットに当てて、ゆっくりと身体を起こして、右手で支えて、左手の掌を見つめて、ゆっくりと握り締めます。
「律ちゃんはこの世界の人間ではない。 恐らく今回律ちゃんの左腕があんな風になったのも、寝たはずなのに身体に残り続けた倦怠感や疲労感も、律ちゃんの身体は魔力に耐えることが出来ないから、だからなんだよ。 僕らにとっては魔力は無害なものであり、寧ろ必要不可欠なものだけど、律ちゃんからしたら、身体に害をなすものであり、猛毒と変わらないんだ」
「…………そ、それでは、もし下手に魔力に触れたり、身体の中に入ったら」
「うん、少量の魔力で今の状態になったところを考えると、律ちゃんの今考えていることが起きるだろうね」
ゾッと身体が凍り付くように冷える感触が広がり、咄嗟に両手を前で交差して、上腕を握り、身体を縮こませるように、両手で自らを包み込みます。
先輩はそんな私を見てか、無言で頭をゆっくりと撫でてきました。
それでも、恐怖は収まることがなく、私の身体をガクガクと震えさせ、熱が抜けたように冷えていく感触に吐き気すら感じます。
「…………怖いよね律ちゃんにとっては簡単に死ぬと言ってもいいもの、だもんね。 でも、信じて律ちゃん、次は絶対に、何があっても律ちゃんのことを守るから」
「せ、……ん、ぱぃ」
「怖いよね、ごめんね」
先輩は手を私の頭から離した後、ゆっくりと両腕を広げて、私の身体を包み込んできました。
先輩の身体は私の身体に比べて、大きくて、温かくて、恐怖を打ち消してくれるほどの安心感が私のことを包み込んできます。
包まれた身体からは徐々に震えが収まっていきました。
安堵のおかげか、私の瞼は徐々に重くなっていき、意識も朦朧としてきました。
そのまま瞼は止まることなく、完全に閉ざされ、意識は黒い闇の中へと落ちていきました。
おやすみと、私の耳に入ってきた気がしました。