花蜜病の王子のつがいになりました
窓の外がオレンジから紫に変化していく時間。今日もこの時間がやってきた。
控えめなノックと共に入ってきた彼は、まっすぐルナへと向かってきた。
ルナの元へ到着すると、表情を変えずに少し屈む。ルナも立ち上がりそっと彼の頬に手を当てる。そして触れるだけのキスをした。
「お身体いかがですか」
ルナは笑顔を作り声をかけるが、彼は言葉を返すことも、視線を合わせることもなく、すぐに姿勢を正し回れ右をして部屋から出ていった。
パタンと扉は閉じ、静寂が広がる。窓の外は完全に紫色に移ろい部屋はぐっと薄暗くなった。
・・・
花が咲き乱れる小さな島国。
かの国には決して立ち寄ってはいけないよ、恐ろしい奇病があるからね、と近隣の国では言い伝えられている。
その噂は本当で、この国には「花蜜病」という奇病があった。
発症確率は低く、年に数組。
組とはいうのは、必ずペアで発症する病気だからだ。
花蜜病は人間が花に変わってしまう病気だ。
最初は香水のように花の香りが患者に纏い始め、進行すると涙や汗が花びらに変わり、末期になると身体中に花が咲き誇り、最後には花が全て散りそこにいたはずの人間ごと消えてしまう美しくて恐ろしい病気だ。
しかしこの病気には治療方法がある。
必ずペアで発症するこの病気、花の症状が顕れるのは「フローラ」と呼ばれる片方のみ。
もう片方の「アピス」は病を患うのではなく、フローラの特効薬となる。
アピスがキスをすると、フローラを花に変えていく毒素を吸い出す事ができた。アピスには毒はうつらない。それゆえに「花蜜病」と呼ぶ。
完治することはないが、アピスと共に過ごし定期的にキスをすることで症状を抑えることができる。
もう百年以上も続くこの病を国民は受け入れており「花蜜病」を患った者は国に保護され、男女関係なくペアを結婚させることが法律で決まっていた。
アピスにはリスクがないこの病、アピス側がフローラ側に多大な見返りを求めたり、気に入らないことがあると見殺しにすることが長い歴史の中で繰り返された。それを防ぐための法律だ。
長年研究は進められているが、未だに病気については解明されておらず、解決策とはいえないが対処策として結婚が採用されていた。
これはそんな奇病「花蜜病」によって引き起こされる男女の小さな恋物語たち。
・・
窓の外がオレンジから紫に変化していく時間。今日もこの時間がやってきた。
控えめなノックと共に入ってきた彼は、まっすぐルナへと向かってきた。
ルナの元へ到着すると、表情を変えずに少し屈む。ルナも立ち上がりそっと彼の頬に手を当てる。そして触れるだけのキスをした。
「今日もお疲れ様です」
ルナは笑顔を作り声をかけるが、彼は言葉を返すことも、視線を合わせることもなく、すぐに姿勢を正し回れ右をして部屋から出ていった。
パタンと扉は閉じ、静寂が広がる。窓の外は完全に紫色に移ろい部屋はぐっと薄暗くなった。
・・
事務的なキスから三日前のこと。
朝の着替えをしながら、ルナは胸元に見覚えのない痣を発見した。
小さな六角形。いや、これは六角形ではない。蜂の巣……アピスの紋章だ。
この国に生まれた者は、必ず学ぶ花蜜病。
胸元に花か蜂の痣が顕れたら、即座に国に申し出ることが義務付けられている。
「……私が、アピス!?」
いつか痣が出るかもしれない、それはこの国の者なら誰でも思っていることだ。しかし本当に自分の肌にくっきり浮かんでいるのを見ると、やはり驚いてしまうし覚悟は出来ていなかったのだと気付く。
城下町で宿屋を営んでいる両親と弟と住むルナは十八歳。
そろそろ結婚も意識する年齢だったが、アピスになったからには自動的に結婚相手が決まるわけだ。
「とにかく申請に行かないといけないわね」
動揺している自分にも言い聞かせるように言葉に出してみた。
ひとまず両親に報告し――両親もかなり動揺していたが――、その足でルナは申請手続きのために王城へ向かった。
すぐに死に至る病ではないが、フローラ側は痣が浮かべば生きた心地がしないだろう。
早めに手続きをして、アピス側はきちんと存在することを相手側に伝えたいと思ったのだ。
王城の門には市民窓口が設けられている。花蜜病の手続きだけではなく、他の相談なども承っているので朝から数名並んでいた。
もしかするとこの中に自分の結婚相手がいるかもしれないとルナはソワソワした。
十五分程過ぎただろうか、ルナの順番がやってきて、アピスの紋章が浮かんだことを伝えると窓口担当の中年の男性は顔色を変えた。
「いつ痣が出てきましたか?」
「気づいたのは今朝です」
「すぐに案内しましょう」
ルナにそう告げると周りの騎士に向かって叫んだ。
「私は報告してくる、彼女を案内しろ!」
そして男性は城に走って行ってしまった。残されたルナは数名の騎士と共に城の中に案内される。
アピスは責任重大なことだものね。ルナは決心して進んだ。
・・
一室に案内されたルナが待っていると、ドタバタと五名ほどの人間が雪崩込んできた。
皆、初老の男性達だ。高級そうな服を着た雰囲気からするとこの国の貴族たちだろうか。
「市民情報と照らし合わせました」
先程窓口で受付をしてくれた男性が書類を一人の男性に渡す。
「ふむ、平民か……。どうしたものでしょうか」
「どうしたも何も私の娘と結婚が決まっているんだ」
「さすがに平民との結婚はありえませんよ!」
「側妃というのはどうでしょうか」
「私の娘が正妻になんだぞ。側妃が平民なんてありえないだろう」
彼らは誰もルナが目に入っていないかのように大声で話している。ズカズカと入り込んできたのに挨拶すらせず、ルナのことが見えていないかのようだ。
「しかし、法律では結婚を義務付けられていますし」
「馬鹿なことを言わないでもらえるか!」
ルナはあ然としながらも、どうやら自分の相手のフローラが身分の高い人間だと気づいた。結婚相手としてルナは認められないらしい。
「考えていても仕方ないでしょう、殿下のお命が危ないのだから」
「とりあえず議論は後にしましょう」
「そうだな、ひとまずどこか部屋を用意してくれるか?」
「彼女はどうしますか」
「そもそも本当にアピスなのか?確認しろ」
ようやく彼らがルナを見たかと思いきや無遠慮に上から下までジロリと見られた。そして彼らは控えているメイドに何やら指示をする。彼女はルナに近づいきて、失礼しますと一言、ルナのワンピースの胸元のボタンを外した。
「きゃ……!」
胸全てが露わになったわけではないが、大勢の前で胸元を広げられるなんて屈辱だ。彼らはそれでも気にせずにルナをジロジロ見た。
「なるほど、本物らしい」
「とりあえず案内しろ」
と一瞥すると、もうルナへの興味はなくしまた大声で騒いでいる。
恥ずかしさと悔しさと驚きでルナは何も言えずにいたが、気づいたときには騎士に囲まれていた。
・・
それからどれほど経っただろうか。ルナは一室に案内されて軟禁されていた。
彼女を部屋に案内した年配の男性は容赦なくルナに告げた。
「もう君は家には帰れない」
帰りたいと言っても、泣いても無駄だった。部屋の扉は騎士が立っているし、案内された部屋は高い塔にあった。身を投げれば死んでしまうだろう。
その後入ってきたゴディエ公爵と名乗る男性は無慈悲に説明をした。
相手はこの国の第一王子ルイ様であること。
ルイには婚約者がいること。
王子と平民の結婚はたとえ側妃であろうと認められないこと。
それでもルナはルイのアピスとして生涯その身を捧げなくてはならないこと。
実家にはもう戻れず挨拶もさせてもらえないこと。
ルナがこの命を拒否するのであれば、王子を傷つける反逆罪としてルナとその家族は処刑されること。
どれもルナの心情を一切考慮しない冷たい言葉で、公爵は事実だけ突きつけてさっさと出ていてしまった。
ルナは絶望していた。自身が置かれている状況に、そして親切心を仇で返されたことに。
本当は結婚相手を勝手に決められるのは嫌だった。
それでも、この国に生きるものならば、自分がフローラになった時のことを一度は想像する。
自身の身体が花に覆われていく悪夢を見たことは皆あるだろう。
だからこそ、アピスに選ばれたからには責務を果たそうと思っていたのに、まさかこんなことになるだなんて。
そして家族のことを想った。軽く手続きをしてくると出かけた娘が帰ってこなかったらどう思うのだろう。国から何か説明はあるのかもしれないが、別れの挨拶もさせてもらえないだなんて。
それからしばらくたってゴディエ公爵に案内されてルイ王子がやってきた。
彼が入室した途端、部屋はバラの匂いがむせ返る。これが花蜜病の香りか。
ルナは少し期待していた。王子がこの状況を見て、ルナに同情してくれることを。感謝してくれることを。
しかしルイ王子はチラリとルナを見ただけだった。彼は噂通り美しい王子だったが、その美しさが恐ろしくなるほどに冷たい瞳をしていた。
騎士が椅子を用意してルナの前に置くと、ルイはそこに座った。
「キスをしなさい」
公爵はひとことだけ発した。
ルナは動くしかなかった。こんな辱めを受けるくらいならルナはもう塔から身を投げたってよかった。しかし城下町にいる家族が人質になっている。
国の重役や騎士たちに囲まれて、脅されて、ファーストキスをすることになるだなんて今日の朝まで思いもしなかった。
座っているルイに顔を近づけた。手も足も震える。ルイから動く様子はない。ルナは涙をこらえてそっと顔を近づけて口づけた。
「どうですか、殿下」
ゴディエ公爵は震えているルナを気遣うことはもちろんなく、ルイを思いやるように見つめた。
ルイは後ろに控えていた従者からペーパーナイフを受け取ると自分の指に滑らせる。すっと赤い血が指に滲む。
「うん、効果はあるみたいだな」
「それはよかった……!」
ゴディエ公爵は大げさな声を出して笑顔を作るが、ルイの顔には何の感情も浮かんでいない。
「感謝する。では」
そう一言ルナに告げると、彼らは出て行った。
初めてのキス、王子の冷たい瞳、遠慮のない周囲の反応。ルナの心は砕け散りそうだった。
・・・
軟禁されて五日がたった。
三食の豪華な食事、使用人たちが洗ってくれ丁寧に梳かしてくれる髪の毛、広すぎる部屋、フカフカの清潔な布団。実家にいた時からすると比べ物にならないほどの生活ではあった。
しかし扉の向こうには騎士が控えていて、この部屋からは一歩も動くことはできない。
この窮屈な生活でルナを暗くさせることは二つあった。
一つはルイとの事務的なキス。彼に毎日笑顔を向けるものの視線すら返してもらえないのは毎回胸がぎゅっと痛んだ。
それでも彼にわかってもらいたくて、笑顔はやめなかった。
彼の命を守ることができるのは、この世にただひとりルナだけなのだ。ルナと信頼関係が結べてない今、一番不安なのはルイだろうとルナは思った。
ルナが家族を気にせず逃げ出してしまえば、命の危機に直面するのは他でもないルイなのだ。ルナは逃げ出すつもりはないけれどルイには伝わっていないだろう。
だから、ルナは笑顔で彼を迎えたかった。いつか伝わると信じて。自分はルイの敵ではなく、あなたを救いたいのだと伝えたくて。
そしてもう一つ、ルナの心を暗くさせるのはゴディエ公爵の娘ベラの存在だ。
彼女はルイの婚約者であり、一年後彼女の学園卒業を待って結婚する予定だったらしい。
そこに毎日キスをする役目の女が現れたのがよほど気に入らないようで、公爵と共に部屋にやってきては嫌味をつぶやき帰っていくのだった。
「勘違いしないでちょうだいね。あなたのキスは治癒魔法の一環なのよ」
「ルイ様と結婚できると夢見たんでしょうね、恥ずかしい女」
「早く一年後にならないかしら、あなたは知らないでしょうけどルイ様はとても紳士的なのよ」
婚約者が他の女性とキスするなど耐えられないだろう。彼女の気持ちもわかるのでルナは黙っていた。そしてルイと自分には大きな身分差があることもわかっている。王子との恋愛など夢見たこともない。
アプローチがルナに効かないと気づいたベラは違う方向から攻撃してきた。
「本当に厭らしいわね、平民って。
アピスを輩出したといってあなたの親は高額な報酬を希望したのでしょう?王子の役に立てるだけで光栄なのに、たかるだなんて恥ずかしい人ね」
と家族を侮辱されたのはさすがに許せなかった。
ルナの両親がそんなこと言うはずがない。
ルナの痣が出現したあの日だって、ルナを心配しつつも「フローラの痣があらわれた方は今もっと不安でしょうね。早く行ってあげなさい」と送り出してくれたのだ。
悔しさで今まで我慢してきた涙がボロボロとこぼれた。ずっと人前では泣かないように気を張っていたがもう無理だった。
「私のことは何を言ってもいいわ。でも両親のことを言うのは許さない。」
ルナが震える声で叫ぶとベラはさすがに一瞬ひるんだがニヤリと笑った。
「あら、おとなしくしていたのに本性が出たようね」
「あなただって、大事なお父様がいるのでしょう。私も家族を辱められて黙っていられないわ!」
「それはそうだね」
先ほどまでこの場になかった声が聞こえて、二人が扉の方を見るとそこには涼しい顔をしたルイが立っていた。横には顔面蒼白のゴディエ公爵もいる。
「殿下……!い、いらしてたのですね。この者が騒いでいたので諫めておりましたの」
「ふうん」
令嬢の言葉にどうでもよさそうにルイは二人に近づいてきた。後ろには白衣を着た医者が続いてきた。
「この子と話があるから出て行ってくれる?」
「でも、今彼女は興奮状態ですのよ。それにまだキスのお時間では……」
「君には関係ないよね。出て行ってくれる?ゴディエ公爵は残って」
「は、はい。失礼しました」
ルイの冷たい瞳に耐えられなかったのだろう、ベラはささと出て行った。
私も逃げられるなら逃げたいものだとルナは思ったが、話があるらしいし、そもそもこの部屋から逃れられはしないのだ。
「彼女からキスをしてもらっても病状が進行しているんだ」
ルイはベラが出ていくのを見送るとすぐに本題に入った。こうやって彼がきちんと話している姿を見るのは初めてだ。
「どうやら一緒に過ごす時間が足りないらしい」
そう言うと、後ろの医師に目配せする。医師もうなずいて症状についてゴディエ公爵に説明した。
「そういうわけだから、公爵の指示には従えない。私の命の問題なんだ」
「は、はあ。それはそうですが……」
「ひとまず彼女の過ごす場所を私の部屋にうつすから。それでいいね?」
「はい……」
ゴディエ公爵は納得していないが、ルイの命令には従う他ないようだ。
「それじゃあ行こうか」
ルイはルナに目を向けた。そしてそのまま部屋を出ていく。ルナは着いていくしかなかった。
・・・
ルナが軟禁されていた塔は、王城の端にあったらしい。ルイの自室まで行くのに時間がかかった。
たどり着いたルイの部屋は別世界のような部屋だった。ルナの部屋でもだいぶ広く感じたが、その比ではない。豪華な調度品も上品なもので揃えられている。
「これからここで過ごしてくれる?」
部屋に到着するなり、ルイは言った。
「そんなに殿下の症状はひどいんでしょうか」
先ほどの医師は深刻そうに言っていた。こうやって部屋で共に生活しないといけないほどなのだろう。
「いや全然」
いつものように淡泊な口調でルイは答えた。しかしいつもと異なるのは……彼はいきなりルナに向かって深く頭を下げたのだ。
「えっ、どうされましたか。具合でも……」
「いや、だから全然それは大丈夫。医者の言葉はこの部屋に連れてくるためのウソだから……ってそうじゃなくて、今回は本当に迷惑をかけてすまなかった」
彼は頭をあげて、その瞳に初めてしっかりとルナをうつした。申し訳なさそうにこちらを気遣っている。
「えっと……」
この数日、人間として扱われていなかったルナは事態を読み込めない。
「ごめん、説明しないといけないね。隣に座ってくれる?」
彼はそう言って、金の縁取りが美しいソファに腰かけた。恐る恐るルナも近づいて隣に腰かける。
「君がアピスとして来城したのを初めに知ったのはゴディエ公爵とその臣下だけなんだ。
彼らは、君と家族が王家を相手取って恐喝してきたと主張しててね」
「まさか……!」
「君の実家は娼館で、君も娼婦だと言っていたかな。さすがに下手すぎるウソだよね」
ルイは呆れた表情を浮かべた。
この数日、彼から何も感情も読み取れなかったので、そんな表情だとしても、感情が伝わってくることが嬉しく感じる。
「殿下は、公爵ではなく私のことを信じてくれたんですか」
「うん。それなのにあんな態度を取って本当にすまなかった」
ルイはこちらに向き直った。きちんと瞳にルナをうつして、真摯に謝罪をしてくれる。ちゃんと対等に接してくれている。
「君が不安なのはわかっていたんだけど、ゴディエ公爵に知られないように動きたいことがあって。本当にごめん」
「どうして私を信じてくれたんですか」
「君の素直さはわかるよ」
そう言ってルイはルナの手を取った。
「君、ずっと震えているから。私とキスをするときに」
言われてから気づく、今もかすかに手が震えていることに。
「私のことを恨んでもいいのに、いつも笑顔で迎えてくれてありがとう」
ルナの瞳からポタリと涙が零れ落ちる。ああそうか、とルナは気付く。ありがとうと一言言ってもらえるだけでよかったのだ。
何も報酬はいらない。地位だって求めていない。でも温かい気持ちを返されたかったのだ。
「どうして君は私にキスをしてくれたの? 恨まなかったの?」
今度はルイが尋ねる番だった。ルナの涙をハンカチでぬぐいながら優しく尋ねた。
「正直言うと少しは恨みました」
「それはそうだろうね」
「でも、この国の人ならば一度はフローラの痣が出た日のことを想像するはずです。きっと殿下は混乱されていると思いましたから」
「それだけでキスしてくれたんだね」
「脅されていたからかもしれませんよ」
「そんな風には感じなかったな。
私がフローラだからかもしれないけど、君のキスは優しく感じたんだ」
そういうルイの声もひどく優しかった。
脅されていたから仕方なくキスをした。それも本当だ。
でも、キスのたびにルナは願っていた。このキスで彼の病状が和らぎますように。進行が抑えられますようにと。
彼の不安が少しでも取り除けますように、と願ったその気持ちが伝わっていたのだろうか。
「ひどい態度を取って本当に申し訳なかった」
「もういいんです、殿下のお心がわかって嬉しいんです」
この数日間、一番つらかったのは寂しかったことだ。
運命の相手とも言われるフローラの心が全く見えなかったことが。
ルイがこうしてきちんと話してくれたなら、もうそれでよかった。
「公爵の監視もここなら大丈夫。
それから君の家族も保護しているから安心していい。君の家族を保護するまでは公爵に何も言えなかったんだ。時間がかかってしまってすまなかった」
「本当ですか……!」
ルナが一番気になっていたのは家族のことだ。ホッとしてまた涙があふれてきた。
「父にも話をしている。アピスが名乗り出てくれたことを本当に感謝しているよ」
「国王が」
「それで、この国の法律として、フローラとアピスは結婚する義務があるんだが……」
「えっ、それは今回は適例されないのではないですか?」
「ゴディエ公爵がそうしたかっただけだろう」
自分の娘との婚姻がなくなると思って焦っての行動だったのだろうか。
門の担当から初めに話が伝わったのがゴディエ公爵だったのが今回の運の悪さなだけで、はじめから国王に伝わっていればこんな事態は起きなかったのかもしれない。
「しかし……」
そう言って、ルイは少し思案している。国の法律とはいえ、王子と平民だ。
やはり彼も、相手は公爵令嬢の方がいいのだろうとルナが思っていると
「こんなにひどいことをして、君はどうだろうか」
とルイは控えめに尋ねてきた。顔も声音もやはり優しい。
「えっと、正直私は混乱してします。まさか王子との結婚だなんて……ゴディエ公爵でなくても釣り合わないと思うと思うのですが」
「通常ならそうかもしれないけど、花蜜病は例外だよ。過去にも同様の例がある」
「しかし婚約されていたご令嬢は」
「ゴディエ公爵家は罰されるだろうね。王子のつがいであるアピスを騙して、王家まで欺いたのだから。もちろん婚約も破棄されるよ」
「そうなんですね……」
「それで、君はどうかな?」
そう言ってルイはルナの手をもう一度握った。
「君はまだ私のことを信用できないと思うし、私も恋かと聞かれるとまだ違う。
でも、君のことをもっと知りたいと思っているんだ。
もう一度初めからやり直してもらえないだろうか」
正直なところ、まだ信用はできないし恋は全く始まっていない。でも、ルイはルナのキスを優しく感じたと言った。
今、ルイの手からあたたかい気持ちが伝わるのは、フローラとアピスだからなのだろうか。
きっと違う。――ルナは信じてみたいと思った。
「はい、お願いします」
「じゃあファーストキスからやり直そうか」
「えっ、キスですか!」
何度かしているはずなのに、急に緊張してきてルナは顔に熱が集中するのを感じた。
「あの、今日の分のキスでしょうか」
「ううん、これから夫婦になりたいから、そのためのキス」
いつもキスはルナが一方的にした。儀式のように義務的に。
隣に座っているルイは隣のルナの腰に手をまわし引き寄せた。
「君にキスされたときにこうしてみたいと思っていたんだ。」
そう言って彼はルナにキスを落としたのだった。
花蜜病はシリーズとして、
自分のすきなカップリングをまた書きたいと思っています。
今回は王子と平民の恋でした。
次は貴族令嬢と騎士か執事の身分差がかきたいです。
読んでいただきありがとうございました。