お迎えにやって来た
「見えたよー、あそこがルオールの森林だよ!」
元気な声を出しながら、元気よく前方を指すヤネッサの姿。やはり、俺たちの中では一番体力があるんじゃないか、と思わせられる。
これまでに体は鍛えてきたが、ただ体力があるのと、旅疲れをしないかというのとでは違うからな。
「ここから見ても、大きな森ねぇ」
ヤネッサの言葉に、同じく前方を見るのはノアリだ。ここから、実際にはまだ距離があるとはいえ、それにも関わらずかなり大きな森だというのがわかる。なにせ、エルフ族のほとんどがくらしているんだからな。
……本当に、残ってくれていてよかった。いや、正確には"なかったこと"になっただけなんだがな。
俺は直接見てはいないものの、エルフの森であるルオールの森林は、一度燃えてしまった。そこに住む人たちの命と、一緒に……今回ここまで来たのは、その無事を確かめるためというのが一つ。もう一つは……
「うぅ、なんだか緊張してきたわ……」
「ま、まあまあ。リラックスしていきましょう」
緊張する、と言葉を漏らすノアリだ。彼女は、『呪病』事件の際にエルフのみんなにお世話になっている……そのお礼だ。
何度も深呼吸をするノアリを、ミライヤが彼女の背中を撫でて、落ち着かせようとしている。
「そうだぞ、今からそんな緊張してどうする」
「で、でもぉ」
俺たちは旅を続け、今日、ついに目的地がこの目の先に入るくらいのところまで来た。これまでに、準備できる時間はたくさんあったはずだ。
……まあ、この十年、音沙汰なしだったもんな。助けてもらった身としては、今更顔を見せるのも気が引けるのだろう。
「みんないい人だし、心配しなくても大丈夫だよ」
「そうそう。ジャネビアさんに……エーネも」
ノアリを落ち着かせる中で、自分で口にした名前に思いを馳せる。
エーネ……かつて、魔王を倒して世界を救った勇者パーティーの一員。ハーフエルフである彼女は、その後ルオールの森林へと戻っていった。
本来、"ヤークワード"である俺とはまったく関係のないはずの相手だ。少なくとも、『呪病』の手掛かりを探して、森を訪れた件以外では。実際は、転生する前の俺は、エーネたちと共に旅をしていた、勇者パーティーの一員だった。
しかし、その記憶はもう、彼女の頭の中からも消えているはずだ。これから訪れるのは、かつての勇者パーティーのメンバーの子供であり、同胞のアンジーが世話をしている男の子、という程度だろう。
「エルフにとっての十年なんて、あっという間だから。難しく考える必要はないよー」
「そ、そんなもんかしら」
「そうそう」
ここ数日、似たようなやり取りを繰り返している気がする。
とにかくここまで来たんだ。ウジウジ言っていても仕方ない。とはいえ、ようやく目的地が見えたとはいえ到着するのは……今日中は無理だろうな。
日が落ちてしまう前に進めるだけ進んで、どこかで休める場所を確保しないとな……そう、考えていたときだった。
「あれ? なにかこっちに向かってきてる……ぽい」
「ん?」
ルオールの森林を見つめていたヤネッサが、ふと言葉を漏らした。つられて、俺も森へと視線を向ける。
なにかがこっちに……うーん、俺の目はヤネッサほど良くはないから、あんまりわかんないなぁ。
「あ、本当だわ。なにかが、走ってきてる」
「え」
「すごい砂煙ですよ」
「え」
まさかの、ノアリとミライヤも見えているらしい状況に、俺は唖然とする。エルフのヤネッサはともかくとして、なんでノアリとミライヤまで……
……もしかして、ノアリもミライヤも、それぞれ別の種族の血が入っているからだろうか。ノアリは竜族の、ミライヤは鬼族の……だから、普通の人間よりも目がいい。
……なんだろうこの俺だけ疎外感は。
「みんななにが見えてるんだよー、俺だけなんか悲しい」
「あれは……ライダーウルフかな? いち、に、さん……五体いるよ」
走ってくるなにか、その正体をヤネッサが口にする。
ライダーウルフ。それは主に移動用に長けたモンスターで、俺もお世話になったことがある。一度目にルオールの森林へ向かったとき、ライダーウルフと出会えたことで移動時間を大幅に短縮できた。
モンスターがあちこちを闊歩していることに、まあ疑問はない。問題は……
「誰か、乗ってる?」
五体ものライダーウルフが一斉にこちらに向かってきていて、しかもそのうちの一体に誰かが乗っていると言うのだ。
……誰かが、俺たちがここにいると知った上で、近づいてきているのか? いったい誰が……
俺がそんなことを考えている間にも、「あっ」と明るく声を漏らすヤネッサが、その場でぴょんぴょん飛び始めた。
「あぁ、あれウオ兄だ! 間違いないよ!」
「……うおにい?」
「って、誰です?」
なにやら、知った相手なのか妙に高いテンションでその名を告げた。名、というか愛称にも思えるが。
ノアリとミライヤの疑問を受け、ヤネッサは答える。
「同じエルフ仲間だよ〜。あ、ヤークはわかるんじゃないかな。覚えてないかなー」
「俺、か? うーん……」
ヤネッサはのその言葉に、俺は腕を組み考えるが……思い出せない。
こう言ってはなんだが、エルフはほとんど同じ顔に見える。かつて勇者パーティーとして旅をしたエーネや、長年家にいてくれたアンジー、それにヤネッサなんかはさすがに区別がつくとはいえ。あと、ジャネビアさんみたいに明らかに年配の人。
ルオールの森林に訪れたのはただでさえ二回しかないし、その中で……一個人を特定するのはなぁ。兄、ってことは年配ってわけじゃなさそうだし。
「せめて、名前のヒント貰えないか」
「名前はねー、ウオルズだよ」
「ウオルズ、さん……あぁ!」
うんうん考え、名前を教えてもらい、うんうん考え……ようやく、思い出した。確かに、会っている。
あれは一度目、『呪病』事件の手がかりを求めてルオールの森林を訪れたとき。その日はジャネビアさんの家に泊まらせてもらって、翌日出発することになった。
俺たちを見送ってくれたエルフたちの中に、ウオルズさんって名前のエルフがいた、確かに。若者のリーダー的な存在で、華奢なエルフが多い中で筋肉質な体格だったから印象に残っている。
俺の記憶力もなかなかじゃん?
「その、ウオルズさんが、ライダーウルフに乗ってこっちに来ているのか?」
「うん! そろそろ着くって連絡したから、迎えに来てくれたんだ!」
「連絡?」
「うん、小鳥さんに頼んでね! 伝言を伝えてもらったんだ!」
……そういえば少し前、ヤネッサが木の枝に止まっていた小鳥と話している姿を、見たな。話しているとはいっても、ヤネッサがなにかを一方的に話しかけている姿だが。
あのときは、やばいものを見たと思ってそのままスルーしたのだが……もしかして、あれか? あの小鳥が、ルオールの森林までヤネッサの伝言を伝えてくれて、それを聞いたウオルズさんが迎えに来たと?
すごいな、なんか。
「だから五体なのね」
感心したように、ノアリが呟く。うち一体はすでにウオルズさんが座っているから、背中が空いているライダーウルフは四体。
ちょうど、俺、ノアリ、ミライヤ、ヤネッサが乗れる。
「それにしても、よくライダーウルフを五体も……」
「子供が生まれたってことかもね〜」
「……まさか、あのときの?」
ヤネッサの言葉に、俺はあれが、ただのライダーウルフではないことを察する。
俺とアンジーが、ルオールの森林へ早く着くために捕まえたライダーウルフ。そいつとは、いろいろあって長い付き合いになった。ルオールの森林から竜族の街へ行ったり、ゲルド王国へ一緒に戻ったり。
最終的に、ルオールの森林へと帰ることになったヤネッサが、ライダーウルフに乗って一緒に帰っていったのだ。
今こっちに向かってきているライダーウルフは、あのときヤネッサと一緒に帰っていったライダーウルフの、子供だというのか?
「えへへー、いろいろあったんだよー。ま、ヤークの考えているとおりだと思うよ」
なんてこった……あのときのライダーウルフの、まさか子供に会えるとは。ていうか、まさか五体全部がその子供ってわけじゃあないよな? いや、あのライダーウルフがいるかもしれない……だとしても、四体が?
まあ……どっちでもいいか。おかげで、今日は……野営をせずに、このままルオールの森林まで行けそうだ。