初めての野営活動
「や、野営……本気!?」
「そりゃそうだろ」
ルオールの森林へと向かう旅路。その旅が、その日のうちに終わるはずもなく。
そして、うまい具合に人里にたどり着けるはずもなく。暗くなってきた道をこれ以上進むのは危険と判断し、俺たちはここで一夜を明かすことに決める。
ここ……とは、もちろん外。野営、野宿、まあいろいろ言い方はあるが……そういうことだ。
「そそ、そんな……!」
「なんだよ、嫌なのか」
「嫌……っていうか。なんでそんなに、抵抗ないのよ。外で寝るのよ?」
「っても、俺はもう経験してるしなぁ」
外で寝ることに抵抗を示すのは、ノアリだ。まあ、その気持ちはわからんでもない。俺だって、初めて外で寝るってなったら抵抗はあったもんだ。それも、屋根もないこんな道で。
森の中であるため、平地で寝るよりは幾分マシだろうが……今まで、屋根やあたたかい布団の中で寝ていた人にとっては、そりゃ抵抗感はあるよな。
「っ……そ、そっか……」
経験がある、との俺の返答に、ノアリは言葉に詰まった。彼女が思い出しているのは、子供の頃の話。
十年前、『呪病』という病……というよりも呪いにかかってしまったノアリ。彼女を助けるために、俺は国の外へ飛び出し、外を冒険した。
その際、メイドであるエルフ族のアンジーも一緒だった。アンジーと一緒に、旅をして時にはモンスターと戦い、外で寝たりしたわけだが。
「……」
俺には、それとは別にもうひとつ、野営の経験がある。転生前、魔王討伐の旅に出ていた時のことだ。
あの頃も、しょっちゅう外で寝たりしていたからな。だから、余計に抵抗感はないのだ。
「ヤネッサ……は、平気そうね」
「んー? うん、エルフ族は外で寝ることはよくあるから」
もちろん家はあるが、自然と共に生きるエルフ族は、外で寝泊まりすることもよくあるのだという。
確かに、そんなイメージだ。ヤネッサも、野営に対して抵抗感はないのだろう。
……そんな中で、気になるのが……
「ふんふんふふーん♪」
「……ミライヤは、楽しそうね?」
「ん?」
先ほどから鼻唄を歌い、ご機嫌に準備を進めているミライヤ。その姿には、野営への抵抗感どころか不安すらも感じられない。
ノアリの指摘に、ミライヤは鼻唄をやめて……
「だって、楽しそうじゃないですか」
「た、のしそう?」
「はい。ノアリ様、ヤーク様、ヤネッサさん。みんなで、こんな大自然の中でお泊まりできるなんて! 初めての野営活動です!」
と、言った。
その言葉に、ノアリは唖然としていたが、しばらくして吹き出した。
「ぷっ……あははは、なによそれ」
「な、なんですか」
「ふふ、いや、なんでも……ただ、そうよね。楽しんだもん勝ちよね」
思わぬミライヤの逞しい精神に、ノアリは悩んでいるのが馬鹿らしくなったのだろう。目尻に浮かんだ涙を拭い、言う。
ミライヤはちょっと不服そうだが、構わず準備を進めていく。
「わ、ヤーク、さすがに慣れてるね。ていうか、火くらいなら私が魔法で出すのに」
「いや、魔力は温存しとかないと」
俺は、原始的な方法……木の枝を使って、火を起こしていく。
ヤネッサの言う通り、魔法を使えば手っ取り早いが……魔法とは、自信の魔力を消費するものだ。あとはもう休むだけとはいえ、みだりに魔力を使うべきじゃない。
これは、アンジーと旅をしていた時に教わったものだ。いざという時に備えて、魔力は温存しておく。だから、出来ることはこうやって、自分の手でやる。
ただでさえ、この中で魔法を使えるのは、エルフ族のヤネッサだけなのだから。
「じゃ、私食べられそうな木の実とか探してくるね」
「あ、私も行きます」
森、というか自然に一番詳しいヤネッサは、自ら食料調達を名乗り出る。それに、ミライヤが手を上げついていく。
なんていうか……
「あの子、あんなにアグレッシブだったのね。はい薪」
「お、サンキュー」
ボォオオオ……と燃え上がる火に、薪が入れられていく。火は、少しずつ大きくなっていく。
薪を拾って来てくれたノアリは、俺の隣に座った。
「意外な一面だよな」
「ホント。それなりに一緒にいると思ってけど、まだまだ知らないこともあるのね」
ミライヤは、おとなしく消極的な少女という印象で、実際にそうだ。活発なノアリとは、正反対とも言える。
それに、ミライヤは平民だ。その事実が、彼女があまり強く出れない理由でもある。ゲルド国じゃ、貴族は平民よりも立場が上……仕方ない部分はあるが。
ミライヤと出会った騎士学園では、特に。学園に入学した平民は、ミライヤともうひとり、計2人だけだった。
「そういう、貴族も平民もない……ありのままの姿が、ミライヤのあの姿なのかもな」
「初めての野営に、おかしなテンションになってるだけだとも思うけど?」
「それは確かに」
外での寝泊まりとか、慣れると変なテンションにんってしまうのは……まあ、わかるな。
ただ、窮屈から解放された姿、というのも間違ってはいない気がする。学園ではいろいろあった……事件はもちろん特に、ミライヤは両親を失ってから、そう時間も経っていない。
あれから、気丈に振る舞えるほどミライヤは強い子ではない。だが、時間が少しずつ、ミライヤの心を癒していった。
今では、ああして笑顔も見せてくれる。この旅が、少しでもミライヤにいい影響を与えてくれるといいが。
「……ところで、その……ヤーク……」
「なんだー?」
「アンジーと旅をしていたってとき……その、アンジーと変なこと、してないでしょうね」
……!?
「す、するか! 神妙な顔するからなにかと思ったら……てか、当時俺8歳だぞ! するわけないだろ!」
「でも、アンジー美人だし……」
「というか、なんでいきなりそんな話になる。だいたい、アンジーは家族だし……あの時は、お前のことが気がかりでそんなこと考えもしなかったっての」
「……ふーん」
なんなんだ、ノアリのやつ……急に変なことを。もしや、こいつも変なテンションになってるんじゃないだろうな。
……なんか、さっきよりも距離が近いような、気がする。しかも黙りこくってしまったし……気まずい。
ただ、火がパチパチと、弾ける音だけが聞こえる。
「……なんだ」
「別にー?」
こてん、と、ノアリは俺の肩に頭を乗せてきた。重くはない……が……なんだというんだいきなり。
ノアリとはもう十年以上の付き合いになる。家族とロイ先生……剣の先生だ……を除けば、一番長い付き合いになるだろう。
それでも、考えていることがわからないことは、多々ある。逆に、わかりやすいくらいわかりやすいことも、あるがな。
……その後、ミライヤとヤネッサが食料を見つけて戻ってくるまで、ノアリは俺の肩に頭を乗せ続けていた。