乙女心は複雑極まりない
教会にて椿と彩魏は手当てを受けると案の定鷹鬼の話になった。
鷹鬼の姿を現した以上既に弁解の余地無し。八方塞の状態だった。
「何で黙ってたんだ」
「俺にだって言いたくない事の一つや二つや三つや四つや五つ位ありますよ」
「椿ちゃん言いたくない事多すぎです」
「それにしたって椿よ、隠す必要はあったのか?」
「彩魏みたいなのが居るからですよ」
椿の言葉に皆は「あぁ~」と納得する。
「此処に彩魏と鷹鬼がいると伺ったのですが!」
突如教会の扉が開くと女の子が勢い良く入ってくる。
「げ! 閻魔」
入って来たのは閻魔こと天地世羅。見た目は中学生位だが歳はハクと並ぶ程。
「最近姿が見えないと思ったらこんな所に…下層界も大変なんですよ!」
彩魏は罰が悪そうに呟くと閻魔に一喝される。
そしてそのまま椿の前まで歩み寄る。
「貴方が鷹鬼ですね。貴方に処刑命令が出ています」
その言葉に一同が「はあぁっ!!??」と驚きの声を揃える。
「なによそれ。椿が何かやらかしたの?」
「椿? え!? 私の愛しのダーリンが此処に居るんですか!!?」
「ダーリン? まぁ椿なら直目の前に」
「そういえば戻してませんでしたね」
椿は元の姿に戻ると、世羅は驚きながらも「だ、ダーリン!」と歓喜の余り抱き付いた。その拍子に後ろに倒されるも離れない。
「取り合えず離れろ」
茜は無理矢理世羅を引き剥がすが、駄々を捏ねた子供の様に「嫌ですぅ! 放して下さい!!」とジタバタしている。
「むぅ~…それで世羅さん。椿ちゃんにどうして処刑命令が出ているんですか?」
世羅は椿の膝の上で風格を保とうとしているが時既に遅し。桜が脹れながら質問していた。
「鷹鬼は素性の知れない男だった為、今回の件に絡んでいると上の者が言っているんですよ。下層界の人間を皆殺しにしする程の強さを持っていますし、滅多な事で姿を現しませんので容疑をかけられました。上の命令で中層界で捜査をしていた所、強い力を感じて此処まで来たと言う事です……ねぇダーリン、煙草吸いながらホッペ弄るの止めてくれませんか」
「俺を悪党呼ばわりした罰です」
「だ、だってダーリンが鷹鬼なんて誰も予想してませんよ」
「俺だって世羅がこんな性格だなんて知りませんよ」
真顔で説明している世羅を椿が悪戯している為風格も威厳もやはり無くなっていた。
「取り合えず世羅、椿はこの件に関しては間違い無くこちらの味方です。しかし腑に落ちませんね。いくら強くても簡単に閻魔の上層が処刑命令を出すとは思えないのですがね」
「そ、それは…」
彩藍の言葉に怒られた子供の様に俯く世羅は口篭った。
「他に理由がありそうね」
「今更何を言われても驚かん。世羅、話せ」
「は、はい…」
世羅は一度椿を見上げると正面へと向き直り話し始めた。
「十二天様達の決定は、「狂気に満ちた人間、あちら側に付く前に殺せ」との事でした。狂気は悪しき存在。多分ですが鷹鬼の実力を知った上での判断かと」
「つまりは危ない異物は早めに取り除いてサッサと処分しておきましょって事ね」
「確かに椿の強さで狂気に堕ちられたら危険そのものだしな。だからと言ってはいそうですかにはならないな」
「そうですよ。椿ちゃんが悪い人なら皆だって集らなかったと思いますし、誰も協力なんてしてくれ
ませんでした。椿ちゃんは椿ちゃんです。優しいお兄ちゃんです」
「椿さんからも何か言って下さい」
皆の視線が椿に集る。
「そんなことよりお腹空きました。何か食べてから考えましょ」
煙草を吸いながら呑気な発言をする。仕舞いには眠いのか大きな欠伸をする始末。
皆も呆れながら椿の意見に賛成し、マリア達は食事の準備に取り掛かる。
思わぬ発言と行動に世羅は戸惑っていた。
「俺は俺です。閻魔様達にどう思われようが俺にも守りたいものがありましてね。今はそれを優先させて貰いますよ」
椿はポンと世羅の頭を叩く。
「それに椿が善だろうが悪だろうが関係ない」
「私達は椿が鷹鬼だろうと向って来ればその時は」
「「全力で叩き潰す」」
「容赦無いですね」
椿も二人の発言に「ははっ」と笑っていた。
「皆さんダーリンの事信用しているようですね。だったら私もその一人になります」
世羅は何かが吹っ切れた顔をしていた。
「ダーリンを殺す位なら閻魔辞めます。私はダーリンの側に居ます」
職務を放棄し自分も皆と同じ様に椿を信じる想いに決意した答えだった。
「私はあの時機械的に魂を捌いていました。捌きに反感を買う事が多く、あるとき深く悩んだ時がありました。その心を救ってくれたのがダーリンだったんです。なので今度は私がダーリンを助けます」
数年前、居酒屋ハマグリでの出会いだった。
「はぁ、何がいけないのですかね」
カウンターの隅で独り浮かない顔をした世羅が酒を飲んでいた。
そこにいつもの様に男が飲みに来ると特等席を取られていたので一つ離れて席に座る。
「見た目未成年ですけど妖怪か何かですか貴方」
幼い顔立ちの世羅に話しかけた男。この男が椿だった。
「似た様なものです」
そっけない態度で返すも話しかけられたのは初めてだった為どう返したら良いのか分からなかった。
椿は「いつもの下さい」と酒を頼み、渡されたグラスを持つと世羅のグラスに近づける。
「何ですか?」
「仕事終わりのようなので、お疲れ様です」
コンと世羅のグラスと合わせた。
「お、お疲れ様です。(は、初めて他人から挨拶されました)」
内心では嬉しかったのか少し笑顔に見える。
暫しの沈黙が続くと今度は世羅から声を掛けた。
「あ、あの。どうして私に声を掛けたのですか」
「暗い顔されて俺の特等席に座られたのでは次来た時に座り辛いですからね。それにお酒は楽しく飲むものですよ。愚痴でも何でも聞いてあげますから少しは気を楽にして下さい」
世羅はそんな言葉を掛けられて嬉しかったのか椿に愚痴をぶちまける。
閻魔としての仕事にどうしたらいいのか分からない自分。下した結果に反論されたりと思い悩んでいた事など、相当辛かったのだろう悲しい顔で打ち明けた。
「私は間違っているのでしょうか」
「間違ってもいませんしそのままで良いと思いますよ。それは誰にでも出来る事じゃありません。誰かが負わないといけない責任を貴方は代わりに負っている。自分が傷ついても仕事だからと割り切っていても、それでも重要な責務を果たしています。だからだれも貴方を責める事は出来ない。誰かが貴方を間違っているだの不当だのと責める輩が居るのであれば…」
世羅は椿の横顔を何か眩しいものを見るような表情で見ていた。
「その時は俺が変わりに怒ってあげますよ」
その最期の言葉と一緒に見せてくれた笑顔に涙を流す世羅。
「どうやら重荷が軽くなった様ですね」
椿は立ち上がると会計をする。慌てて世羅も会計を済ますと椿の後を追った。
「あ、あの! 行き成り泣いたりしてすみません」
「最期にもう一つ大切なこと言っておきますよ」
頭を下げる世羅が顔を上げる。
「今の貴方はもう一人じゃない。それだけは忘れないで下さい」
「は、はい!」
これが椿と世羅の出会いだった。この後も度々会うことがあり、何かのフラグが立っていたのかその時にはもうダーリンと呼ばれていた。
「これが私とダーリンの出会いです」
世羅は頬を赤くして馴れ初め風に話した。
「聞き様によっては俺がナンパした様に聞こえますね」
「強ち間違いでも無いだろ。どうやら射止める事に成功している様だし」
「ロリコンだったのね。それなら桜もいける口かしら」
「失敬な。俺は、それとなく優しい! 大人の女性が好みです」
「なぜ優しいを強調する」
「私達への挑戦として受け取るわよ」
ギラリと光る二人の眼差し。
「すみません。二人とも素敵な女性です」
「当たり前だ」
「やっと気付いたようね」
二人の前で正座し謝る椿を皆口々に「また痴話喧嘩」だの「尻に敷かれるタイプだのと」呟いていた。
食後の一時も終わり、一服をしに外へ出る。そこに世羅と桜も付いて来る。
「さっきの良いお話でした。心を救われたなんて何だか素敵です」
「ダーリンは私の事を唯一理解してくれた人でした。全てを投げ打ってでも側に居たい。そう思う事もありました」
「だからって閻魔を辞めるなんて思い切りましたね」
「それは最期の手段としてます。鷹鬼がダーリンなら話は別です。何とか説得してきます」
世羅に迷いは無かった。何かを決意したその眼は真っ直ぐ前を見据えていた。
「行っちゃいましたね」
「ええ。世羅は強い心を持っています。変な勢力が出て来ない事を期待しましょう」