服装は大切だよね
「あの、貴方達飛べますよね」
「こーゆーのも悪く無いです」
「たまには連れて行って貰うのも良いわね」
「運賃は払わんが確り頼むぞ」
「はいはい。もう何も言いませんよ」
他三人は飛べるにも関わらず椿の絨毯に居座りながら移動となった。
椿が向ったのは和風の雰囲気を醸し出す人里に似つかわしくない場所だった。
「マリア、居ますか?」
「珍しいわね貴方が此処に来るなんて。何か懺悔でもあるんですか?」
修道服を身に纏い笑顔で歩み寄る彼女は聖母マリアの化身。場所は協会だった。
「懺悔するような事はしたかもしれませんがそんな気はありませんよ。正しかろうが間違いだろうが俺の意思でした事ですから」
「何が悪で何が善か、それは神が決めるもの。貴方も神に委ねてみない?」
「自分の事は自分で決めますって前にも言いましたよね」
「やっぱり貴方は変わらないわね」
「そう簡単に変わりませんよ全く」
「はぁ、椿が教会に賛同してくれればお客も増えるのに」
「すみませんが俺は一応仏教ですので」
二人のやり取りを他所に三人も教会へ来訪する。
「皆出てきて大丈夫よ」
マリアの呼び掛けに奥の部屋からドリューとリル、知枝と何人かの妖怪の子供が出てくる。
「椿、それに茜。桜に妃華璃もいるのか」
「知枝か。こんな所に居るなんて珍しいな」
「…避難してきたんだよ」
知枝は椿達に何があったのかを話した。まだ一部だが反妖怪運動が起きているらしく、人里の妖怪を追い出そうとしているらしい。それを知らずに寺子屋に乗り込まれ逃げてきたとの事だった。ドリューとリルは今日授業してくれる日でたまたま寺子屋に居た為巻き込まれた。
「妖怪と人間の絆は儚く脆い」
話を聞いた椿は何かを悟りあの時の言葉を呟いた。
「何だそれは」
「昨日のフード娘が去る時にヒントって言ってましたね」
「何はともあれ経緯と状況を探る必要があるわ」
「堂々と此処に入ってきてしまったが、出歩くとなると人間の椿は大丈夫として、後は変化出来る私と桜で探ってこよう」
「そうね。私は別の人間には化けられないし、風貌で誰だか直に分かるものね。ドリュー、貴方は樹木霊だから幻術くらいは扱えるんじゃない」
「出来ますわよ。では私も調査組みに入りますわ」
「私とリルは此処の守りって事でいいわね狐」
「ああぁ、頼んだ。見つけた妖怪は此処に避難する様に伝える」
「よろしく頼むわね」
四人は表へ出ると先にドリューが人里へと向った。
「桜は犬ですが変化術出来るんですか?」
「だから狼って言ってるじゃないですか! 茜様に鍛えられたんですよ当然です」
得意気な表情で胸をポンと叩くと早速変化する。その姿に椿は呆然とし茜を見る。
「どうですか椿ちゃん。ちゃんと出来ましたよ」
どうだと言わんばかりに両手を脇腹に当て胸を張る。
「可愛いですけどこれは…茜の趣味全快って事ですか?」
人間の子供に見えるが異様にヒラヒラの多いフリフリったドレスに身を包んだ女の子になっている。
「そうです。茜様一押しの格好です」
「ちょ、待て桜」
慌てた茜はそれ以上言うなと言いたかったが時既に遅し。
「茜に一押しの格好って事ですか」
「何なんだその目は。言いたい事があるなら言ったらどうだ」
「ロリコン」
軽蔑の眼差しで言い放った途端拳骨で殴られる。
椿の説得で何とか町娘の格好になる桜。続いて茜も同じ様な格好で人間の姿へとなる。
「さて行くか」
茜と椿は歩き出す。その後ろ姿を見た桜が間に入り二人と手を繋ぐ。
「お父さんとお母さんとお出かけです」
「俺まだそんな歳じゃないですし、お母さんに至っては歳食いすぎて婆さんですよ」
「貴様は喧嘩を売っているのか」
「事実を言ったまでです」
「これでも人間で言うとまだ二十そこそこなんだ。ちゃんと美容にも気を使っている」
「若作りご苦労様です。ほら桜も何か言って下さい。お母さん皺隠すの大変なんだ位言ってもバチは当たりませんよ」
「そんな事口が裂けても言えませんし、それにバチより拳骨が椿ちゃんに当たろうとしてますよ」
二人の間にいる桜は椿発言後茜を見ると鬼の形相で拳骨の構えをしている姿を確認。
「じょ、冗談じゃないですか。俺が本気でそんな事言うと思ってるんですか」
「ほう。なら本音を聞いてやるから答えて見ろ」
「若作りの化粧も大変ですよね」
鬼の形相のまま椿を見据える茜に咄嗟に出た答えが不味かった。
「…殺す」
拳骨では済まなかった。ものの見事にボコボコにされて謝った。
「椿ちゃんも懲りずに茜様怒らせますよね」
「だって茜からかうの面白いんですもん」
呆れた様子で問う桜に当然の様に答える。
「仕置きが足りん様だな。私を怒らせるとどうなるかその体に叩き込んでやろうか」
「だからって暴力はいけないと思いま~す…」
睨み付けながら拳を突き出しくる茜に子供の様に反論すると椿が歩を止め店を眺める。
「ん? どうかしたのか」
それは甘味処の看板。
「寄って行きません?」
「ダメだ。そんな時間は無いだろ」
「私も食べたいです」
椿には即答で却下と言ったが、桜の賛同を得てしまった為「はぁ」と溜息を吐いた。
「じゃぁ決まりですね」
茜は渋々甘味処へ入店するとカウンター席へと腰を掛ける。
「いらっしゃい。おう、椿じゃねぇか」
「ご無沙汰してます店主。団子と善ざいと餡蜜下さい」
「そんなに食べる気か?」
「私はホットケーキで」
「茜は食べないんですか?」
「私はいい」
「そんな美人な姉ちゃんと一緒って事はそこの可愛いお嬢ちゃんは娘かい?」
「そんなんじゃありませんよ。変な詮索しないで早く作って下さい」
「はいよ」
店主は厨房へ向い準備を始める。
「椿ちゃん。私可愛いって」
「良かったですね」
「私と椿の娘か」
「どうしたんですか」
素直に喜ぶ桜に対しボソッと小さく呟く茜。聞き取れなかったので聞き返すと少し落ち込んでいる様に見えた。
「(そんなんじゃない…か。何を期待しているんだ私は)何でもない」
「茜だって美人と言われて悪い気はしないでしょ」
「常に気を使っているから当然だ」
品を待っていると店の外から女の子の声がする。
「アゲハちゃん早く教会に行こうよ」
「蝶にとって糖分は命なのよ。香織も花の妖精なら分かるでしょ」
「…もう。分かったよ~」
茜は聞き耳を立てる。会話からアゲハは蝶の妖怪。香織は花の妖精と言うのが伺えた。
二人は入店するとテーブル席へと座る。
椿と桜の所に注文の品が置かれると、店主は二人の注文を伺っている。
「ところでおじさんはいいの? 普通に入っちゃったけど妖怪入れて」
「客商売だし二人とも常連客だ。俺はそんな事気にしないさ」
「良かった。なら注文するね」
店主は注文を受けると再び厨房へと向った。
品を受け取り会話を楽しんでいると、四、五人くらいの男の声が店の前で聞こえる。
店の扉が勢いよく開くと行き成り怒鳴り込んで来た。
「妖怪が入って行ったとの情報があったがお前等か!」
「さっさと出て行かないと痛い目見るぞ」
奥に居る二人に怒声を浴びせる。行き成りの事に二人は震えていた。
「お、お客さん。行き成り何なんですか」
「店主も妖怪を庇うなら同罪だぞ」
見兼ねた茜は立とうとするが椿はそれを止める。
「茜が行くと穏便に済まさないでしょ」
串団子を手に取ると、代わりに椿が席を立ち男達の前に出る。
「店で騒ぐなんて非常識ですよ。代わりに聞きますから落ち着きなさいな」
「椿さんでしたか。人間のアンタも妖怪に味方するのならどうなるか」
「糖分足りないからカリカリするんですよ。お一つどうです?」
「ふざけるな!」
持っていた団子を差し出すと男は払いのける。
「あ~ぁ勿体無いですね。食べ物は粗末にするなって教わりませんでしたか」
椿は落ちた団子を拾うとそのまま食べる。
「馬鹿にしやがって!」
もう一人の男が椿の頬を殴る。
「椿!」
「椿ちゃん!」
見ていた二人も立ち上がろうとしたが止まった。それは後姿からでも感じ取れた。
「相手は人間だ。俺達でも勝てる。痛い目見たくなかった…ら…」
殴った男は椿を睨みながら口舌を垂れる。しかしその途中から言葉が止まる。
「痛い目見たくなかったら、何です?」
それは椿から放たれる鋭い気迫だった。男は睨まれると後ずさる。
「俺は妖怪と仲は良いかもしれませんが妖怪の味方ではありません。かと言って人間の味方をする気もありません」
「なんだと!」
「何があったかは知りませんが、無害の妖怪に頭ごなしに手を出すなんてクズ以下のやる事ですよ。それとも何ですか。貴方達はクズじゃなくゴミですか? だったら早く燃えるゴミにでも出されて下さい」
「言わせておけばテメェ!」
男は頭に血が上ると再び殴りかかる。
「穏便には行きませんでしたか。殴ってきた時点で分かってましたけど」
椿は「はぁ」とぼやくと、男を店外へ殴り飛ばす。
「人間相手なら勝てるんですよね」
スタスタと店の外へ出ると直に男たちに囲まれた。
残りの四人も椿に殴り掛かるが当然当てられる事は出来ず倒れる。
「流石椿ね。貴方達喧嘩するなら相手くらい見極めなさい」
倒れている男が「隊長!?」と言った。
「伊達に妖怪と仲良くしてないわねその強さ」
「貴方が隊長ですか。尸解仙の貴方なら納得しますね。永久」
「はぁ。相手が椿じゃ歩が悪いわね」
「ボスに伝えて下さい。明日のこの時間此処で話があると」
「分かったわ。何の話か知らないけど伝えて置くわ」
永久はあっさりと男達を引き連れ帰って行った。
椿も店に戻ろうとすると入り口に皆が立っていた。
「あ、あの! ありがとうございます」
「ありがとう兄ちゃん」
「怖かったですね。じゃぁ気を取り直して食べ直しましょう」
椿は二人の頭を撫でるとそのまま店に皆を連れて戻った。
今度は皆でテーブル席へと移る。
「店主、餡蜜と団子追加でお願いします」
「まだ食べるのか」
「動きましたし。お腹空きましたし」
「椿ちゃん甘党です」
茜と桜はその甘党さに呆れていた。
「兄ちゃん強いんだな」
「そんな事ないですよ。これでも守れなかったものの方が多いんですよ」
「でも私達を守ってくれたよ」
椿は何処と無く寂しい表情をしていた。それに気付いた茜が話を変える。
「ところでお前等は教会に行こうとしていたな。何があったんだ」
思わぬ収穫があり、経緯を尋ねると衝撃の言葉が帰って来た。
「人里で人間が殺された!?」
「そうなんです。真夜中で顔は分からなかったそうですが目撃者もいるそうです。死体は持ち去られてしまい血溜まりだけが一面に残っていた。人間の致死量には十分な量だったと。その話を聞いて教会なら匿ってくれると思い此処まで来ました」
「妖怪が人間を襲わない決まりがあるのは知ってます。暗黙の了解でその逆も然り。ですが堂々とそんな事をしたって事は何かありますね」
「だが明日あいつと会うんだろう。尸解仙が隊長ならボスはあいつしか居ないからな」
「八仙彩藍。何か掴めれば良いんですけど」
「でも椿ちゃん、妖怪を敵視している人たちがどうして仙人に付いているんですか?」
「仙人は人間だからですよ。長い修行を行い悟りを開き、不老不死となった者が辿り着く境地。そして仙人は人を導くって所もあるからですよ」
「そうなんだ」
「茜、変な教育してないで確り教えて下さいよ」
「大きなお世話だ」
茜は側頭部を殴り飛ばすと椿は机に突っ伏した。
「姉ちゃんも良いパンチするなぁ」
「あはは」
この光景を見ていた香織は苦笑いするしかなかった。
「甘味処に寄っただけで良い情報が手に入ったな」
「じゃぁこの子達連れて教会へ戻りますか」
茜が会計を済ませると五人で教会へと歩を進める。
「何故何も食べて無い私が全部払ったんだ?」
「急に連れてこられたので今はもう煙草代しか持ってませんもん」
「よくそれで入ろうと思ったな」
「奢らせる気満々でしたから」
「思ったより図太い神経してますよね。茜様に対しても遠慮無しですもんね」
「世の中図太い方が長生きしますからね」
「今すぐ此処で終わらせられるがどうする? 死んでやり直すか?」
「だからって直拳を上げるのは止めて下さい。これ以上馬鹿になりたく無いです」
「逆に良くなるかもしれないぞ」
「頭脳筋ですか?」
「死ね!」
「あ、危ないですよあ…あかね…さん?」
「若作りだの脳筋だの奢らせるだのと好き勝手に…許さん」
茜の本気の拳骨に椿は辛うじて避ける。だが獲物を捕らえた獣の目をした茜は追撃を図り仕留め様としていた。
「兄ちゃんと姉ちゃんの痴話喧嘩が始まった」
「え? ちょっと置いて行かないで下さいよ! 椿ちゃん、茜様!」
「お兄ちゃん、本気で逃げて行きましたけど」
危険を感じて逃げる椿。それを鬼の形相で追う茜。慌てふためき後を追う桜。それに続くアゲハと香織。傍から見ると意味の分からない追いかけっこが開催されていた。
そのまま全力疾走で教会へと辿り着く。
「椿、そんなに慌ててどうしたの? 敵襲かしら」
肩で息を切らせ入って来た椿にキョトンとする妃華璃と一同。
「追われているんです」
「誰に?」
「あ、茜にです」
妃華璃は「何したのよ」と呆れた表情を浮かべていた。
「追い詰めたぞ椿。死んでやり直す覚悟は出来たか? いや、此処は教会だったな。懺悔し悔い改める覚悟は出来たか?」
拳を鳴らしながらジリジリと歩み寄る茜に後退するも背中は壁に付いてしまった。そして、椿は強制懺悔の名の下に成敗された。
「こんな時でも楽しそうね貴方達」
「あいつは何を考えているのかサッパリ分からん」
のびている椿を桜、リル、子供たちは興味本意で突いたりして遊んでいた。
「全く。酷い目に遭いました」
「椿さん相変わらず頑丈な体してますね」
椿は体勢を直しそのまま腰を下ろすと両隣に桜とリルも座る。
「アゲハと香織は」
「あの二人ならあっちで寺子屋の友達と遊んでますよ」
リルの指差す方を見ると仲良く遊んでいる姿があった。
「リルさんも椿ちゃんの知り合いだったんですね」
「ええ。ろくでなしに見えますけど椿さんそれとなく顔は広いですから」
「酷い言い方ですね。そう言えば行かないといけない場所がありました。リル、一緒に来てくれませんか」
「良いですけど、私獣にはなれますけど変化は出来ませんよ」
「知ってますよ。だから良い考えがあります」
そう言うと椿はマリアに何かを伝える。その時に茜達にも出かける旨を話す。
「首輪ですね。まさか椿ちゃん」
「これなら散歩している様に見えるでしょ」
椿は受け取った首輪をリルに付ける。
「ああぁ。椿が変態に成り下がった姿が強調されてるな」
「そんな趣味があったのね」
「椿さん…私まだ獣化してませんので恥ずかしいです」
リルは顔を赤らめて羞恥を訴えていた。
一時の静寂の間が長く感じられた。椿は平常心を保ちリルは顔を真っ赤にしながら獣化する。これで散歩する兄さんの完成形になった。
「さ、さて、気を取り直して行きますよリル」
桜達に見送られ散歩を装い出掛ける。
「何処に行くんですか?」
「ハマグリです。その前にこれの匂い覚えてくれませんか」
椿は煙管の葉をリルに嗅がせた。
「うん。大丈夫です」
あんまり会話をすると変に思われるので必要な事だけリルに話し、黙々とハマグリへの歩を進める。
入り口を開けると店の掃除をしている愛海の姿があった。
「いらっしゃい椿。どうしたのかしら」
「愛海がまだ居たら教会へ避難した方が良いんじゃないですかと伝えに」
「人間殺しの犯人が妖怪だって言う噂の…分かりました待ってて下さい」
愛海は椿の助言通りに避難する事にし一緒に教会へと向った。その途中リルは愛海のポケットの匂いを嗅ぐ。
「狼の妖獣ですよね。どうしたんですか」
「一人で出歩くなって言われてるので護衛ですよ」
匂いを嗅ぐ犬の習性を生かし何とか怪しまれずにやり過ごす事に成功した。
その途中煙草屋で少なくなった煙管の葉を買おうとしたが品切れだった為煙草を購入。
「ただ今戻りました。ついでに愛海も連れてきました」
「無事でよかったですわ愛海」
「ドリューもお疲れ様です」
入れ違いでドリューも帰っていた。そしてそのままミーティングとなり互いの情報交換を行った。
「人が死んでいるのに葬儀や通夜の準備をしている家が無かったのか」
「だとすると考えられるのは此処の住人では無いか死んでいなかったかって事ですね」
「けどそうなると致死量の血痕の説明が出来ません」
「それに別の所の住人だったとしたら夜中に出歩くのも変になりますし」
桜の言うとおり血痕が無かったのは事実。それにリルの意見も最もで、別の所から来たとしても夜中に出歩くだろうか。
不可解な殺人事件の推理に憶測範囲の答えが出せない。
「けど椿さん明日彩藍さんに会うんですよね。そこで進展するかが決まりますね」
「殴って吐かせるか」
「狐、少しは穏便と言う言葉を覚えたら? それに話を聞く限り椿一人で行く積りね」
「ええ。不可抗力とは言え暴力沙汰で無理矢理約束を取り付けたようなものですから。人数連れて行くとどう見ても喧嘩しに来ましたって思われます」
「一理あるわね。あっちが多人数でもこっちが人間一人なら話し合い位は応じてくれるんじゃないかしら」
「俺を普通の人間と思ってくれていればですけど」
「椿ちゃん茜様と妃華璃さんと戦って生きてますからね。その強さを知っていれば警戒されますし。そもそもあの永久さんが伝えるって言っただけで本当に来るかどうかです」
「取り合えず時間で行けば分かる事です」
話し合いは終わり明日進展する事を祈る一同。気を張っていても疲れるだけなので各々自由にゆっくり過ごす事になった。
教会の外、すっかり日も暮れ夜になっている。椿は階段で煙管を吸い空を眺めていた。するとリルが椿の姿を見つけ駆け寄ってくる。
「椿さん、此処に居ましたか。まだ結果を伝えていませんよ」
「すっかり忘れてました。それでリル、どうでしたか?」
階段の上から見下ろす様に覗き込むと、椿はリルを見上げる様な姿勢で尋ねた。
「確りして下さいよ。愛海さんからは同じ匂いはしませんでした。少量とは言え煙草のその独特の香りは直に分かります。しかし何も。けどそれがどうしたんですか? まだ理由を聞いてませんよ」
「何でもないですよ。ちょっと気になっただけです」
言いながら姿勢を戻すと吸った煙を一気に吐き出す。
「何を気にするんですか」
「可愛いですよね愛海って」
「殴られ過ぎて馬鹿にでもなりましたか。こんな時に何を言ってるんですか」
「冗談ですよ冗談。こんな事聞かれたら茜と妃華璃に殺されます」
すると後ろから二つの殺気に二人は振り返る。
「ほぉ、誰が可愛いんだ?」
「詳しく聞かせて貰えるかしら」
禍々しいオーラを出しこちらに近付く茜と妃華璃。
「じゃ、じゃぁ椿さん私はこれで」
「置いて逃げるんですか!?」
「いくら私でもあの二人には敵いません。命は大事にしたいんです」
「薄情者ですか!」
リルは物凄い勢いでこの場を去ると二人は普通に戻った。
「お、怒らないんですか?」
「あら、怒って欲しいのなら怒るわよ」
「本当に殴りすぎて可笑しくなってしまったか」
不敵に笑う妃華璃と溜息を吐く茜。椿はいつも通りに殴られるのかと覚悟をしていた為に拍子抜けしていた。
「ちょっとした悪戯と人払いよ」
「さっきの話を聞いていてな。リルを誤魔化してたから何かあるのかと思ってな」
「監視ですか? 俺そこまで悪い事してませんよ」
「人聞きの悪い事言うな。来栖に出し抜かれない様にだ」
「私も狐に出し抜かれない様にね」
「来栖は前科があるだろ」
「何の事かしら」
「二人は喧嘩をしに来たんですか?」
二人が言い争いを始めるとすぐさま仲裁に入る。すると椿を挟んで階段に腰掛けた。
「何で外にいるんだ。煙草にしては随分と長いと思ってな」
「待ってるんですよ。事前準備の結果を」
「何か対策でもあるようね」
「対策と言うよりは事前防衛ですかね」
すると一匹の白蛇が現れる。
「やっと来ましたか」
白蛇は椿の前で白い筒の様な物を吐き出すと直に何処かへ去ってしまった。
「手紙? しかし何だ、触りたく無いな」
「ええ。俺ももう少しマシな届け方してくれると思ってました」
「大事な事書いてあるんでしょ。いいから開きなさいよ」
ドロドロの筒に躊躇っていると、妃華璃が「早くしなさい」と促してくる。渋々摘むように中身を取り出す。しかし指に付いた粘液が気になり両隣にいる二人の袖で拭ってやるとダブル裏拳が飛んできた。
「しかし手紙なんて誰からだ?」
「霞蛇に頼み事をしたんでその結果報告です」
椿は汚いものを触る様な手付きで手紙を開き内容を確認する。
「「!?」」
茜と妃華璃は文章を見て驚いていた。
話を聞かれてはマズイと判断した茜が貸して貰った椿の部屋へと場所を移した。
桜を呼び戻し話が終わるまで部屋の前を見張って貰う。
「椿これは一体どう言う事だ」
「愛海は此処に居るわよね」
「それで確認も含めリルと一緒にハマグリへ行ったんです」
椿は予想通りの結果の為驚きはしなかった。逆に愛海が無事だった事に安堵の溜息を吐いた。
「今朝蛇杖院に行く前にハマグリに寄って、俺が帰ったら成るべく誰にも見つからずに黙って霞蛇の所に向って下さいと言ったんです。その時にポケットに煙管の葉を入れて貰ったんです。そしてハマグリに愛海が居れば本物か偽者かって事になります」
「それでリルの嗅覚の出番って事ね。確か煙草の匂いはしなかったって」
「手紙に書いてある通りなら愛海は今蛇杖院に居る。そして此処に居る愛海は偽者」
「ですがまだ偽者と言っても人里の事件の主犯とも限りません。今は本物として接して下さい」
二人は「分かった」と納得すると次にどうして愛海が偽者と断定出来たか問う。
「妖怪と人間の絆は儚く脆いって言ったの覚えてますか」
「ああ。確かヒントとか言っていたな」
「ここから答えを出すのに大変だったんですよ。誰かが頭ばっかり殴るせいで」
「文句言ってないで説明しろ。殴るぞ」
茜は懲りずに拳を上げる。
「はいはい。おっかない狐ですよ全く」
結局殴られる始末。
「椿も懲りないわね」
妃華璃に呆れられながらも椿は頭を摩り咳払いをし説明を始めた。
「『妖怪と人間の絆は儚く脆い』現状からして自分に当て嵌まる事でしたのでこれは俺に向けられた言葉かと思ってたんです。しかしこの関係が崩れているのでしたら、ライア達は既に俺を殺している筈です。そうなると視点を変えて考えてみたんです。妖怪と人間、一括りで居るとすれば人里。そして俺を知っている者。殺したいのであれば必ず俺に近づいて来る者。それを踏まえて考えた結果、人里で親しい人って知枝か愛海の二人に絞られます。ですが知枝の場合ですと寺子屋絡みでしか行かないので近づくには不十分。まして教会に駆け込むなら面倒見の良い知枝なら昼夜問わず子供達と一緒に居ます。そうなるとよく飲みに行くハマグリ。つまりは愛海しか居なくなります。急に居なくなれば好都合と思って成り済ましを期待したら大当たりってなった訳です。穴だらけの推測でしたけど成功して良かったって所ですね。そうなると相手も変化術を扱えるって事になりますけど」
と言う訳で寝ますと言わんばかりにベットへと横になるが直に叩き起こされた。
「そうなると私か狐、どっちかが愛海を警戒していないといけないわね」
「バレない変化術を使えるとなると相当な手練。今はリル達と一緒に居るから簡単には動かないだろう」
「そう願いますよ。話は終わりましたし散って下さい。眠いんです」
大きな欠伸をすると今度は布団に潜り込んだ。
「待て、お前一人でここに寝かす訳にはいかないだろ」
「偽者が此処に居るって分かった以上、寝込みで暗殺される可能性もあるわ」
「一応男なので一人部屋用意して貰ったんですけど、一緒に寝るって言わないですよね」
「そのまさかだ。来栖の言った通り暗殺の可能性も捨てられない」
「じゃぁ私が一緒に寝てあげるわ。言い出したのは私だし」
「なんでそうなる。ハク様に任されたのは私だ。ここは私が妥当だろ」
「狐は尻尾が邪魔なのよ。一人用のベットにそんな大きな尻尾じゃ寝れないわ」
「毎日手入れしてるんだ。抱き枕以上の触り心地なんだぞ」
「私は人妖だから人肌の温もりはあるわよ」
「それなら私だってある」
喧嘩が始まり内容から違う意味で身が危ないと判断した椿は桜を呼び、マリアを連れて来て貰った。
「そう、話は分かったわ。でも三人部屋しかないのよ。案内するからそこで話し合って」
マリアは四人を部屋へと案内する。
「椿ちゃん何があったんですか?」
「色々あって一緒の部屋で寝る事になっただけです。人数四人なのにそれが三人部屋なのでどう寝るか揉めているんですよ」
椿は耐え切れず再び欠伸をするとそそくさと寝る体勢に入った。それに釣られて桜も欠伸がでる。
「椿ちゃん一緒に寝ても良いですか?」
「ん? どうぞ」
桜は許可を得ると喜んで椿のベットに入る。まだそれに気付いていない二人。
「(あれ? 桜がここに入ったって事はこれでベッドの数足りますよね。まぁいいですよねほっといて。だって眠いんですもん)」
桜は椿に抱き付く様に寝てしまった。椿もそれを見て微笑むと静かに眠りに入る。
「「椿も何か―」」
矛先を椿に変え様と視線を変えると口論が止んだ。
「無邪気な無欲の勝利ってとこかしら」
「そんなところだな」
二人の寝顔を見ると、静かに互いのベットへ腰掛ける。
「ねぇ狐、あの人間の男の事覚えてる?」
「随分昔の話だな。私達が桜位の時じゃないのか」
「今の椿と桜を見てたら思い出したのよ」
「あの時はまだ今の様に喧嘩もしてなかったわね」
「けど今の様にあいつを取り合ってたな」
「何か何処となく似ているのよね」
「まさか。千年以上前の男だぞ。確かに死に際は見られたくないとかで帰って直に死んだ筈だ。それはハク様が看取られたし、あいつに子孫はいない」
「そうなのだけど」
「お前らしくも無いな。けど分からなくも無い」
「成り行きで茜と一緒に行動する事になったけど、また昔の様に戻れるのかしら」
「私もそうだが喧嘩しなければもう戻っていると思うぞ」
「これも椿の御蔭かしらね」
「あいつもよく分からん男だったし、椿もよく分からん男だからな。少なくとも椿に来栖も私も変えられたって事だろう」
「けど狐との喧嘩は癖みたいなモノだしこの際諦めるわ。じゃぁおやすみ」
「そうだな諦めろ。おやすみ」
二人は過去の思い出話をすると就寝した。