頑丈とタフさが売りだけど問答無用は違う意味で傷つく
一夜明け、朝食を済ますと出発の準備を始めた。
朝食の最中移動手段の話をしていると、雪華がまだ浮遊術を使えないときに使用していた遊泳絨毯があるとの事だった。操作方法を教えて貰い移動は解決した。
「私はハク様に報告してから蛇杖院に向う」
「俺は一回人里に寄ってから向います」
「何かあるのか?」
「少し気になることがあるので様子を見に」
「分かった。桜、椿と一緒に行ってくれ。何かあったら直に知らせるように」
「分かりました」
白赤城の皆と別れ茜と別行動となった。
絨毯の御蔭で人里に行くのには時間が掛からなかった。
「(いつもより人が少ない様な気がしますね)」
少し離れた所で降りると人里を見渡しながら歩いた。
「ところで何処へ行くんですか?」
「もう少しで着きますよ」
周りを気にしながら歩いて行くと、一軒の店へと入る。
「愛海、いつものお願いします」
「あら、椿いらしゃい。いつものね」
「椿ちゃん、此処って…」
「居酒屋ハマグリですよ」
「こんな時に何やってるんですか!? しかも朝酒って」
「だって茜が居ると羽を伸ばせ無いじゃないですか。一杯だけです」
「はぁ~」
あからさまな溜息を他所に、椿はチビチビと飲み始めた。
「何飲んでるんですか?」
「どうぞ」
興味があるのか椿は自分の飲み物を桜に渡す。
「ふわぁぁぁ~」
妖獣と言えど年齢的には自分より年は上。飲んでも大丈夫だろうと渡したつもりだったがどうやら下戸だったらしい。目をグルグルと回しテーブルに突っ伏してしまった。
「丁度いいと言えば丁度いいかもしれませんね。愛海、聞きたい事があって来ました」
椿は愛海に幾つか尋ね頼み事をすると、代金を払い桜を背負って店を後にした。
絨毯を広げ桜を寝かし、蛇杖院へと向う。
「こんな所に畑と薔薇園なんてあったんですね」
空中散歩を満喫したいが為に少し遠回りをする椿の視界に入ったのは見事な薔薇園。降りて見物したいが上手く降りられない。
「どうしたんですか? 降りてください。降下です!」
すると突然急降下を始める絨毯。目の前には一軒の家。このままでは衝突してしまう。
「ストップですストップ! 止まって下さい!」
急ブレーキの如く擦れ擦れで止まったはいいが、その反動で椿は投げ出されてしまった。
「痛たたた」
背面を強打した椿は起き上がり背中を摩っていた。すると家の中から誰か出て来た。
「随分と騒がしい刺客さんね」
「刺客? 何のことですか?」
紅髪の杖を持った少女は椿の刀を見て刺客と言い放つ。
「その刀、妖怪に致命傷を与えられる危ないものよ。殺られる前に殺ってあげる」
彼女の杖は仕込み杖。水色に輝く刀身は透き通って見えた。
「待って下さい! 俺は薔薇園を見たかっただけです。何かの誤解です!」
椿はワタワタと両手を前に出し弁解し様としたが聞く耳を持ってくれなかった。
「問答無用よ!」
椿も刀を抜き鍔迫り合う。互いに刀を弾くと距離を取った。
「へぇ、人間がこの初撃を耐えるなんて良い運動神経してるわね。手を抜いてあげるから本気で来なさい」
「嫌です。(誤解を解く方法は何か無いですか? せめて桜が起きてくれれば)」
「椿ちゃん雪華ちゃんから離れて下さい。でないと切り裂きますよ」
ムニャムニャと寝言を言っている桜。
「(暫く無理そうですね。てかどんな夢見てるんですか。それに桜の口から物騒な言葉が聞こえましたよ!?)」
「幼女まで誘拐して何を企んでいるのかしら。まぁ良いわ。そっちから来ないのならこっちから行くわよ」
一気に距離を詰めると連撃を繰り返す。椿は押されながらもそれを凌ぐ事しかしない。
「だったらこれはどうかしら」
距離を置くと今度は斬撃を飛ばす。
「飛び道具は卑怯ですよ!?」
辛うじて交わす椿。斬撃は丁度椿が居た所で消えた。しかし再び無数の斬撃が襲う。
弾いては避け、避けては弾きの繰り返し。前日の傷もあり徐々に息も上がる。しかし少女も椿のしぶとさに苛立ちを見せ始めていた。
「(互いに本気で無いとはいえどうして反撃してこないのよ)」
「(薔薇に囲まれては動き辛いですね。…薔薇? そう言えば斬撃は全て薔薇の手前で消えてますね。斬撃なので当たればタダじゃ済みませんがそれ程強力でもない。…もしかして)」
「これで終わりにするわよ」
「!? さっきより強い力」
苛立ちにより更に力を加えた斬撃が繰り出される。
「(もし俺の思った通りなら避けれない。計五発。何とか凌ぐ!)」
「しまった!」
少女も自分のした事に気が付いたのか表情を変えた。それにより確信した。
三発は何とか弾き返したが、四発目を弾くとその反動で刀も弾かれ五発目をまともに喰らった。
「何で避けなかったのよ」
大の字に横たわっている椿を見下ろしながら問い掛けた。
「こんな見事な薔薇園台無しにしたく無いですからね」
「死んでいたかもしれないのよ」
「最初に死ねって言った人が何言ってるんですか?」
「貴方が全く反撃してこないから薄々とは感じていたわ」
「だったら止めて下さいよ」
「非を認めるなんて私のプライドが許さない」
「そうですか。まぁ誤解が解けてよかったです」
少女が救急箱を取りに行き、応急手当を施してる最中桜が慌てて起きて来た。
「椿ちゃん! 何してるんですか!?」
「この姉ちゃんに絡まれまして。にしてもやっと起きたんですか」
「椿ちゃんのせいですよ! また傷増やして茜様に怒られますよ」
「あら、狐の所の犬じゃない。あそこで寝てたの貴方だったのね」
「犬じゃないです狼です。…え! 絡まれたって妃華璃さんにですか!?」
「そうですよ」
「よく生きてましたね」
「え、そんなに危ないんですか」
「茜様と互角です」
「生きてるって素晴らしいですね」
茜と同等の強さと知ると冷や汗が出てくる。そして無事に生還出来た事に倒れ込んだ。
「コラ、手当ての途中よ動かないで」
謝りながら体を起し、無事に手当てが完了した。
「他にも深い傷があるようだけど、医者には行かないのかしら」
「蛇杖院に向う途中だったんですよ」
「綺麗に手当てされている様だけど早めに行った方がいいわよ。傷口が開きかけているわ」
「あれだけ動けばそうなりますよね」
「茜様も先に着いていると思いますよ」
「じゃぁ急いで行きましょうか」
「貴方、椿って言うのね。私は来栖妃華璃。今度はお互い本気で殺り合いましょう」
「俺平和主義者なので無い事を祈ります」
「その時はまた私の方から仕掛けてあげるわ」
「ならしょうがないですね」
「約束よ」
「そんな笑顔で言われたら断れないですね」
桜は妃華璃にお辞儀をすると二人は蛇杖院へと飛んで行った。
「何かしら?」
二人を見送り家に入ろうとすると、ケースに入っている煙管を拾う。さっきの戦いで落としたのだ
ろう。
「しょうがないわね。後で届けてあげましょう」
自分の用事を済ませてから椿の下に向かうのであった。